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2009/01/30

大阪万博の記念メダル

200812111633000_2 先日、衣類の整理をしていたら、収納ケースの中からこんなものを発見しました。大阪万博の時に買った記念メダルのキーホルダーです。

 裏には「1970・7・31」という日付と共に、名前がアルファベットで刻印されています。それからご丁寧に年齢まで、○○SAI(SAI=歳)と。39年前の夏休みに2度目の万博見物に出かけた時に買って、自分で刻印したものです。何故、収納ケースに入っていたのかは不明。

 皆さんはこういうメダルをご存じですか? 以前は観光地には必ずと言っていいほど、メダル販売機と刻印機が並んで置いてあったけれど、最近はあまり見かけない気がします。が、調べてみたら、今でもあるんですね。大阪の茶平工業(公式サイト)という会社が当時からずっと、メダルもメダル販売機もメダル刻印機も一括製造していることもわかりました。懐かしいダイヤル式刻印機の写真もあるので、興味のある方はぜひ同社のサイトをご覧ください。

 このメダルを見ていると、万博見物の興奮と感激が鮮明に蘇ってきます。スタンプ帳を持って各パビリオンのスタンプを集めたっけ。そのスタンプ帳やパンフレット類は実家のどこかの段ボールにしまってあるはず。それを開いたあかつきにはこのブログでお披露目したいものです。

 折りしも、上野の科学博物館では「1970年大阪万博の軌跡」という特別展を開催中。万博が大好きな20世紀少女は何とか行きたいと思っています。

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2009/01/28

フォーリーブス

 フォーリーブスの青山孝さんの訃報を聞いて、ショックを受けています。少し前にがん闘病のニュースを聞いたばかりなのに早すぎます。3月の全国ツアー最終コンサートまで何とか歌って欲しかった……。ご本人もさぞかし悔しかったことでしょう。

 熱烈なファンではなかったけれど、フォーリーブスの中ではター坊が一番好きでした。ノーブルなマスクと甘い歌声でグループの人気を支えていました。フォーリーブスは、今をときめくジャニーズ事務所の2代目グループ(初代はもちろんジャニーズ)で、70年代前半、GSと新御三家の繋ぎ目あたりの人気アイドルでした。確か、事務所の後輩の郷ひろみに人気を引き継ぐようにして解散したはずです。

 フォーリーブスというと、少年隊がカバーした『ブルドック』や「ボクから逃げようたってダメだよ」という台詞入りの『地球はひとつ』などが有名ですが、私は『新しい冒険』という歌がとても印象に残っています。実は、タイトルはまったく記憶になく、うろ覚えの歌詞を検索にかけて突き止めた次第。youtubeで映像を探したら、解散直前の78年に出演したNHKビッグショーのものがありました(→こちら)。5曲メドレーの中の1曲ですが、ものすごく懐かしくて興奮しました。

 嵐吹いて君が消えても
 晴れたときにきっと翼ひろげ君を探して
 僕のすべてあげよう

元気が出る青春ソングで、中高時代(どっちか覚えていない)、クラスメートみんなで歌った思い出があります。

 ター坊、どうか安らかにお眠りください。

ザ・ベリー・ベスト・オブ・フォーリーブス

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2009/01/27

第13回お江戸オフ《音羽・関口・護国寺》その3

こちらの続き)

 いよいよ護国寺、今回のメインです。が、あたりがだんだん薄暗くなってきたような……あ、ご本堂の扉が閉められる! あわてて階段を駆け上がってお参りする我ら7名。ちょうど5時でした。広い境内に人影はまばらで、ねぐらに急ぐカラスの声だけが無気味に響く中、墓地を探訪して、大隈重信、三条実美、山縣有朋のお墓を確認。

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 護国寺は1681年、徳川5代将軍綱吉が生母・桂昌院の発願に従って開山したお寺です。1697年建築の観音堂(本堂)は往時の姿を留めており、重要文化財に指定されています。桂昌院(お玉)は京都の八百屋の娘に生まれながら、3代将軍家光の側室になり、男子を出産し、その子が将軍になるという強運の持ち主で、その強運を神仏のご加護と信じて神社仏閣の建立に情熱を傾けました。「生類憐みの令」の制定にも関わっているという説もありますが、現在は否定されているらしい。

