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2004/09/08

尾張町の交差点

 日本一有名な交差点「銀座4丁目の交差点」は、昭和初期まで「尾張町の交差点」と呼ばれていたことを、今朝の読売新聞の記事で知りました。

 名の起こりは、江戸初期に徳川家康が江戸湾の浅瀬の埋め立てを諸大名に命じた時、この地を造成したのが尾張の大名だったことに由来するそうです。明治から昭和初期まで、現在の銀座5、6丁目の一部は尾張町という町名でした。

 尾張町のことはさすがに知りませんでしたが、あの交差点を都電が走っていた時代をおぼろげながら覚えている私は、かなり古い部類に入るのでしょうね。都電が廃止になる日、モールなどで飾られた都電を見物に、一家そろって出かけた日を思い出します。調べてみたら、昭和42年のことでした。

 あれから37年。銀座は、私の一番好きな街です。銀座通りを目的もなくぶらぶらする(「銀ぶら」は死語?)のが好き……何だか気持ちがすーっとするのです。

 昨今は、銀座に出向く度に、銀座通り周辺に高級ブランド店が増えていき、銀座が様変わりしていくのを肌で感じます。エルメス、コーチ、ルイ・ヴィトン、フェラガモ、プラダ、シャネル(年末オープン予定)などなど。ニューヨークの五番街やパリのシャンゼリゼ通りのような通りを目指して、誘致しているのでしょうか?

 街の発展のためにはそれも1つの方法かもしれませんが、古きよき銀座の香りがだんだん消えていくような気がして、どこか淋しく感じます。せめて4丁目の交差点はいつまでも変わらずに、服部時計店(和光)と三越と日産と三愛ビルであってほしいなぁ。おばさんの感傷でしょうか。

あの日の銀座―地図と写真でたどる 昭和25年から30年代の思い出と出会う (地図物語)


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