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2009/09/26

向島百花園の萩

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 百花園の萩のトンネルです。満開には少し遅かったか……。

 これといった予定もなく家にいるとサンシャイン牧場(mixiのアプリ)に入り浸ってしまいそうなので、昨日思い立って出かけました。近くに住んでいた時は行かずに、1時間半もかけてわざわざ見に行くことになろうとは……。これもブログがあればこそ、ですね。

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 昨年1月のオフで訪ねた時の記事を見たら、例のごとく手抜きなので、少し説明をば――。この百花園は文化2年(1805)に骨董商の佐原鞠塢が開園した梅園で、開園に協力した酒井抱一、大田南畝、谷文晁たちが集う文人墨客のサロンとして利用されました。当初は亀戸の梅屋敷に対して「新梅屋敷」と言われましたが、やがて「百花園」と呼ばれるようになりました。一説には酒井抱一が命名したとも言われています。

 大名屋敷の庭園のような整った美しさではないけれど、こじんまりした園内にはさまざまな植物が植えられ、江戸町人文化の風情を今に伝えています。廃園の危機を乗り越えて現存しているのは嬉しいかぎり。街中の狭い空間なのに蝶やとんぼが飛び交う別世界は、萩を愛でにきた人々で賑わっていました。虫聞きの会、月見の会など風流な会にも参加してみたいな。

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 百花園を出た後は江戸百景めぐりをしました。マイナーな場所ばかり3ヵ所。暑さにめげずに実家の近くを歩き回った記録は次回。

江戸百景めぐり<押上界隈> (その1)
江戸百景めぐり<押上界隈> (その2)

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2009/09/10

おしなりくん

Oshinari_2 このキャラクターの名は「おしなりくん」。皆さん、ご存じないですよね? 東京スカイツリー建設中の押上・業平橋地区のイメージキャラクターで、押上の「おし」と業平橋の「なり」から取った「おしなりくん」。スカイツリーの烏帽子を被った在原業平だそうで……名前もナンだけど、キャラも……ね(汗)。でも、そこが押上・業平らしいとも言えます。

 おしなりくんに代わって、スカイツリーの建つ町をちょっとご紹介しましょう。東京都墨田区押上1丁目1番――これが東京スカイツリーの現住所。東武線の業平橋駅と地下鉄押上駅の中間あたりになります。浅草から東武線で隅田川を渡って、次の駅が業平橋。押上は地下鉄浅草線と半蔵門線が通っていて、都心から15分程の便利な場所です。

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 交通の便はいいのに、この20~30年、ほとんど変わっていないのがこの地区でして……。いや、私が押上の実家から業平小学校に通っていた頃からたいして変わっていないかも。かえって都電が走っていた頃のほうが賑やかだったくらい? だから、住民はスカイツリー建設に大きな期待と多少の不安を感じているんじゃないかと思います。

Photo_2 右の写真はWikipediaの「押上駅」の項のものですが、現在、押上駅一帯は工事中でこの状態ではなくなったのでついコピーしてしまいました。もう過去の押上駅です。右手の商店街の一角はまもなく取り壊されるようで、半分位は閉店しました。スカイツリーが高くなっていくのが楽しみでもあり、町のようすが変わっていくのが寂しくもあり。多摩に住む「おしなりっ子」は気が気ではありません。

江戸百景めぐり<押上界隈> (その1)
江戸百景めぐり<押上界隈> (その2)
隅田川七福神めぐり

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2009/09/09

両国回向院界隈

 回向院の隣りのシアターX(カイ)に出かけたので、終演後、近くを少し歩いてみました。記念すべき第1回お江戸オフで回向院を訪れたのは3年前のちょうど今頃。あの時はまだ江戸への興味が薄く、ちゃんと記録しておこうという気持ちもありませんでした。そもそも、お江戸オフがこんなに続くとも思っていなかったし……。オフのご縁を思うと不思議な気がします。

 回向院は、明暦の大火による無縁仏を幕命によって葬った万人塚が始まりで、その後も地震や火災、水難などによる多数の無縁仏が埋葬されました。その供養塔が今も残っています。ちなみに、両国橋も明暦の大火後に幕府が架けた橋。

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 浮世絵は広重の江戸百景「両ごく回向院元柳橋」。絵の左側の櫓は境内で行なわれた勧進相撲の時のもの。回向院の勧進相撲は江戸後期より毎年春秋2回行なわれていました。これが現在の大相撲の起源となり、やがて明治42年には境内に旧国技館(写真右)が建てられます。旧国技館は2度焼失、再建され、最後の24年間は日大講堂として使用された後、昭和58年に解体されました。その跡地に建てられたのがシアターXの入っているビルです。江戸時代の回向院はかなり広かったんですね。

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 けれども今は、ビルの谷間の狭い境内に供養塔やお墓が窮屈そうに並んでいます。鼠小僧次郎吉のお墓だけが別格の広いスペース。その近くに眠る戯作者の山東京伝は苦笑しているに違いありません。現在、このお寺ではペット供養もしており、実家で飼っていた愛犬2匹もここに埋葬されています。

 お次は吉良邸跡。ご存知、忠臣蔵の四十七士が討ち入りをして吉良上野介の首を取った場所です。といっても、現在残っているのは当時の屋敷の86分の1に過ぎず、面影はまったくありません。討ち入りを思わせるのは、上野介の首を洗ったという「首洗い井戸」のみ。本物でしょうか? 覗くのも気味悪いので、さらっと写真だけ撮ってきました。

