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2004/08/31

8月記事別アクセス数ベスト10

1、『ローレライ』vs『亡国のイージス』(628)
2、アテネ五輪のユニフォーム(406)
3、『風光る』(渡辺多恵子)(292)
4、局長のいない新選組(198)
5、山南さん切腹(165)
6、蚊にさされやすい体質(111)
6、『オペラ座の怪人』と『ファントム』(舞台)(111)
8、ヨンフルエンザ蔓延中(87)
9、アテネ五輪開会式(80)
10、爪もみ健康法(70)

 『ローレライ』と『亡国のイージス』、強し! オリンピックや新選組の話題も押さえて、堂々のトップです。ちなみに、9割ほどは『亡国のイージス』からのアクセスで、『ローレライ』を圧倒しています。

 8月はオリンピックの月。6月のユニフォーム決定の際に書いた記事に、たくさんのアクセスがありました。開会式などのオリンピック関連記事より断然多いのが面白い現象です。

 そのオリンピックの最中に放映された『新選組!』の「山南さん切腹」も世間の注目を集めたようです。そうそう、検索ワードでは「堺雅人」と「境雅人」が同じくらいあるのが面白い。わざとかな? 『風光る』がここにきて再浮上しています。

 「局長のいない新選組」へのアクセスは、こちらのサイト(8月23日分)にリンクを張っていただいたおかげです。ありがとうございました。

 宝塚で上演された『ファントム』とテレビ放映された『冬ソナ』も根強い人気。あとは、定番の健康ネタです。

(資料:ココログのアクセス解析(週別統計))

参考:7月記事別アクセス数ベスト10

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2004/08/30

『マンハッタンの怪人』(F・フォーサイス)

マンハッタンの怪人 (角川文庫)
マンハッタンの怪人 (角川文庫)

 「 『オペラ座の怪人』と『ファントム』(小説) 」という記事を書いた時、takoさんにおすすめいただいたのがこの小説です。著者は、『ジャッカルの日』のフレデリック・フォーサイス。

 これは、アンドリュー・ロイド=ウェーバー版の『オペラ座の怪人』のその後を書いた小説。サルのおもちゃを残して姿を消した怪人エリックは、その後ニューヨークに渡って、事業で成功して億万長者になり、ペントハウスに住んでいます。そして、ニューヨークに新たなオペラハウスを建設し、ヨーロッパ一のプリマドンナになったクリスティーヌを招致するのです。

 『オペラ座の怪人』やエリックに思い入れがある人には受け入れられないかもしれませんが、この設定を面白がれる人には楽しく読めます。私も最初こそ違和感があったものの、"続編"ならではの面白さを堪能しました。

 フォーサイスはあとがきの中で、原作のガストン・ルルー著『オペラ座の怪人』の駄目出しをしていますが、それがまた興味深く、頷ける部分も多かったです。

 好き嫌いの別れる小説だとは思いますが、「こんなファントムもあり」と思える方にはおすすめです。takoさん、ご紹介ありがとうございました。

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トラックバックにおけるマナー

 ブログめぐりをしていたら、「一方的にトラックバックをするだけで、こちらの元記事にリンクを張らないのは失礼」という内容の記事を読んだことがあります。私の場合、トラックバックした記事すべてにリンクを張っているわけではないので、「失礼なやつ」と思われているかも、といささかショックを覚えたものです。それが常識というか、マナーなのか?!

 今回、takoさんのブログで「トラックバックについて」という記事を読み、「トラックバック元の記事にリンクを張ることは必ずしも必要でない」と考える方もいることを知って、少し安心しました。私も「必ずしも必要でない」派です。

 私もtakoさん同様、記事を書く際、トラックバック元の記事に触れた方がわかりやすい時、その記事とあわせて読んでもらいたい時などには、元記事にリンクを張っています。単に「私も同じトピックについて、記事を書きますよ」という時は、リンクを張っていません。つまり、マナーとしてのリンクではなく、あくまでも記事中心です。

 だから、トラックバックをしてもらった先の記事にリンクがなくても、不満を思うことはありません。ただ、こちらの元記事とあまりかけ離れた記事だと、少々がっかりすることはありますが。

 また、トラックバックをしてもらったら、相手先の記事にお礼のコメントを書くのもマナーになっているようです。これも、自分の気持ちのおもむくままにすればいいのではないかと思います。トラックバックをしてもらって嬉しければ、自然にコメントを書きたくなるものです。

 ブログの特徴であるトラックバックを堅苦しく考えすぎて、利用するのを控えたりしてはもったいないことです。かと言って、むやみにトラックバックを乱発するのも考えもの。ネチケットを守って、気持ちのよい交流をしたいものです。

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2004/08/29

旅のおみやげ・2品

 この夏、旅行に出かけた友人2人からいただいたおみやげが、とても美味しくておすすめなので、ご紹介したいと思います。

*金沢のおみやげ
加賀麩 不室屋」のお吸いもの最中

 最中の中に「花麩・わかめ・ねぎ」などの具が入っていて、おすましには「お出し」、味噌汁には「味噌」が添付されています。最中に指で穴をあけて、そこにお湯をそそぐと、中からきれいな花麩をはじめ、具があふれ出てきて何とも楽しい。遊び心と上品なお味がいかにも加賀らしい一品です。

*軽井沢のおみやげ
沢屋」のジャム

 添加物を一切加えていないというジャムは、甘さも控えめです。いただいた「あんずジャム」は、あんずの甘酸っぱさがそのまま詰まっていて、最高の美味しさ。いくら食べても飽きない味です。もう1つの「紅玉リンゴジャム」も、紅玉の赤が残った何ともいえない色をしていて、いただくのが楽しみです。

 お店のサイトを見ると、ほかにもいろいろな種類があって、とてもそそられます。「ジャムなんてどれも同じ」と思っているみなさん、ぜひ一度お試しあれ。

(こういう記事は写真がないと、インパクトがありませんね)

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2004/08/28

ショーウインドーは秋色

 ひさしぶりに都心に出たら、ブティックのショーウインドーがすっかり秋色になっていました。何だか、自分の白っぽい夏の装いが野暮ったく感じられる。早くシックなオータムカラーの服を着たい! 新しい服が欲しい! 心は早くも「ファッションの秋」モードです。

 初秋からコートを着るまでの季節は、おしゃれのし甲斐のある季節。言い換えれば、おしゃれか否かがはっきりわかってしまう、コワい季節。気合も入ろうというものです。

 とは言え、この意気込みも毎年、今の時期だけで、そのうち、収納ボックスの「年代物」を引っ張り出して、さえない定番の装いでお茶を濁すことになるのですが……。でも、「お洒落をしたい」という気持ちは忘れたくありませんよね、いくつになっても。

 ショーウインドーに飾ってあった、深い臙脂(えんじ)色のトレンチコートが素敵だったなぁ。今年は数年ぶりにコートを新調しようか……。だけど、いざ買う段階になると、「使い回しが効いて、飽きがこない」ベーシックカラーを選んでしまいそう。そうやって、「無難な」服ばかりになっていくのです。

