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2008/05/31

グルメな日々

 この1週間は、美味しいものを食べておしゃべりする機会が目白押しでした。川越オフを含めて、5日もお出かけしてしまった。個性豊かな友人たちと美味しいお食事に元気をたくさんもらってパワー充電できました。行ったお店をメモしておきます。

「ダノイ 東京ミッドタウン店」(ぐるなび
 ふらりと東京ミッドタウンに行って、予約なしにランチに利用。1500円のパスタ・パニーニセット(スープ、サラダ、パスタ、パニーニ、デザート、コーヒー)で2時間以上粘ってしまいました。濃厚なスープとポテト入りぺペロンチーノが美味しかった。ミッドタウンでカジュアルにイタリアンを食べたい時にはいいかも。
 今回は長い行列にめげた「ナプレ」にもいつか行ってみたい。

「コート・ド・ルージュ」(ぐるなび
 初めて赤坂サカスに出かけ、予約なしのランチ。「マキシム・ド・パリ」系列のワインバーで、ドンペリ(3150円)やロマネコンティ(44100円!)もグラスで飲めるそうな。お昼はカジュアルなランチコースがあって、飲み物を含めて2000円前後で食べられます。私が注文したのは、野菜たっぷりのスープとシーフードライス。マキシムだけあって、お味はさすがによろしいけれど、お値段のほうもよろしく、コストパフォーマンスはよくないかな。グラスビールが1000円!
 本当はこの上にある同系列の「ヴィエイユ・ヴィーニュ」のランチ(約3000円)を食べたかったけれど、予約でいっぱいでした。次の機会にはぜひ!

「バーン・キラオ 国立店」(グルメぴあ
 ブログ仲間のTOKIKOさんのオリジナルファッションを求めて、初めて国立へ。素敵なカットソーをGETしてから、このお店に繰り出しました。タイ料理は数えるほどしか食べたことがなかったけれど、ここのお料理はどれも美味しくて大満足。1人2000円少々で食べて飲んでお腹いっぱいです。この日注文したメニューの写真がみるきいさんのブログにアップされていますので、興味のある方はどうぞ。写真を見るとまた食べたくなります。

「リストランテ・ヒロ 銀座」(ぐるなび
 先月オープンしたばかりの「銀座グラッセ」の中の新しいお店。予約OKの3500円のコース(前菜2品、パスタ、コーヒー、デザート)を注文しました。私がチョイスしたのは、平政のカルパッチョ、鱒のコンフィ、トマトスパゲティ、カラメルのジェラート。味もよく、私には程よい量(男性には少ないかも)で「ごちそうを食べた」満足感でお店を出ました。観劇を控えて時間に余裕がなかったのが残念。6年ぶりに再会した福岡のヅカ友が喜んでくれて何よりでした。

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2008/05/28

雑誌「セブンティーン」40周年

 少女雑誌「セブンティーン」が40周年を迎えた、と今朝の芸能ニュースで伝えていました。記念のイベントには、初代ミス・セブンティーンの坂口良子と当時モデルをしていた麻丘めぐみも登場。二人揃って52歳――面影は残っているしきれいだけど、やっぱりオバサンの貫禄がついていました。とっても親近感。

 「セブンティーン」は中学から高校にかけて、愛読していました。ちょっとお姉さんの(強調!)坂口良子や麻丘めぐみがモデルをしていた時代。毎週発売日が待ち遠しくて、少しでも早く店頭に並ぶお店まで遠征して買ったものです。マンガも楽しみだったけれど、グラビアや芸能記事を激しく求めていましてね。切り抜いてはせっせとスクラップしていました。え? 「無理な恋愛」の人ですけど、何か?(爆)

 マンガの一番人気は、津雲むつみの「おれは男だ!」。ドラマや映画にもなって人気を博しました。森田健作が甲高い声で「吉川くん」て言うの、よく真似されましたね。しかし、男子が女子を「くん」付けとは時代がしのばれる。いえ、少なくとも私のまわりでは後にも先にも聞いたことはありませんが……。

 「おれは男だ!」より好きだったのは、武田京子の「さぼてんとマシュマロ」。こちらもドラマ化されました。沖雅也と吉沢京子でしたね。沖雅也……最後は衝撃的でした。そういえば、仲雅美という人もいましたよね……「ポールシュカポーレ」。

 いけないいけない、朝からまた懐古モードに入ってしまいました。アラフィ(Around50)世代、前向きに参りましょう!

