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2007/11/18

『ALWAYS 続・三丁目の夕日』

 三丁目の人たちにまた会える嬉しさと、期待はずれだったら嫌だなという一抹の不安を抱いて、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』を観てきました。びっくり仰天のオープニングから昭和34年に引き戻されて、あの世界にどっぷり浸ってきました。

 「泣ける映画」「泣ける本」と言われるとヘンに引いてしまう天邪鬼な私も、この映画には泣かされてしまいます。"泣かせの場面"よりもさりげないエピソードにぐっとくる……塩むすび、ハンドクリーム、銭湯、8ミリなど。しょっぱいだけなのに美味しかったおにぎりの味、あかぎれの手に塗ってもらったハンドクリームのちょっとしみる感じ、家族みんなで銭湯に出かけたこと、ふすまに8ミリを写して見たことが蘇ってきて、若かった両親の顔が浮かんできました。

 登場人物がみんな初演のままのキャストなのも嬉しいかぎり。みんなぴったりはまっていて、誰か一人が欠けても雰囲気が変わってしまいそうです。中でもお気に入りは、お母さん役の薬師丸ひろ子。ああいうお母さんが家庭をしっかり支えていましたよね。『セーラー服と機関銃』のあの子がこんなお母さん役を演じるようになったことも感慨深い。

 今はあの頃の人々が夢見たように、経済的に豊かになり生活も便利になって余裕があるはずなのに、人の心がギスギスしているように思えるのが淋しいです。お金があるのに給食費を払わずに子供に給食を食べさせている親たちには、淳之介くんの気持ちはわからないだろうなぁ。

 この映画のもうひとつのお楽しみ、当時の東京の再現CGも楽しめました。日本橋、羽田空港、東京駅、日劇(?)……背景までしっかりチェックしてしまいました。そうそう、赤いラインの都電が登場したのはこの時代なんですね。

 あれから48年……淳之介や一平はそろそろ定年を迎える頃でしょうか。幸せに暮らしていますように。

 偶然、同じ日にこの映画を観た桜桃さんをはじめ、一足早く観てきた惑さんぶんぶんさんにトラックバックを送らせていただきます。

関連記事:
『ALWAYS 三丁目の夕日』 (2005年11月7日)

ALWAYS 続・三丁目の夕日[DVD豪華版]
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コメント

私も今週中には見に行きたいと思っているものの
行けるかどうか・・・
家の中では息子だけ一足先に見に行っていました。

あの都電とか、何気ない街の景色が
昔見たそのままなんですよね。
私も何気ない風景や、しぐさがぐぐっと来ちゃいます。

薬師丸ひろ子のようなお母さんがいっぱいいました。
どのおかあさんも買い物籠下げて、
つっかけはいて、前掛けして。(^^;
日本が元気いっぱいであった時代ですよね。

今はあのころ欲しかったものがみんな手に入ったのに
パワーみたいなものがかけているように感じます。

赤いラインの都電、たぶん乗ったと思います。
でも、覚えてないです。
我が家からだと蔵前通りののふくすけ辺りから乗った気がします。(汗)

投稿: 陶片木 | 2007/11/18 17:39

この映画を見ると
子供の頃がよみがえってきます。
がまん強く、耐えるタイプの私だったので
その頃のことを思い出してたりもしました。
同じ日本、日本人が暮らす街なのに、
今の日本は豊かになり変わりましたね。
それが良いことなのかどうか、
40年後の日本も見てみたいですが、
年齢を考えるとぉ~(^^;

投稿: TOKIKO | 2007/11/18 18:36

>『セーラー服と機関銃(1981)』のあの子
は昭和39年生、鈴木オートの堤真一さんも自転車屋の温水洋一さんも39年生まれ。あの映画の昭和34年にはまだ生まれていません。タバコ屋のもたいまさこさんとお医者さんの三浦友和さんは二人とも昭和27年生まれ。自分の親や、おじいちゃんおばあちゃんを演じている感じなんですね。淳之介の須賀健太君は1994年平成6年生まれの13歳。六ちゃんの掘北真希さんが1988昭和63年生まれ。昭和すら知らない世代です。 そのうち、昭和40年代を舞台にした恋愛時代劇映画なんかも出てきそうですね(笑)。

投稿: | 2007/11/18 18:39

私も昨日見ました!
そしてさり気ないところで、涙涙でした〜。
隣りの夫を見たら、号泣してました。

そういえば昔はあんな風に商店街の道は舗装されていなかったかな〜とか、
野良犬がいっぱいいたな〜とか、
隣近所で助け合っていたな〜とか、とにかく泣けました。扇風機に当たりながら「あああ〜」と震える声を楽しんでいた事もありましたっけ。

鈴木オートのお父さんが同窓会に行って、家に連れてきた牛島さんは、実は亡くなっていたのでしょうか。出されていた漬け物も一人分だったし…。
「生き残った者は、亡くなった者の分までうんと幸せになって良いんですよ」と言いに来てくれたのでしょうか。

それにしても、機関銃をぶっ放し「カイカン!」と
行っていた薬師丸さんが、良いお母さん役者になったものですね〜。代表作になると思います。

投稿: 茶菜 | 2007/11/18 20:26

TBありがとうございました。

よかったですねえ~。
ここぞではなくて、全体を通して泣けるというか^^;;

私は伊勢湾台風の年生まれなので田舎育ち。銭湯ももちろん行ったことないし、厳しい母のもと駄菓子やも行ったことないので(;_;)多分東京育ちのみなさんとは感覚が違うのだとおもうけれど、それでも、あちこちにちりばめられた星のようにキラキラ光る人情こぼれ話に泣きました。

達彦さん(“人情きらり”の福士君ね)、泣けましたね~。あの若々しさが痛かった。そして堤さんの酔っ払いぶりが絶品!

