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2005/05/31

さようなら貴ノ花

 二子山親方が亡くなった。波乱に満ちた人生……55歳の早すぎる死……何だかやりきれない。もっと生きて、平穏な晩年を過ごしてほしかった。

 高校時代、私は貴ノ花の大ファンでした。当時の貴ノ花は精悍で美しく、悲壮感が漂う取り口が母性本能をくすぐって、相撲に疎いうら若き女子高校生をも夢中にさせるほどでした。みんなで貴ノ花の勝敗を気にしながら、クラブ活動をした日のことをなつかしく思い出します。なかでもミーハーな私は、相撲雑誌まで買い求め、お気に入りのグラビアを下敷きに入れていたことを恥ずかしながら告白します(^^ゞ。

 初優勝の時はそれはもう興奮しました。いや、はらはらどきどきして、生中継はまともに見られなかった……。勝った瞬間、土俵に座布団が飛び交う光景を、嬉しい虚脱感の中で見た記憶があります。結局、優勝は2回だけで、横綱になることはなかったけれど、大関貴ノ花が人々の記憶に残る名力士だったことは誰もが認めるところです。

 引退後は2人の息子を横綱に育て上げ、自らが成し得なかった横綱という悲願を別の形で達成して、角界に二子山旋風を巻き起こしているのを見て、元ファンとしては嬉しく思っていました。親方が我が世の春を謳歌していたあの頃、その後にこんな展開が続くとは誰が予想したでしょう。日本一幸せに見えた家族はあっという間にバラバラになり……人生とは皮肉なものです。

 二子山親方、どうか安らかにお眠りください。貴ノ花の美しいまわし姿、最後まであきらめない粘り強い相撲をずっと忘れません。

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2005/05/30

避難用リュック

 実家の母から避難用リュックが送られてきました。出先で売っているのを見つけて、自分の分と共に、我が家と弟一家の分まで買ってくれたそうな。中味は自分でそろえるようにと、ご丁寧にも必要なもののメモ書きが付いています。折りしも、この時期に南関東大地震を予想する声もあるようなので(よくある週刊誌ネタだけど)、母の気持ちに応えるべく、最小限のものをリュックに詰めました。

 思えば、私が子どもの頃から「そろそろ関東大地震の危険期」と言われ続けて、もう30年以上経ちます。あの頃は祖母が熱心に避難用品を揃え、各自の防空頭巾(綿入り、名前付き)まで用意していました。そういう品々を使う必要に迫られず、この年まで大地震を知らずに来られたことは幸運なことと言えそうです。

 でも、これから平均寿命まで生きるとしたら、それまでに大地震を経験しないですむ可能性は低い気がします。残念ながら、いつかはどこかで遭遇しそう……そう考えると、地震嫌いの私はおおいに怯えてしまうのだけど、これは地震列島の日本に生まれた宿命だから仕方ありません。その「いつか」が安全な場所にいる時ならいいけれど、そんなことはわからないし、それを考えたら何もできないし……。

 そのうち、地震予報が可能になるのでしょうか? 確実な予報によって、被害を最小限にできればいいけれど、中途半端な予報だとマイナス面が大きいので難しいですね。

 ま、「備えあれば憂いなし」とは言い切れないけれど、備えないよりはいいだろうと思いつつ、飲料水などをリュックに詰め込み、懐中電灯の乾電池を入れ替えました。願わくは、このリュックの出番が来ませんように!

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2005/05/27

『新選組!』続編が放送決定!

 昨夜、ネットニュースで嬉しいニュースを発見! 『新選組!』の続編が来年1月に放送されることが決まったそうです。近藤勇の死後の土方歳三の生涯を描くそうで、主演はもちろん山本耕史。土方ファン、かつ山本土方ファンの私としては、嬉しくてたまらず、洋装の土方さんを思い浮かべてはにんまりしています(^^ゞ。

 私はどちらかと言えば、鬼の副長時代の土方より、その後の土方の生き方に魅力を感じるので(『燃えよ剣』の影響大)、三谷さんがその後の土方をどう描くかにものすごく興味があります。1年間、別の経験を積んだ山本くんが土方をどう演じるかもおおいに期待しています。ああ、放映が待ち遠しい!