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2008/05/26

第10回お江戸オフ《川越》その2

こちらの続き)

 喜多院から川越城へまたひたすら歩く一行。この日は川越に詳しい埼玉在住のメンバーにガイドをおまかせして、お気楽についていきました。童謡「とおりゃんせ」の"天神様の細道"を通り抜け、三芳野神社にお参りして、川越城に到着。ランチの予約時間が迫っているので、本丸御殿と家老詰所を慌しく見学して、さらに歩き続けます。
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 立派な佇まいの「幸ずし」の2階のお座敷で昼食。蒸し暑い中、かなり歩いて汗ばんでいたので、ビールがさぞかし美味しいだろうと思いつつ、ぐっと我慢。酒豪揃いのメンバーの真似をしてはこの後、歩けなくなります。飲ませていただいた一口の美味しかったこと! もちろん、ちらし寿司も美味しくいただきました。

 そして、いよいよ土蔵造りが立ち並ぶメインストリートへ。ひときわ高くそびえる時の鐘。このあたりの風景は幕末あたりにタイムスリップしたみたいで、何だかわくわくしてきます。3時の時の鐘を聞いて、さらに盛り上がる私たち。おみやげ購買欲もむくむく上昇して、あれこれ買いあさりました。おみやげ購入のためのグルメマップはぬかりなく印刷してきたもんね(笑)。

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 途中、菓子屋横丁で芋ビール休憩。皆さん、本当にお強い! 私は芋コーヒー。バニラのような甘い香りがするコーヒーでした。駄菓子屋の一角で丸テーブル(飴を作る台)を囲む一行7人……何ともステキな光景です。

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 時間に余裕があって、雨が降り始めなかったら、もっとゆっくりぶらぶらして一軒一軒お店を回ってみたかったな。最後に蔵造り資料館を見学してから、駅に向かいました。道々でさらにおみやげを買い足しながら。写真はこの日の成果……すでに半分以上、なくなりました。

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 ご一緒してくださった皆様、いろいろお世話になりました。おかげさまでまたまた楽しい1日を過ごせました。それから、詳しいおみやげ情報を教えてくれたアナタにも感謝! 以下、お仲間の素敵な記事をご紹介します。TBを送りますので、届かなかったらご一報を。

第十回お江戸オフ (桜桃さん)
第10回お江戸オフ(その1) (ぶんぶんさん)
お江戸オフ*川越編 (TOKIKOさん)
お江戸オフ(川越編) (陶片木さん)
江戸オフ会 小江戸川越編 (hichaさん)

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第10回お江戸オフ《川越》その1

 お江戸オフも10回目を迎え、節目の記念にちょっと遠出をして川越まで出かけました。お江戸オフならぬ小江戸オフ。非日常の古い街並みを歩いたせいか、池袋から30分ほど電車に乗っただけなのにもっと遠くまで出かけた気分になりました。心配していた雨もラスト30分降られただけで、歩いて歩いて食べて買って(昼間ゆえ"私は"飲まず)、大満足の1日でした。川越、とっても気に入りました。そして、ゆかいなお仲間たちに感謝!

11時「川越市」駅集合→喜多院→三芳野神社→川越城→昼食「幸ずし」→蔵の街並み・菓子屋横丁(時の鐘、蔵造り資料館)→「川越」駅

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 まずは、喜多院。そもそも、川越に興味を持ったきっかけは、江戸検定に出題されたこの問題。「川越の喜多院には徳川将軍お誕生の間という部屋が残されています。その将軍は誰でしょう?」 正解は「3代家光」ですが、私はしっかり間違えまして、以来、家光誕生の間を見たいと思っていました。

 何故、喜多院に家光誕生の間があるのか? 喜多院のサイトによると次の通り。

寛永15年(1638)1月の川越大火で現存の山門(寛永9年建立)を除き堂宇はすべて焼失しました。そこで3代将軍徳川家光公は堀田加賀守正盛に命じてすぐに復興にかかり、江戸城紅葉山(皇居)の別殿を移築して、客殿、書院等に当てました。家光誕生の間、春日局化粧の間があるのはそのためです。

