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2004/08/10

脱脂粉乳はユニセフの援助だった

 一昨日の小学校時代の友人との集いにて、小学校の教師をしている友人の発言。「ねぇねぇ、私たちって昔、ユニセフのお世話になっていたのよ! 給食の脱脂粉乳はユニセフの援助なんだって」。他のメンバー、一斉に「へぇ!」とトリビア状態。

 さっそくネットで調べてみたところ、確かに「昭和24年から39年までの15年間、給食の脱脂粉乳や毛布、医薬品などユニセフの援助を受けていた」とあります。私たちが生まれ育ったのは、そんな時代だったのですね。ちなみに、昭和39年は東京オリンピックが開催された年です。

 そういう背景を知ると感謝こそすれ、文句など言えない立場ですが、給食のミルク(脱脂粉乳のこと)は本当にまずかった! 給食当番が重くて大きなミルクポットを運んできて、アルマイトの器に配ると、飲む頃には表面にまくが張り、なまぬるくなっていて、意を決して飲み込まないと飲めないようなシロモノでした。

 当時は「給食は残さず食べましょう」という教育が徹底していたので、食べ終わらない子どもはいつまでも食器を片付けてもらえません。仲間の一人は、「掃除当番が掃除を始めても、まだ教室のはしっこでミルクと格闘していた」そうで、涙涙の思い出らしいです。今なら、人権侵害で親が駆け込んできそうですが……。

 その後、徐々に牛乳の出る頻度が増し、やがてすべて牛乳になった時はとても嬉しかったです。つまり、私たちは脱脂粉乳を知っている最後の世代ということ……ユニセフのおかげで成長した最後の子どもたちなのです。

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コメント

ユニセフの援助って、昭和39年までだったのですか。私が41年に小学校に入った時にはまだ脱脂粉乳が出て来ましたが、あれは在庫処理だったのかな。幼稚園では牛乳を飲んでましたので、小学校になるとなんでこんなまずいものを飲まなきゃならないのかと、悲しくなりました。時々ココアが入る事があって、そのときは嬉しかったですけどね。次の年には牛乳に切り替わってほっとしたのを覚えています。

投稿: なおくん | 2004/08/10 19:00

あの頃は給食全般においしくなかったですね。でも「おいしくない」なんて言える雰囲気ではありませんでしたよね。
そういえば、「健康優良児」の表彰なんかがありました。
それに「肝油ドロップ」!あれはおいしかった。

投稿: yoshioka | 2004/08/10 20:37

 なおくんさん、yoshiokaさん、コメントありがとうございます。お二人も脱脂粉乳世代のようですね(^^)。

>なおくんさん

 私は39年入学組ですが、脱脂粉乳を飲んだのは1年だけではなかったはずです。3年生くらいまで飲んだかもしれません。その辺の記憶があいまいで残念です。そうそう、ココア入りの日がありましたね。小さな喜びでした(^^)。揚げパンの日と同じく!

 牛乳は、びん入りの時代と、三角テトラパックの時代がありました。どっちが先かも覚えてませんが。三角テトラパックはぱっと広まって、あっという間になくなりました。

>yoshiokaさん

 給食だけでなく、わが家の食事も素食でした(^^ゞ。今の給食はとても美味しいそうですよ!(教師をしている友人いわく)

 健康優良児って今はないのかしら? そういえば、先日集った仲間の一人が健康優良児でした。当時はチビ&ヤセだった私ですが、今は彼女より背が高くなりました。

 肝油ドロップ、なつかしいですね。確か、パパゼリーという名前でした。

投稿: Tompei | 2004/08/11 01:52

夏休みとのこと、お返事は結構ですが....

> 当時はチビ&ヤセだった私ですが、

当時、そうだったら「ビアフラ」って呼ばれてませんでしたか?
(内戦中のビアフラ難民の惨状が報道されて、かわいそうだった)

投稿: yoshioka | 2004/08/11 10:26

>yoshiokaさん

 「ビアフラ」と呼ばれたことはなかったけれど、「ビアフラ」という言葉は、やせ細った難民の姿とともに印象に残っています。でも、当時はわけがわかっていませんでした。ナイジェリアの内戦だったんですね。

投稿: Tompei | 2004/08/12 10:14

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