 今年の秋冬物は、「無難な」ものから一歩踏み出て、自分が「着たい」と思う服を選んでみようかな。まずは、時間がある時にウインドー・ショッピングをして、あれこれチェックしたいと思います。
 

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2004/08/27

砲丸、ハンマー、円盤、やり

 オリンピックが開催される度に、「陸上競技で投げるのは何と何があるんだっけ?」と同じ質問を繰り返して、夫をあきれさせています。次回北京の時にはもう聞かなくていいように、ここでまとめておくことにします。

 投てき競技は、砲丸投げ、ハンマー投げ、円盤投げ、やり投げの4種目です。

《砲丸投げ》
 男子は7.260㎏、女子は4.000㎏の砲丸を投げる。投げる際に、砲丸を肩のラインより後ろに引いてはいけないため、あごの下に構える。砲丸を投げる位置は、直径2.135mの円形。
*アテネ五輪 金メダル受賞者(以下同)
 男子: Yuriy Bilonog(ウクライナ)    21.16m
 女子: Yumileidi Cumba(キューバ)   19.59m

《ハンマー投げ》
 長さ1.175~1.215mのワイヤーの先に、男子7.260㎏、女子4.000㎏の砲丸(砲丸投げの砲丸と同じ重さ)が付いているハンマーを投げる。投げる位置は砲丸投げと同じ大きさの円形。
 男子: Adrian Annus(ハンガリー)   83.19m
     (室伏 広治              82.91m )
 女子: Olga Kuzenkova(ロシア)     75.02m

《円盤投げ》
 男子は2㎏以上、女子は1㎏以上の円盤を投げる。投げる位置は、直径2.5mの円形。
 男子: Virgilijus Alekna(リトアニア)   69.89m
 女子: Natalya Sadova(ロシア)     67.02m

《やり投げ》
 男子は800g、女子は600gのやりを投げる。助走路を走り、ランチの手前から片手で投げる。
 男子: (28日決勝)
 女子: (29日決勝)

 私が投げたら、どのくらい飛ぶんでしょうね。砲丸はボテッとその場に落ちそうだし、ハンマーをまわしたら、自分のほうが飛んで行きそう。取りあえず、やりは少しは飛ぶかもしれません。

 五輪に出場するような選手はいったい、どういうきっかけでこれらの競技を始めるのでしょう? 素質と環境に恵まれた室伏兄妹のような例を別にして……。潜在的な力を持っているのに、それを発揮せずにいる人が世の中にはたくさんいそうが気がします。

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2004/08/26

ナンバ歩き

 健康雑誌の広告で「ナンバ歩き」についての見出しを見て以来、ずっと気になっていました。健康にいい「ナンバ歩き」って、どんな歩き方なのか? そもそも、「ナンバ」って何?

Images そこでネットで調べたら、興味深い情報がたくさんありました。「ナンバ」とは、江戸時代まで日本人がしていたとされる歩き方や走り方で、「右手-右足」「左手-左足」を同時に出す方法。佐川急便の飛脚マークからもわかるように、それが一般的な歩き方(走り方)でした。

 ナンバは今でも、能や歌舞伎、日本舞踊、相撲、剣道などの伝統芸能の中に残っています。体をねじらないナンバ歩きは、着物を着ても着崩れることがなく、日本人には理にかなった動きでした。明治になって洋服文化が入ってきた時から、今の「行進歩き」に変わったようです。

 このナンバ歩きが何故、健康にいいのか? 無意識のうちに行進歩きをするのではなく、意識してナンバ歩きをすることによって、脳が活性化して、ボケの予防や老化防止に役立つそうです。血圧が安定した、腰痛が治った、視力が回復した、などの報告もあります。

 さらに驚いたのは、アテネ五輪に出場した陸上の末続慎吾選手も「ナンバ走法」を取り入れているということ。右手右足を同時に出すわけではありませんが、体をねじらないナンバの走法を取り入れたフォームによって、記録を伸ばしたといいます。

 私もさっそく試してみましたが、動きがぎこちなくなり、なかなかうまくいきません。みなさんもぜひ一度お試しください。そうそう、『新選組!』で山南を演じた堺さんは、ナンバ歩きにこだわっていたという話も聞きました。

 ナンバの語源についてはどこにも書いてありませんでした。ご存じの方はお知らせいただければ幸いです。

追記(2005年3月17日):

 本日付読売夕刊の「こども」のページに「疲れず速いナンバ走り」という記事が掲載されていました。ナンバ走りを練習に取り入れている桐朋中学・高校のバスケットボール部を取材しています。

 同部のコーチの矢野龍彦・桐朋学園大学教授によれば、「ナンバ」とは「難場」で、難しい場面をどう切り抜けるか、体の動きを工夫することを指すそうです。同部長の金田教諭も「ナンバは自分をみつめる作業。『うまくなりたい』『強くなりたい』など強い意欲がないと長続きはしない」と語り、同部でもナンバを強制はしていないとのこと。熱心に練習をした生徒だけがナンバ走りを会得し、群を抜いて早く走っているそうです。

ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する (光文社新書)
ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する (光文社新書)

ナンバ走り (光文社新書)
ナンバ走り (光文社新書)


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2004/08/25

インデックス作成中

 このブログを始めて、約5ヵ月。書いた記事が180を超え、「そろそろ整理しなくては」と思っていたところ、涼さんのブログで、記事を利用したインデックス作成法を知りました。これならローテクな私にもできそうなので、昨日から作業に取り掛かっています。

 私の理想のインデックスは、自分なりのカテゴリーを作成して、そこに過去の記事を入れていくもの。ココログのカテゴリー区分では、思うように分けられないのです。でも、これを利用しないと、ココログの公式サイトから新たな訪問者に来てもらいにくい、というジレンマが……。今のところ、その利点を無視できないのがつらいところ。

 それに、カテゴリー別の記事がずらずらと出てくるのではなく、記事のタイトル(各記事にリンクしたもの)が並んだインデックスが欲しいのです。将来、ココログのシステムがそうなったら嬉しいけれど、いかがなものでしょう。

 というわけで、カテゴリー別はまたいずれ考えることにして、とりあえず月別インデックスを作っています。これはこれで必要かと思って……ほとんど自分のためですが。しかし、実に面倒くさい作業なんですよ。すでに、目はチカチカ、肩はコリコリです。

 そんな自分にカツを入れるために、作成中のインデックスを左のサイドバーにアップしてみました。ふぅ、これだけやるのも一苦労です。おまけに、涼さんのところと違うものになっている……ま、試行錯誤でまいります。

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2004/08/24

浜口選手「金メダル以上の経験」

 オリンピックは勝者だけでなく、敗者にも、いや敗者にこそドラマがある……女子レスリングの浜口京子選手を見ていて、しみじみ感じました。

 まさかの準決勝敗退(変換したら、「準決勝は痛い」と出た)。試合後、電光掲示板の表示ミスに大声でクレームをつける父のアニマル浜口と、それを呆然と見つめる浜口選手を見て、「この父娘はどうなってしまうのだろう」と心配しました。

