2012/05/25

ディナーショー『YUHizm』 (パレスホテル)

 金環日食で始まり、スカイツリーがオープンした今週は、私にとってもお祭り週間。一昨日はオープン翌日のスカイツリーに上り、昨日は新装オープンして1週間のパレスホテルのディナーショー(DS)に出かけ、お楽しみ続きでした。

 宝塚のごひいき、大空祐飛さんのDS『YUHizm』。7月1日の退団を控えて最後のDSなので「チケットが取れるはずない」とあきらめていたところ、友人の奮闘のおかげで観られることになりました。感謝! DSは11年ぶり。それはゆうひさんの初めてのDSで、実は「最初で最後かも」と思って出かけたのでした。ファンでさえ、こんなに魅力的な男役に成長して、一時代を築くトップになるとは夢にも思わず……。華麗なる逆転満塁ホームランに乾杯!

 なつかしい歌の数々を聴き、楽しいトークに大笑いし、幸せなひとときでした。とりわけ、『黒い瞳』のプガチョフの歌は感慨深かった! 代役のプガチョフを見て、ビビビときたんです。それに、『ザ・ラスト・パーティ』の主題歌。初めてのバウ主演がこの作品だったことがその後の道を開いたように思います。『大江山花伝』の歌を聴けば博多座で初めてトップ姿を見たときの興奮がよみがえり、『ヴァレンチノ』の歌を聴けば震災で中止になった公演が再演されたときの感激がよみがえり……。

 来週末には東京公演が始まり、ラストデーまであと1ヵ月あまり。大空祐飛ならではの男役の美学――YUHizm――を堪能しつくしたいと思います。

 新しいパレスホテルは欧米風のやや暗めの間接照明で、高級感が溢れるシックな雰囲気。見違えるように変身しました。ホテル最大の宴会場「葵」で初めて行なわれるディナーショーとあって、宴会係総出でOJT研修のような印象。少し早めに入場したら、会場内外にものものしいほどの係員が立っていて、口々に「いらっしゃいませ」とお辞儀され緊張しました。が、先方も緊張していたようで、言葉をかわすと敬語が心もとなかったりして、建物だけでなく人も新しいことを実感しました。

 そうそう、DS後、1階のラウンジでお茶をしていたら、別の方がリクエストした『As time goes by』をピアニストが弾いてくださって、しばし余韻にひたりました。

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2012/05/24

スカイツリー&ソラマチ 2012.05.23

 今日もしつこくスカイツリーねたで恐縮です。ネットの抽選予約で「23日15:30入場」が当たったので行ってきました。30分刻みの入場時間を第8希望まで申し込めたので、オープンの22日と23日を4つずつ入力したうちの1つ。支払いはカード決済で、当日はそのカードを持参してチケットと引き換えます。つまり、事前にチケットを手にできないのでダフ屋行為がしにくいシステム。

 オープン2日目の昨日は、前日とはうってかわってスカイツリー日和の好天で見晴らしも良好。夕方にかけて薄雲が出てきたのはちょっと残念でしたが、これで文句を言ったらバチが当たるというもの。なんでもスカイツリーは「雨タワー」で肝心なときに雨が降り、天皇陛下もレディー・ガガも王監督も雨にたたられたそうです。

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 前回5/6はよく見えなかった都心方面もご覧の通り。よかったら拡大してくださいね。隅田川の清洲橋、永代橋の向こうに佃島のリバーシティ、さらに東京湾。中央の奥にはうっすら東京タワー、右奥には皇居の緑が見えています。

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 こちらは北方面。隅田川の先に横たわるのは荒川。荒川の手前、左奥には北千住。右奥にぼんやり見える白い線は外環道路でしょうか。

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 さらに未踏の地上450m天望回廊まで上昇。こちらへは天望デッキでチケット(大人1000円)を買って専用エレベーターで上がります。エレベーターを降りるとフロア445で、そこからスロープ状の回廊をほぼ1周したところがフロア450。左の写真は回廊のスタート地点からゴール地点を見上げたところ、右はゴールからスタートを見下ろしたところ。

 景観は――350mとそれほど変わらなかったような……。頭の上から足元までガラス張りになっているので、青空や夕焼けがきれいだったり、夜景だったら、効果的かもしれませんが、薄曇りの夕方は回廊の長所をあまり実感できませんでした。次回はぜひここから夜景を見たい!

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 展望台最高点451.2mのソラカラポイント。こちらでは空間演出が施されます。ミラーになっていて我ら母娘の姿も写っているので拡大なし。地元押上が新タワーの候補地になっていることを知った7年前にまず思ったのは、「押上に新タワーが建つのなら、ぜひ母親を上らせたい」。それが実現し、2人で450mポイントに立てて感慨もひとしおでした。

 が、その母、展望台から下りたら、体調不十分で帰ってしまいました。隣りのビルの31階で記念のディナーを考えていた私は1人取り残され、ソラマチを探検し、食事をし、十間橋まで写真を撮りに歩きました。我ながら、よく飽きないわ。

 おみやげはキルフェボンのタルト。押上でキルフェボンのタルトが買える日が来ようとは! ソラマチについてもいろいろ書きたかったけれど、今日は時間切れでここまで。

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2012/05/22

祝! スカイツリー開業

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   東京スカイツリー開業おめでとうございます!