 昨年1年間、毎週『新選組!』を見ていたせいか、今年になって新選組のメンバーを別のドラマで見かけると、つい「あ、土方さん」とか「山南さんだ」という目で見てしまいます。そうそう、少し前の『スマスマ』で香取くんがドラマ『恋に落ちたら』出演中の草なぎくんを訪ねる場面があり、そこに山本くんがいたもので、私は近藤・土方の共演にやけに興奮したものでした。

 『新選組!』は従来の大河ドラマらしくなく、若者中心に軽い乗りで作られていたけれど、思いのほか心に深く刻まれ、今でもじんわり心を温めてくれます。続編の要望が多いということは、同じように感じている方がたくさんいるということでしょう。

 このニュースをさっそく取り上げていらしたtakoさんの記事に、トラックバックを送らせていただきます。

追記:
 コメントをいただいたyoshiさんの「新選組!続編を予想する」にトラックバックを送らせていただきます。

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2005/05/26

『ひとを<嫌う>ということ』(中島義道)

ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)
ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)

 ビアンカさん涼さんが記事に書いていらして、興味を持ったので、さっそく図書館から借りてきました。

 「ひとを好きになることと同様ひとを嫌いになることの自然性にしっかり目を向けよ」という著者の「思想」を熱く語った本。中島氏はもともと人の好き嫌いが激しいうえ、家族に激しく嫌われたのがきっかけで、「嫌い」という感情をテーマにすることにしたようです。「嫌い」の原因を徹底的に探り、自分の主張を展開する過程はいかにも哲学者らしく理詰めで、少々辟易しながらも興味深く読みました。

 実は私、かなりの「嫌われたくない症候群」人間。生まれつきの性分か、育った家庭環境のせいか、無意識のうちに人に嫌われないように考えて行動をしているところがあります。「嫌う」ことも「嫌われる」ことも「悪い」ことという大前提があるので、自分や他人のそういう感情をできるだけ見ないようにしているようです。

 中島氏に言わせれば、「嫌い」に向き合わない欺瞞的な「善人」ということになりますね。よく言えば、アクがなくて人当たりがいい、悪く言えば、人畜無害な八方美人。最近、何だかそんな生き方に疲れてきたし、今更ながら疑問を感じるようになってきたので、この本を読んで随分気が楽になりました。

 人間同士が嫌い合うことを素直に認めることから、むしろ他人に対する温かい寛大な態度が生まれてくる。他人を嫌うことを恐れている人、他人から嫌われることを恐れている人は、自分にも他人にも過剰な期待をしている。それは、たいへん維持するのが難しい期待であり、ささいな震動によってガラガラ崩れてしまいます。

 なるほど、言われてみれば、確かにそんな気がします。それに、嫌うことや嫌われることを恐れるばかりに、自分らしく生きられなかったらつまらない一生になってしまいそうです。「嫌い」という感情を認め、軽くあっさりと付き合っていこう、そういう前向きな気持ちになれました。

 ビアンカさんと涼さんの記事にトラックバックを送らせていただきます。

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2005/05/23

教育実習先の先生

 週末のネットニュースで「教育実習生の10%セクハラ体験」という記事を読みました。内容を見てみると、「…教育実習を受けた大学生約5600人のうち、10%の542人がセクハラ被害に遭ったり見聞きしたりしたことが…」とあり、「10%セクハラ体験」というのは誇大タイトルのような気がしますが、かなりの学生が実習先の教員や生徒からセクハラ被害に遭っていることは間違いないようです。

 ひどい教育者がたくさんいるようですね。教育実習でのそんな体験によって、教師になりたいという志がしぼんでしまう学生がいることを想像すると、とても残念に思います。実際の教育現場に初めて接する教育実習は、学生の将来を左右する経験と言えそうです。

 私はかつて、まったく逆の体験をしました。実習先の中学で素晴らしい先生と出会い、「とりあえず教員免許を取っておこう」といういい加減な気持ちで教育実習に臨んだにもかかわらず、実習後には真剣に教師の道を考えるようになりました。結局、採用試験の受験には至りませんでしたが、あの体験はそれほどインパクトのあるものだったのです。今思えば、こんな教師に教わる生徒は気の毒で、教師にならずに正解でしたが……。

 2週間の教育実習は、不安、緊張、興奮、失意、感動、喜び、別れのつらさなどあらゆる感情が凝縮された中味の濃い日々でした。私の指導教官は、生徒からも他の教師からも一目置かれていたベテランの先生で、ひどい授業をして落ち込む私を励まして、熱心に指導してくださいました。教育者として、人として、尊敬できる先生と出会えたことは幸運でした。

