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2004/11/29

2004秋の京都(その2・グルメ)

 一度、京都のそれなりの料亭で懐石料理をいただいてみたい……が、料金の問題もさることながら、装いの問題もクリアできず、いまだに実現に至っていません。そういう料亭に行く時にはそれなりにドレスアップしないと、気後れしてしまい、落ち着いてお料理を味わうことができなさそう。そうなると、お寺めぐりの軽装とは別に、料亭用の"よそいき"を持参する必要があり、そこまでするのは面倒ということになるのです。

 で、結局いつも、おばんざいのお店どまりです。しかも、つい知っているお店に入ってしまう。今回も事前にいろいろ調べたわりには、新鮮味に欠ける選択です。

<1日目(11/24)>
遅い昼食:「阿古屋茶屋」(二年坂)
      ・お茶漬けバイキング:京都のお茶漬けはもっと優雅に
       いただきたい。
甘味:「都路里」(高台寺) 
    ・東京にもあるのに……。
夕食:「おいしんぼ」(祇園)
    ・おばんざいのお店。
     入ってみてわかったのだけど、ここも東京に出店していた。
     品数が多く、味もなかなかで、祇園にしてはエコノミーな
     お店。
<2日目(11/25)>
昼食:「おめん」(銀閣寺)
    ・京都に行くと、必ずここのうどんを食べる。
     数種類の野菜を薬味にして食べるうどんは美味!
甘味:「叶匠寿庵」(哲学の道)
    ・全国展開している和菓子店の甘味処。
夕食:「志る幸」(四条河原町)
    ・古高俊太郎が潜伏していた枡屋跡。
     名物の利久弁当をいただく。
<3日目(11/26)>
お抹茶:雪舟寺
昼食:「點心茶室」(京都伊勢丹)

その3に続く)

関連記事:2004秋の京都(その1・お寺)

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洋装の土方さん

 大河ドラマ『新選組』はいよいよ大詰め……あとは近藤、土方、沖田の3人の最期を見届けるだけかと思うと、切なさと寂しさでいっぱいになります。昨夜放映分の「もうあの時代には戻れない」という近藤局長の言葉が胸に迫りました。

 そんな中、土方ファンの最大のお楽しみ"洋装姿"がお披露目されました。おお、本物の土方さんにそっくり! 髪型が例の写真と同じせいもあるけれど、顔つきや雰囲気まで似ています。土方さんも草葉の陰で満足しているに違いありません。いや、「俺のほうがもっと格好いい」と言っているかも?

 でも、実を言うと……山本土方は本物にそっくりではあるけれど、想像していたより興奮度が低い。舞台『燃えよ剣』の上川土方の洋装姿にはもっとときめいたのに……。とにかく、洋装の土方さんはすべてがカッコよくなくちゃダメ(妄想が入っています)。結婚した元カノを呼び出したりするもんですか……まして、説教されて動揺するなんて(怒!)。

 洋装の土方には、ラストサムライの美学を貫いて、思いきりカッコつけてほしいのです。気障な台詞をぼそっとつぶやいて、くらくらさせてほしい(^^ゞ。お願いしますよ、三谷さん。と言っても、もう撮影は終わっているわけだから、あとは三谷さんの土方像を拝見するだけですが。

 それにしても、山本耕史を土方役に抜擢したのは大正解でしたね。山本くんの外見と内面のギャップが土方歳三に通じるものがあり、それを見抜いた三谷さんの英断に拍手を送りたいと思います。あと数年したら、もっと大人の男の色気が出て、洋装姿にも+αが加わりそう……その頃、『燃えよ剣』の土方を演じてくれないかしら。

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2004/11/28

2004秋の京都(その1・お寺)

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 老母のお供で京都に行き、古都の紅葉を堪能してきました。何しろ「お供」なので、自分の見たい所を自分のペースでまわることはできませんが、紅葉まっさかりの京都に「ご招待」していただいただけでありがたいと思わなければ……。

 母娘の京都旅行は、昨年の初夏に続いて2度目。娘との旅行に味をしめた母が「次回は紅葉が見たい」と言うので、今年の春、ホテルに予約を入れました。それから半年……家族に病人が出るなど、一時は行かれるかどうか心配しましたが、無事に決行できて、それがまず嬉しかったです。

 今回訪れたお寺は、下記のとおり。紅葉の名所を中心にその周辺のお寺を歩いてまわりました。母は内心、タクシーを貸し切って観光するのを希望していたようですが、歩ける範囲で歩いてこそ京都のよさがわかるというもの……少々無理をさせて、結構歩きました。