 しかし、3位決定戦では見事に気持ちを切り替えて、本来の力を発揮し、銅メダルを死守しました。その試合後の浜口選手の笑顔のすがすがしいこと! リンクにキスする姿には胸を打たれました。最も金メダルに近くにいたのに、それを逃したリンクに感謝する……普通はできないことです。そこに本物の強さを見た気がしました。

 今朝、アテネからの中継で浜口親子のインタビューを見ましたが、二人の明るさはびっくりを通りこして唖然とするほど……いやはや、この親子はただ者ではありません。痛々しく腫れた目を「大好きなレスリングからのプレゼント」と言い切り、「金メダル以上の経験をさせてもらった」と爽やかに語る浜口選手に感動しました。

 この日の悔しさを力に変えて、北京で金メダルに挑戦する日が今から楽しみです。4年間、また父娘の二人三脚で頑張ってください! それにしても、この時代にああいう父娘がいることが奇跡のように思われます。

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2004/08/23

山南さん切腹

 昨日は、高校野球決勝で駒大苫小牧が北海道初の優勝を果たし、24時間テレビで杉田かおるが100キロを完走し、佳境に入ったアテネ五輪で野口みずきが女子マラソンで優勝し……さらに『新選組!』では山南さんが切腹し、体ひとつ、テレビ1台では足りない1日でした。

 『新選組!』はひさびさに中味が濃く心に残る45分でした。試衛館組の隊士の「山南さんを死なせたくない」という思いが痛いほど伝わってきて、それぞれのエピソードがいちいち泣けました。土方もそう思っていたという演出にほっとしました。それなのに、切腹を避けられないのが余計悲しくつらい、そしてどこか愚かしい。

 堺雅人の山南は、私が抱いていた山南像とは少々違いますが、このドラマにおける堺山南の果たした役割は大きく、堺さんの好演を称えたいと思います。昨日はその集大成とも言える迫真の演技で、死を受容した山南さんの強さ、やさしさ、新選組への熱い思いがあふれていました。

 追ってきた沖田の姿を目にとめ、一瞬迷った後、いつもの明るい声で「沖田くん」と呼びかける場面が一番印象的。切腹用の装束を身につけた山南さんは、悲しくて見るに忍びなかった。堺さん、本当にお疲れ様でした。

 そうそう、明里役の鈴木砂羽がいい味を出していました。鈴木さんのことは失礼ながら知らなかったのですが、映画で新人賞を多数受賞している女優さんなんですね。さすがです。鈴木さんのこれからの活躍に注目したいと思います。もちろん、堺さんのことも!

 新選組はこの後、さらに崩壊に向かって進んでいくわけで、各隊士の顔を見ていると「この人もいずれ……」と思って、気が滅入ります。が、最後までしっかり見届けるつもりです。

【追記】
 こちらの記事(「山南モード」in『言戯』)を読んだら、一気に元気回復しました。山南さんをしのびたい方におすすめです!


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2004/08/22

台風のアジア名

 今年は台風の当たり年のようで、15号が各地に被害をもたらしたばかりなのに、次の16号、17号が日本に接近しています。

 ところで、この台風、16号には「CHABA(チャバ)」、17号には「AERE(アイレー)」というアジア名がついていることをご存じでしたか? 気象庁のサイトやYahooの台風情報を見ると、このアジア名が併記されていて、気になったので調べてみました。

 あらま、びっくり……アジア名は2000年から使われているとのこと。去年まではちっとも気づきませんでした。「台風委員会」の加盟メンバーであるアジア各国(アメリカを含む)が提出した呼び名140個をリストアップして、発生した台風に順次命名するそうです。141個目はまたリストの最初に戻り、同じ名前を使うことになります。

 ちなみに、「CHABA(チャバ)」はタイ提出で「ハイビスカス」を、「AERE(アイレー)」はアメリカ提出で「嵐」を意味しています。日本が提出したのは星座の名前で、次回はあと6個先の「TOKAGE(トカゲ)」です。もし今年23号まで台風が発生したら、それが「トカゲ」になります。

 頭文字が年毎にABC順になっているハリケーンの名前よりわかりにくいのが難ですが、国際色豊かな名前は台風にふさわしいかもしれません。いずれにしても、各国に大きな被害を引き起こすような猛烈な台風が生まれて、名前が歴史に残ることのないように願うばかりです。

【追記】アジア名以外の名前

 日本国内では、台風○○号という呼び方が一般的で、正式にはその年の西暦の下2桁と、その年に発生した順番を組み合わせて、4桁の台風番号(例:2004年の台風5号→0405号)を使用しています。

 とくに大きな災害をもたらした台風には、特別な名前を付けることもあります。例:「伊勢湾台風」「室戸台風」「洞爺丸台風」など。

 また、第二次大戦後の米軍統治期には、アメリカ式にABC順の名前をつけていたこともありました。例:「ジェーン台風」「カスリーン(キャサリン)台風」など。当初は女性の名前だけを使用していましたが、その後、男性の名前も使われるようになりました。

関連記事:「2004年日本に上陸した台風

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2004/08/21

『YMCA』と『ヤングマン』

 オリンピックの野球の試合をテレビ観戦していたら、5回終了後に『YMCA』が流れてグラウンド整備が始まりました。これはニューヨークのヤンキースタジアムで恒例になっていて、グラウンドキーパーのコミカルな踊りが名物のひとつになっているそうです。それに倣い、東京ドームの日本ハム戦でも行なわれているとのこと。

 この『YMCA』はアメリカのゲイのグループ「ヴィレッジ・ピープル」の曲で、それをカバーした西城秀樹の『ヤングマン』が昭和54年(1979年)に日本で大ヒットしました。ヒデキの『ヤングマン』の歌詞は青春賛歌になっていますが、実はオリジナルの『YMCA』はゲイ賛歌だったのです。

 YMCAはキリスト教青年会 (Young Men's Christian Association) の略で、本来はアメリカの各地にある若者向けの安価な宿泊施設のことですが、ゲイの男性が集まる場所という暗黙のスラングになっているようです。だから当時、アメリカではこの歌は一般大衆が踊りながら歌うような歌ではありませんでした。それにY・M・C・Aの振りも、例のヒデキ・バージョンとは違うものだったはずです。

 ところが現在、アメリカでも例の振りで踊っているということは、もしかしたらヒデキ・バージョンが逆輸入されたということかもしれません。そうだとしたら、ヒデキファンとしては嬉しいことです! 