 たった2週間の出会いで、あれから一度もお会いしてませんが、私にとっては大切な恩師です。四半世紀経った今でも、年賀状のやりとりをしています。中学高校の時の担任とはすっかりご無沙汰なのに不思議なものですね。この時の実習録と生徒たちの感想は今でも私の宝物です。

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2005/05/21

『タイガー&ドラゴン』

 今クールの連続ドラマで一番のお気に入りは『タイガー&ドラゴン』。長瀬くん(虎児=タイガー)と岡田くん(竜二=ドラゴン)の共演とくれば、もうそれだけで「ありがたく見させていただきます」の心境なのですが(^^ゞ、今では2人が主役だからという理由を超えて毎週楽しみにしています。

 毎回、古典落語の一演目と現実の物語をリンクさせながら、落ちに持っていく展開が実に巧妙で面白い。落語の一部を同じキャストが時代劇の扮装をして演じる劇中劇がまたよくできています。短い劇中劇なのが惜しいほど、手が込んでいる。お正月にスペシャルドラマとして放映された時には、正直言ってこのあたりのテンポについていけないところもあったのですが、いったん慣れるとこの速いテンポがクセになります。

 出演者がみな達者な方ばかりで、クドカンこと宮藤官九郎の斬新な脚本を見事に演じています。とくに、林屋亭どん兵衛役の西田敏行のうまいこと! 演技はもちろんのこと、落語もお上手。そうそう、スペシャルの時にはちょっと違和感があった伊東美咲のとぼけた演技も、最近は結構好きだったりします。

 浅草の六区や観音様や仲見世がよく出てくるのも、浅草に馴染みのある私には嬉しいかぎり。ぼそっと一言……ロケを見物したかったぞ(^^ゞ。

 現在、糸井重里さんのほぼ日の「ほぼ日テレビガイド」で、毎週『タイガー&ドラゴン』を語る企画が連載されていて、これを読むのも楽しみです。今まで落語にはほとんど興味がなかったのに、俄然興味が湧いてきました。

【追記】2006年6月1日
 この『タイガー&ドラゴン』は、優れた放送番組に贈られる「第43回ギャラクシー賞」の栄えあるギャラクシー大賞を受賞しました。おめでとうございます!

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2005/05/19

「単語力(タンゴリキ)」

 2ヵ月程前に「アンチ・バベルの塔」というブログによって刺激された単語力増強への意欲(こちらの記事)は、波があるものの今のところ健在です。このブログの管理人さんを始め、多くの学習者が自作の単語カードによって記憶していることを知って、私も単語カード作成に着手しました。

 単語カードを作るなんて学生時代以来で、この年になって今更という気もするけれど、今のままではあまりにも情けないので、とりあえず始めてみた次第です。いつまで続くかわからないけれど、やった分だけでも単語を覚えられたらいいかな……最初からこんな弱気ではいけませんね(^^ゞ。

 私は熱しやすく冷めやすいため、やる気の継続が大問題。そこで、時々「アンチ…」や他の英語学習サイトにアクセスしては、刺激を受けるようにしています。

 その中に「単語力(タンゴリキ)」というサイトがあります。これは英語の語彙力を判定するサイトで、10題の3択問題に答えるとスコアが出て、3000人以上が参加するランキングの順位もわかります。

 これだけを使って単語を覚えるには無理があると思いますが(単語帳機能を拡張した有料版もあるけれど)、ゲーム感覚でできるのでなかなか楽しめます。3択だから、その単語を知らなくても消去法で意味を推測できますが、そうして時間をかけて問題を解くとスコアが下がるようになっています。その他、簡単な単語を間違えると大きく減点されるなど、よく考えられています。

 私の現在のスコアは……とても公表できません(--;)。単語カード効果でスコアが上がったあかつきには、報告させていただきます(と、いちおう言っておこう)。我こそはと思う方は、ぜひチャレンジしてみてください!