<1日目(11/24)>
 (午後、京都着)
 清水寺→高台寺(ライトアップ)→知恩院(ライトアップ)→八坂神社
<2日目(11/25)>
 曼珠院→円光寺→詩仙堂
 銀閣寺→法然院→永観堂
 (新選組壬生屯所跡 私のみ)
<3日目(11/26)>
 東福寺(通天橋、方丈庭園、龍吟庵、雪舟寺)
 渉成園
 (夕方、京都発)

 3日間とも好天でこの時期にしては暖かく、お寺を見てまわるには絶好のコンディション。でも、その暖かさのせいか、今年の紅葉の色づきはいまひとつのようでした。それでも、清水寺、永観堂、東福寺など紅葉の名所とされるお寺はどこもすごい人出で、まるで初詣の時のよう(^^;)。
 
 確かに、こうしたお寺の紅葉は見事で必見の価値はありますが、人ごみの中にいるだけでは京都のよさは味わえない気がします。団体客をはじめ、大半の観光客はそのお寺のメインの部分だけを足早にまわって去っていくので、そこからちょっと足を延ばしただけで意外なほど静かな空間に遭遇できます。庭園を眺めながら、あるいは遠景を眺めながら、ぼーっとする時間を私はこよなく愛しています。

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その2に続く)

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2004/11/23

お知らせ

 明日から京都旅行に出かけるため、しばらくの間、記事のアップを休ませていただきます。週末には戻りますが、ゆっくりPCに向き合えるのは週明けになってしまうかもしれません。悪しからずご了承くださいませ。

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『最後の言葉』(重松清・渡辺考)

最後の言葉 戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙 (講談社文庫)
最後の言葉 戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙 (講談社文庫)

 太平洋戦争中、南方戦線に派遣された日本兵が戦地で書き綴った日記や手紙が最近になって、米ワシントンの公文書館やオーストラリアの戦争記念館で発見されました。その日記の書き手を特定し、それを日本の遺族に届けるというドキュメンタリー番組をNHKが昨年、制作・放映したそうですが(残念ながら、私は観ていません)、この本はその番組の制作ルポです。担当ディレクターの渡辺考氏と、番組のレポーターを務めた作家の重松清氏による共著。

 この夏、『昭和史』(半藤一利)という本を読んで、第二次大戦について少しはわかったつもりになっていましたが、それはあくまでも知識としての第二次大戦であることを、この本を読んで痛感しました。

 この『最後の言葉』には、サイパンやガダルカナルなどの戦場で過酷な日々を送った日本兵の生の声が詰まっていて、それぞれの言葉が深く心に突き刺さります。勇ましい言葉の中に垣間見える、戦争への疑問や死に対する恐れ。そして、家族や恋人への熱い思い。戦意高揚をうながす大本営発表の「大きな言葉」ではなく、個人の「小さな言葉」の中に真実があるようです。

 また、戦死した家族の日記を数十年経った今、手に取って故人の書いた文章を読む遺族の当惑や喜びや感動もストレートに伝わってきます。

 だから、戦争はいけないのだ――という結論に導いているわけではありません。南の島で戦死した人たちの「小さな言葉」を読んで、それぞれが何かを感じることが大切な気がします。

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2004/11/22

「シシリア」(銀座店)

 日曜日の夕方、軽めの夕食をとるのに、ひさしぶりにイタリア料理の「シシリア」に行きました。このお店、銀座の雑踏から離れた電通通り(今は「西銀座通り」と言うらしい)にあるのにいつも混んでいるのですが、昨日は時間が早かったせいか、待たずに入れました。

 地下にある穴倉のような薄暗いお店で、時代に取り残されたような雰囲気。メニューも味も昔から変わらず、昭和のかおりを今なお伝えています。洗練されたお洒落なイタリア料理店が続々オープンし、中には消えていくお店もある中、変わらずに生き残っているのは、根強いファンが多いからでしょうか。

 名物の四角いピザやパスタの単価が7~800円台とリーズナブルなのも魅力的。ただし、量は多くないので、男性ならピザとスパゲティと両方食べられるかも? "すごく美味しい"とは言えないけれど、たまに食べると"妙に美味しく"、コストパフォーマンスの点でも満足できます。

