2016/06/09

お伊勢参り(その7) 名古屋城と徳川園

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 「尾張名古屋は城でもつ」というフレーズにも謳われ、金のシャチホコで有名な名古屋城。徳川家康が天下普請を命じて築城し、慶長17年(1612)に完成しました。家康の9男の義直が初代藩主として入り、江戸時代を通じて御三家筆頭尾張徳川家の居城として栄えました。

 その初代天守閣や本丸などほとんどの建物は昭和20年の空襲で焼失したことを知ってびっくりしました。せっかく昭和まで残っていたのに、残念です。現在の天守は昭和31年に鉄筋コンクリートにて再建されたもの。
 
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 平成21年(2009)から本丸御殿の復元工事が始まり、工事が完了した2/3程の部分が公開されています。完成は2018年の予定。豊富な資料が残されており、忠実に再現されているそうです。

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 名古屋城を後にし、バスで徳川園まで移動しました。徳川園は、尾張藩2代藩主・光友が隠居所として屋敷を造営したことを起源とし、明治22年(1889)からは尾張徳川家の邸宅となった場所です。左上の黒門はその邸宅の遺構。ほとんどの建物は空襲で焼失してしまい、平成13年から日本庭園として再整備されて、平成16年から公開されています。

 徳川園に隣接する徳川美術館には、尾張徳川家に伝えられた数々の重宝が展示されています。浮世絵展が開催されていましたが、旅行3日目の疲れが出て集中力なくざっと回っただけでした。この日ののべ歩数:22338歩。気温が高く、日差しも強くて、ぐったりくたびれました。

Img_1229_3 帰りの新幹線の車窓から見た富士山のシルエット。6時半過ぎに通過したので、ぎりぎりで見ることができました。

 この旅行の後、サミットの行事として各国首脳が伊勢神宮を参拝したため、メディアで伊勢神宮が取り上げられることが多く、興味深く見聞きしました。そんなタイミングでお伊勢参りができてよかったです。さて、次の新しい社殿を参拝することができるかどうか……天照大神のみぞ知る、ですね。

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2016/06/06

お伊勢参り(その6) 熱田神宮

 6月になったのにまだGWの記事が終わっていません。

 5月5日。お伊勢参りの旅3日目は、熱田神宮を参拝し、名古屋城を見学するという名古屋観光初心者コースをまわりました。亡き父の郷が愛知県だったので、半世紀程前に家族で行ったことがありますが、ほとんど記憶がないため、初めてのようなものです。

<熱田神宮>

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 熱田神宮の主祭神である熱田大神とは、三種の神器の一つ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」を御霊代とする天照大神のこと。景行天皇43年創建と伝えられ、2013年に創祀千九百年大祭が行なわれました。本宮の社殿は明治26年(1893)に尾張造から伊勢神宮と同じ神明造に改められ、現在の社殿は平成21年に造営されたものです。

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 下調べを怠り上記のウンチクを知らずに訪ねたので、伊勢神宮と同じような社殿に驚き、草薙剣が御神体と知って驚き、お伊勢参りの後、参拝してよかったと思いました。しかも5月5日は神輿渡御神事の日で、運よく神輿の行列を見ることができました。

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 参道や、本宮の周回の「こころの小径」の緑が美しく、すがすがしい気持ちで歩きました。この日は参道で写生大会が行なわれており、大勢の親子が熱心に写生していました。






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 正門の近くにある上知我麻(かみちかま)神社と別宮八剣宮。


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2016/05/27

お伊勢参り(その5) 松阪

 お伊勢参りは前の記事までですが、旅はまだ続きます。

 「伊勢から名古屋までの間で見るべきものは?」と調べたら、松阪の街が面白そうでした。小さな街で3時間もあれば主な観光スポットを回れるのも好都合です。というわけで、宇治山田から近鉄特急に乗って14時過ぎに松阪に途中下車しました。18時過ぎの名古屋行き特急を予約していたので、4時間程の滞在時間がありました。

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 下調べ不足のため、まず駅前の観光情報センターに駆け込み、散策マップをいただいて簡単な説明をお聞きしました。

松阪駅→三井家発祥地→松阪商人の館→本居宣長宅跡→旧長谷川邸→松坂城跡→本居宣長ノ宮→夕食「洋食屋牛銀」→松阪駅

<三井家発祥地>

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 三井中興の祖で、延宝元年(1673)江戸・本町に三越の前身「越後屋」を開業した三井高利の生誕の地。元和8年(1622)生まれの高利は14歳から江戸で修行、28歳で松阪に戻って金融業などで資本を蓄え、52歳で江戸に進出しました。

Img_1189 往時の建物は何もなく、左上の門は大正に建てられたもの。この近くに真新しい観光客用の休憩所があり、三越のライオンが鎮座していました。


<松阪商人の館>

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 江戸時代、商人の町として栄えた松阪には江戸店持ちの豪商が数多くいましたが、ここはその中でも筆頭格の小津家の旧家です。3代目小津長弘は承応2年(1653)に大伝馬町に紙店、元禄11年(1698)隣地に木綿店を開業しました。

 現在も創業以来の場所で営業を続けています。その「小津和紙」のビルを知っているので、昔と今とが繋がり興味深かったです。三越もしかり。後述する長谷川家も含めて、ごく近所にこうした豪商の本家があるのには驚きました。

<本居宣長宅跡>

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 「商家の並びに本居宣長の家?!」と訝ったら、本居宣長は享保15年(1730)に上記の小津家の二男として生まれたそうです。小津家の先祖は本居家という武士で、本居宣長は途中から先祖の姓を名乗りました。京都で医学を学んだ7年間を除いて、12歳から亡くなる72歳までこの地に住み、医師をしながら、35年かけて『古事記伝』を執筆しました。

