第20回お江戸オフ《高輪》その2
(こちらの続き)
高輪は台地の縁にあるため、アップダウンが多く、道がややこしい。地図上では隣りなのに迂回しなければ行かれなかったり、地図にはない狭い路地で繋がっていたり……。こんな道も通りました。左は東禅寺から桂坂に出る洞坂。坂道マニアのタモリさんご推薦の坂道です。右は二本榎通りから泉岳寺に下る途中の路地。ちょっと探検隊気分です。
④東禅寺
プリンスから路地経由で裏手から到着。
この東禅寺には幕末の安政6年(1859)、最初のイギリス公使館が置かれました。開国以来、攘夷の風潮が根強く、文久元年(1861)と2年(1862)に2度の襲撃を受けています。最初の襲撃事件は水戸浪士によるもの、2度目は警護担当の松本藩士によるもの。
ついでながら――その後、安全を求めて御殿山への移転が決まり、立派な公使館が建設されましたが、完成間近の文久2年暮、高杉晋作ら長州藩士による焼き討ちに遭います。
今はそんな動乱の時代が嘘のようにひっそりと静まり返っています。本殿の「海上禅林」という額は、正式名称「海上禅林佛日山東禅興聖禅寺」から。
⑤二本榎
プリンスホテルの山側を第一京浜と並行して走っている道路を二本榎通りと言いますが、由来は江戸時代、街道沿いの上行寺(現在は移転)に大きな榎が2本あって目印になっていたことによります。何故か、桂坂との丁字路にも(写真左)承教寺にも(右)碑が立っていました。


この道は戦災に遭わなかったそうで、戦前の古い建物が残っています。左は高輪消防署二本榎出張所、右は和菓子の虎屋。虎屋で買ってきた栗饅頭が美味しかった! 羊羹の虎屋とは別のお店です。


⑥承教寺
元禄時代の画家、英一蝶(はなぶさいっちょう)のお墓がある日蓮宗のお寺。
⑦大石内蔵助切腹の地(旧熊本藩細川氏下屋敷跡)
実はここ、行きそびれました。というのも、二本榎通りを歩いていたら、「大石良雄等自刃ノ跡」という石碑(写真左)を見つけたので勘違いしまして……。この石碑の後ろに写っている都営高輪アパートの奥に「大石良雄外十六人忠烈の跡」があるようです。wikipediaの画像を貼っておきます。あいかわらず詰めが甘いですね。


二本榎通りをさらに歩くと、高松宮邸の少し先に「松島屋」という豆大福の名店があります。こちらで教えていただいて以来、ずっと気になっていたので寄ってみましたが、残念ながら売り切れでした。どうやら午前中に行かないと買えないらしい。
(続く)
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