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2007/11/15

あの日の浅草、銀座、日本橋

地図物語 地図と写真でたどるあの日の浅草―昭和26年から30年代の思い出と出会う (地図物語)
地図物語 地図と写真でたどるあの日の浅草―昭和26年から30年代の思い出と出会う (地図物語)
あの日の銀座―地図と写真でたどる 昭和25年から30年代の思い出と出会う (地図物語)
あの日の日本橋―地図と写真でたどる 昭和25年から30年代の思い出と出会う (地図物語)

 書店で見つけた武揚堂の「地図物語」シリーズ3冊……図書館で借りてきました。サブタイトルは「昭和25年から30年代の思い出と出会う」。最近、こういう"懐かしもの"にめっきり弱くなりました。

 私の記憶に残っているのはほとんど40年以降なので少しタイムラグはありますが、懐かしい写真、興味深い写真が満載でいつまで眺めていても飽きません。どの地区も震災と戦災から復興して今日の姿につながることを、写真が雄弁に語ってくれます。

 付録の復刻地図がまた素晴らしい。原図は昭和25、6年に作成された火災保険特殊地図。ビルや商店はもちろん、個人宅の名前まで入っている詳細を極めたものですが、なんと一人の地図職人が一軒一軒現地を歩いて作成したそうです。

 50年以上前から変わらないもの、変わってしまったもの、さまざまで、感慨深い思いがします。また、昭和25、6年当時はまだ多数のビルがアメリカに接収されていたり、浅草寺の雷門はなかったり(戦災で焼失)、戦争の爪痕が色濃く残っていることが印象的。

 掲載写真のうち、今はない建物で私の記憶にあるものをピックアップしておきます。一つ一つ思い出話を始めると止まらなくなる危険性あり(笑)。
【浅草】
国際劇場:昭57閉館、<現>浅草ビューホテル
新世界:六区にあった「娯楽の殿堂」、昭44廃業
仁丹塔:十二階を模した浅草のランドマーク、昭61解体
【銀座】
日劇:昭56閉館、<現>有楽町マリオン
朝日新聞社:<現>有楽町マリオン
テアトル東京:映画館、<現>ホテル西洋銀座(昭62開業)
レストラン・コックドール:<現>銀座ワールドタウンビル
【日本橋】
白木屋:のち東急百貨店、<現>コレド日本橋(2004開業)
帝国製麻ビル:のち大栄不動産(日本橋北詰の赤煉瓦のビル)

 昭和30年代にタイムスリップして、首都高のない東京を歩いてみたいなぁ。都電を乗り継いであちこちに行ってみたい。石造りの数寄屋橋を渡ってみたい。

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コメント

先日美容院で手に取った週刊誌に、
50年前と現在の東京各地の様子を比較した写真が
何枚か載ってました。
思わずじ〜〜っと見入ってしまいました。

Tompeiさんのあげた建物の中に、
私にとっても想い出深いものがたくさん。

旧東京宝塚劇場も懐かしいですよね。
トイレの数は少なかったけれど、
何とも素敵な階段があって、重厚な赤い絨毯があって…。(今も赤絨毯だけど、なんとなく高級感がない)
先日は日比谷の三信ビルも取り壊されてしまいました。
大好きだった「喫茶 日比谷」も今はなく、
淋しくなりました。
どんどん変わる東京に、少々ついていけない気分になるのは、歳のせいでしょうか…。
私も首都高のない日本橋を渡りたいです。
幸せのハードルが低かった昭和は、
もう遠くなってしまいましたね。

投稿: 茶菜 | 2007/11/15 16:19

両親の実家が神保町にあったので、昭和30年代のその近辺は今も記憶の片隅に(幼少時の記憶は2歳前後からあるもので)残っています。
当時、自分が住んでいたところに比べて、東京はオシャレでしたよね。
今みたいに、ギチギチに建物は建っていなくて…空も見えし、裏道は木造で古風な玄関がいっぱいあるのに、表通り側はコンクリートで四角かった…

投稿: ゆれい | 2007/11/15 17:09

茶菜さん、ゆれいさん、こんにちは。
ご丁寧なコメントありがとうございます。

>茶菜さん

 この本の地図では、宝塚劇場は接収中。同じく接収中の帝国ホテルは美しいライト館の時代です。このあたりもインペリアルタワーができた頃からどんどん変わりましたね(なんともう24年も前らしい)。シャンテができて、宝塚が新しくなって、最近またクリエもできて……きれいになったけれど、どこにでもある街になっちゃった感じがします。三信ビルはどんなふうに生まれ変わるんでしょう?

 真知子巻き(知ってる?)をして数寄屋橋を渡って、宝塚劇場に行ってみたいですね! 春日野さんがバリバリの頃かな?(^^)

>ゆれいさん

 ゆれいさんの記憶力はすごいわ。私は小さい頃のことは身の回りのことしか覚えてません(^^;)。

 神保町と言えば、三省堂の古いビルを思い出します。あれはいつまで建っていたんだっけ。新宿線が通ってない頃は御茶ノ水から歩いていったなぁ。主婦の友や明治大学の前を通って……。

 昔の表通りは都電やトロリーバスの電線がごちゃごちゃぶらさがっていましたよね。高いビルが少なかったから、今より道路が広く感じられました。

投稿: Tompei | 2007/11/15 18:04

半ズボンをはいて、眉毛の上で横一直線にそろえた前髪で後ろは刈上げの男の子。女の子ならおかっぱか三編みかポニーテール。既婚主婦ならおばさんパーマ。タイムスリップしたTompeiさんはどんな髪でどんな衣装?「続・三丁目の夕日」の映画ではエキストラさんも全員、髪型お化粧を昭和風に変えたそうです。ちょんまげではなくても今のままではNGという意味ではすでに「時代劇」だとパンフレットに書いてありました。
北海道だと賑やかだった昭和の炭鉱の街は夕張だけじゃなくあちこち寂しい限りの変貌です。常に発展している東京は凄い街ですよね。

投稿: | 2007/11/18 00:56

>惑さん

 昨日、『続・三丁目の夕日』を観てきました。子供の頃は横分けショートをパッチン止め(ご存じ?)で止めていましたが、先日のクラス会で「髪型も変わらないね」と言われました(^^;)。惑さんは一平くんみたいな坊ちゃん刈りかしら?

 昭和30年代はすでに時代劇の世界なんですね……何だかフクザツな気持ちです。確かに、あの日本橋(この本の表紙にもなっている)は今とは別世界のようですね。30年代生まれなのに、首都高のない日本橋の記憶がなくて残念です。

投稿: Tompei | 2007/11/18 13:21

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