 つまり、家光が生まれた慶長9年(1604年)にはまだ江戸城の本丸はなく、大奥は紅葉山にあったことになります。江戸城の一部を移築するほど、喜多院を重視したのは、住職の天海大僧正が家康の参謀として幕府創生期に大きな役割を果たし、徳川家と深い関わりがあったため。徳川家の菩提寺の一つ、寛永寺を創建したのも天海です。

 喜多院が「川越大師」と呼ばれているのは、元三大師(慈恵大師)を祀っているから。ちなみに、佐野厄除け大師のご本尊も元三大師ですが、川崎大師や西新井大師は弘法大師。大師は大師でも違う大師とはややこしい。元三大師は天台宗、弘法大師は真言宗で宗派も違うのに、双方のお寺とも厄除けをご利益にしているのも不思議です。何だか人間様の事情が絡んでいるような気がしてしまいます。

 長くなったので、あとは解説つき写真でお茶を濁します。そして、続きはその2へ。

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(左)小堀遠州流枯山水書院式曲水の庭園 
(右)五百羅漢

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(左)仙波東照宮(家康の遺骸を久能山から日光へ移葬の途中、ここに寄って法要した)
(右)日枝神社(赤坂日枝神社は大田道灌がここから分祀した)

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2008/05/22

目黒オフ《復習編・その4》

こちらの続き)

Img_0167 目黒川にかかる太鼓橋を渡ると行人坂に出ます。行人坂と言えば、江戸三大大火の一つ「行人坂の大火」(1772年)の火元。この大火の原因は、坂の途中にある大円寺の寺僧が窃盗目的で放火をしたと言われています。放火犯は小塚原で火刑に処され、大円寺は以後70年以上再建を禁止されたとか。この火災による死者の供養のために造られたのが釈迦三尊や五百羅漢の石仏群です。

 そんな大円寺にお七地蔵というお地蔵様があります。恋しい人会いたさに放火して火焙りにされた(1683年)、あの八百屋お七のお地蔵様。何やら因縁めいていますね。元々は今の雅叙園の場所にあった明王院というお寺にありましたが、明治時代に明王院の廃寺に伴い、隣りの大円寺に移されたそうです。

 明王院とお七の繋がりは、というと、お七の恋の相手、寺小姓・吉三が事件後、僧侶となって西運と名乗り身を寄せたのが明王院でした。西運はお七の菩提を弔うため、目黒不動と浅草観音の間、往復10里の道を念仏を唱えながら隔夜歩く1万日日参の行を27年半かけて成し遂げて、お七地蔵を作ったそうです。この念仏行に出かける前に水垢離をとったと伝えられる「お七の井戸」が今も雅叙園の入口付近にあります。西運はまた、行人坂に石畳を敷いたり、目黒川に橋を架けたりして、社会貢献もしたらしい。お七の目に狂いはなかったようですね。

 目黒のお話はとりあえずこれにて終了。これで心置きなく次のオフの予習ができます。次回はちょっと遠出して川越まで出かけます。

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2008/05/19

目黒オフ《復習編・その3》

こちらの続き)

 次のお江戸オフが今週末に迫ってきて、気がつきました……前回の復習編が完結していない!(汗) 尻切れとんぼのままでは気持ちよく次のオフを迎えられないので、自分のためにまとめておきます。

 というわけで、五百羅漢寺から。このお寺は情緒もへったくれもないビルになっているうえ、拝観料300円と有料なので、危うく素通りするところでした。ところがここは由緒あるお寺だったのです。

 そもそも私は、五百羅漢が何なのか、まるでわかっていませんでした。羅漢とは釈迦の弟子のこと、五百羅漢とは第1回の仏典編集に集まった500人の弟子を指します。中国や日本では五百羅漢に対する信仰が生まれて図像や彫像が作られました。

Gohyakurakan このお寺には江戸時代に作られた彫像が安置されています。現存しているのは300体程ですが、全536体を松雲禅師が一人で十数年かけて作ったというから驚きます。等身大に近い大きさの彫像がずらっと並んだ羅漢堂や本堂は荘厳であり、正直言って薄気味悪くもありました(写真はリーフレットから)。らかんさんのお名前にちなんだお言葉をありがたく心に刻みつつ歩きましたが、悲しいかな頭に残らないので小冊子を購入しました。

Jpegoutput4 この五百羅漢寺は江戸時代には本所(今の江東区)にあり、北斎の富嶽三十六景や広重の名所江戸百景(右・江戸百「五百羅漢さざゐ堂」)にも描かれた有名なお寺でした。明治以降、衰退して、明治41年に目黒に移転。その後、荒廃期を経て、昭和56年に現在のお堂が完成して羅漢像を安置したそうです。