 「マザコン&子離れできない強い母」という悪いイメージは映画やドラマの影響が大きいようですが、綱吉と桂昌院がしばしば連れ立って護国寺に参詣したのは事実。将軍と生母が厚く信仰していれば、諸大名も江戸の町民もお参りにやって来るようになるのが自然の成り行きで、護国寺の門前は参拝客で大いに賑わったそうです。ちなみに、音羽の地名は大奥女中に由来するという説もあり。

 さて、護国寺を後にした一行は予定通り雑司が谷霊園の周囲を通り、鬼子母神に向かいました。墓地と鬼子母神……暗くたって、みんなで行けば怖くない?! 途中、霊園でジョン・万次郎のお墓探しを敢行しましたが、暗くてわかりません(当然?)。おまけに、ようやくたどり着いた鬼子母神は正門も裏門も閉まっていました。お堂の扉は閉まっていると思いましたが、門が閉まっているのは想定外……一同がっかりです。

 さらに池袋まで歩いて、「とらふぐ亭」で新年会。その盛会ぶり、美味しいお料理の写真はみんなのブログでとくとご覧ください。今シーズン初のふぐ料理とひれ酒を満喫して、極楽極楽な夜でした。お江戸歩きバンザイ! ふぐバンザイ!
お江戸オフ会 その1 鳩山邸から椿山荘 (hichaさん)
第13回新年お江戸オフその1 (ぶんぶんさん)
新年会ofお江戸オフ (陶片木さん)
お江戸オフ*新年会(前編) (TOKIKOさん)
第十三回お江戸オフ (桜桃さん)
A Hard Day's Night (アリスさん)

皆様、今回もたいへんお世話になりました。TBをお送りしますので、届かなかったらご一報くださいませ。

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2009/01/26

第13回お江戸オフ《音羽・関口・護国寺》その2

こちらの続き)

Photo_2 椿山荘から程近い神田川のほとりに関口芭蕉庵があります。何故か写真がないので、広重の江戸百景「せき口上水端はせを庵椿やま」(はせを庵=芭蕉庵)の画像(江戸博物館の資料より)を貼っておきます。江戸に下ったばかりの松尾芭蕉がこの地に4年間住んだことがあり、芭蕉50周忌を記念して芭蕉庵が建てられたそうです。

 何故、芭蕉がここに住んでいたのか? 「せき口(関口)」という地名は、この場所に神田上水の洗堰(水を貯める場所)があったことに由来しますが、伊賀上野出身の芭蕉は、藩が担当したこの堰堤の改修工事に従事しました。その時、今の芭蕉庵の地にあった竜隠庵というお寺に住んでいたのです。ちなみに、この辺りには古くから椿の木が多く「椿山」と呼ばれていたそうで、それが「椿山荘」の名の由来になっています。

 訪ねる前にこういうことを頭に入れておけばいいものを、今頃になって知る私。次回こそ念入りに予習をしよう……と性懲りもなく書いておきます。

Img_0521_2 お次は永青文庫。肥後細川家の歴史資料や美術品などの文化財を一般公開している小さな博物館です。江戸時代、この一帯は細川家の下屋敷で、現在の新江戸川公園はその庭園でした。細川・元総理は第18代の子孫で、別館にお手製の陶器などが展示されています。また一人、元総理が出てきましたが(その1参照)、細川さんの場合は元々お殿様なので事情が違いますね。

 今回は新江戸川公園を散策する時間はありませんでしたが、このあたりの落ち着いた風情がとても気に入ったので、いつか再訪し、早稲田のほうに抜けてみたいです。東京は本当に奥が深い……まだまだ歩いたことのない場所ばかりです。

【追記】
 神田川に「江戸川橋」がかかり、「(新)江戸川公園」があるのは何故か? この辺りを流れる神田川中流部分の2キロあまりをかつて「江戸川」と呼んでいたから。1970年に上流・下流の名称に統一して「神田川」となった。その数年前には町名からも「江戸川」が消えている。

(続く)

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第13回お江戸オフ《音羽・関口・護国寺》その1

 小雪も舞った寒い土曜日、2009年最初のお江戸オフがありました。今回は文京区の音羽・関口地区から護国寺、鬼子母神を通って池袋に抜けるコース。思いのほか坂道が多いハードな行程でしたが、寒さにめげずよく歩きました(のべ17344歩)。いや、寒い季節だからこそ歩けたのかも……。そして、寒いからこそ、散策後のふぐが美味しかった!

