第20回お江戸オフ《高輪》その4
(こちらの続き)
大木戸跡の近くでゆっくりお茶した後は、三田地区を駆け足で回りました。
⑩御田八幡神社(みたはちまん)
三田の総鎮守。御田は三田の古称。
⑪済海寺
安政6年(1859)に最初のフランス公使館が置かれた寺。前年に安政の五カ国条約(アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダ)が結ばれ、各国の公使館が開設されました。アメリカ:麻布の善福寺、イギリス:東禅寺、フランス:済海寺、ロシア:箱館(江戸では三田の天暁院(大中寺))、オランダ:長崎出島(江戸では高輪の長応寺)。
江戸時代、この辺りは「月の岬」と呼ばれた景勝地でした。
⑫亀塚稲荷
聖坂の途中にある小さなお稲荷さん。港区最古の板碑があります。
⑬薩摩藩上屋敷跡(NEC本社脇)
NECの高層ビルはわかりやすいけれど、藩邸跡の石碑を探すのに一苦労。手分けして探してようやく発見しました。たかが碑、されど碑……見つけないと気が済みません。石碑の西郷吉之助は西郷隆盛のお孫さんで、このビルの完成時に書かれたものです。
あの篤姫が江戸入りして一時期ここに滞在しましたが、安政の大地震の被災後、渋谷の下屋敷に移っています。大政奉還後の慶応3年12月、上屋敷は幕府方に焼き討ちされて全焼し、戊辰戦争の引き金となりました。以後、広い焼け跡は「薩摩っ原」と呼ばれていました。
⑭西郷・勝会見の地碑(三菱自動車本社北東端)
こちらの石碑は目立つ場所にでんと建っています。こちらも西郷吉之助さんの書。慶応4年(1868)ここにあった薩摩藩の蔵屋敷(田町藩邸)で西郷隆盛と勝海舟が会見し、無血開城が決まりました。
それにしても、薩摩はさすが雄藩。江戸屋敷が方々にあります。この日歩いただけでも、高輪プリンス周辺が下屋敷、NEC周辺が上屋敷、ここが蔵屋敷。そのほか、中屋敷が内幸町のみずほ銀行本店周辺、下屋敷が白金の八芳園、渋谷の常陸宮邸周辺にありました。
⑮鹿島神社
⑭の石碑の横の道を入って行ったところにひっそりあります。かつては海浜にありましたが、今はJRの線路脇になります。この日の予定コースを滞りなく歩けたことを感謝して手を合わせました。
⑯雑魚場跡(本芝公園)
この辺りは江戸時代に東京湾(江戸湊)で獲れた小魚を水揚げした場所で、雑魚場(ざこば)と言われていました。芝エビとは元々、この芝浜で獲れたエビのこと。落語「芝浜」の舞台になった場所です。
雑魚場の記念碑を探すのを忘れてしまいました。「たかが碑、されど碑」なのに……。次回こそは絶対ぬかりなく回りたい! これ、いつも最後に書いている気がします(爆)。
この後、JRで新橋まで移動して、「温野菜」でしゃぶしゃぶ4種の宴会となりました。歩き回ってお腹はぺこぺこゆえ、がつがつ食べぐびぐび飲んで、食べ放題の元はしっかり取りました。
これにてようやく完結。あれからもう2週間も経ってしまいました。その節、ご一緒してくださった皆様、遅ればせながら、ありがとうございました。そして長々読んでくださった皆様にも心から感謝いたします。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。



コメント
あの頃は暖かかったですね…シミジミ
記事書上げご苦労様でした。
そして、ひとり江戸娘お疲れ様でした!
え?雑魚場後にも碑があったんですか~?
投稿: ゆれい | 2010/02/13 09:55
>ゆれいさん
>あの頃は暖かかったですね…シミジミ
本当に! オフの日がこんなお天気だったら、甘味屋とコーヒーショップのはしごの後、宴会だわ。
雑魚場跡のあたりでは、もう碑なんてどーでもよくなっていたのでした(^^;)。セガフレードでゆれいさんのミートパイを尻目にガマンしたのがいけなかったかも?
投稿: Tompei | 2010/02/13 15:47