 ヒデキの『ヤングマン』はもともとコンサートで歌っていたものを、ものすごく盛り上がり評判がよいので、シングルでリリースしたように記憶しています。もちろん、当初から例の振り付きでした。今でもこの曲を聞くと、自然に手が動いてしまいます。おばあさんになっても、コンサートでヒデキおじいさんと『ヤングマン』を踊るのが私のささやかな夢です。

追記(2004年9月23日)

 『YOUNG MAN(YMCA)』 
              あまがいりゅうじ訳詞

ヤングマン さあ立ち上がれよ
ヤングマン 今飛び出そうぜ
ヤングマン もう悩むことはないんだから
ヤングマン ほら見えるだろう
ヤングマン 君の行く先に
ヤングマン 楽しめることがあるんだから

※素晴らしい YMCA YMCA
 ゆううつなど吹き飛ばして
 君も元気出せよ 
 そうさ YMCA YMCA
 若いうちはやりたいこと
 何でもできるのさ
 
ヤングマン 聞こえているかい
ヤングマン 俺の言うことが
ヤングマン プライドを捨ててすぐに行こうぜ
ヤングマン 夢があるならば
ヤングマン とまどうことなど
ヤングマン ないはずじゃないか 俺と行こう

※くり返し

ヤングマン 青春の日々は
ヤングマン 二度と来ないから
ヤングマン 思い出になると思わないか
ヤングマン ほら両手を上げて
ヤングマン 足ふみならして
ヤングマン 今思う事をやって行こう
 
※3回くり返し

GOLDEN☆BEST
GOLDEN☆BEST


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『オペラ座の怪人』と『ファントム』(小説)

オペラ座の怪人 (角川文庫)
オペラ座の怪人 (角川文庫)

ファントム〈上〉 (扶桑社ミステリー)
ファントム〈上〉 (扶桑社ミステリー)
ファントム〈下〉 (扶桑社ミステリー)

 ガストン・ルルー著『オペラ座の怪人』とスーザン・ケイ著『ファントム』を続けて読みました。

 ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』は、映画やミュージカル、関連小説すべての始まりになった原作小説。19世紀末のオペラ座を舞台にした、独特の雰囲気が漂うゴシックロマンで、ミュージカルの感動をそのまま期待するとやや肩透かしを食う印象。とは言え、ラストはとても切なく、ファントム(エリック)の思いがストレートに伝わってきて泣かされます。

 一方、『ファントム』は、ガストン・ルルーの原作を元に、エリックの生涯を誕生の時から綴った一代記。エリック本人、またはエリックをめぐる人物たちの一人称で綴られるので、読みやすいし感情移入しやすい小説です。原作のとっつきにくさや謎の部分が種明かしのように語られて、エリックの数奇な生涯が明らかになります。まったく別の小説なのに、「エリックはこんな人生を送ってきたのね」と納得してしまうほど。

 『ファントム』では、事件のその後まで語られていますが、それがまた衝撃的かつ感動的!(ネタばれになるので、書けないのが残念) エリック、クリスティーヌ、ラウール、3人それぞれの思いがそこで明らかになり、深い余韻が残ります。

 ちなみに、この小説『ファントム』は、現在宝塚で公演中のミュージカル『ファントム』とはまったく別物です。

 先月、「『オペラ座の怪人』と『ファントム』(舞台)」という記事を書いた際、LaLa-Soleilさんとまいくろさんにいただいたコメントがきっかけで、両小説を読むことができました。あらためて……どうもありがとうございました!

関連記事:
 『マンハッタンの怪人』(F・フォーサイス)
 映画『オペラ座の怪人』

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2004/08/20

韓流にハマる友

 韓流(発音は「ハンリュウ」)とは、アジアにおける韓国エンターテイメントの人気のこと。日本でも『冬ソナ』のヨン様のブレーク以来、韓国ドラマや映画が人気を博しています。そして、ついに韓流の波は私の身近なところまでやって来た! 親しい友人が韓流にハマってしまったのです。

 ただし、あこがれの君はヨン様ではなくビョン様。先日までNHKのBSで放映されていた『美しき日々』の主役のイ・ビョンホンです。イ・ビョンホンは、ペ・ヨンジュン、チャン・ドンゴン、ウォン・ビンと並ぶ韓国四天王の一人(別説あり)。日本の新御三家にハマる私や、香港の四天王にハマる別の友人とは違って、今までミーハーには無縁だった友人がこの歳になって(この歳だからこそ?)韓流にハマるとは意外な展開です。

 ヨンフルエンザならぬ、ビョンフルエンザにかかった彼女はただ今、かなりの急性症状を呈しています。『美しき日々』放映期間中の週末、ビデオが壊れて「今夜の放映分を録画できない」不安にかられた友人は、さっそく新宿まで出向き、DVDレコーダーを買い求め、しかも重くて大きな荷物を電車で持ち帰ったと言います。愛の力は偉大!

 そうまでして録画したのに、ある日、会社の帰りにふらりと入ったCDショップで『美しき日々』のDVDボックスを購入してしまったそうです。ああ、増え続けるビョンゲル係数! 韓国語関連の本に手を出すのも、お定まりのコースです。

 何度も「自分でも馬鹿だと思うんだけど」と言い訳しつつ、イ・ビョンホンのことを語る彼女はなかなかチャーミングです。純度100%のミーハー体質なのに、最近熱い思いから遠ざかっている私としては、何やらうらやましい気さえしてきました。

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2004/08/19

「Shampoo」(銀座4丁目店)

 気に入った美容院を求めて、あちこちの美容院を転々とすることを「美容院ジプシー」と言うらしいですね。私もその一人で、同じ美容院に何回か通っているうちに、つい浮気心が出て別のお店に行ってしまい、モト彼ならぬ元店に戻れなくなります。

 ここ数年ショートカットにしていて、どこで誰にカットしてもらおうが大差ないのですが、本人にとってはその微妙な違いが切実なのです。カラーリング(早い話が白髪染め)もしてもらうので、料金も重要な問題。以前は、料金は多少高くても上手な美容師さんがいいと思って、都心の有名美容院に通っていたこともありますが、安くてうまければそれにこしたことはありません。

 今回は外出のついでに、格安料金で話題の美容院「Shampoo」に行ってみました。銀座には美容院が続々とオープンしていて、その中にはこの「Shampoo」のように格安料金を売り物にしている美容院が何件かありますが、ここがよさそうに思えたのです。

 平日の午後だったので、とりあえずすぐに席に案内されましたが、そこで待つこと20分ほど。この待ち時間はお決まりのもののようです。担当の美容師さんがやってきて、いざカット開始。すきばさみ使用のドライカット(髪を濡らさないでカットする)で、内心「大丈夫かな?」と不安でしたが、終わってみたら、全体的に軽くなっていい感じ。満足のいくカットでした。

 カラーリング、シャンプーも丁寧で文句なし。これで6200円ならお得です。店内は雑然とした雰囲気なので、美容院にくつろぎや癒しを求める人には向いていませんが、「安くてうまい」美容院を探している人にはおすすめです。私がお店を出る頃には、仕事帰りのOLが外まで列を作って順番を待っていました。

関連記事: ひさびさのパーマ(2005年1月24日)

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2004/08/18

夏こそお風呂

 みなさんはこの暑い日々、入浴はどうしていますか? お風呂につかっていますか、それともシャワーを浴びるだけですか?

