« マクドナルド50周年 | トップページ | 夫婦の会話 »

2005/04/19

マクドナルドのアルバイト

 昨日、「マクドナルド50周年」という記事を書いたついでに、昔マクドナルドでアルバイトをした経験について書いてみたいと思います。

 あれは1970年代後半、大学生になりたての頃でした。マクドナルドの日本進出から5、6年、まだ今のようにどこにでもお店がある時代ではなく、都内にも数えるほどしかなかったように記憶しています。友人と二人で選んだお店は何故か六本木店……自宅からも学校からもそれほど交通の便がいいわけでもないのに、単なるミーハー心でした(^^;)。ちなみに、この時のお店はなくなり、現在は別の場所に移っています。

 当時、ハンバーガーは150円、チーズバーガー180円、ビックマック330円(今より高かった!)。そして、最初の時給は330円……ビックマック1個と同じでした(^^;)。

 最初にアルバイト教育用のモニターを見せられるのですが、何から何までマニュアル化されていてびっくり。注文品を出す順序、テークアウト時に紙袋にいれる品物の数、受け答えの文句など細かく決まっていて、アルバイト初体験の私にとって慣れるまで一苦労でした。笑顔で元気よく「いらっしゃいませ」……まず、これがなかなかできなかった。それに、「ご一緒にお飲み物はいかがですか?」と必ず何らかのサジェスチョン(お勧め)をしなければいけなくて、それも苦手でした。

 "おどおどもたもた"の劣等生だったため、長いことトレーニーの白い帽子を被らされていたので、青帽OKが出た時はやけに嬉しかったものです。時給は10円上がっただけでしたが……。

 そうそう、給料明細に「この経験があなたの人生の糧となりますように」とか何とか書いてあって、とても印象に残っています。このアルバイトは半年ほどでやめ、その後はもっと楽で割りのいい家庭教師、事務などをやるようになりましたが、この経験の土台があったからこそ何でもできるようになりました。そればかりか、就職後の仕事にもプラスになったように思います。人生の糧……本当にそう言えるかもしれません。

|

« マクドナルド50周年 | トップページ | 夫婦の会話 »

コメント

はじめまして。1っ週間くらい前に貴サイトを発見してときどきのぞきにきてました。コメントするのは初めてです。
人生の糧になるような仕事っていいですね。実力主義っていうけど、才能に恵まれないひとや要領が悪い人がなんとか成果をだすには経験から何とかひねり出していくしかないと思うようになりました。
本は高校生のときよく読んでたけど、さっぱり読まなくなってたんですけど、貴サイトの記事を読んで、また読み始めてみようかなと思うようになりました。またのぞきにきます。

投稿: uechan | 2005/04/19 16:19

女子大生の頃、マクドナルドでバイトしようとして、見事採用されなかったぶんぶんです(笑)

Tompeiさんは人生の糧となる経験ができ、片や私はちくんとしたほろ苦い経験ができました^^;

投稿: ぶんぶん | 2005/04/19 17:16

その頃というと、まだビッグマックが出始めの頃だったのではないですか?
僕の知り合いは、アメリカから届いたばかりの英文マニュアルを見ながら試作品を作らされたと言っていましたから、おそらくそれが「日本初のビッグマック」だったのではないかと言っていました。

投稿: yoshi@善福寺手帳 | 2005/04/19 23:35

 uechanさん、ぶんぶんさん、こんばんは。コメントありがとうございます。

>uechanさん

 はじめまして。時々のぞいていただいて嬉しく思います(^^)。

 仕事には適性もあるとは思うけれど、あんまり早くから見切りをつけてはもったいないですよね。一つをクリアすると様々な面で自信がつく気がします。ファミレスなどで慣れない新人を見ると、「頑張れ!」と応援したい気持ちになります。

 最近、本を思うように読めなくて……。読みたい時とそうでない時と波があるんです。

>ぶんぶんさん

 えー、そんなことがあったんですか?! マクドナルドに似つかわしくない深窓の令嬢だったのでは?(^^)

 今ならコンビニ、ファミレス、コーヒーショップ等お手軽なアルバイト先がたくさんあるけれど、昔はマクドナルドくらいしかなかったんですよね。

 

投稿: Tompei | 2005/04/19 23:45

>yoshiさん

 こんばんは。

 日本マクドナルドのサイトによると1号店オープン時からビックマックはあったようですが、どうなんでしょうね?

 そういえば、マクドナルドの仕事のひとつに、ビックマックソースやフィレオフィッシュのタルタルソースの中に入れる玉ねぎを刻むというのがありました。これを指名されるのがイヤでね……涙ボロボロで刻んだものです。

投稿: Tompei | 2005/04/19 23:52

Tompei さん,こんばんは!

