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2009/06/27

『江戸名所図会』(ちくま学芸文庫)

200906271042000 ふらっと立ち寄った新宿西口の古本市で『江戸名所図会』の文庫本を2冊ゲットしました。1冊650円也。嬉しい! 

 ちくま学芸文庫のこのシリーズは現在絶版で中古本以外入手できないんです。ネット販売では定価より高めの値段がついていて、ちょっと敬遠してしまう。そこで、地元の図書館で借りてきては、返却と貸出を繰り返している次第。真剣に読むわけではないけれど、手元に置いておいて見たい時にすぐ開きたい本なのです。

 緻密に描かれた絵を眺めていると江戸にタイムスリップした気分になれるし、現在のようすとオーバーラップさせるのも面白い(老眼鏡や拡大鏡は必須)。これがあるとお江戸歩きの楽しさが倍増します。170年後もガイドブックとして役立っていることを、編纂した齋藤家3代と挿絵を描いた長谷川雪旦に伝えたい!

 残り4冊ともどこかで出会えますように。何よりも復刻されることを願っています。

Kanda
神田明神社

追記: 2009年11月に復刻されました。入手したい方はお早めにどうぞ!

新訂 江戸名所図会〈1〉天枢之部 ちくま学芸文庫
新訂 江戸名所図会〈1〉天枢之部 ちくま学芸文庫


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2009/06/22

なりすましメール拒否(Niftyメールの場合)

 自分のアドレスを装った海外からの迷惑メールが毎日複数届き、鬱陶しくて仕方ありません。自分のアドレスをブラックリストに載せるわけにもいかず、いちいち削除していましたが、いい加減くたびれました。

 そこで、何か対策はないか、ネットで調べてみたら、こちらのブログにたどり着き、説明どおりに実行したら無事解決しました。なりすましメールでお困りの方、ぜひトライしてみてください。以下、Niftyメールの場合の「なりすましメール拒否」の方法です。Yahooメールのように「なりすましメール拒否機能」が追加されることを期待しつつ、当座はこれで乗り切りましょう。

 まずは"敵の弱み"を知って、そこに付け込みます。なりすましメールの弱みは「アドレスは偽装できても、こちらの名前を知らない」こと。だから、①「差出人が自分の名前のメール」を受信し、かつ、②「差出人が自分のアドレスのメール」を拒否する設定にすればOK。これなら、自分が送信したメールは届くし、自分のアドレスがプロバイダのブラックリストに載ることもありません。

 具体的方法は以下のとおり。リンク先のブログ「とね日記」には画像を添付してわかりやすく説明してありますので、そちらを参考になさってください。

(1)NiftyのWebメール(新バージョン)にログインし、右上の「迷惑メール対策設定」の「設定変更」を開き、さらに「詳細迷惑メール対策」を開く。下の段の「条件指定拒否」の「受信したくないメールの条件を登録」の「編集する」をクリックし、編集画面を開く。
(2)次の2件の条件を登録追加する。優先順位は必ずこの順で!
  ①対象=「差出人」、キーワード/値=「自分の名前」、
   動作=「受信する」
   (「自分の名前」は設定してあるもの、またはその一部分)
  ②対象=「差出人」、キーワード/値=「自分のアドレス」、
   動作=「拒否する」「ごみ箱に移動」
      「迷惑メールフォルダに移動」のいずれか

 この設定をして数日、なりすましメールは全て設定どおり「迷惑メール」フォルダーにたまっています。いちいち削除する手間が省けて快適! 「とね日記」さん、どうもありがとうございました。TBを送らせていただきます。

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2009/06/20

みやこ焼き

 みやこ焼きのお店がなくなっちゃった! のっけからすみません。今日は思いっきりローカルな話題です。みやこ焼きとは今川焼きの商品名。餡子がたっぷり入った焼き菓子のことです。

 調布名物「みやこ焼き」のお店が忽然と消えてしまいました。跡形もなく。ネットで調べたら、5月で閉店したんですって。えーっ、ショック! そういえば、先月10人位並んでいて「季節外れなのに何故? テレビか何かで紹介されたのかな?」と思ったのでした。あの時点で「近日閉店」の告知がお店に出ていたそうな。ああ、何でしっかりチェックしなかったんだろう。先月だって食べているんですよ。でも、どうせなら「これが最後」と思いつつ、心して食べたかった! 写真にも残したかった!