 移転と言えば、羅漢寺の隣りにある海福寺も江戸時代には深川にありましたが、水害に遭って明治43年に移転してきました。永代橋墜落供養塔があるのはそのためです。

 最後に、五百羅漢つながりの話を少々。このあと訪ねた大円寺には五百羅漢の小さな石像があります。これは行人坂の大火の犠牲者を弔うために造られたもの。そして、この週末に出かける川越の喜多院にも五百羅漢があるので、心して見てきたいと思います。

(続く、かも)

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2008/05/18

『流星の絆』(東野圭吾)

流星の絆
流星の絆

 JCBのポイントがたまったので、東野圭吾の新刊を注文しました。このシステムのおかげで、たまに単行本が買えるのは嬉しいかぎり。

 一気読みして数時間で読了……面白い本ほど関わる時間が短いのは皮肉なものです。私にとって、東野作品は現在、打率も一気読み度もナンバー1。読みやすい文章、先が気になるストーリー展開、丁寧な人間描写、ミステリーとしてのカタルシスがちょうどいい加減に配分されています。しかも、この『流星の絆』は後味もいい。ちょっときれいにまとまり過ぎのように感じる程です。

 幼くして両親を殺害された3人の兄弟が時効直前になって真犯人をつきとめる話――こう書くと、ミステリーとしてはとくに目新しさはありませんが、ハヤシライスの味がキーポイントとなって展開していく点や小物の使い方など、うまいなぁと感心します。それに、「流星の絆」というタイトルが効いています。

 ああ、ハヤシライスが食べたい! 隠し味にお醤油を入れたハヤシライスね。

追記(2008年7月23日):
 早くもこの小説のテレビドラマ化が決まったそうです(10月からTBS系、金曜22時)。脚本は宮藤官九郎、兄弟は上から二宮和也(嵐)、錦戸亮(NEWS)、戸田恵梨香。クドカンがどう料理するか、興味津々だし、二宮くんと錦戸くんの演技派ジャニーズコンビの活躍も楽しみです。

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2008/05/15

不発弾の処理

Fuhatsudan_2 3月に京王線国領駅の近くで不発弾が発見されて、18日の日曜日に撤去作業が行なわれます。半径500メートル内の住民に対して退去命令が発令され、周辺にはこんな立て看板が立っています。我が家は避難区域から少々離れていますが、作業中は京王線が区間運休し、道路も交通規制されるので身動き取れません。

 不発弾は長さ180㎝、直径60㎝もある1トン爆弾。1945年4月7日、調布近辺の軍需施設を狙って来襲したB29の大編隊が搭載していたもので、日本の戦闘機「飛燕」がB29に体当たり攻撃をした際に落下したと推定されています。飛燕の操縦士は落下傘で生還、B29は国領付近に墜落したとのこと。この一部始終を見ていた少年が描いたスケッチが残っているというから驚きます。

 発見場所は現在進行中の京王線地中化工事の現場で、近隣の住民の証言や文献によって、事前調査の磁気探査で発見されたそうです。強い衝撃を与えなければ爆発の心配はないようですが、いつも利用している電車の線路脇にこんなものが眠っていたかと思うと心穏やかではありません。

 万が一のためとは言え、1万6000人を避難させ、電車を止め、道路を封鎖するということはそれだけ危険な作業だということ。その作業を行なう人がいることを思うと厳粛な気持ちになります。無事に作業が終わることを祈るばかりです。

追記(5月18日):
 本日11時半過ぎ、撤去作業が無事終了し、避難は解除されたそうです。ご心配いただき、ありがとうございました。

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2008/05/12

Yahoo!の「昭和レトロ地図」

 昨年の「古地図で東京めぐり」に続くYahoo地図の期間限定企画「昭和レトロ地図」。"懐かしの昭和30年代"の東京の地図と航空写真を見られる(プレミアム会員限定)ほか、昭和レトロ写真館や昭和30年代史などがあります。昭和30年代生まれのレトロなブロガーとしてはやはり素通りできません。

 首都高がなく都電が走っていた、日劇や国際劇場があった、帝国ホテルはライト館だった、新吉原や山谷などの古い地名があった、など、今と違う点がいろいろあります。その中から航空写真でわかる大きな変化を3ヵ所ご覧ください。