 六本木の交差点に「六本木店」があり、そちらにも何度か行ったことがあります。やっぱり、地下の穴倉のようなお店。きっと変わっていないのでしょうね。

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街はもうクリスマス

 11月半ばを過ぎて、繁華街のクリスマスツリーが続々と点灯され、イルミネーションが輝き、街はすっかりクリスマスモードです。昨日、都心に出たついでに、夜の銀座をぶらついてみました。

 銀座といえば、まずミキモトのクリスマスツリー。ここのツリーは素朴であたたかい光の伝統的な美しさで、音楽に合わせて点滅しています。1976年(昭和51年)から続いているとのこと……たぶん、29年欠かさず目にしているはずです。今ではもっと豪華なツリーがあちこちで見られますが、それでも「ミキモトのツリーは見ておかなくちゃ!」という気にさせてくれる特別な存在です。

 ミキモトに対抗(?)しているのが、並木通りの資生堂本社前のツリー。こちらは、紅白の発光ダイオードによる今風のイルミネーションで、また一味違う美しさ。ツリーだけでなく、周辺を統一してコーディネートしているので、幻想的な雰囲気が漂っています。

 しかし……クリスマスツリーを見ても、クリスマスソングを聞いても、昔のように心がときめかなくなってしまった自分が悲しい。街が華やぐこの季節が好きで、何となく浮かれ気分で街を歩いていた頃がなつかしい。

 現在の心境。ああ、また1年が終わっちゃうのね。年々、1年が過ぎるのが早くなっていく。そして、また年を取ってしまう。それに、年末は大掃除、年賀状、お歳暮など、やることがたくさんあって忙しいからイヤ(^^;)。

 クリスマスツリーを見つめながら、そんなことを思う私でした。慌ただしく忙しい年末……心を荒さず、心を亡くさずに過ごしたいものです。

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2004/11/20

羽田空港の新ターミナル

 今週、羽田空港を利用したら、新しいターミナルがほぼ完成しており、あとは最終仕上げと引越しを待つばかりのようでした。

 新ターミナルは12月1日、「第2旅客ターミナル」としてオープンし、全日空とエア・ドゥが使用します(現ターミナルは「第1ターミナル」となり、日本航空他が使用)。モノレールには「羽田空港第2ビル駅」が新設され、京浜急行の駅には「第2旅客ターミナル出入口」ができるとのこと。羽田空港がまた大きく変わります。

 第2ターミナルには、「羽田エクセルホテル東急」(客室387室)が隣接しているほか、「サバティーニ」「南国酒家」「赤坂璃宮」など有名レストランも入り、羽田の利便性が大幅に向上しそうです。

 現ターミナル「ビッグバード」がオープンしたのは1993年……ついこの間のことのようなのに、もう11年も経つんですね。その一方で、それ以前のあの狭くて汚いターミナルを使っていた時代はもう大昔のようにも感じます。1978年に成田空港がオープンするまでは、国際線もあそこから飛んでいたんですから、何だか不思議な気さえします。

 新しいターミナルから飛び立てるのは、いつの日のことか? 早く利用してみたいです。

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2004/11/19

PCの不具合解消

 おかげさまでPCの不具合が解消し、いつものPCでアクセスできるようになりました。こういうことって、やってしまえば意外にすんなりできるのだけど、やり始まるまでが億劫でつい後回しにしてしまうんです(^^;)。

 古いPCでアクセスして該当エラーの対応法を調べて、それを見ながら、その通りに設定しなおしたら、アクセス可能になりました。別にどこをいじったわけではないのに、どうしてこんな事態になったのか、疑問は残りますが、とりあえず現象は直ったので、よしとすることにします。

 今回、予備のPCの必要性を再認識しました。インターネットはあらゆる情報を網羅しているので、そこにアクセスさえすれば、大概のことはわかりますが、唯一のPCが立ち上がらない、アクセスできないという事態になると、もうまったくお手上げで何もできません。こんな時、予備のPCは実に頼りになります。

 とは言え、その予備PCを立ち上げたのは1年ぶりくらいだったので、いろいろな設定がされてなくて、とても不便でした。せめて、2~3ヵ月に1度は立ち上げて、設定などを更新しておいたほうがよさそうです。

 それと同時に、大切なデータはちゃんとバックアップを取っておくことも必要ですね。今回はそういう問題は起きませんでしたが、ハードディスク交換、全データ消去のショックを思い出しました。

 トラブルがなく動いている時は、ついPCを全面的に信頼してしまうけれど、やはりいざという時のために、準備を万全にしておいたほうが安心です。

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2004/11/15

PCの不調

 昨夜から、いつも使っているノートPCがアクセス不能になってしまいました。最初、「モデムの故障か?」と思ったのですが、念の為、予備の古いPCを持ち出したら、アクセスできたので、あちらのPCに問題があるようです。とりあえずはアクセスできて、ほっとしましたが、このPCはバージョンが古いし、いろいろな設定をしていないのでとても不便です。

