« 池上梅園 | トップページ | 「玄品ふぐ 六本木の関」 »

2010/03/03

池上本門寺

 あっという間にオリンピックが終わり、あっという間に3月になりました。暖かい日と寒い日が両極端で、気温の変化についていくのがたいへんです。

 さて、池上梅園の続き。この梅園は本門寺の裏手の斜面に当たりまして、本門寺はこの上の高台一帯にあります。反対側の正面には元禄年間建立の総門と石段があり、堂々とした立派な伽藍です。さすが、日蓮宗の大本山ですね。

Img_2176Img_2164

 日蓮は病気療養の湯治に向かう途中、この地で病が重くなって入滅した(1282年)と言われています。土地の郷士、池上氏が屋敷の一部を寄進して創建した寺を日蓮が開眼供養し、本門寺と命名したのが起源で、日蓮の死後、直弟子の日朗が継承し整備しました。その後、関東の有力武士の庇護を受けて発展し、江戸時代には徳川将軍家や諸大名の信仰を集めて関東一の巨刹と称されました。

 都内に現存する最古の五重塔は2代将軍徳川秀忠の乳母(正心院)が秀忠の病気平癒のお礼として建立したもの。梵鐘(写真左)は紀州徳川頼宣の正室(揺林院)が寄進したもの。墓地の一画には紀州徳川家の墓所(写真右)があり、歴代の藩主夫人たちが葬られています。揺林院は加藤清正の娘にあたり、揺林院が建てた加藤清正供養塔もあります。ちなみに、正面の96段の石段は加藤清正の寄進によるとされています。その他、江戸時代に建てられた供養塔、墓石が多数あり。

Img_2161Img_2159

 また、この本門寺には幕末、新政府軍の本陣が置かれていました。奥庭「松涛園」にある東屋で西郷隆盛と勝海舟が会見したこともあるようです。田町の薩摩藩邸で無血開城を決めた後、海舟は打合せのため2度本門寺を訪れているらしい。「松涛園」はふだん非公開ですが、9月に一般公開されるそうなので、その時に訪れてみたいと思います。

 この十数年、毎年初詣に出かけているものの、老親を連れて行くため、本堂裏の駐車場に車をとめてお参りするだけなので、境内をあちこち歩いたのは今回が初めてでした。その広さや古さ、格式の高さを再認識できてよかったです。寺社詣ではやっぱり参道を歩いてお参りしなくちゃね。歩き回った後、参道にある葛餅屋さんで食べた葛餅が美味しかったこと!

|

« 池上梅園 | トップページ | 「玄品ふぐ 六本木の関」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26427/47712342

この記事へのトラックバック一覧です: 池上本門寺:

« 池上梅園 | トップページ | 「玄品ふぐ 六本木の関」 »