第16回お江戸オフ《芝・愛宕山》その2 増上寺
(こちらの続き)
今回のメイン、三縁山増上寺です。左が重要文化財の三解脱門、江戸初期に建てられた都内最古の建築物です。右の大殿は昭和49年再建。写真はすべて逆光ですね。強烈な日差しを正面から受けて、汗をかきかき境内を歩きました。境内が広いからたいへんです。
でも、江戸時代の増上寺はもっともっと広かったんです。増上寺は寛永寺と並ぶ徳川将軍家の菩提寺で、15人の将軍のうち、6人の霊廟がありました。日光東照宮にも引けを取らない広大かつ壮麗な建物群で、現在の境内の左右に南廟(プリンスタワー敷地)と北廟(東京プリンスホテル敷地)がありました。さらに、その周囲(今の芝公園地区)全体が増上寺だったのです。
戦前の有章院霊廟(古写真:長崎大学附属図書館所蔵))
国宝にも指定されていた霊廟の100棟近くの建物は昭和20年、2度にわたる空襲でほとんどが焼失してしまいました。その後、昭和33年に学術調査が行なわれ、土葬だった遺体は荼毘に付されて一か所にまとめられ、大殿の後方に改葬されました。現在の徳川家墓所には6人の将軍ほか、正室、側室、子女など38人が埋葬されています。家茂、和宮ご夫妻もこちらで眠っています。実は……今回この墓所を見逃しました。内部は公開されていないとはいえ、増上寺に行ってここを訪ねないでどうする?! 深く後悔、反省しています。(2010年1月15日再訪。記事はこちら)
話はまだ続きます。戦後、荒廃した霊廟の土地を次々に買収したのが西武鉄道です。空襲を免れた建物ごと買い取って、後年、東京プリンスホテルやかつての芝ゴルフ練習場、現在のプリンスタワーを建設しました。だから、現存する「台徳院(秀忠)霊廟惣門」「有章院(家継)霊廟二天門」(以上、重要文化財)「御成門」は増上寺ではなく西武(プリンス)のものなのです。
(左上から順に)
台徳院霊廟惣門
(プリンスタワーの入口なので
美しく修復されている)
有章院霊廟二天門
御成門
(かつての増上寺裏門
将軍が利用した)
そのほか、焼け残った台徳院霊廟の3つの門(重文)はユネスコ村(かつて所沢にあった西武系列のテーマパーク)に移築展示された後、狭山不動尊に再移築されました。また、大名が寄進した1000基もの灯篭はいったん西武園に持っていかれ、その後、周辺の寺社に配布されたそうです。なんだかなぁ、な話でしょう?
芝公園地区における西武(プリンス)の歴史はこちらのサイトに詳しく出ているので、興味のある方はご覧ください。増上寺の石灯篭を探して記録している方のサイトも見つけました。すごいですね。いろいろな方がいらっしゃいます。
話が横道に逸れたので、増上寺についてはもう1回書きたいと思います。
(続く)
<追記:2013年3月29日>
将軍墓所特別公開の記念品としてもらってきた、かつての霊廟の絵葉書と増上寺全図の画像を貼っておきます。
<台徳院霊廟(2代秀忠)> 順に、①②
<文昭院霊廟(6代家宣)> ③④⑤⑥⑦
<有章院霊廟(7代家継)> ⑧⑨⑩
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コメント
>なんだかなぁ、な話でしょう?
うん。
だから、あの門も荒れてたのね。修復したらいいのに、ッて思いましたもの。
でも、このご時世処分されないだけいいのかも。
投稿: 桜桃 | 2009/07/29 15:31
増上寺の歴史を全く勉強しないままいってしまい、
こうやってあらためて拝見して驚きです。
江戸時代の増上寺は本当に広かったのですね。
戦前のお写真を見ると、荘厳な様子もうかがえます。
昔はみんな土葬でしたよね。
昭和33年だともうミイラ化していたのかな。
学術研究とはいえ、大変な作業だったと思います。
投稿: 陶片木 | 2009/07/29 18:43
霊廟、外側からだけでも(中は見られないのよね?)眺めておくべきでしたね~。
やっぱり秋か春にまたリベンジしましょう!
にしても、西武グループすごいわ・・・
>増上寺の石灯篭を探して記録している方のサイトも見つけました。
びっくり!!すごいですねー。
もう一度増上寺に戻してあげたいものだわ・・・
投稿: ぶんぶん | 2009/07/29 20:21
桜桃さん、陶片木さん、ぶんぶんさん、こんばんは。
>桜桃さん
ホテルの入口にあたる門はきれいに修復して、目立たない所の門はそのままほったらかしというのが何とも……(^^;)。ま、それが商売というものなんでしょうけど。
>陶片木さん
手持ちの本によると、「(増上寺霊廟の)遺体は筋肉や内臓がほとんど消失していたが、頭蓋骨や四肢・体幹の骨と毛髪などは残っていた」そうです。確かにたいへんな作業ですね。
関東大震災は大丈夫だったのに、空襲で焼失してしまったのは残念です。見てみたかったなぁ!
>ぶんぶんさん
霊廟の門の前までは行くべきでしたよね。東日本最大の鐘も見るべきだったし。ちょっと手違いがあってね(--;)……今日わかったの。次の記事に書きます。
>もう一度増上寺に戻してあげたいものだわ・・・
本当に! 野積みのものもたくさんあるようね。でも、1000基も石灯篭が並んでいたら気味が悪いでしょうね。
投稿: Tompei | 2009/07/29 22:30
さすがの資料豊富な記事、へぇそうだったのかぁと感心しきりです。増上寺は桜の時期は東京タワーと桜とお寺を1枚の写真に収められるという意味でポイントの高いお寺でした。
浅草寺や東大など赤い門は少なくないですね。魔除けの意味を含めているのでしょうかね。
投稿: 惑 | 2009/07/31 01:12
>惑さん
朱塗りの門は魔除けの意味のほか、朱色の原料である辰砂など硫化水銀の毒性を利用している側面もあるようです。
来年のお花見は増上寺にしようかしら(^^)。増上寺から、麻布の善福寺、有栖川宮記念公園経由で六本木ヒルズというコースなんかいいかも。そして、別の日に杉並の善福寺公園も行ってみよう。鬼に笑われますね(^^;)。
投稿: Tompei | 2009/07/31 15:42