 まずは、都庁のある西新宿。現在、高層ビルが立ち並ぶこの一帯はかつて淀橋浄水場でした。昭和40年に閉鎖され(機能は東村山浄水場に移行)、跡地を再開発して新宿副都心が誕生しました。ちなみに、ヨドバシカメラのヨドバシはこの地名から。

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 次は、お台場周辺。レインボーブリッジが開通したのは1993年、お台場地区の臨海副都心が開発されたのはそれ以降のことで、昭和30年代は台場が点々と残っているだけでした。台場とは、江戸幕府がペリー来航に備えて築いた砲台。

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 最後に、代々木周辺。現在の代々木公園から国立室内競技場、NHKにかけての一帯には、昭和36年まで「ワシントンハイツ」と呼ばれる米軍将校の宿舎がありました。実は私も今日知ったばかり。その後、東京オリンピックの選手村として利用され、オリンピックに向けて室内競技場も建設されました。

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おまけ:
 生まれ育った周辺の写真を記念にアップしておきます。中央の空き地に新東京タワーが建つ予定。

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2008/05/11

『そろそろ旅に』(松井今朝子)

そろそろ旅に
そろそろ旅に

 ひさびさに小説を読みました。昨年『吉原手引草』で直木賞を受賞した松井今朝子さんの新刊です。弥次・喜多コンビでお馴染みの『東海道中膝栗毛』を書いた十辺舎一九を主人公にした長編小説。といっても、その『東海道中膝栗毛』が生まれる直前までを描いたところがミソ。そして、もうひとつのミソは……読んでからのお楽しみ。

 駿河の同心の家に生まれた重田与七郎(後の一九)は若くして家督を弟に譲って旅に出る。仕えていた駿河奉行の新任地大坂にたどり着き、しばらく仕官した後、材木問屋の養子になり浄瑠璃を書き始めるが、やがて夫婦関係が破綻して江戸を目指す。江戸では質屋の養子に入り黄表紙作家になるが、またしても夫婦破綻、新たな旅に出るところで話は終わる。

 一箇所に落ち着けず、行き詰ると旅に出たくなる与七郎の性分が2度の離縁を招き、やがて旅物語『東海道中膝栗毛』の成功につながることになります。話は淡々と進みますが、終盤に意外な仕掛けがわかり、もう一度ページをめくり直してみたくなるところがこの小説の醍醐味。時代小説に一風変わった味わいを添えています。

 版元の蔦屋重三郎、作家の山東京伝、曲亭馬琴、式亭三馬など、江戸を代表する文人が登場するのも興味深く、江戸時代の出版事情について理解が深まりました。

 ちなみに、十辺舎一九の辞世の句は一九らしくとてもユニークです。
  この世をば どりゃお暇(いとま)と線香の煙と共に灰さようなら
「お暇に」とする説もあるようですが、この本に書いてあったまま記しておきます。

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2008/05/09

銀座の旭屋書店が閉店

 今日、銀座に出かけた際、数寄屋橋の旭屋書店に寄ろうと思ったら、何と閉店していました。「えーっ、何でー?!」と思わず声が出そうになりましたよ。この書店は昔からよく立ち寄ってぶらぶらしたお気に入りのお店だったんです。イエナ書店と近藤書店が閉店した時もがっかりしたけれど、今回はそれ以上の衝撃と寂しさです。

 帰宅後、調べてみたら、GW前の4月25日に閉店したばかりとのこと。来年末からの東芝ビル全面取り壊し決定の絡みもありそうですが、やはり主因は売り上げ低迷のようです。

 かく言う私も、この書店によく寄る割に売上げにはあまり貢献していなかったかも……。便利な場所にあるので、時間があるとふらっと入って新刊や話題の本をチェックしながら一巡りするのがいつものパターンでした。こういう時間をこよなく愛しているくせに、本を買う時はネットを利用してしまう……これでは書店の足を引っ張るばかりですね。何だか考えさせられます。

 馴染みのあるビルが解体され、きれいだけど味気のないビルが次々に建つ昨今の銀座。またひとつお気に入りの空間がなくなって、「やっぱり、昭和の銀座が好き!」と懐古にひたるおばさんです。