 こういうトラブルって、忙しい時に限って起きるものですね。今週は何かと予定が詰まっていて、PCに向き合っている時間があまり取れそうにないので、不具合の原因を探して解消するまで時間がかかりそうです。それまでの間、しばらく記事の更新を休みたいと思います。

 電話よりも、テレビよりも、PCの不調は打撃です。連絡、仕事、娯楽……何から何までPCに頼りきっているんですから。今や、PCなしの生活は考えられません。不具合解消のお知らせを早くできますように!

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2004/11/13

国番号と市外局番

 国際電話の国番号は、1桁から4桁まであるのをご存知ですか?(ちなみに南極は5桁) 「週刊現代」今週号の向井万起男さんのエッセーを読んで、初めて知りました。

 国番号に使っている1桁の数字は、アメリカとカナダの1、ロシア(旧ソ連)の7だけ。何故かと言えば、例えば、7を押した時点でロシアへの電話ということになるので、7で始まる2桁、3桁、4桁の番号は使えないからです。言い換えれば、1から9まで1桁の番号で使ったら、9ヵ国分で終わってしまうということ。日本の国番号は81だから、81×や81××という国番号は当然ありません。

 二百数十国の国番号を作る必要があるのに、アメリカ(カナダ)とロシアだけ1桁の数字なんて、大国のエゴではないか。最初からすべて3桁にすれば公平になったのに、というのが向井さんのご意見です。

 このエッセイを読んで「へぇー」と納得しながら、日本国内の市外局番も同じことが言えるのでは、と思いました。東京の03と大阪の06だけが2桁で、ほかは3桁から5桁の番号になっています。これは、大都市のエゴ? 

 以前は、局番03の23区内に住んでいたので、東京の"特別待遇"を当然のことと思っていましたが、現在は同じ東京都なのに23区から離れただけで、4桁の局番になってしまって、少々複雑な気持ちです。しかも、何故か、同じ市内でも一部の地域は03なんですよ。これまた不公平な気がするのですが……。

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2004/11/12

痴呆の検査

 義父母が痴呆の検査を受けてきたらしい。と言っても、二人ともその症状があるわけではなく、義母(75歳)が別件で病院に行った時に「ついでに、脳と痴呆の検査もしておきましょう」ということになり、義父(83歳)も「ぜひ私もお願いします」と便乗したようです。

 義父が"得意気に"報告してくれたところによると、「まず、年齢を聞かれて、今日は何月何日か、ここはどこか、と質問されるんだよ」。どうやら、「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」のようです。「103から7を順番に引いた」とか「しばらく絵を見てから、それについて質問された」とか「五角形の中に五角形を書かされた」などと言っていたので、少々違う点もありますが、長谷川式を応用したものでしょうか。

 その他、歩かされたり、目を閉じて片足で立たされたり、運動能力のチェックもあったそうです。当然ながら、結果は二人とも「とくに異常なし」。脳のCTを済ませた義母は、「年相応の老人斑はありますが、別に問題はないでしょう」という診断だったようです。

 痴呆の老親の介護で苦労している友人もいるので、親たち(実母も含む)にその兆候がないことは、本人にとっても、家族にとっても、幸せでありがたいことです。とは言え、何があっても不思議ではない年齢になっていることは確かなので、それなりの覚悟をしておく必要はありそう。そのうえで、自由で気ままな今の生活を、感謝しながら大切に過ごしたいと改めて思うのでした。

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2004/11/11

ジュリー(沢田研二)

 ショーケンについて書いたので、この機会にジュリーのことも書いておきます。何を隠そう、ジュリーは、私のミーハー遍歴の最初の男性スター(^^ゞ。と言っても、小学生時代のことですから、生のジュリーを見に行けるわけもなく、テレビを見て、雑誌の切抜きを集めるのがせいぜいでしたが……。

 甘いマスクのジュリーが、甘い声でのびやかに歌うタイガースの歌の数々が大好きでした。『モナリザの微笑』『銀河のロマンス』『青い鳥』『君だけに愛を』などなど、いい歌ばかりでした。トッポ(加橋かつみ)がソロをとった『花の首飾り』や『廃墟の鳩』も好きだけど、やっぱりジュリーあってのタイガースです。