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2005/05/17

すみだトリフォニーホール

 前々から行ってみたいと思っていた「すみだトリフォニーホール」をようやく訪れることができました。ごひいきの西本智実さんがベートーヴェンの「皇帝」とチャイコフスキーの「悲愴」を引っさげてご登場とあらば、これは願ってもないチャンスです。

 このホールは墨田区の施設として、1997年にオープンしました。当時、私はすでに今の家に引っ越していましたが、生まれ育った墨田区に立派なホールができたことを聞いて、行ってみたいとずっと思っていたのです。駅ビルしかない時代の錦糸町を知っている者としては、この10年来の錦糸町の変貌には目を見張る思いがします。

 大ホールは1801席を有するシューボックス型のホールで、内部は木を多用しているせいか、落ち着いて温かい雰囲気です。思っていたよりずっと立派で、元墨田区民としては誇らしく思いました。区に納めていた税金がこのように使われて嬉しいかぎり。客席の席番プレート数枚分くらいは私も貢献しているかもしれません(^^ゞ。

 さて、コンサート。財政的事情とミーハー事情ゆえ、席はステージ横の3階バルコニー席。音を聴くにはいまいちだけど、指揮者の顔が見える席……邪道なファンでどうもすみません。音楽については語れないくせに、燕尾服のデザインが変わったことにいち早く気づくあたり、我ながら情けない(^^;)。

 けれども、わからないなりにクラシックを生で聴く醍醐味を知って、たまにそういう贅沢な時間が持てることを幸せに思います。スタンディングでノリノリ(死語?)のコンサートもいいけれど、オーケストラの奏でる音楽に身をまかせるコンサートもまたいいのです。そして、やっぱり西本さんは素敵なのです!(^^) とくにロシアの音楽を指揮する時が輝いている気がします。

 kaoさんが記事「すみだコンサート」で昨日のコンサートについて熱く語っていらっしゃるので、トラックバックをさせていただきます。

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2005/05/16

ねぎし定食1600円

 「タダ券があるけど、行かない?」と友人に誘われて、土曜日に韓流ミュージカルを観劇に出かけました。会場は新宿の厚生年金会館。開演前に軽く食事をしていくことになり、ひさしぶりに「ねぎし」に立ち寄った時のことです。

 「ねぎし」は新宿を中心に展開している、牛たん焼と麦とろのチェーン店。たん焼と麦とろとテールスープがセットになった「ねぎし定食」が1000円以内で食べられるので、お気に入りのお店のひとつです。和風シチューも大好き。最近は似たようなお店ができているけれど、やっぱりここの味付けが美味しいと思います。

 ところが……お店に入ってメニューを見ると、ねぎし定食がない。お店の看板メニューだから、当然一番最初に書いてあるはずなのに、その位置には別の定食が出ているではないですか。よくよく見てみると、次のページの目立たないところにありましたよ、「¥1600」の表示とともに。

 げげっ、1600円て、いったいどうしたっていうの?! なになに……「牛たんの仕入れ価格が高騰しているので、価格を変更させていただきます」ですと。アメリカ産牛肉の輸入禁止によって、オーストラリア産の牛たんが4~5倍に高騰しているから、先月半ばからこの価格になったそうな。ついに、影響はここまで波及したか。牛丼屋さんの騒動は私には関係なかったけれど、ねぎし定食の値上げは痛い!

 お腹はすっかり「牛たんモード」になっていたけれど、お財布の「1000円モード」には勝てず、940円の「牛グリル焼定食」を注文した次第。それはそれで美味しかったけれど、食べられないと余計に食べたくなるもの。ああ、飽きるほど牛たんを食べたい! 最近、焼肉屋さんに行っていないけれど、タン塩の価格も上がっているのでしょうか?

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2005/05/14

謎の水滴?の正体

 GW中に夫とゴルフの練習に行った時のことです。練習を終えて車に戻ってきたら、フロントガラス一面に細かい水滴が付いていました。「あら、雨? 気づかないうちに霧雨でも降ったんじゃないの」と言い合って、車に乗り込みました。

 そして、ワイパーを作動させたのですが、なかなか落ちません。「こりゃ、雨じゃないぞ」「じゃあ、何なの?」「何だろう?」 車を駐車した場所はちょっとした崖の下で、その上には住宅があるので、そこの住人がスプレーの殺虫剤か何かを撒いたのだろうと推測してみたものの、いまひとつ納得がいきません。

 さらに、その後ファミレスで夕飯を食べて戻ってきたら、またうっすら付いているではありませんか! その駐車場の上には空しかないのに、一体これは何? 触ってみるとざらついた感触で、単なる水でないことは確かです。その時は気味悪く思いましたが、その後はすっかり忘れていました。