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2008/05/07

GW終了

2008050601 GW明けの今日は青空がまぶしい絶好の行楽日和……皮肉なものですね。今年のGWは直前の天気予報に反して曇りがちの東京でしたが、皆さんのところはいかがでしたか? 最終日の昨日になって晴れたので近くの神代植物公園に出向いたら、つつじも藤もすっかり終わり、しゃくなげも見頃を過ぎて、これからピークを迎えるバラが一番元気でした。木々の葉の緑もかなり色濃くなって、もう初夏の様相です。

 GW後半の4日、急に思い立って国立博物館の「薬師寺展」と大丸ミュージアムの「四大浮世絵師展」に行ってきました。GWでごった返す上野公園にわざわざ出かけなくても……と言われそうですね。当然ながら40分程並びました。

2008050401 間近で見る日光・月光菩薩像は荘厳で美しく、ひたすら見惚れるばかり。普段は見られない後姿もしっかり目に焼き付けました。いつか薬師寺金堂で再会したい! 教科書にも載っていた「吉祥天像」は神秘的で神々しく、魂に響く力を秘めています。こういう像や絵が1300年も前に制作され、歴史を越えて現存していることに改めて感動しました。市原悦子さんの音声ガイドに導かれて、平城京の都にタイプスリップしたひとときでした。

2008050602 それに比べれば、江戸時代なんてついこの間、ですね。とは言え、浮世絵にはやはり心引かれます。この浮世絵展は個人収集家の中右瑛氏のコレクションから、東洲斎写楽、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川広重の4人の浮世絵170点を展示したもの。写楽と歌麿の浮世絵はこれまであまり目にする機会がなかったので、とくに興味深く鑑賞しました。たまたま週刊誌でこの展示会を知ったのですが、意外に人が多くて浮世絵の人気を再認識しました。

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2008/05/03

GW途中経過

 GW真っ只中、皆様、いかがお過ごしでしょうか? 私は、家人が連日在宅のため、何かと調子が狂う日々……夫がちょっと出かけた隙にこうしてパソコンに向き合っている次第です。30日は夫とゴルフ、1日は友人と美術館、昨日は掃除、そして今日はぼんやり過ごしています。

 ゴルフは初めての大月カントリークラブ。新緑の中に八重桜、はなみずき、山吹、つつじなどが咲く美しいコースで、お天気にも恵まれて気分爽快でした。スコアがよければ、さらに気持ちよいことでしょう。って、私、ラウンド後はいつも同じようなことを書いていますね(汗)。「もうこりごり」と思う瞬間もあるけれど、結局「次こそ」と思っている懲りないヤツです。

2008050102_2 翌日は国立新美術館の「モディリアーニ展」へ。この美術館、オープン当時からずっと行ってみたかったんです。黒川紀章設計の斬新なデザインは外観だけでなく内部もユニークな作りで、地下のショップから3階のライブラリーまで見学してきました。

Modi_3 洋画には疎い私ですが、モディリアーニの経歴を頭に入れながら作品の数々を鑑賞しているうちに、少しずつモディリアーニが近しい存在になってくるように感じました。思ったほど混雑していなかったのも幸いして、静かなひとときが過ごせました。たまにはこういう時間もいいものです。

 この美術館に行ったら、ぜひ館内の「ポール・ボキューズ」(右の写真の右上の部分)で食事をしてみたかったのですが、経験者の友人の「わざわざ並ぶほどじゃない」という言葉に従って、ランチは新宿御苑脇の中華料理店「礼華」で済ませていきました。平日限定のランチは安くてお得。蟹肉炒飯も酸辣湯麺も上品な味でとっても美味しかった! 次回はディナータイムに行ってみたいです。

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2008/05/01

2008年5~6月

5月
728、GW途中経過
729、GW終了
730、銀座の旭屋書店が閉店
731、『そろそろ旅に』(松井今朝子)
732、Yahoo!の「昭和レトロ地図」
733、不発弾の処理
734、『流星の絆』(東野圭吾)
735、目黒オフ《復習編・その3》
736、目黒オフ《復習編・その4》
737、第10回お江戸オフ《川越》その1
738、第10回お江戸オフ《川越》その2
739、雑誌「セブンティーン」40周年
740、グルメな日々

6月
741、眠れない夜と雨の日には
742、目黒オフ《番外編》
743、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』
744、「ペリー&ハリス展」と柳橋
745、『まんが 医学の歴史』(茨木保)

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