 GS(グループサウンズ)全盛時代の一番人気がタイガースのジュリーで、GSの象徴的存在でした。それだけで終わらず、ソロ歌手として再デビュー後、沢田研二の黄金時代を築いたのがジュリーのすごいところ。レコード大賞受賞曲『勝手にしやがれ』をはじめ、ヒット曲を連発して、戦後の昭和を代表する国民的なスターになりました。

 当時は、ほかの歌手に入れあげていましたが(^^;)、ジュリーの歌は好きで、コンサートに行ったこともあります。ジュリーと言えば、奇抜な衣装やメーク、派手なパフォーマンスの印象が強いけれど、個人的には『君をのせて』『あなたへの愛』のような地味めの歌が好きです。と言いつつ、『勝手にしやがれ』『危険なふたり』『TOKIO』などは、今でも振り付きで歌えそう。

 10年前に『ザ・近松』というミュージカルで、ひさしぶりに生のジュリーを観ました。ジュリーがお目当てと言うわけではなかったのですが、歌声は健在でとても嬉しかったことを思い出します。ただ、ちょっと(かなり)太られましたね。

 今年のスケジュール表を見ると、全国各地をまわってコンサートを行なったほか、長期の舞台出演もあり、かなり忙しそうなようす。テレビには登場しないけれど、ご本人としては充実した日々を送っているのでしょう。今度、機会があったら、コンサートに行ってみようかしら。

ロイヤル・ストレート・フラッシュ
ロイヤル・ストレート・フラッシュ
ロイヤル・ストレート・フラッシュ 2
ロイヤル・ストレート・フラッシュ 3

沢田研二という生き方
沢田研二という生き方

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ショーケン(萩原健一)

 先月、交通事故を起こして現行犯逮捕され、拘置されていたショーケンの謝罪会見を見ました。飲酒か薬物使用を疑われて、異例の逮捕・拘置となったようですが、尿検査の結果はシロとか。神妙なようすで謝罪しながらも、そのあたりについては不満を隠せないようでした。

 それにしても、ショーケンは良くも悪くも、外見も内面も、"変わらない"ですね。少年のまま年だけ取っちゃった感じ。そこが俳優・萩原健一の魅力に通じるのかもしれないけれど、大人の男性としてはどうも魅力を感じられません。ちょっぴり残念です。

 私は小学校時代、タイガースのジュリー(沢田研二)と並んで、テンプターズのショーケンが大好きでした(GSファンの定番(^^ゞ)。少しハスキーな声でセクシーに歌う(当時は「セクシー」という言葉も知らなかったけれど)『エメラルドの伝説』や『神様お願い』を聴いて、子ども心にあこがれていました。

 上記の2曲に比べるとややマイナーですが、『純愛』という歌もショーケンらしくて好きでした。サビの部分「腕に傷をつけて 腕と腕を重ね…」を歌う時のアクションが素敵でした!

 ジュリーとショーケンが同じグループになったらいいな、という当時の夢はその後、ピッグというグループができて実現したけれど、その頃には私のミーハー心はすでに他の方面に移っていました(^^;)。ピッグ解散後は、ジュリーは歌手の道、ショーケンは俳優の道を歩み、それぞれ一時代を築きましたが、最近は二人の活躍をあまり見ることがなく淋しい限りです。

 ショーケンはしばらく芸能活動を自粛するようですが、復帰後には今度こそ俳優として世間を賑わせてほしいと思います。

ザ・テンプターズ・ベスト・トラックス
ザ・テンプターズ・ベスト・トラックス

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2004/11/10

山茶花と椿

 家の近所の山茶花がきれいに咲いています。「♪さざんかさざんか咲いた道 たき火だたき火だ落葉たき…」と、童謡「たき火」を口ずさみたくなる季節です。

 そういえば、昨年のこの季節、友人と「山茶花と椿はどう見分けるのか」を話題にしたことを思い出します。みなさんはご存知ですか?