わたしもマックで働いていたことがあったので,コメントさせて頂いてます(^^ゞ。

学生のときに2年間,銀座の歌舞伎座そばのマックで(1号店があったところのお隣くらいです)やっていました。わたしがやっていたのは90年代前半ですが,そのときもまだ今よりだいぶ高かったように思います。たしか,ビッグマックは380円だった記憶が!!

その後どんどんどんどん安くなっていきましたよね~(トオイ目・・)。

そうそう,「サジェスチョン」!ありました~。ハンバーガーとかと一緒に「ご一緒に◯◯もいかがですか?」って聞かなきゃいけないんですよね。う~ん,懐かしい(^^)。そういえば,わたしもTompeiさんと一緒でトレーニー期間が長かったのです!わたしの場合は単に気が利かなかったからなのですが~~(^^;。

マックで印象に残っているのは,外人さんはみんなLサイズを買っていくということ(←偏見入ってるかもしれません(^^;)。みなクチをそろえて,「ビッグマックとポテトのLサイズとコーラのLサイズ」というので,日本人とは胃袋のサイズが違うと常々思っていたものです(^^;。

でも,2年間楽しく働いて,マックでの仕事は今ではいい想い出です(わたしの場合,その後のプラスになっているかと言えば,どうだろ・・という感じデスガ・・・(^^;;;)。

追伸:ドイツのマックには,ビールがありました!さすがビールの国ですよね。

投稿: える | 2005/04/20 20:04

>えるさん

 こんばんは。

 おお、えるさんも経験者でしたか(^^)。ご丁寧なコメントありがとうございます。

 そのお店、知っています。確か、1号店の閉店と同時にオープンしたんじゃなかったかしら。ビックマックが380円というのは、もしかしたら一番ピークの時代だったかもしれませんね。

>ビッグマックとポテトのLサイズとコーラのLサイズ

 外国ではコーラなどのレギュラーサイズが、日本のラージくらいありますよね。外国のラージサイズって、まるでバケツみたいなの(^^;)。

 六本木店も外国人が結構多くて、"May I helf you ?"なんて言ってました。そうそう、外国人は「ピクルスを抜け」とか「ケチャップを抜け」という特別注文が多かった気がします。

 2年間も続けていらしたなんて、ベテランですね! 手際よい仕事ぶりが目に見えるようです(^^)。

投稿: Tompei | 2005/04/20 21:27

Tompeiさん,こんばんは。

>そうそう、外国人は「ピクルスを抜け」とか「ケチャップを抜け」という特別注文が多かった気がします。

ありましたね~~。
「コーラの氷を抜け」とか「チーズバーガーのチーズを抜け」とかいうのもありました(^^;。チーズバーガーのチーズなしって単なるハンバーガーだよ・・。

投稿: える | 2005/04/20 22:28

> チーズバーガーのチーズなしって単なるハンバーガーだよ・・。

バーガーキングとかウェンディーズにしかないかもしれないですが、最近はハンバーガーのパン抜きなんて大胆なものもありますから :-)

投稿: 隊ちょ〜 | 2005/04/20 22:56

 えるさん、隊ちょ~さん、こんばんは。

 チーズバーガー-チーズ=ハンバーガー
 ハンバーガー-パン=ハンバーグ
 ……ですよね(^^;)。

 ハンバーガーショップでさえ、自己主張をする外国人は、日本人とはえらい違いだと感じたものです。日本人でそんな注文をする人ってほとんどいなかったもの。だいたい、そんな注文ができるなんて思っていませんよね。ピクルスが嫌いな人はパンをはがしてピクルスをよけると思われます。

投稿: Tompei | 2005/04/20 23:43

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: マクドナルドのアルバイト:

» <アルバイト・マクドナルド編 その1> [キャリアウーマンのそれぞれ --「商社にて」連載中--]
私がまだ高校生の頃のお話しです。そう、ピチピチギャルだった頃です(←ええ加減にせぇ!) 学校内では比較的真面目で通ってた私。生徒会執行部役員なんぞもやっておりました。4役(会長、副会長、会計、書記)ではなくクラス委員の延長線上で携わることになったんですが・・・。 一般の執行部員でいれば、さほど目立たないで済むんです。ところが、ジャンケンで負けて役員に(w_-; ウゥ・・ だから、�... [続きを読む]

受信: 2005/04/22 02:52

« マクドナルド50周年 | トップページ | 夫婦の会話 »