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コンクリート工場があった場所にスカイツリーとソラマチが建って、

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「スカイツリー前」が付いた押上駅は少し気取った感じになって、

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臭くて真黒な北十間川の水は見違えるようにきれいになって、

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川っぷちに遊歩道が通ってこじゃれた親水公園になりました。

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生まれ育った押上の劇的な変貌ぶりに目を瞠り、興奮しています。

願わくは、スカイツリーがいつまでも日本中の、世界中の人々に
愛され続けますように!

うーん……オープンの日はこんな青空が欲しかったなぁ。

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2012/05/21

長州紀行(その8)瑠璃光寺

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 雨の瑠璃光寺。国宝の五重塔がかすんで見えます。これでもいくらか降りが弱まってきたところで、着いたときは文字通りの土砂降りでした(下の写真)。 萩から瑠璃光寺のある山口市まで南下する山越えのドライブはずっと大雨で緊張を強いられました。
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 この五重塔は室町時代(1442年)に大内氏が香積寺境内に造営したもの。香積寺は後に毛利輝元が萩に引寺しましたが、五重塔は地元の人々の要望で跡地に残され、その後仁保から移転してきた瑠璃光寺のものとなりました。高さ31.2メートル。法隆寺、醍醐寺の五重塔と並ぶ日本三名塔の一つです。堂々として風格があり美しい。実際の高さよりずっと高く見えます。

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 境内は香山公園と呼ばれ、きれいに整備されています。奥には毛利家廟所(13代、14代)がありますが、雨の中を歩く気力はなく車に引き返しました。隣りにある毛利元就の菩提寺、洞春寺も割愛。もっとも5時を過ぎていたので入れなかったと思われますが……。

Img_1614 この日の宿泊地は山口から程近い湯田温泉。近代的な温泉旅館のビルが立ち並ぶ賑やかな温泉街です。いったん宿に行き、食事をすませた後、ライトアップされた五重塔を見にふたたび瑠璃光寺に向かいました。アルコールなしでもOKな夫婦なのでね。五重塔は神秘的な美しさを放っていたけれど、あたりは真っ暗で人気(ひとけ)がなく怖かったです。

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2012/05/20

長州紀行(その7)萩城城下町

 だらだら続くこの旅行記、その7にしてまだ2日目です。わずか2泊3日の旅行なのに、準備と記録にその10倍以上の時間を費やす――そこが旅行の醍醐味と思いつつ、ちょっと面倒になってきました。さっさとまいります。

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 萩城の外堀から広がる城下町は昔のままの町筋が残り、武家屋敷や商家が立ち並んでいます。白壁、土塀、黒板塀、なまこ壁などが手入れをしながら大切に保存されていて、タイムスリップした気分で散策しました。そこここで夏みかんがたわわに実っていて、萩ならではの景観を楽しめました。

  左下の写真は、敵の侵入を防ぐために見通しを悪くした路地「堀内鍵曲(かいまがり)」。

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 この城下町の一画に高杉晋作と桂小五郎(私にとっては、木戸孝允よりこっちのほうが馴染みがある)の旧宅があります。双方は路地2つを隔てるだけで徒歩3分の距離。小五郎は1833年生まれ、晋作は1839年生まれで2人とも20歳近くまでここで暮らし、明倫館や内藤道場に通ったわけですから、互いに知っていたことは間違いありません。この辺りは中流の武家屋敷が並ぶ地域で、高杉家は家禄200石で当時は500坪の敷地があり、小五郎の実家は藩医で、養子先の桂家は150石。2人ともいいとこの坊っちゃんと言えそうです。町から離れた山のほうで生まれ育った吉田松陰や伊藤博文とは大違い。

<高杉晋作旧宅>
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<木戸孝允(桂小五郎)旧宅>
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 このほか、重要文化財の菊屋家をはじめ、青木周弼(幕末の蘭医学者)や田中義一(大正の陸軍大将、総理大臣)の旧宅も近くにあり、ゆっくり見学していたらこのあたりだけで1日かかりそうでしたが、残念ながら通り過ぎるだけで終わりました。

 見学は端折っても、食べるものにはこだわります。昼食はあらかじめ調べておいた「畔亭」でお庭を見ながら小萩弁当をいただきました。

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 おみやげにもこだわります。「光圀本店」の夏蜜柑丸漬が美味しいという情報を得て、朝一で出向きました。ここでしか買えないそうなんです。丸漬のほか、マーマレード缶と皮の砂糖漬けも購入。確かに美味しいけれど、ほかのお店との違いはわかりません。

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 ちょうど萩焼まつりの開催中でそちらも気になりましたが、訪ねる時間がなかったことが惜しまれます。散策の途中、萩焼の窯元で両親へのおみやげを買いました。

 ふぅ、やっと萩まで終わった! あと3~4回は続きますので、悪しからず。


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