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 吉良邸から程近い両国公園に「勝海舟生誕之地」の碑があります(下の写真左)。勝海舟は、この地にあった父の実家、男谷邸に生まれ、7歳まで育ちました。その後15年程、本所入江町(現、緑4丁目)に住んだ後、赤坂に転居しています。

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 右の写真は、両国小学校の角にあった「芥川龍之介文学碑」。芥川龍之介は築地で生まれて7ヵ月後にこの地に移り、10代まで住んでいたそうです。

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2009/09/05

丸の内ブリックスクエア

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 オープンしたばかりの「丸の内ブリックスクエア」に行ってみました。丸の内パークビルの商業ゾーンで、復元された「三菱一号館」が呼び物。中庭にはバラなどの緑が植えられ、オフィス街の憩いの空間になっています。

Re9_ichi 三菱一号館は明治27年にこの場所に竣工した丸の内最初のオフィスビルで、設計はジョサイア・コンドル。右の写真は昭和43年に解体される直前のもので、今回は40年ぶりの復活になります。当初の設計図、実測図、写真にしたがって限りなく忠実に再現され、230万個の赤煉瓦は当時と同じ工法をとっている中国の工場に注文したほどのこだわりよう。

 そうとわかっていれば、もっとしっかり観察してきたのに……。単なるミーハー心から新しいスポットに食事に行ったので、レストランのチェックしかしてきませんでした(汗)。時間の都合で、竣工記念の「一丁倫敦と丸の内スタイル展」も見られなかったし。近々また出向いて、展覧会を鑑賞し、「Cafe 1894」でお茶したいです。

 食事は中国家庭料理の「青菜」にて。何故か、イタリアンやフレンチではなく、中華の気分だったのです。豚バラのにんにく醤油、帆立とエリンギと黄ニラの炒め物、餃子(でっかい!)、酸辣湯麺など、美味しくいただきました。けど、わざわざ足を運ぶまでもないかな。

 丸の内仲通りはここ数年でぐっとお洒落に変身しました。立ち並ぶ高級店で買い物することはなさそうだけど、ぶらぶら歩くには落ち着いたいい雰囲気です。銀ブラならぬ、丸ブラ、とても気に入りました。

200909041918001 昨日のお出かけの目的は宝塚観劇。新生星組の「太王四神記」です。センターの3人がゴージャスで麗しく、これぞ宝塚!な舞台にときめきました。眼福口福の幸せな1日でした。

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2009/09/03

福岡の明太子と言えば、○○○

 月が替わって早9月。政権交代、インフル拡大と不穏な空気が漂う月初めですが、このブログはお気楽に参ります。しかも、今さらの福岡ネタ。

 さて、タイトルの○○○、皆さんはどこのお店を思い浮かべますか? 私の場合はずっと「稚加榮」。17年前、福岡に行った時、同行の友人のおすすめで買ってきて以来のお気に入りです。当時はまだ今程ポピュラーではなく、福岡空港のお土産屋さんの片隅にひっそり置いてありました。あれからどんどん有名になって、おみやげとしてだけではなく贈答品としてもいただくようになりました。

 そして今年。その友人いわく、「明太子ね、最近は別のお店が人気らしいわよ」。ネットで調べてみたら、どうやらそれは「椒房庵(しょぼうあん)」というお店のことのようです。「福岡県人が喜ぶ明太子ランキング」のベスト1にランクイン。Wikipediaによれば、元々はお醤油屋さんで1989年に明太子を売り出し、「どっちの料理ショー」に出て以来、一躍有名になったそうな。

200908201736000 「おみやげに買ってこよう!」と思いつつ、福岡入りしました。ところが、福岡の友人に聞いてみたら、「聞いたことない」と。あら、福岡県人に一番人気のはずなのに?! ちょっとがっくりきたものの、福岡空港で大々的に売っていたので予定どおりお買い上げ。明太子の有名店だけでも数軒並んでいるのに、どこも繁昌していてさすが福岡です。

 肝心のお味は、程よい辛さでとても美味しかった……って、これだけではわかりませんよね。でも、これ以上詳しく説明できるほど明太子の味に詳しくないのでした。「稚加榮」のも買ってきて食べ比べてみればよかった。両方買った友人によれば、稚加榮のほうがまろやかな辛さでおつまみ向き、椒房庵のほうが辛くてご飯のお供に合うとのことでした。

200908242044000_2 そもそも、ケチな私が買ってきたのは1000円のお買い得品ゆえ、正味2腹くらいしか入ってなくてあっけなく完食しました。物足りなく思っていたところに、なんと明太子の贈答品が到着! 中洲の「ひしむら」という郷土料理屋さんの昆布漬け明太子で、2、3腹ずつ個別包装してある高級品です。昆布の味がきいていて、これまた美味しい! やっぱり味の比較なんてできません。美味しい明太子を心ゆくまで味わえれば、どこのお店のものでも満足なのでした。

追記(2010年2月16日):
 その後、また明太子のいただき物がありましたので、記録しておきます。
「蕗」の昆布入り辛子明太子
200912090721000_2 和食のお店の明太子。昆布がたくさん入っていて、昆布だけを味わえるのも嬉しい。最初の一口は甘く感じますが、後から辛味がじんわりきます。


「幸村英商店」の明太子
 「博多の台所」柳橋連合市場にあるお店。某地元大手企業が贈答用に使っているそうです。普通の1.5倍はありそうな立派な明太子。美味しいことは言うまでもありません。

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