 ここにあった邸宅は現在、松阪城跡に移築されています。実は見逃しました(今頃発覚)。

<旧長谷川邸>

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 豪商・長谷川家の邸宅。右の俯瞰写真はパンフレットから取り入れましたが、20室以上からなる主屋を取り囲むように5つの蔵が建っているのがわかります。建物だけでなく、生活道具や商業資料も良好に保存されています。蔵の千両箱を開けたら大判小判まで出てきたらしい。平成25年に長谷川家から松阪市に寄贈され、昨年から一般公開が始まりました。

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 歌川広重の『東都大伝馬街繁栄之図』。左手前のお店「たんもの はせ川」と書いてあるのが長谷川家の東京店です。3代目政幸が江戸に出て木綿仲買になった後、元禄15年(1702)に大伝馬町に新店を開業しました。江戸から明治にかけておおいに繁栄し、その後も会社経営が続けられましたが、2014年に解散したようです。

<松坂城跡>

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 松阪市だけど、松坂城。明治に地名の表記が松坂から松阪になったそうです。

 天正12年(1584)近江の蒲生氏郷が南伊勢を与えられて松ヶ島城に入城し、その後、新たに松坂城を築城。城下町建設にあたり、旧領の近江商人を呼び寄せたことが「松坂商人」の始まりになりました。江戸時代になり、南伊勢は紀州藩領となって松坂城代が置かれました。

 右上の写真の左側の一段高い場所が天守跡。石垣が美しく整備されて、松阪の街が一望できる気持ちのよい公園でした。城内に歴史民俗資料館と本居宣長記念館がありましたが、残念ながら見学する余裕がありませんでした。炎天下を歩いてぐったりしていたし、宿を出てから冷やししるこしか食べてなかったので、見学より食事を選んだ次第。

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  御城番屋敷






<本居宣長ノ宮>

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 本居宣長を祀った学問の神様。ご朱印には「しきしまのやまと心を人とはば朝日ににほふ山さくら花(敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花)」の歌が書いてあります。


Img_1187_2 約9時間ぶりのお食事。古い家並みが残る一画にある松坂牛の老舗「牛銀」の系列の洋食屋さんにて高級牛丼をぺろっといただきました。

 この日の歩数24101歩。7時半過ぎに名古屋駅近くのホテルにチェックインするとバタンキューでした。

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2016/05/20

お伊勢参り(その4) 内宮周辺

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 内宮参拝を終えて、おはらい町からおかげ横丁へ。まだ11時前でしたが、すでにかなりの人出でした。甘味で一服したいと思っても、待たずに入れるお店がなかなか見つかりません。しかも、日差しが強くて暑い。ぐったりしながらおはらい町通りの果てまで歩いて、ようやく赤福五十鈴川店で冷やしぜんざいをいただき生き返りました。

<猿田彦神社>

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 猿田彦大神は、ニニギノミコトが高天原から地上に降りたとき(天孫降臨)、道案内をした国津神。このことから「みちひらき」の神様として、万事を良い方向に導いてくれると言われています。

 おはらい町から徒歩3分程。

<月読宮>

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 月読尊は天照大神の弟で月の満ち欠けを教え暦を司る神様。右から月読荒御魂宮②、月読宮①、伊佐奈岐宮③、伊佐奈弥宮④の4つの宮が並んでいて、①から④の順にお参りするようにと立て看板に書いてありました。

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 猿田彦神社から月読宮までは1、5キロ程。歩けない距離ではないけれど、路線バスを利用して1キロショートカットしました。参拝後、五十鈴川駅まで10分弱歩いて、隣り駅の宇治山田まで近鉄で移動。駅で伊勢みやげを買い求めて、荷物をピックアップしました。次の目的地・松阪に向かいます。

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2016/05/17

お伊勢参り(その3) 内宮

5月4日

 朝からよく晴れて混雑が予想されるので、早めに行動開始。ホテル発8時半の送迎バスで鳥羽駅に向かい、近鉄で宇治山田に出て、コインロッカーに荷物を預けました。内宮、猿田彦神社、月読宮を参拝して戻ってくる予定です。

 ちなみに、今回のお伊勢参りは近鉄の「伊勢神宮参拝きっぷ」という周遊券を利用しました。往復の特急券ほか、現地伊勢での特急券やバスも含まれていて便利でお得。混雑時でなければ、レンタカーという方法もありますが、今回は電車とバスで正解でした。

<伊勢神宮 内宮>

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 正宮。天照大神をお祀りする伊勢神宮の中で最も尊いお宮です。三種の神器のうち、八咫鏡(やたのかがみ)が天照大神の御神体として奉斎されています。階段下からの撮影のみ許可。

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 鳥居(左上)をくぐって五十鈴川(右上)に架かる宇治橋を渡り、神苑の横の参道(左下)を進みます。右下は五十鈴川御手洗場(みたらし)。本来はこの川辺でお清めしますが、この日は川の水量が多かったため、近くの手水舎ですませました。

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Img_1139  青空と新緑が眩しい好天に恵まれ、どこを切り取っても絵になる写真が撮れました。森の木漏れ日の中を歩くのも気持ちがいい。こんな日に参拝できるなんて、ありがたやありがたや。

 森の奥に見える鳥居をくぐると神楽殿があり、その奥に正宮があります。




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 正宮をお参りした後、荒祭宮(あらまつりのみや)、風日祈宮(かぜひのみのみや)の順に参拝しました。


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