投稿: 桜桃 | 2007/11/18 21:22

Tompeiさんもごらんになったんですねー。
ところで、TB届いていません^^;

私も塩むすびのおむすびのシーンが印象に残っています。
我が家は味噌むすびってのもあるんですが^^

やはり今は物がありすぎちゃって、なんでもあって当たり前の時代なのが、感謝という心や優しさの気持ちが欠けてしまったのかも・・・

それにしても惑さん、芸能人の年齢に詳しいわ~。笑っちゃいます^^

投稿: ぶんぶん | 2007/11/18 21:52

皆様、こんにちは。
ご丁寧なコメントありがとうございます!

>陶片木さん

 たぶん、この映画はまだまだ上映されると思うので、あせらないで大丈夫ですよ。息子さんのような今の若者から見ると、これは半分時代劇かもしれないですね。

 陶片木さんは転校しちゃったから、あのあたりの記憶がおぼろけなんでしょうね。私は浅草、上野方面に行く時、よく都電を利用していました。時間がかかるから、だんだん地下鉄を使うようになっちゃったけど。錦糸町に行く時はずっとバスでした。半蔵門線が通って初めて結ばれたのよね。

 そういえば、小学1年の時、貸切都電で新宿御苑に行きました! 都電の床にビニールシートを敷いて座ったのだ……すごい時代だわ(^^;)。

>TOKIKOさん

 幼い頃のTOKIKOちゃんはやっぱりおかっぱのロン毛でしたか? 可愛くて健気ないい子だったんだろうなぁ(^^)。私もいちおう姉なので、いい子を装っていましたが、たまに爆発していたような……(^^;)。

 40年後? どんな世の中になっているかしら? その頃は平均寿命が90くらいまでいっているかもよ。

投稿: Tompei | 2007/11/19 10:21

>惑さん

 そうですか……あの時代を知っているのはもたいまさこと三浦友和くらいなんですね。あ、小日向さんも。須賀くんたちにとっては大昔の話ってことですか……子供の頃、両親や祖父母の若い頃なんて、遥か遠い昔と思っていたもの。こちらか見るとちょっと昔なのにね。

 話はそれますが――同世代の女優が母親役をやるようになるとちょっとしたショックだけど、らくらくホンのCMに出ているのを見るともっとショック(^^;)。

>茶菜さん

 同じ日に三丁目に行ってきたのね(^^)。ご主人も号泣でしたか……ウチの主人はやせ我慢をしていたみたい。私も一人のほうが素直に泣けるタイプ。似た者夫婦だわ。

 ものわかりの悪い私には、牛島さんのエピソードはちょっとわかりにくかったのでした。戦死した牛島さんが鈴木オートのお父さんのところにやって来て励ましてくれたってことなんでしょうね。お母さんと六ちゃんが見た蛍って、牛島さんなんだと思う。同窓会で会ったのも幻ってこと……そこに気がつかなかったの。そういえば、牛島さん、若かったわよね。

投稿: Tompei | 2007/11/19 10:23

>桜桃さん

 桜桃ちゃんはみかちゃんみたいに制服を着て小学校に通っていたのかしら? 違う場所、違う環境で育っても、大人になると大差ありませんよね。って思っているのは私だけだったりして(^^;)。お育ちは知らず知らず出ちゃうから、気をつけなくちゃ!

 桜桃さんは牛島さんの若さにすぐ気がついたのね。さすが! あ、当たり前?(^^;) この調子だから、ちょっとわかりにくい話だとついていかれなくなるの、宝塚もしかり。観劇や読書が好きなのに情けないです。

>ぶんぶんさん

 味噌むすびも好きです(^^)。お味噌だけつけたの。遠足や運動会などのイベントの時のお弁当は別だけど、ふだんは塩やお味噌をつけただけの簡単なおにぎりが多かったような気がします。

 物が十分あるのに「もっともっと」と欲を出すのもダメですね。我慢を知らない、というか。自分のことですけど(^^;)。何事も「足るを知る」が大切とわかっているのに。

投稿: Tompei | 2007/11/19 10:24

私も観たいな〜と思いつつ「たぶん泣くだろう」の理由で未だにデビューが果たせていません^^;

やはり「お金はなくても豊かな心」の時代だったのかな。

しかし給食費や保育料を払わない親、学校で給食の時間に「いただきます」を言わせないよう強要する親。。。

そういう現状を考えると本当に心が痛みますね。

投稿: みるきい | 2007/11/19 14:33

>みるきいさん

 こんばんは。

 悲しい涙じゃなくて、あったかい涙だから、ぜひ観てくださいね。

 そう、給食費を払わない親や「『いただきます』と言わせないでくれ」と訴える親って、わけがわかりませんよね。そういう親に育てられた子供はどうなっちゃうのか、心配です。親の影響って大きいものね。

投稿: Tompei | 2007/11/19 22:18

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