 今日の読売新聞の生活面に出ているデータ(2004年4月花王調べ)によると、「夏場もほぼ毎日お風呂につかっている人」が57%で、「どちらかといえばお風呂が多い」人と合わせると7割近くに達したそうです。

 私も以前は、湯船にはさっと入るだけでほとんどシャワー派といってよいくらいでしたが、お風呂の効能を聞いてからは、できるだけ、汗をかくまでゆっくり入浴するようにしています。

 「冷え」は万病の元だから、「体を温めて免疫力を高める」という理論を信じているんです。体を温めると、副交感神経が刺激されてリンパ球の数が増え、免疫力が高まるので、がんさえ克服できる可能性があるというのですから、信じたくなりますよね。

 それはさておいても、冷房による「冷え」は体の不調につながるし、蓄積されると秋や冬に深刻な症状となって現れるそうですから、やはり、入浴によって冷えを解消することが大切です。また、食事を見直したり、衣服を工夫したりするのも、冷えの防止には欠かせません。

 私は昔から汗をかくのが大嫌いで、汗をかきにくい体質を喜んでいましたが、どうやらそれは「不健康の証」だったようです(^^;)。健康のために、いい汗をたくさんかかなければ!


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2004/08/17

体操日本、復活!

 体操男子団体の金メダル、おめでとう! 今朝起きて、まずテレビをつけたら、ちょうどライブの表彰式が始まるところでした。おお、日本選手が真ん中にいる! やったぁ! かつてのお家芸、体操での「日の丸」と「君が代」は格別なものがありました。

 男子団体の金メダルは28年ぶりとのこと。体操日本のひさしぶりの復活は嬉しいかぎりです。記録によれば、日本は1960年のローマ五輪から76年のモントリオール五輪まで、5回連続で金メダルを獲得していますが、その後、ランクを下げ、過去2回はメダルを手にすることができませんでした。

 試合内容は後ほどテレビでゆっくり見たいと思いますが、どうやら最後の種目の鉄棒で劇的な逆転をした模様。思えば、76年の金メダルも逆転によるもので、エースの笠松選手が盲腸炎で欠場というピンチを乗り越えての優勝でした。1976年7月21日付けの朝日新聞のタイトルは、「日本男子 ウルトラ逆転「金」」。

 心臓が痛くなるようなせり合いだった。しかし、最後の日本お家芸の鉄棒で最後の演技者、塚原が「新月面宙返り」で、木の葉のようにヒラヒラと、超スピードで舞い降りた瞬間、逆転の五輪五連勝が決定した。

 28年前の興奮がよみがえってきました。その塚原選手の息子が今回の優勝メンバーにいるのも不思議な縁を感じます。蛇足ながら、コマネチが満点を続出したもこのオリンピックでした。

資料: 朝日新聞で振り返る「Back to オリンピック」 モントリオール大会

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2004/08/16

小仏トンネルの渋滞

 夫の夏休みが終わり、今日から出勤。日中にはまた暑さが戻ってきそうですが、取りあえず今朝は涼しくて楽ですね。夫を送り出し、1週間ぶりの解放感にひたる妻であります(^^ゞ。

 一昨日、夏休み唯一のイベントとして、夫とゴルフに行ってきました。場所は、山梨県の都留カントリー倶楽部。ここは週末でもツーサムでラウンドできるし、わが家からは中央高速で1時間と少々なので、夫と二人の時はよく利用しています。今回はキャディーさんなしのセルフプレーだったので、二人でのんびり気楽にプレーできて楽しかったです。あいかわらず120台のへっぽこゴルフですが(^^;)。

 ただし、やはり帰りは渋滞に引っかかりました。中央高速は季節を問わず、週末には渋滞するのが難点です。お盆休みの真っ只中なので覚悟はしていましたが、案の定、小仏トンネルを先頭に12キロの渋滞、それを抜けるのに50分ほどかかりました。

 小仏トンネルは、東京都と神奈川県の県境となる小仏峠を貫いている全長約2キロのトンネルで、中央高速の上り線の渋滞のメッカです。ひどい時には50キロの渋滞になることさえあります。

 高速道路の自然渋滞の原因は、トンネルや橋があること、上り坂であることなどと言われていますが、ここはゆるい上り坂のトンネルなので、交通量が多くなるとどうしても渋滞してしまうわけです。少し前にも東海北陸道のトンネル内で大きな事故がありましたが、ドライバーはこういう事故を恐れて、トンネル内ではスピードを抑える傾向があるようです。

 当局は渋滞解消のために、小仏トンネルの照明や内装を改良して分析したそうですが、効果は認められなかったとのこと。大事故を未然に防いでいるとすれば、渋滞は仕方ないのかもしれませんね。とは言え、渋滞さえなければ、信州の山々がもっと身近になるのにとついうらめしくなります。

渋滞学 (新潮選書)
渋滞学 (新潮選書)

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2004/08/15

アテネ五輪開会式

 谷亮子と野村忠宏の金メダルで始まったアテネ五輪、幸先いいスタートですね。昨日は早朝から外出したため、見られなかった開会式のビデオを先程ゆっくり見ました。

 エーゲ海をイメージした水の演出とスタジアムの空間を立体的に使った演出による、ギリシャの歴史のアトラクションは素晴らしかったです。アトランタ、シドニーの時のような派手さはないけれど、心に深く残るものでした。

 そして、選手入場。一昔前に比べると、選手たちがのびのびと楽しそうに入場してくるのがいいですね。と言いつつ、選手の緊張感が伝わってくる整然とした行進がなつかしくもあります。携帯、ビデオ持参は今や世界的な傾向のようです。

 日本のユニフォームは、うーん、やっぱりイケてなかったですね。花柄のレインコートにレインハットという感じ。しかも、団扇付き。お洒落じゃないし、統一感もないし、ただinterestingという印象でした。

 楽しみにしていた西欧諸国のユニフォームは今回、色調を押さえたシックなものが多く、夜間の開会式にはあまり映えなかったような気がします。その中では、ベージュ系にオレンジをポイントにしたドイツがよかったかな。スペインの鮮やかな紅白のスーツもお洒落でした。

 アメリカとカナダのいかにも両国らしいユニフォームはさすがです。ブラジルのグリーンがきれいでした。ニュージーランドのデザインは個性的で素敵でした。モルドバという聞きなれない国のユニフォームは、グレーとピンクでとてもお洒落でした。

 聖火台がいかにも21世紀らしいですね。これから2週間、世界のアスリートたちの活躍をおおいに楽しみたいと思います。

関連記事:「アテネ五輪のユニフォーム」(6月10日)

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2004/08/11

ブログも夏休み

 この先14日まで、このブログも夏休みということにします。泊りがけで旅行に行くわけではないのですが、しばしブログのない日々を過ごしてみます。ひとつには、夫が夏休み中でどうも集中できないのですよ。何しろ、このブログのことはまだ内緒なので(^^ゞ。

 帰省される方、旅行にお出かけの方、楽しい夏休みをお過ごしくださいね。では次回は15日に! 