 夫が甘党なので、ちょくちょく買って帰ってきたのです。私もたまに買いました。寒い季節にはとくに、みやこ焼きのあったかさと甘さが嬉しかった。疲れが癒されて元気が出ました。焼き方が雑で、餡子がはみだしているのが多いのもご愛嬌。90円(少し前までは80円)という安さも魅力でした。当地に引っ越してきて15年間に一体いくつ食べたかしら?

1243301845_photo お店を撤収した跡はビルとビルの谷間で何も残っていません。幅わずか1メートル少々の場所でよくぞ30年も商売してきたという印象。この狭い場所で暑い日も寒い日もみやこ焼きを焼き続けてきたお店の方々に「ありがとう! お疲れ様でした」と伝えたい気持ちです。この画像は勝手ながら「調布経済新聞」のサイトからいただいてきました。食べログのサイトもそのうち消えちゃうのでしょうか……。

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2009/06/18

第15回お江戸オフ《堀切菖蒲園・巣鴨・白山》その5 白山

こちらの続き)

 巣鴨から都営三田線で白山まで移動。あじさい祭り開催中の白山神社と、八百屋お七ゆかりの大円寺、円乗寺を急ぎ足で回りました。

【白山神社】
Img_0972 2年前のこの時期に続いて2度目の訪問。今回は使い古しの歯ブラシを持参し、供養の箱に納めました。

 白山神社はかつて今の小石川植物園の場所にありましたが、徳川5代将軍綱吉の館林侯時代の屋敷(白山御殿)を造営する際に現在の場所に移りました。この縁で綱吉の帰依が厚かったと言われています。ちなみに、白山御殿はその後、幕府の御薬園になり、8代将軍吉宗の時代には養生所が設けられました。

【大円寺】
Img_0977 「ほうろく地蔵」というほうろく(素焼きの平たい土鍋)を被ったお地蔵様が祀られています(写真の門の奥に見える)。八百屋お七を供養するために建てられたと伝えられています。

 八百屋お七についてはさまざまな伝説があって真相はわかりませんが、一説ではここがお七火事(天和の大火)の火元と言われています。

【円乗寺】
Img_0980 このお寺には八百屋お七のお墓とお七地蔵があります。

 上のお七の話の続き。天和の大火で焼け出されたお七の家族はしばらく円乗寺前の仮小屋に住むことになり、それがきっかけでお七は円乗寺の寺小姓と恋に落ちます。やがて一家は仮住まいを引き払いますが、寺小姓と会えなくなったお七は「火事になればまた会える」と思い込み自宅に火をつけました。そして、鈴ヶ森刑場で火刑に処されたのです。

 寺小姓の名前は庄之助、左兵衛、吉三、吉三郎など、諸説あり。目黒オフの記事では吉三でした。目黒の大円寺には吉三(西運)が作ったお七地蔵がありました。「大円寺」が二つ出てくるのは偶然でしょうか? 目黒の大円寺は行人坂の火事の火元でしたが、同じ名前のお寺が火元なのも偶然の一致? 興味はつきません。

 今回の散策はここまで。この後、ふたたび三田線で神保町まで移動し、三省堂の地下の「BEER膳 放心亭」で打ち上げとなりました。大山詣では延期になったけれど、見頃の花菖蒲と紫陽花を愛でることができて楽しい1日でした。参加の皆様、今回もいろいろお世話になりました。

 長々と読んでいただいてありがとうございました。メンバーの記事のリンクは別ブログ「お江戸オフ記録帳」にまとめてありますので、興味のある方はどうぞご覧ください! (今回から手抜きのこの方式を採用。TBは(その1)から(その1)にお送りします)

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2009/06/17

第15回お江戸オフ《堀切菖蒲園・巣鴨・白山》その4 巣鴨

こちらの続き)

 まだオフの記事が終わってないのでした。間も気も抜けていますが、書いてしまわないとどうにも気になるので続けます。

 都電で庚申塚から巣鴨入りした一行は、庚申塚、とげぬき地蔵、真性寺の順に巡りました。巣鴨駅から歩く通常のコースとは逆。巣鴨地蔵通商店街は旧中山道ですから、中山道を日本橋方面に上ったことになります。