 山茶花も椿も、「ツバキ科ツバキ属」の花で一見同じように見えますが、大きく違う点があります。それは、椿はガクの部分から花ごとぼたっと落ちるのに対して、山茶花は花びらを1枚1枚落とす、という点。椿は花びらが根元でくっついていて、おしべとめしべもひとまとまりになっているのです。だから、木の周辺を見て、花の落ち方を見極めるのがわかりやすい判別法です。

 また、山茶花は「たき火」に登場するように、落葉たきの季節(晩秋)に咲き始めるのに対して、椿は真冬から春にかけて咲くものが主流であることも、相違点にあげられます。けれども、それぞれ種類がたくさんあって、種類によっても花期が異なるので、花期だけでは確実な判断ができないようです。

 きれいに咲いていれば、山茶花でも椿でもどっちでもいいようなものですが、名前がわかると、その花がより美しく愛しく感じられるのは不思議なものです。

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2004/11/09

手紙の処分

 『スピード整理術』にしたがって、「どうしても捨てられないと思う手紙以外」を処分しました。「手紙、カードの類はとりあえず取っておく」主義だったので、相当たまっていて、狭い収納棚のかなりのスペースを取っており、前々から「何とかしなくちゃ」と思っていたのです。

 私、以前は(強調!)、かなり筆まめで、レターセットやカードはもちろん、貼る切手(記念切手使用)にも凝って、よく手紙やはがきを書いていました。だから、受け取るほうもそれなりに多く、それを全部、大切に取っておいたわけです。

 と言っても、パソコンや携帯電話が普及したこの数年は、手紙を書くことも受け取ることも激減したので、取ってある手紙はそれ以前のかなり古いものです。

 読み始めるとキリがないので、さっと目を通しては、泣く泣く破ってゴミ箱に投入しました。個性溢れる便箋、筆跡、文面……それをもらった当時のことが浮かんできて、懐かしい思いでいっぱいになりました。やっぱり手紙はいいですね! メールの便利さも捨てがたいけれど、手紙のこういうよさはありません。

 手紙を捨てたら、過去を切り捨てたような感じがして、淋しい反面、どこかすっきりしたのも正直なところ。何よりも、スペースが空いて、そこに別の物を入れられるのが収穫です。もしかしたら、このスペースは物理的な場所だけでなく、人生や経験の場所にも通じるのかもしれません。

 そのうち実家に行って、段ボール箱に保管してあるさらに昔の手紙(^^;)を処分してきたいと思います。

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2004/11/08

バンカー女王

 宮里藍ちゃんが10代のスポーツ選手として初めて、1億円プレーヤーになりました。昨年秋、プロに転向したばかりなのに、この目覚しい活躍ぶりは素晴らしい! 強いし、若いし、可愛いし、人気が出るのも当然です。昨日のミズノクラシック最終日のスコアは、コースレコードタイの9アンダー63とか……ひたすらため息です。

 実は昨日、夫とその父と3人でゴルフに出かけました。結果は……ハーフのスコアでも藍ちゃんに負けました(--;)。このところスコアが後退していて、憂鬱なラウンドが続いています。お天気に恵まれて絶好のゴルフ日和だったのに、私の心は曇天、いや雨模様でした。

 通算10回以上、バンカーに入れば、まともなスコアが出るはずありません。その3分の1はかろうじて脱出、3分の1は天プラ(その一部は、グリーン向こうのバンカーに再突入)、3分の1は脱出失敗。まさに、バンカーに呪われた1日でした。あ、そのほか、池ポチャもありましたっけ。

 ガーターの溝がない子ども用ボウリングレーンみたいに、バンカーのないゴルフ場はないものか?! バンカーや池や谷があるからこそ面白いのは、よーくわかっていますが、思わずそんなことを思ってしまいました。そういう目の前の障害物に惑わされるのは、技術不足もさることながら、メンタル面が弱いからに違いありません。

 ミズノクラシックで4連覇を達成した女王アニカ・ソレンスタムは、藍ちゃんの「アニカはどうやって気持ちをコントロールしているのか」という質問に対して、「自分を信じることよ」と答えたそうです。

 レベルはまったく違いますが、「自分を信じる=自信」が私には足りない気がします。自信の源となる練習や経験が少ないせいもあるけれど、すぐに心にブレーキをかけてしまうクセ(ゴルフに限らず)は何とかしなければなりません。

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2004/11/05

スギ花粉、来春は爆発的に飛散

 今年の夏は猛暑だったから、そういうことになるだろうと思っていましたが、はっきりこう宣言されるととっても憂鬱です。Yahooニュースで下記の記事を見つけてしまいました。

 来春のスギとヒノキの花粉飛散量は、今年の猛暑の影響で全国的に非常に多く、都市によっては過去10年間の平均の2倍を超えるとする予測を、全国の研究者らでつくるNPO法人、花粉情報協会(理事長・佐橋紀男東邦大教授)が5日までにまとめた。
 平均の2倍、飛散量が少なかった今春の10-15倍になるところが多いそうです(T_T)。今年は、3年ぶりに耳鼻科に通うことなく、春を迎えることができたのに、来年は年が明けたら早めに耳鼻科に行って、抗アレルギー剤の服用を始めたほうがよさそうです。できれば、薬に頼りたくはないんですが……。