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2004/08/10

脱脂粉乳はユニセフの援助だった

 一昨日の小学校時代の友人との集いにて、小学校の教師をしている友人の発言。「ねぇねぇ、私たちって昔、ユニセフのお世話になっていたのよ! 給食の脱脂粉乳はユニセフの援助なんだって」。他のメンバー、一斉に「へぇ!」とトリビア状態。

 さっそくネットで調べてみたところ、確かに「昭和24年から39年までの15年間、給食の脱脂粉乳や毛布、医薬品などユニセフの援助を受けていた」とあります。私たちが生まれ育ったのは、そんな時代だったのですね。ちなみに、昭和39年は東京オリンピックが開催された年です。

 そういう背景を知ると感謝こそすれ、文句など言えない立場ですが、給食のミルク(脱脂粉乳のこと)は本当にまずかった! 給食当番が重くて大きなミルクポットを運んできて、アルマイトの器に配ると、飲む頃には表面にまくが張り、なまぬるくなっていて、意を決して飲み込まないと飲めないようなシロモノでした。

 当時は「給食は残さず食べましょう」という教育が徹底していたので、食べ終わらない子どもはいつまでも食器を片付けてもらえません。仲間の一人は、「掃除当番が掃除を始めても、まだ教室のはしっこでミルクと格闘していた」そうで、涙涙の思い出らしいです。今なら、人権侵害で親が駆け込んできそうですが……。

 その後、徐々に牛乳の出る頻度が増し、やがてすべて牛乳になった時はとても嬉しかったです。つまり、私たちは脱脂粉乳を知っている最後の世代ということ……ユニセフのおかげで成長した最後の子どもたちなのです。

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2004/08/09

「パルテノペ」(恵比寿店)

 昨日、小学校時代の友人との集いがあり、恵比寿のイタリア料理店「パルテノペ」に行きました。「パルテノペ」は日清製粉の直営店で、世界に180店舗ほどしかないナポリピッツァ協会認定のお店です。

 このお店に行くのは2度目。以前、別の仲間と食事をしたことがあり、その時とても気に入ったので、また行きたいと思っていました。

 なんといっても、ナポリから取り寄せたという薪窯で焼き上げた、もちもちピッツァが絶品! マルゲリータも、生ハムとルーコラのピッツァも最高に美味しかったです。そうそう、ゼッポリーネ(ピッツァ生地に海草を入れて揚げたオードブル)も忘れてはいけません。私はここでしか食べたことがないのですが、これは絶対おすすめ!です。その他のオードブルもパスタもどれも美味しくて、ワインがどんどん進みました。

 昔の仲間との語らいは楽しく、あっという間に時間が過ぎてしまいました。それぞれの世界で頑張っている友人たちの話を聞き、元気をいっぱいもらってきました。話している時はすっかり小学校時代に戻っていた私たちですが、デジカメで撮った写真を引き伸ばしたら、やっぱり年が出ていた……当たり前ですが。

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2004/08/08

もしも改名したほうがいいと言われたら

 皆さんはどうしますか? タレントのおさるが細木数子に勧められて、「モンキッキ」という芸名に改名するというニュースを見て、ふと考えました。

 私はいたって小心者なので、占いで悪いことを言われたら、すごく気にするタイプ。その反面、いいことを言われても「当たるわけない」と思ってしまう損な性格なので、個人的に占ってもらったことは1回しかありません(友人の付き合いで数寄屋橋で手相を見てもらったら、幸いそこそこいいことを言われた)。

 名前は絶対変えたくないので(姓は結婚して変わったけれど)、姓名判断をしてもらいたいとは思いません。悪いことを言われて、名前を変えるべきか否か、悩むのが嫌だから。雑誌などに掲載されていれば、お遊びで見てみることはありますが。

 知人に、名前の音はそのままにして漢字だけ変えている人がいます。いわゆる通称名の改名です。専門家に姓名判断をしてもらった結果、そのほうが運が開けると言われたようです。私はそれも嫌なので、姓名判断は断固拒否。だって、名前の音はもちろん、漢字にも愛着があるし、それが自分だと思っているから。

 こんなことを言えるのは、絶望的な思いをしたことがないから? いや、それなりに挫折もあるけれど、それを姓名判断や占いでどうこうしようと思わないんです、今のところ。信じる信じないの問題ではなく、心を乱されたくないというところでしょうか。

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2004/08/07

ダーツバーにデビュー

 「ダーツに挑戦」という記事を書いてから、早4ヵ月。ようやくダーツバーにデビューしました。場所は「Blue Arrow」、都営新宿線「小川町」駅に程近いダーツバーです。

 内心ビビりつつ、お店のドアを開くと、音楽がガンガン鳴り響く薄暗い店内で、10台のダーツマシンにてさまざまなグループがダーツに興じていました。「ふむふむ、ダーツバーとはこういうところなのね」とあちこち観察しながら、ビールを飲んで順番を待つこと30分、ついに私たちの順番がまわってきました。

 マシンの使い方を店員さんに教えてもらい、いざスタート。思いのほか、ダーツがちゃんとボードに刺さって、上々の滑り出し。面倒くさいポイント計算はすべて機械がやってくれるので、ダーツを投げることだけに専念できて快適です。ダーツがボードに刺さらないことがあるのが情けないけれど(そのダーツを拾う時の淋しさよ)、少しずつコツがわかり、だんだん乗ってきました。面白い!

 ゲーム方法はいくつかあるようですが、得点を合計したものを競い合う「カウントアップ」と、持ち点から得点をマイナスしていき、早く0にした人が勝つ「ゼロワンゲーム(301)」にトライしてみました。ボードの数字を狙えるようになるにはまだ時間がかかりそうですが、それでも結構盛り上がります。

 店内は薄暗いし、皆それぞれ自分たちのプレイに熱中しているので、おばさんチャレンジャーがヘンに浮くこともなかったように思います(たぶん)。店内は男性グループと大人のカップルが多く、思ったより年齢層が高くてちょっと安心しました。すっかり味をしめた私たち、近いうちにまたチャレンジすることを約束して別れました。今度、夫を誘ってみよう。

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2004/08/06

調布市だけ震度4?