有楽町線「江戸川橋」駅13時集合→今宮神社→<八幡坂:道を間違えた>→鳩山会館→<鳥尾坂>→椿山荘(庭園散策・お茶)→関口芭蕉庵→<胸突坂>→永青文庫→<鉄砲坂>→護国寺→(雑司が谷霊園)→鬼子母神→池袋「とらふぐ亭」

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(八幡坂、胸突坂)                      

 まずは鳩山会館(音羽御殿)。衆議院議員の鳩山由紀夫・邦夫兄弟のおじいさん鳩山一郎・元総理の私邸です。大正13年に建設された洋館が幾度かの改造、修復を経て、一般公開されています。大広間の貸し出しや撮影にも応じているそうで、床もガラスもぴかぴかに磨き上げられ、手入れが行き届いた美しい空間でした。2階には一郎氏、妻・薫さん、長男・威一郎氏(元外務大臣)の資料や蔵書を展示した資料室もあります。外壁には鳩やふくろうのレリーフ、階段ホールには鳩が飛び交う五重塔のステンドグラスが飾られていて、鳩山家の誇りを感じました。

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 次に訪れた椿山荘は、陸軍元帥から総理大臣になった山縣有朋邸跡。この辺りは歴代総理が住むような土地柄なのでしょうか。そういえば、元総理の田中邸(目白御殿)もこの近くですね。ちょっと足を延ばして門の前まで行ってみればよかった。

Img_0518 椿山荘は江戸時代末期、上総久留里藩黒田氏の下屋敷。明治11年、山縣有朋が買い取って本邸「椿山荘」を建設した後、大正7年に大阪の藤田財閥(現・藤田観光)に譲渡して現在に至っています。庭園にある三重塔は、藤田財閥が広島の山寺から移築復元したもので(推定・室町末期作)、都内有数の古い塔です。

 というわけで、世が世なら下々の庶民には無縁の場所ですが、現在はジーンズにウォーキングシューズの軽装でもお断りされることなく(多少気後れしつつ)ティータイムを楽しみました。坂道を上下して消費したHPを完全回復(笑)。

続く

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2009/01/23

『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)

おそろし 三島屋変調百物語事始
おそろし 三島屋変調百物語事始

 地元の図書館での予約待ちが200番位まで進みましたが、結局買い求めてしまいました。これの続編にあたる『三島屋変調百物語事続』が年初から読売朝刊で連載されているので、早いところ読みたくなったのです。この『…事始』を読んでなくても話が通じるようになっているけれど、どうせなら最初から読みたいと思いまして……。

 神田の袋物屋三島屋に行儀見習いの名目で預けられた主人の姪っ子「おちか」が聞き集める変わり百物語。不幸な事件に巻き込まれて心を閉ざした「おちか」が、様々な人の不思議で怖い話を聞くうちに次第に癒されていくお話です。

 この小説で語られる変わり百物語は、いわゆる物の怪や妖怪の話ではなく、人の心の闇が映し出した話。一番怖いのは人の心というところでしょうか。となれば、人物の心情描写が巧い宮部さんの筆が冴え、心地よく宮部ワールドにひたれます。

 がしかし、5話のうち最終話で風向きが変わり、大団円に向かって強引な展開になるのが惜しまれます。何だか『ブレイブストーリー』を思い出す……声高に教訓を掲げるファンタジー。私はどうもこれが苦手です。

 新聞連載の『…事続』では百物語の第6話が始まっていて、こちらはまた今後の展開が楽しみです。ただ、毎日少しずつという読み方には慣れてないため、まどろっこしくてたまりません。

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2009/01/22

新旧交代

 アメリカの大統領がブッシュからオバマに変わった日、我が家では洗濯機の新旧交代式がありました。15年物の全自動洗濯機が突然、脱水不能になってしまい、「これはもう買い替え時」と腹をくくった次第。この日、待ちに待った新マシンが搬入されました。