 その他、今からできる対策があれば、ぜひ試みたいと思いますので、何かご存知の方は教えてください。ちなみに、KW乳酸菌サプリはあいかわらず続けています。

関係記事:花粉の季節、そろそろ終わる(2004年4月18日)

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2004/11/04

『スピード整理術』(中谷彰宏)

スピード整理術―頭のいい捨て方・片づけ方60の具体例 (PHP文庫)
スピード整理術―頭のいい捨て方・片づけ方60の具体例 (PHP文庫)

 涼さんがご自分のブログで、この本の内容を連載で紹介してくださっています(初回はこちら)。なるほど!と思うことが多々あり、"片付けられない女"の私に役立ちそうなので、ついに購入しました。

 6月に「いつでも他人様を呼べる家にしたいと決意を新たにした」はずの私ですが、7月の義父母来宅が終わると、また元の状態に逆戻りしているような……(^^;)。とにかく物の絶対量が多すぎて、きちんと収納できないのが現状です。

 そんな末期症状の私には、この本の「モノを捨てる」すすめがとても効きそうな気がします。この本の言うとおりに実践すれば、必ずやすっきりとした部屋であこがれのシンプルライフが送れそう……実践すれば!!! 

・使うか、使わないか、迷うモノを捨てる。
・捨てるのがもったいないのではない。置く場所と、捜す時間がもったいないのだ。
・「捨てる辛さ」を経験すると、買い物がうまくなる。
・「いつか必要になるモノ」が、一生のゴミになる。
・「まだ使えるモノ」が、一生のゴミになる。
・ワンシーズン着なかった服は、捨てよう。
・今使わないもらいモノが、一生のゴミになる。
・1つ買ったら、1つ捨てる。
・例外が、一生のゴミをつくる。
・豊かな人は、モノが少ない。

 いちいちもっともで、いちいち耳が痛い。モノに囲まれているということは、ゴミに囲まれていること……なのだ。心して取り掛かろうと思います。

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2004/11/03

草葉の陰から

 プロ野球の新規参入は、楽天に決定しました。ビジネスの世界は、たとえ後出しでも、やはり財力がものを言うようです。それがわかっているから、楽天は後から登場して、ライブドアが目を付けた仙台を本拠地にすると言い出したわけですが……。ライブドアにしてみれば、鳶に油揚げをさらわれた形ですね。こうなることは予測していましたが、何となくすっきりしないものが残ります。

 ところで、楽天決定後の会見で、堀江社長が語った「プロ野球の発展を"草葉の陰から"祈っている」という言葉を、最初ネットのニュースで読んだ時は唖然としました。「草葉の陰」という言葉も知らないのか?と。言うまでもありませんが、「あの世」のことですから。「"陰ながら"祈っている」と言いたかったのに、うっかり「草葉の陰から」と言ってしまったのかと思ったのです。

 しかし、テレビで会見の模様を見たら、堀江社長はわざとこの言葉を使ったように見受けられました。葬り去られるライブドア球団の長として、皮肉と自嘲をこめて「草葉の陰から」と表現したのではないでしょうか? 口調と表情から、私はそう判断しました。そして、思わずにんまりしてしまいました。

 堀江社長は、このまま"草葉の陰"に潜んでいるとは思えません。また何かの形で、私たちを驚かせてくれるような気がします。それを期待しつつ、ライブドアと堀江社長に"陰ながら"エールを送りたいと思います。

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2004/11/02

地下鉄のお話

 ニューヨークの地下鉄が10月27日に100周年を迎えて、同日、記念式典が行なわれたそうです。ブルームバーグ市長が式典出席後、1917年型車両を運転して、市民を驚かせたとか。ニューヨーク市地下鉄は1904年の開通当時、15キロほどの区間でしたが、現在は26路線、468駅、全長約370キロ(世界2位)まで拡大しています。

 世界最初の地下鉄は、1863年にロンドンで誕生しました。ロンドンの地下鉄は、今でも世界一の距離(約410キロ)を誇っています。ちなみに、アメリカ初の地下鉄は、ニューヨークより7年早くボストンで開業しています。