 ところが、昨日になって、その正体がわかりました! タクシーで帰宅した夫が言うには、「この前の水滴ね、あれ、ヒノキの樹液らしいよ。タクシーの運転手さんが教えてくれた」。えーっ、樹液?! 樹液って、飛び散るものなの?! ヒノキが発散した樹液が霧のように風に乗って、あたりに飛散しているなんて、今まで聞いたことがありません。でも、そのようすを想像すると、とても神秘的な気がします。

 どういうしくみになっているかを知りたくて、検索をかけてみたら、この現象について書いたココログ「無精庵徒然草」の記事「風薫る…西鶴…近松」にたどり着いたので、トラックバックをさせていただきます。そこには「その樹液がいよいよ深くなる緑の葉っぱから溢れ出す今頃は、ついには樹液が飛散さえしてしまうようである」と書いてあります。この季節の草木の生命力に驚嘆するばかりです。

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2005/05/12

小学校時代の遠足

 この季節は小中学生の遠足や泊りがけ行事のシーズンのようですね。ブログめぐりをしているとそんな記事をよく見かけます。遠足……なつかしい響き! 今日はひさしぶりに昔話をしたいと思います。

 私の小学校時代(1960年代(^^;)の遠足はこんなところに行きました。古いアルバムは実家に置いたままで確認ができないので、多少の記憶違いはあるかと思います。ちなみに、墨田区の公立小学校でした。

1年生:新宿御苑
 なんと、都電を貸切にして行きました(^^;)。そういう路線はなかったのに、線路を伝って新宿まで直通で行ったのです。

2年生:井の頭公園
 地下鉄銀座線と井の頭線を乗り継いで行ったような気がします。

3年生:ユネスコ村
 この遠足から貸切バス利用。狭山湖畔をみんなで歌いながら歩いた記憶があります。

4年生:高尾山
 私にとってたぶん初めての山登り経験。全員、うぐいす笛のおみやげを買ってもらって嬉しかったな。

5年生:江ノ島・鎌倉
 鎌倉は鶴岡八幡宮と大仏に行ったはず……あんまり記憶がありません。

6年生:箱根
 大涌谷や芦ノ湖を巡りました。富士山がきれいでした。

 毎回、事前のバスの席決めがたいへんで、誰と並ぶかが大問題でした。誰とお弁当を食べるか、も。仲良しとか同じグループとかそういうことに目覚める時期だったんですね。

 そういえば、遠足のバスと言えば、必ず「♪ごんべさんの赤ちゃんが風邪ひいた…」を歌いませんでした? ふだんは歌わないのに不思議。高学年になってからは流行歌も登場しました。GS(グループサウンズ)の歌が多かったっけ。黛ジュンの『霧のかなたに』を覚えたのもバスの中でした。今でもカラオケで歌えます(^^;;;。

 お菓子はいくらまでと決められていて(100円か200円かその程度)、お菓子選びもまた一大事でした。遠足になると、はりきるお母さんがいて、レモンのはちみつ漬けなどを大量に作ってきてはみんなに配ってくれたものです。

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2005/05/11

ハーム・アボイダンス

 私はどちらかと言えば心配性で悲観的……あまり認めたくないし、できればこの性分を変えたいのだけど、なかなかうまくいきません。

 『遺伝子が明かす脳と心のからくり』(石浦章一)という本を読んでいたら、「ハーム・アボイダンス(Harm Avoidance)」という言葉が出てきました。これは不安傾向が強い形質のことで、「神経質」「心配性」という形質によく似ているそうです。ハーム・アボイダンスの高低によって、下記のような特徴が表れるとのこと。

*ハーム・アボイダンスが高い:自分に害が及ぶのを恐れる、悲観的、人見知り、内気で、疲れる
*ハーム・アボイダンスが低い:冷静沈着、楽観的、エネルギッシュ

 そう、私はできるだけ自分に害が及ばないことを願っているし、人見知りしやすくて内気なところがある……どうやら、やはりハーム・アボイダンスが高めなようです。この特徴を見るかぎり、低いほうが望ましく、私だってぜひそうなりたいけれど、この高低には遺伝要因もあるそうなので、残念ながら簡単には変えられないらしい。

 そして、このハーム・アボイダンスは、脳内物質のセロトニンと関係があることが認められているそうなんです。つまり、ハーム・アボイダンスが高いのはセロトニンが少なく、低いのはセロトニンが多い、ということ。不安を抑える薬やうつ病の薬はセロトニンの量を増やしたり、活性化したりしているんですって。

 とは言っても、心配性を治すために薬を飲むわけにはいかないし、せいぜいセロトニンがこれ以上少なくならないように気をつけて、できるだけ楽観的に考えるようにするしかなさそうですね。

 「セロトニン」を検索したら、「あるある大事典」で以前、特集していたことがわかりました(こちらのサイト)。このサイトによると、セロトニン不足の解消には、
・太陽の下、1秒2回のリズムで5分以上、ウォーキングをする。
・セロトニンの原料のトリプトファンをビタミンB6とともに摂取する。
といいそうです。

 冷静沈着で楽観的でエネルギッシュな人に、私はなりたい!