【巣鴨庚申塚】
Img_0966 庚申塚とは庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。60日に1度の庚申の日の夜、人の体内にいる*三尸(さんし)という虫がその人の悪事を天帝に報告しに行くのを阻止するために、寝ずに夜通し宴会をすることを庚申待ちといい、集う一団を庚申講といいました。それぞれの庚申講は庚申待ちを3年18回続けた記念に庚申塚を建てることが多かったそうです。 (*絵を追記しました)

 この巣鴨庚申塚は中山道と王子道の交わる場所にあるので、江戸時代には立場(休息所)として賑わいました。そのようすは「江戸名所図会」にも描かれています。申=猿なので、その繋がりで猿田彦神が合祀されています。

(メンバーがお参り中の写真しかなかった。○○さん、ごめんなさい!)

【とげぬき地蔵(高岩寺)】
Img_0967 現在、巣鴨はとげぬき地蔵を中心に賑わっていますが、「江戸名所図会」には庚申塚と真性寺しか載っていません。とげぬき地蔵(高岩寺)は江戸時代には下谷(今の上野駅前)にあり、明治半ばに巣鴨に移転してきました。地蔵通り商店街のサイトによると、江戸時代から「とげぬき地蔵」と呼ばれ、「洗い観音」もあったそうですが、「名所図会」下谷の項に載っていないところを見るとさほど有名ではなかったようですね。

 「おばあちゃんの原宿」と呼ばれるようになったのはいつからでしょう? この命名がとげぬき地蔵の人気に拍車をかけたように思います。縁日の4、14、24日には人出が一層多いらしい。商店街には新しいお店が増えていますが、40年前から変わらないお店もあって嬉しいかぎり。今回あんみつを食べた「伊勢屋」も昔からずっと同じ雰囲気です。

【真性寺】
Img_0968 ここには江戸の六地蔵の一つがあるので楽しみにしていましたが、何と修復のため京都に遠征中でした。残念! 写真は留守を守る小さなお地蔵様。

 六地蔵は江戸時代、江戸の出入り口に当たる街道沿い6箇所に造立された地蔵菩薩像。品川寺(東海道)、東禅寺(奥州街道)、太宗寺(甲州街道)、真性寺(中山道)、霊厳寺(水戸街道)、永代寺(千葉街道)<現存せず>。このうち、霊厳寺、太宗寺、真性寺は訪ねたのに、写真は太宗寺しかありません。5つ集めたい!

(続く)

200pxtaijojo_sanshi追記:三尸(さんし)の絵を『ウィキペディア』からお借りしてきました。唐代の中国の書にある三尸の絵です。向かって右から順に、上尸(道士の姿)、中尸(獣の姿)、下尸(牛の頭に人の足の姿)。道教に由来するとされ、人間が生まれた時から体内にいるそうです(大きさ2寸)。この三尸に悪事を報告されると命が縮まるので、庚申の日には眠らずに過ごしたのです。庚申待ちは平安時代から始まり、『源氏物語』や『枕草子』にも登場します。

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2009/06/15

神代水生植物園

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 日中は何とかお天気がもった日曜日、近くの水生植物園に行ってみました。神代植物公園には度々行っているのに、分園のこちらは初めて。無料区域だし、たいしたことなかろうと高を括っていましたが、湿地あり森林あり芝生ありの緑あふれる素敵な場所でした。

 湿地では花菖蒲が咲き、ハンゲショウ(半化粧とも半夏生とも書くらしい)が白くなり、蓮や稲が育ち、人より背の高い葦が生い茂り、そのまわりでは木々が色を深め、紫陽花の花がそこここに咲き、どこかの山の中のような風景です。見頃は9月と書かれたソバの花も咲いていました。

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 湿地の右手の小高い丘を上がっていくと、「深大寺城跡」の石碑が立ち、近くに建物の柱穴の位置を示した石柱が並んでいました。こんなところにお城があったとは! 戦国時代に扇谷上杉家の城だったそうですが……以下省略。そのうち調べてみよう……と書いておきます。巣鴨と白山の宿題もまだ済ませていないのだった(汗)。