 故障した日に量販店に出かけて購入したのに、特価品で在庫切れだったせいで10日も待ったのです。脱水ができないともう不便で不便で……。できるだけ絞ったつもりでも、ベランダに干すと水がポタポタ落ちて、なかなか乾かず困りました。せめて大昔のローラー式脱水機があったら、と思いましたよ。

 新マシンは日立の縦型洗濯乾燥機。今はドラム式が主流ですが、洗面脱衣室のスペースの関係で縦型を選びました。縦型は乾燥機能が劣るようだけど、通常は乾燥機を使わないので、これで十分でしょう。そもそも、乾燥機も2年前に故障して以来、修理も買い替えもせずに洗濯機の寿命を待っていたくらいです。洗濯機と乾燥機は仲良く(?)旅立っていきました。長いことお世話になりました。

 新しい洗濯機は動きもスムーズ、音も静かです。スイッチさえ押せば脱水まで完璧に仕上げてくれて、当たり前だけど嬉しい。電化製品のありがたさをしみじみ実感しています。この洗濯機も先代同様、15年位は頑張って欲しいな。

 そうそう、厳かな新旧交代式に相応しからぬワンシーンがありました。旧マシン搬出後の洗濯機用バンのヘドロ状の汚れ!(大冷汗) 思えば、15年間掃除したことがありませんでした。運送会社の若者2名を待たせて、焦りまくって掃除する私の姿をご想像ください。今度からちゃんと掃除しますとも。ホースを買っておかなくちゃ。

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2009/01/13

『K-20 怪人二十面相・伝』

 今年の映画初めはこれ。年の初めに家族や友人と楽しむのにぴったりの娯楽アクション映画でした。以下、あからさまなネタバレはしないつもりですが、まっさらな気持ちで観たい方は読まないでくださいね。

 子供の頃、怪人二十面相シリーズが大好きだったし、『三丁目の夕日』のスタッフがさらに昔の日本をどう見せてくれるかも興味深かったので、この映画を楽しみにしていました。が、これはあくまでも「怪人二十面相・伝」、第二次大戦が回避されたパラレルワールドのお話でした。この設定に深い意味はなく、単にご都合主義らしい。

 この映画の成功のカギは何と言っても、主演の金城武とヒロイン・松たか子。この二人のおかげで、B級娯楽映画がA級にグレードアップしている印象でした。金城さんは『レッドクリフ』の諸葛孔明もかっこよかったけれど、こちらのほうが多面的な魅力が出ていて好感度大。松さんがまたいい! ちょっと抜けた行動派の令嬢役がぴったりはまっていました(少しトウが立ってはいたけれど)。

 仲村トオルの明智小五郎は、私の明智小五郎像と違うせいか、最初、違和感を感じてしまって……。それもラストで納得。その他、國村隼と高島礼子の夫婦がいい味を出して作品をしめていました。

 最近の日本映画はなかなかやりますね。今年もいい映画をたくさん観られますように。

 同じく連休中にこの映画をご覧になった桜桃さんの記事にTBをお送りします。

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2009/01/02

初詣

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 笑門来福――今年のモットーはこれに決めました。たくさん笑って福を引き寄せたい! そうやって、一人一人が小さな福を招いたら、こんなご時世でも少しずつ明るくなっていくはず。「いつもスマイル」を心がけたいと思います。

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 さて、元日は恒例の初詣。義父母を連れて、池上本門寺まで行ってきました。この15年程、毎年元日に出かけていますが、今年はいつにない混雑でびっくり。不況のせい? 絶好の初詣日和だから? もしかして、『篤姫』の影響?

 『篤姫』の江戸城無血開城の回で、この本門寺が紹介されていました。境内にある松涛園という庭園で、西郷隆盛と勝海舟が江戸城明け渡しの会見をしたという話。残念ながら、普段は一般公開されていないようですが。

 これはぜひ一度、お江戸オフで訪ねてみなくては……近くの池上梅園の梅が咲く頃がいいかな……と、新年早々、オフのプランを考えてにんまりしました。今年もお江戸探求を続けます。

追記(1月3日):
 今日出かけた深大寺も例年にない人出でした。やはり、苦しい時の神頼みでしょうか。引き続き、空も青いし。
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