 昨夜、深夜3時23分に千葉県北西部を震源にした、マグニチュード4.9の地震がありました。気象庁の発表によれば、震度は「調布市つつじヶ丘」だけが震度4で、その他は震度3以下。何故、調布市だけが震度4なのでしょう。震源から近いわけではないのに不思議です。

 わが家は調布市内なので、先ほど友人よりお見舞いのメールまでいただいてしまいました。しかし、何を隠そう……私は地震に気づかなかったのです(^^;)。地震が大嫌いでふだんは非常に敏感な私ですが、昨日は疲れて深く寝入っていたせいか、今朝ニュースで聞くまでまったく知りませんでした。

 いくら疲れていたとは言え、震度4もあったら飛び起きたと思うのですが……。本当に震度4もあったのかしら? 気づかないことのショックを震度の疑惑に向ける私です。

 たまたま朝刊の週刊誌の広告に「東京を超巨大地震が襲う危険度」というタイトルを見つけて、ドキッとしました。今日の地震がそういう大きな地震につながることなどありませんように! そんなことはないとは思いますが、この際、避難グッズを点検しておくことにします。


<追記> 2015年9月

 2015年9月12日早朝に東京湾を震源とするM5.3の地震がありましたが、やはり調布市だけが震度5弱でその他は震度4でした。東日本大震災以来の東京の震度5ということで調布上空にヘリまで飛び回る騒ぎとなりましたが、これまたちょっとおかしい気がしました。調布の震度計は大きめに出るようです。

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2004/08/05

美顔器を勧める母

 最近、事あるごとに実家の母に美顔器購入を勧められます。どうやら、母はたまに会う娘の顔に変化を認めているようす。そりゃあね、毎日見ている本人だって微妙な変化には気づいていますよ、気づいていますけど……。

 母はもう随分前から美顔器でお手入れをしているらしく、「そのおかげで、同じ年代の人よりシワが少ない」ことが自慢らしい。確かに、古希にしては若々しく見えるけれど、それは現役で仕事をしているから内面からにじみ出ているもので、シワはそれなりだと思うのですが。

 「つまらない洋服一着買うより、肌のお手入れが大切よ」(それはそうですが)。「シワやシミができてからでは取り返しがつかないんだから」(もうかなりできてますが)。「1日10分のお手入れでいいんだから」(毎日なんて面倒くさい)。と、まるで美容部員か電話勧誘員のように、美顔器の必要性を説く母。

 昨日も電話でこの話になって、「今度そっちに行ったら、試してみるから」と母を納得させて、ようやく受話器を置いた次第。ふぅ。「顔の半分だけやってあげるからね、その違いがわかるわよ」とはりきっていました。いやはや。

 いくつになっても娘を案ずる母には感謝しています。というより、娘がおばさんになっていくのを見るのは切ないんだろうなぁ。

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2004/08/04

戦争だけはございませんように

 前の記事の『昭和史』の中から、印象的な言葉を引用しておきます。昭和12年とは、「中国を一撃すべし」の空気がしだいに強まり、夏に日中戦争が始まった年です。

 野上弥生子が年頭の新聞に書いた言葉。

 ……たったひとつお願いごとをしたい。今年は豊年でございましょうか、凶作でございましょうか。いいえ、どちらでもよろしゅうございます。洪水があっても、大地震があっても、暴風雨があっても、……コレラとペストがいっしょにはやっても、よろしゅうございます。どうか戦争だけはございませんように……

 永井荷風の2月14日の日記。

 日本現代の禍根は政党の腐敗と軍人の過激思想と国民の自覚なき事の三事なり。政党の腐敗も軍人の愚行も、これを要するに一般国民の自覚に乏しきに起因するなり。個人の覚醒せざるがために起こることなり。然り而して個人の覚醒は将来に於てもこれは到底望むべからざる事なるべし。

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『昭和史 1926→1945』(半藤一利)

昭和史 1926-1945
昭和史 1926-1945

 サブタイトルの「1926→1945」からわかるように、第二次大戦終戦までの昭和史で、時代的に戦争史と言えます。半藤氏が1回1時間半から2時間にわたって、スタッフたちの前で行なった「授業」を本にしたものなので、口語体で読みやすく、500ページにおよぶ内容を飽きることなく読めました。

 満州事変(昭和6年)に始まり、上海事変(昭7)、国際連盟脱退(昭8)、二・二六事件(昭11)、日中戦争開始(昭12)、第二次大戦勃発(昭14)、日独伊三国同盟調印(昭15)、真珠湾攻撃、太平洋戦争開戦(昭16)、原爆投下、終戦(昭20)までの事情が、詳しく説明されています。

 これを読むと、いったん走り始めてしまった戦争への道を方向転換することがいかに困難であるか、がよくわかります。戦争拡大に反対しつつも、一部の軍部の暴走を食い止められない天皇や良識派。軍部の動きをバックアップし、国民的熱狂をあおるマスコミ。そして、燃え上がった熱狂そのものが権威をもち、不動のものとなって人々を引っ張り、流していき、行き着いた先は……。

 終戦から59回目の夏……大昔の話ではありません。おじいさんやおばあさん(あるいはその親)は戦争を体験しているのです。なのに、私たちはこの時代のことを知らなすぎる。知らなければ、歴史から学ぶこともできません。

 日本は何十年か前にこういう失敗をして、300万人以上の国民がその犠牲となったほか、近隣諸国にも多大な被害を及ぼした国であることを、私たちはもっと知るべきです。この本を読んで、それを痛感しました。知ったうえで、何をしたらいいか、何をするべきかをそれぞれが考える必要があるように思います。

関連記事:
『昭和史(戦後篇) 1945→1989』(半藤一利) (2006年6月17日)


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2004/08/03

『21世紀音頭』

 今朝ほど、盆踊りについての記事を書いたのですが、 『21世紀音頭』というのがあったことを忘れていました。音頭といっても、歌謡曲のような曲調のノリのいい曲で、佐良直美が歌っていました。踊りも和洋折衷の不思議な振りでしたっけ。

 これから31年たてばこの世は21世紀
 その時二人はどうしているの
 やっぱり愛しているかしら、ハァー!(かけ声) 

 確か、こんな歌詞でした。ちょっと(かなり?)笑えますね。上のサイトによると、1970年万博の年に発売されたとあります。さらにうろ覚えですが、この後の歌詞に「火星や金星、遠くの星に旅行に出かけているかしら」というような部分があったはずです。サビの部分は「21世紀の夜明けは近い」でした。

 あれから30年以上経ち、21世紀に突入して4年目。「あの頃の未来に僕らは立っているのかな」(夜空ノムコウ)という感じですね。うーん、何だかしみじみしてしまう。

 当時、一緒に『21世紀音頭』を踊っていた友人たちと今度の週末にひさしぶりに会う予定です。

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盆踊りを踊りたい!