 そして日本では、1927年(昭和2年)、東京の上野-浅草間2.2キロで開通したのが始まりです。これがやがて、現在の銀座線になります。昭和が幕開けてすぐ、地下鉄が走っていたのは画期的な気がします。いやいや、それを言ったら、後の新選組の面々が上洛した文久3年(1863年)に、もう地下鉄が走っていたイギリスのすごさがわかるというものです。

 東京の地下鉄は現在、都営地下鉄4路線106駅109キロ、東京メトロ8路線168駅183キロで、合計の距離は290キロを超え、ロンドン、ニューヨーク、モスクワに次いで世界4位です。

 地下鉄は今や、東京の地下を網の目のように走っていて、都民でも地下鉄路線図がないと不便を感じるようになりました。PCで路線を検索すると、思いがけない経路が出てきて、「なるほど」と感心することもよくあります。今年4月からは、全274駅をアルファベットと数字で記号化して、よりわかりやすい地下鉄を目指しているようです。外国の方には、少しはわかりやすくなったのでしょうか?

資料:「地下鉄博物館」他

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2004/11/01

お札の顔

 一万円札、五千円札、千円札が昭和59年以来20年ぶりに刷新され、本日11月1日から流通が開始されました。ついこの間、福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石に変わったような気がするのに、あれからもう20年とはびっくりです! 

 新札の顔は、一万円札は引き続き、福沢諭吉(裏だけ変更)で、五千円札は樋口一葉(初の女性抜擢)、千円札は野口英世に変わります。政治家ではなく、文化人が選ばれる傾向にあるのは、ややこしい問題が起きないようにとの配慮でしょう。今後2年程度で切り替えを完了する予定のようです。

 ところで、この機会に紙幣の歴代の顔を知りたいと思って、日銀のサイトにアクセスしてみたら、「既に発行が停止されているが有効なお札」として、次のものがあげられていました。

一万円券  聖徳太子(しょうとくたいし)
五千円券  聖徳太子
千円券   伊藤博文(いとうひろぶみ)
        聖徳太子
五百円券  岩倉具視(いわくらともみ)
百円券   板垣退助(いたがきたいすけ)
        聖徳太子
五十円券  高橋是清(たかはしこれきよ)
十円券   国会議事堂 
五円券   彩紋
一円券   二宮尊徳(にのみやそんとく)
       武内宿禰(たけのうちのすくね)
        大黒天(だいこくてん)

 さすがの私も、板垣退助の百円札(昭和28年発行)までしか知りませんが、大黒天の一円札(明治18年発行)も今でも有効とは意外でした。もっとも、そういうお札は古銭としての価値が付いて、高額で売買されているのでしょうが……。

 この20年、あまり福沢諭吉とはお付き合いのない生活でしたが、これからはもっと親密なお付き合いができますように! もちろん、樋口一葉や野口英世にもご縁がありますように! あっ、それから、二千円札もまだまだ現役……忘れてはいけません(最後に見たのはいつの日か……)。

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映像の力

 イラクで拉致されていた香田さんの遺体が確認されました。当初、発見された遺体が別人とわかり、ほっとしていた矢先のことで、無残な遺体に関する報道を聞いて、大きな衝撃を受けています。

 香田さんの行動や、日本政府の対応について、ここで論じるつもりはありません。ただ、数日前まで確かに生きていて、テレビを通して、その姿を見、声を聞いたあの人物が殺害されて、もうこの世にいないという事実に打ちのめされています。あの映像を見ていなければ、「無謀な若者がイラクで殺されてしまった」と軽く受け流していたかもしれないけれど……。

 もうひとつは嬉しい映像――新潟中越地震による土砂崩れ現場から奇跡的に救出された皆川優太ちゃん。頭の大きな絆創膏は痛々しいものの、朝食を美味しそうに食べる元気な姿に、思わず頬がゆるみました。優太ちゃんの生命力に改めて目を見張るとともに、これからの人生が幸せなものであるように祈らずにはいられません。

 実際の姿をありのままに映し、生の声を聞ける映像の力はとてつもなく大きいことを、両方の映像を見ながらしみじみ実感しました。だから、テレビは執拗にそれを追い、視聴者はそれを見るのでしょうね。いや、視聴者が求めているから、テレビが追うのか……。

 映像の力は強力なだけにひとたび度を超すと、事件や事故の関係者には暴力となったり、視聴者には魔力となったりするところが怖い。香田さんのご家族や、優太ちゃんご家族がこれから、無遠慮なテレビカメラにさらされることがありませんように。

 末筆ながら、香田さんと、雄太ちゃんのお母さんとお姉ちゃんのご冥福をお祈りいたします。

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