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2005/05/09

またまた誤訳騒動

 GW中に読んだ「週刊新潮」(5/5・12号)で、映画『オペラ座の怪人』の誤訳騒動について知りました。『ロード・オブ・ザ・リング』に続いて、またしても戸田奈津子さんの字幕に対して騒動が起こっていたとは! 記事中に紹介されていたサイト「オペラ座の怪人字幕改善委員会」にアクセスしてみました。

 『オペラ座の怪人』をこよなく愛するこのサイトの管理人さんが、この映画の字幕のひどさに憤慨してサイトを立ち上げたとのこと。それがきっかけになって、字幕改善要求署名運動にまで発展し、DVD・ビデオ発売時には字幕が修正されることになったようです。

 「珍訳・誤訳集」を読んでみると、いちいちうなずくことばかり。『オペラ座の怪人』に思い入れが深く、英語に堪能な管理人さんならではの的確な指摘が続きます。また、掲示板には全国から多くのコメントが寄せられているほか、全訳文の検証と代案まで出ていて、たいへん充実した内容のサイトです。

 当の戸田さんは「週刊新潮」の記事中で、「…そもそも映画の翻訳というのは字数やいろんな制約があって、そのまま直訳しても文章にならないし、意味が通じないの。だから、やっぱりある程度の意訳は必要なのよ。…」とコメントしています。

 でも、『ロード・オブ・ザ・リング』と『オペラ座の怪人』の誤訳騒動を見るかぎり、独りよがりの意訳があることは確か。その解釈が正しければまだしも、微妙にずれていると登場人物の人物像に影響しかねません。変に意訳するより、ストレートに訳すべきだと思うのですが……。不自然な日本語や妙なカタカナ多用にも首をかしげます。誰も訂正を入れられないのか?!

 これほどの騒動になっても、大作、話題作はやはり戸田訳が多いのは不思議です。

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2005/05/06

こども、子ども、子供

 昨日5月5日は「こどもの日」。「子供の日」でも「子どもの日」でもなく、ひらがなで「こどもの日」と「国民の祝日に関する法律」で定められています(内閣府のサイト)。

 「こども」の表記に関しては、「こども」「子ども」「子供」が混在していますが、みなさんはどれを使っていますか? 私はずっと「子ども」を使っています。深い考えはないのですが、いつの頃からか「子ども」という表記をよく見るようになったのでそれに倣ったのと、「子供」より「子ども」のほうが柔らかくて「こども」らしい印象があるというのがその理由です。

 「子供」の「供」の字には「従者」という意味があり、こどもが大人の従属物であることを連想させるため、「子ども」が望ましいとしたいきさつがあったことを知ったのはつい最近のこと。わさびさんのブログで「『子供』と『子ども』」という記事を読んでそれを知り、びっくりしたものです。また、「供」には「神に捧げる供え物」の意味があるので避けたほうがよいと考える人もいるようです。

 現在もこの表記問題は決着がついていないらしく、読売新聞の場合、同じ日の記事に「子供」「子ども」二つの表記があります(「こどもの日」の「こども」を入れると3つ)。どういうスタンスで「子供」と「子ども」を使い分けているのか、あるいは記者の判断にまかされているのか定かではありませんが、どちらかといえば「子ども」が主流の印象です。

 ついでに他の新聞のサイトを見てみたら、折りしも産経の昨日の「主張」に「こどもの日 表記は『子供』が望ましい」という社説が載っていました。ということは、産経新聞では「子供」を使っているということですね。ちなみに、朝日、毎日、日経は「子供」「子ども」混在です。

 日本語は表記ひとつ取っても難しいですね。私は今のところ「子ども」派。先日、内職の訳文を提出したら、「子ども」を「子供」と直されて、以後そこでは「子供」を使っていますが、私の基本は「子ども」。長年使っているから、私の中でそういうイメージができあがっているだけで、思想はないのですが……。