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2009/06/13

熊川哲也の『第九』

 「招待券があるけど……」と友人に誘われて、二つ返事で行ってきました。熊川哲也さん演出、振付の『ベートーヴェン第九』、Bunkamuraのオーチャードホールでの公演です。

 バレエもどき、オペラもどきはしょっちゅう観ていますが(笑)、本格的なバレエの鑑賞はほとんど初めて。観たくても敷居(=チケット代)が高くて手が出ません。熊川さんの生!バレエを無料で観られるなんて、願ったり叶ったり。しかも、演目が『第九』というのも興味津々でわくわくしながら会場に向かいました。

 第1部の『シンフォニー・イン・C』は淡々と進み、いよいよ『第九』。第1楽章から順に「大地の叫び」「海からの創生」「生命の誕生」「母なる風」というタイトルで、それぞれ舞台装置や照明、衣装ががらっと変わり、バレエでマグマ、海、植物などが表現されます。こういうのをモダンバレエというのでしょうか? 古典のようなストーリー性はありませんが、舞台全体から醸し出されるパワーにぐいぐい引き込まれました。

 そして、第4楽章の合唱が始まると――待ってました、熊川さんの登場! 白のシャツに黒のタイツというシンプルな装いながら、圧倒的なオーラを放ちつつ華麗に力強く踊ります。カッコいい! 舞台の空気が変わるんです。やっぱりスターですね。幕切れには高速ピルエットで客席を魅了してくれました。

 合唱団もソリストも衣装で登場し、ダンサーと共に舞台に出演していたのも面白かったです。ただ、ソリストの立ち位置が舞台後方上部だったせいか、森麻季さんほかの美声が聞こえにくくて少し残念でした。ま、あくまでもバレエの舞台ですからね。

 もっと熊川さんのバレエを観たい! 何人かダンサーの顔と名前を覚えたので、ほかの演目も観てみたい! でも、またこんな機会が巡ってこない限り無理そうです。2万円近いチケットなのにほぼ満席……不況とは無縁の世界もあるんですね。えっ、某所だって2回観れば同じ? 本当に舞台鑑賞はお金がかかりますね(汗)。

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2009/06/11

第15回お江戸オフ《堀切菖蒲園・巣鴨・白山》その3 とげぬき地蔵雑感

 堀切菖蒲園を後にした一行は、京成線の町屋で都電に乗り換えて巣鴨の庚申塚に向かいました。のんびりゆったりチンチン電車に揺られて行くのもいいかなと思って……。が、思いのほか都電は混んでいて、ずっと窮屈に立っている状態。遠足気分のオバサン団体はちょっと浮いていたかも? チンチンという音だけは昔と変わらず、郷愁をそそられました。

 今は昔、都電が都内を縦横に走っていた頃、何度か母に連れられ都電と国電(JRをこう呼んでいた)を乗り継いでとげぬき地蔵に出かけました。巣鴨が「おばあちゃんの原宿」と言われるようになる前のこと。当時、母は"巣鴨のお地蔵様"を信心していたようで、時には手作りの赤いよだれかけを持参して初代のお地蔵様につけていました。母の真似をして、私もたわしでゴシゴシこすったものです。正確にはこのお地蔵様は観音様ですが、私にとっては「とげぬき地蔵=この洗い観音」なのです。

 そうそう、ご本尊のお地蔵様の姿が描かれた切手大の紙片を本堂で売っていて、腹痛か何かの時に飲まされた記憶もあります。この「御影」は今もあるようですね。ちなみに、母は自分と巣鴨の"おばあちゃん"化に反比例するように、巣鴨から足が遠のきました。

 一方、私は、学生時代の友人がとげぬき地蔵近くに住んでいるため、その後も度々巣鴨を訪れています。でも、とげぬき地蔵は前の道路から軽く頭を下げる程度。観音様を洗わせていただいたのはいつ以来でしょう。もちろん、2代目をタオルでこすったのは今回が初めてです。

 その友人にメールを入れてみたら、買い物に行く途中、近くを歩いているということで、とげぬき地蔵で合流。オフのメンバーとは初対面にもかかわらず、飛び入りでお茶もご一緒させていただきました。皆様、どうもありがとう! 友人からもよろしくとのことです。家族や友人には一切内緒でこのブログを続けている私……当然、彼女も知りませんが、どのように映ったでしょう? もし、このブログにたどり着いたら、コメントをくださいね!

