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2004/04/17

父性というもの

 ふたたび人質事件の話。事件の経過を今まで見てきて感じるのは、日本は父性的なものが希薄になっているということ。人質になった肉親を救出するために「自衛隊撤退」を要求するのは、母性100%の行動と言えます。それに対して、父性は、「家族の命はもちろん守りたいけれど、退避勧告の出された地域に出かけていった方に責任はあるし、国を左右するような問題に軽々しく言及してはいけない」とする考え方です。

 もし、人質の家族の中に、明治、大正、昭和初期までの父親がいたら、まず「この度は息子(あるいは娘)の不始末で、世間様にご迷惑をおかけして申し訳ない」と頭を下げ、「自衛隊を撤退して、子どもの命を救ってください」と取り乱す妻(母親)を諌めるだろうと思います。いや、その前に、子どもの無謀な渡航を絶対許さなかったはずです。

 今や、そんな一本筋の通った頑固親父は、ほとんどいなくなりました。社会が父性的なものを排除して、個人の自由を最大限に認める「優しい」社会(母性の社会)を優先したからです。その結果、秩序やルールが軽視されるようになってしまいました。はたして、これが本当にいい社会なのでしょうか?

 社会も、個人も、父性と母性がほどよくミックスされているのが理想だと思うのですが、いかがなものでしょう。

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