 このところ週末になると、どこからともなく盆踊りの音楽が聞こえてきて、何となく心が浮き立ちます。ああ、私も踊りたい! とは言っても、ゆかたなんて、もう20年以上も袖を通してないのですが……。

 盆踊りは私の数少ない特技?で、たぶん今でも、『東京音頭』『炭坑節』『オバQ音頭』あたりは体が覚えているはず。下町育ちの私は、子どもの時からお祭りに目がなく、昼間は半被姿でお神輿をかつぎ、夜はゆかたで盆踊りを踊ったものです。

 盆踊りのやぐら、提灯、夜店、そこに集うゆかたの人々が作る独特の雰囲気ももちろん好きですが、盆踊りそのものが好きなんです。同じ動きの繰返しで単調ながら、それをみんなが一体となって踊ると「これぞ日本の祭り、これぞ日本人」という気がしてくるから不思議。

 そういえば、学生時代にアメリカで短期ホームステイをした時、さよならパーティーで『東京音頭』を踊りました。機会があれば踊りたいと思って、ゆかたと『東京音頭』のシングル盤持参で渡米したのです。日本の学生とアメリカのホストファミリーが一体となって踊った時の高揚感は忘れられません。

 あの日以来、盆踊りを踊っていない私。聞こえてくる音楽に合わせて、ちょっと手足を動かしてみました。

決定盤全国盆踊り~全曲振付~
決定盤全国盆踊り~全曲振付~

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2004/08/02

長嶋監督アテネ断念、中畑コーチが指揮

 長嶋監督がアテネ行きを正式に断念し、中畑ヘッドコーチが指揮を執ることが発表されました。

 もちろん私だって、アテネで長嶋監督が指揮をするところを見たかったです。でも、3月に脳梗塞で倒れた時の状態を聞いた時から、それは無理だろうと思っていました。脳梗塞という病気、長嶋監督の年齢、アテネの気候を考えれば、常識的に考えてそういう結論になるはずです。

 なのに、開会式を来週に控えた今になって発表するのはどういうこと?! 私にはどうしても、わざと発表を引き伸ばしてきたように思われて仕方ありません。長嶋監督への気遣いもあるでしょうが、それ以上に、後任の監督を決めるのを避けるためのような気がします。

 もっと早く発表していたら、たぶん指揮を執るのは中畑コーチではなかったはず。星野さん、原さんなど、もっと適任と思われる人がほかにいます。それを避けたい誰かの思惑によって、このような事態になったのではないでしょうか? 深読みしすぎかしら?

 中畑氏は監督代行ではなく、ヘッドコーチのまま指揮するとのことで、それも中途半端に思えます。決まったからには頑張ってほしいけれど、何となくすっきりしないものが残ります。

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7月記事別アクセス数ベスト10

1、 『ローレライ』vs『亡国のイージス』 (304)
2、 映画「夫婦50割引」キャンペーン (253)
3、 調布市花火大会、来週開催! (119)
4、 『風光る』(渡辺多恵子) (118)
5、 爪もみ健康法 (116)
6、 アクセス解析の異常 (106)
7、 踊り字って何? (95)
8、 ヨンフルエンザ蔓延中 (94)
9、 蚊にさされやすい体質 (86)
10、 「MyblogList」設置 (85)

 先月のベスト10は、なかなかバラエティに富んでいます。『ローレライ』と『亡国のイージス』の映画化は、世間の注目の的のようですね。いい映画になることを期待しましょう! 地元・調布市花火大会のPR(?)記事を多くの方に読んでいただけて、とても嬉しいです。

 それから、踊り字についての記事は、ひとつの話題がトラックバックの応酬によって発展してゆき、ブログの面白さを実感できました。興味のある方は、マサログさんのブログまでどうぞ!→

参考:4~6月記事別アクセス数ベスト10

 

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「恥ずかしながら」という言葉

 7月30日付けの記事に対して、yosihokaさんからトラックバックをいただきました。「恥ずかしながら」という言葉に違和感を感じるという内容の記事でたいへん興味深かったので、私もこの言葉を検証してみることにしました。

 1972年にグアム島から帰国した横井庄一さんの第一声「恥ずかしながら、帰ってまいりました」はあまりにも有名で、「恥ずかしながら」はこの年の流行語になっています。これを境に、この言葉の使われ方に変化があったかどうか、実際のところはわかりませんが、これをきっかけに、より普及したと考えても差し支えないかと思います。

 私は、この「恥ずかしながら」を、「恥ずかしいことですが」という意味の前置きの言葉として使っています。つまり、「残念ながら」「勝手ながら」「不本意ながら」「僭越ながら」「遺憾ながら」などと同じような使い方です。しかし、これらはすべて形容動詞の語幹に接続助詞「ながら」がついたもので、形容詞の語幹「恥ずかし」+「ながら」とは形が異なります。

 形容詞の語幹に「ながら」が付く場合は通常、逆接に用いられます。yoshiokaさんが例にあげている「身はいやしながら、母なむ宮なりける」(伊勢物語)も、「(男の)身分はいやしいけれども、(その男の)母は皇女だった」と逆接の意味になっています。「この車は小さいながら、よく走る」も同様です。

 こう考えると、私を含めて、最近の「恥ずかしながら」の使い方は微妙にずれているのかもしれません。横井さんの言葉は、「恥ずかしくてたまらないけれど、帰ってきた」という思いが凝縮されていますが、私の使い方にはそれがありません。

 ちなみに、青空文庫(インターネットの電子図書館)で、「恥ずかしながら」を検索したところ、太宰治の『花吹雪』に1例、佐々木味津三『右門捕物帖』『旗本退屈男』に3例ありました。最後に、太宰治の使い方を引用しておきます。

十九、恥ずかしながらわが敵は、廚房(ちゅうぼう)に在り。之をだまして、怒らせず、以てわが働きの貧しさをごまかそうとするのが、私の兵法の全部である。

追記(2007年8月31日):
 「僭越ながら」という言葉を検索して、この記事にたどり着く方が多いようです。「僭越ながら」は、「自分のような者が出過ぎたことをして恐縮ですが」という謙遜の意味で使います。例えば、結婚式の祝辞で「ただいまご紹介に預かりました○○と申します。僭越ながら一言ご挨拶させていただきます」などと言います。今やほとんど紋切り型の社交辞令になっている気がします。

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2004/08/01

「銀座うかい亭」

 錫婚式の結婚記念日を迎えたので(年齢のわりに結婚年数は若い)、昨日、夫と記念のディナーに出かけました。ここ数年、結婚記念日にはとくに何もしませんでしたが、今年は区切りの記念日なので、ひさしぶりのイベントでした。

 場所は、鉄板焼きの「銀座うかい亭」。前々から行ってみたかったお店です。高尾山の「うかい鳥山」をはじめ、「うかい亭」や「とうふ屋うかい」、さらに「箱根ガラスの森」なども手がけている「うかいグループ」の一店舗。「うかい鳥山」と「とうふ屋うかい大和田店」には行ったことがありますが、お味もなかなかのうえ、お店のシチュエーション、演出が凝っていてとても満足できました。

 さて、「銀座うかい亭」。贅をこらした内装に、行き届いたサービス、もちろんお料理はたいへん美味しく、贅沢なひとときを堪能しました。とびきり高級なお肉を目の前で焼いていただくと美味しさも倍増。さらし玉ねぎとあさつきでいただくステーキは、柔らかくてジューシーで文句のつけようがありません。と言いつつ、付け合わせのもやしを欲してしまう私って貧乏性? 最後のガーリックライスがまた堪らない美味しさ……これぞ鉄板焼きの醍醐味です。

 たまには夫婦でこんなディナーもいいですね。といっても、お値段も贅沢なので、そうそう行かれませんが……。次のイベントは水晶婚式でしょうか。元気に仲良くその日を迎えたいものです。

関連記事: 
「八王子うかい亭」 (2007年8月14日)

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