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2009/06/09

第15回お江戸オフ《堀切菖蒲園・巣鴨・白山》その2 堀切菖蒲園

こちらの続き)

 改めて、今回のコースをご紹介。

京成線「堀切菖蒲園」駅集合→堀切菖蒲園→「堀切菖蒲園」→(京成線)→「町屋」→(都電)→「庚申塚」→庚申塚・とげぬき地蔵・真性寺→「巣鴨」→(都営三田線)→「白山」→白山神社・大円寺・円乗寺→「白山」→(都営三田線)→神保町「BEER膳 放心亭」

 今回はいつになく電車での移動が多いです。雨天仕様のプランなので、「堀切の花菖蒲と白山の紫陽花さえ見られればいい」というのが基本。雨だから都電でのんびり移動して、ひどい降りでなければ巣鴨で一駅分歩いてもいいかな、という緩めの計画でした。結果的に全行程傘なしで歩けてラッキー!

 さて、堀切菖蒲園。ここには40年以上(!)前に行ったことがあるはずですが、記憶が定かではありません。とにかく「狭い」という印象しかないのです。が、今回訪ねてみたら、広くはないにしても花菖蒲を愛でるには十分だし、菖蒲園までの遊歩道には紫陽花が植えられて美しく、好印象でした。管轄が東京都から葛飾区に移って、整備されたのかもしれません。

 堀切の菖蒲栽培の起源は室町時代説と江戸時代説と二説あるそうですが、江戸末期に最初の菖蒲園が開園し、明治に入るとさらにいくつかの菖蒲園が始まり、明治末期から大正にかけて全盛期を迎えたとのこと。現在の菖蒲園は明治開園の「堀切園」跡です。広重の「江戸百景・堀切の花菖蒲」はこの場所の絵ではないんですね。とは言え、江戸時代の菖蒲園ののどかな雰囲気が浮世絵から伝わってきて、高速道路を背景にする現在の写真と並べると感慨深いものがあります。

PhotoImg_0959





 園内では200種6000株の花菖蒲が見頃を迎えていて壮観でした。名前が雅やかでいい感じ。きちんと記録してくればよかった、と例のごとく後から思うのでした。花菖蒲、アヤメ、カキツバタの見分け方もまだ理解できていません。

追記:広重の「東都三十六景」の「堀切花菖蒲」と古写真(たぶん明治)も貼っておきます。浮世絵の小高い丘は菖蒲園の築山を強調して描いているのでしょうか。昔は園内を人力車に乗って見物することもできたようです。

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(古写真:長崎大学附属図書館所蔵)


続く

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2009/06/08

第15回お江戸オフ《堀切菖蒲園・巣鴨・白山》その1

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 雨に濡れた紫陽花が綺麗でしょう? この季節には紫色の紫陽花や花菖蒲が似合います。今回のオフは都内の花菖蒲と紫陽花の名所を訪ねました。

 本当は少々遠出して大山詣での予定だったんですけどね。晴れ女集団の神通力が切れたのか、前日からの雨が止まずに急遽予定を変更しました。花菖蒲の堀切菖蒲園と紫陽花の白山神社、それを結ぶ巣鴨――雨の中をあまり歩きたくないので、各スポットを電車で移動するコースです。が、結局、傘をささずに済んだのは晴れ女の底力?

 ところで……昨日の朝刊で「三津五郎さん大山参りで祈願」という記事を発見。なんと、坂東三津五郎さん(『功名が辻』で明智光秀を演った人ね)は6日に大山に登ったそうな。9月に大山阿夫利神社で披露する奉納舞踊の成功を祈って、参道を歩く「お練り」を行なったとのことです。紋付袴姿で2キロの参道を登ったと書いてあるから、下社まで歩いたということですよね。決行していれば、一緒に(?)登れたのに……ちょっと残念。

 オフの詳細は次の記事に回すことにして、とりあえず花菖蒲の写真をアップします。

Img_0958

Img_0953Img_0954Img_0955

続く


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