 「こども」表記問題に気づかせてくださったわさびさんの記事に、トラックバックをさせていただきます。

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2005/05/04

『脳のなかの幽霊』(V・S・ラマチャンドラン)

脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)
脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)

 神経学者が幻肢などの奇妙な症状から脳のしくみや働きを探り、さらに意識の謎に迫った本。一般向けにわかりやすく書かれている一方、専門家向けの詳しい註や参考文献が付けられており、幅広い読者層に対応しています。註は読まず、わかりにくいところは流し読みしましたが、それでも脳の不思議さ、面白さが十分に伝わってきました。

 切断された手がまだあると感じたり、痛みを感じたりする幻肢。盲目になった人が見るいきいきとした幻覚。左側にあるものに無関心なため、顔の左半分に化粧をできなかったり、左側に置いた食べ物を無視したりする半側無視。左腕が麻痺しているのに、その麻痺を否定する疾病失認。家族を別人だと思うようになるカプグラの妄想。

 以上のような症例を脳の観点から探って仮説を立て、実験によって立証していきます。その過程が非常に面白く、脳に対する興味がつきません。

 著者は心、意識にも触れ、意識を実験的に検証できる問題として扱う研究方法があることを示唆しています。意識は脳の特殊化した神経回路から生じると提言し、クオリア(主観的感覚)問題についても語っていますが、このあたりは難しくていまひとつ理解できませんでした。

 とは言え、人間を脳から眺めて、理解しようとすることは実に興味深い。著者は最後に下記のように書いていますが、この本を読み終えた今、私にもそう思えます。

 自分の人生が、希望も成功の喜びも大望も何もかもが、単に脳のニューロンの活動から生じていると言われるのは、心が乱れることであるらしい。しかしそれは、誇りを傷つけるどころか、人間を高めるものだと私は思う。

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2005/05/02

絶好のゴルフ日和なれど…

 今年のGWは暦どおり出勤の夫を送り出し、ひさびさにのんびりPCに向かっています。ふぅ、やっぱり一人の時間はいいなぁ……いや、「一人の時間」に訂正しておこう(^^ゞ。GW前半は夫とゴルフに行ってきました。

 先週、ゴルフ場から格安パックのお知らせメールが届き、急遽、30日にラウンドすることになった次第。季節はまさにゴルフシーズン、しかも絶好のゴルフ日和……鮮やかな新緑の中にところどころ八重桜が咲く美しいコースで、快適なプレーを楽しんできました――と書きたかったよー!!!(T_T)

 現実は――半年ぶりのラウンドにしては好調なスタートを切って、「これはもしや…」と心の中で期待したのもつかの間、途中からトラブル続出で、とくに後半は数えたくもない最悪スコア。「切れちゃいけない」と思いつつ、不機嫌になっちゃいけないと思いつつ、投げやりなゴルフになってしまいました。ああ、情けなや。

 とにかく、アプローチとパターがあまりに下手すぎ! これではいくらドライバーが会心のショットでも、スコアは縮まりません。ラウンドをする度にその下手さ加減を痛感するのに、その後、ほとんど練習しないものだから、いつまでたっても同じことの繰り返しなのです。

 思えば、スコアの半分ほどはアプローチとパターなのに、その練習をまともにしないで、本番だけうまくいくはずがありません。はっきり言って、アプローチやパターの練習は面白くない。フルスイングの練習は、ナイスショットが出ると気分爽快、ストレス解消になるので、ついそればかりやってしまうのです。大反省!

 確かに私はゴルフのセンスがない(残念ながら断言できる)。けれどもセンスがないなりに、フルスイングはそれなりに飛ぶようになったのだから、小技だってやればできるはず……そう信じたい。地道に練習をして、次回のラウンド(未定だけど)は自分なりに納得したいものです。

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2005/05/01

2005年5月

408、絶好のゴルフ日和なれど…
409、『脳のなかの幽霊』(V・S・ラマチャンドラン)
410、こども、子ども、子供
411、またまた誤訳騒動
412、ハーム・アボイダンス
413、小学校時代の遠足
414、謎の水滴?の正体
415、ねぎし定食1600円
416、すみだトリフォニーホール
417、「単語力(タンゴリキ)」
418、『タイガー&ドラゴン』
419、教育実習先の先生
420、『ひとを<嫌う>ということ』(中島義道)
421、『新選組!』続編が放送決定!
422、避難用リュック
423、さようなら貴ノ花

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