« 東京スカイツリー from 浅草 2010.05.25 | トップページ | 箱根の週末 »

2010/05/27

浅草国際劇場

 浅草ビューホテルの記事を書いたついでに昔話をひとつ――。

 このホテル(写真左)がオープンしたのは25年前ですが、それ以前、ここに国際劇場(写真右)という劇場があったことをご存じでしょうか? 「東洋一の五千人劇場」というキャッチフレーズの大劇場で(実際は4000席弱)、とにかく広かった。古びて汚かった。下の画像はWikipediaからお借りしたもので、戦前の建物。東京大空襲で一部被弾して修復された戦後の建物はこちら(著作権の関係で持ってこられない)。

Img_2534Asakusa_international_theater_in_ta

 何を隠そう、私はこの国際劇場で初めてヒデキの生のステージを観たのでした。昭和49年夏、西城秀樹ワンマンショーと映画『愛と誠』。当時、ここや日劇では実演と映画の二本立て興行でした。ステージの生ヒデキとスクリーンのどアップヒデキのWパンチにやられ、激しい恋の風にまきこまれた私。翌日、今度は一人で出向き、二本立てを2回繰り返して、命も心もこの愛も捧げる心境に至りました。

 ヒデキだけではありません。マチャアキを最初に見たのもこの劇場。幕が開き、『さらば恋人』の前奏が流れてきた時のときめきは今でも忘れられません。さらにさかのぼって、小学校時代、母に連れられて水前寺清子を見に行ったこともありました。国際劇場は私のミーハー心を刺激し育てた場所。この劇場がなかったら、ミーハーとは無縁の真っ当な人生を送っていたかもしれません。

 いや、遺伝だから無理か。実は母もここでミーハー心を鍛え上げた一人。国際劇場はSKD(松竹歌劇団)の本拠地でしたが、母は青春時代、熱心なSKDファンで劇場に通いつめたそうです。戦前は宝塚と競い合うほどの人気だったようで、「宝塚よりスマートで格好よかった」とは母の弁。私も何度か連れて行かれましたが、どうせなら宝塚に連れて行って欲しかった……。

 こうして国際劇場のおかげで立派なミーハー人間に成長した母娘です。そんなわけでこの場所に足を踏み入れたら何やら心が浮かれ、ついこんな文章を書いてしまいました。

Img_2547 お口直しに写真を1枚。新仲見世にあるブロマイド専門店「マルベル堂」の店頭で撮りました。ジュリー祭りと書いてありましたが、目ざとくヒデキとマチャアキを発見! 昔、よくここでブロマイドを買ったものです。ブロマイドを選ぶ時の照れくさいようなドキドキ感といったら……。ここも母娘2代にわたって御用達のお店でした。

|

« 東京スカイツリー from 浅草 2010.05.25 | トップページ | 箱根の週末 »

コメント

やはりTompeiさんは都会の人なんだと再認識しました。先日の青山といい。

昨日松本隆氏のテレビみたんですが、都会育ちってやっぱり根っこのところで違うと思う。それはやはり洗練という言葉が置き換わるんだわ^^

母娘二代自称ミーハー、素敵です~

投稿: 桜桃 | 2010/05/27 21:22

>二本立てを二回
すごいパワーです!
若いってすごいエネルギッシュですよね。

おなじミーハーでも、私は架空の世界に足を踏み入れちゃいました。
おかげで未だに中途半端な世界にいます。(笑)

国際劇場、この建物見覚えあります。
マルベル堂さんがここにあるって知りませんでした。
きっとプロマイドより、漫画の原画の方に夢中だったのね。(笑)

ジュリーが若い!

投稿: 陶片木 | 2010/05/27 21:37

桜桃さん、陶片木さん、おはようございます。
今朝は朝から爽やかな青空でチョー気持ちいい!

>桜桃さん

 都会であることは確かだけど、何にもない下町でガサツに育ったので洗練からは程遠いです。スカイツリー見物の時、押上の町を見ていただけばわかります(^^;)。

 松本隆のテレビ、見逃しました。阿久悠と並ぶ巨匠ですよね。松田聖子の歌の数々、大好きです♪ あ、松本隆って青山育ちなんだ(いま知った)。

>陶片木さん

 二本立て2回のうち1回は立ち見だった記憶が……。そして、黄色い声を張り上げていた(爆)。すっぽり落ちた瞬間でしたね。

 そちらの架空の世界は受け身なだけじゃなく、自分でも創作するところが素晴らしい! 絵が描けたらいいな、と心から思います。

 ジュリーは美しかったですねぇ。今の姿とのギャップが感慨深い。

投稿: Tompei | 2010/05/28 07:31

Googleアラートからです。
なんと懐かしいお話でした。
近所の喫茶店で「ペガサス」に毎日のように行ってましたが、SKDの踊り子たちに出会えてときめいたのを思い出しました。…(笑)

投稿: 必撮人 | 2010/05/28 09:14

私も見たことはありますが、入ったことはないです。
ビューホテルはここの跡地なんですね。

私の母もSKDの方が格好よかったと言ってましたよ。江戸っ子ですね~(^^;

投稿: ゆれい | 2010/05/28 09:19

「虞美人」を2回ほど観に行って参りました。もの凄く久しぶりでヅカ熱再炎上!か、という気になっております。 

浅草っ子ではなかったですが何を隠そう国際劇場はそこそこ地元でした。わたくしの中では夢の宝塚、男装の麗人SKDというイメージ大の上に 
劇場と遊園地やお寺様が渾然一体となり松竹はまた不思議な思い出です。 
同級生とマルベル堂へ行ったわたくしは三善英二のブロマイドを見てはニヤニヤする渋い小学生でございました。 
友達は当然の如く新御三家ファンばかりでしたが・・・ 
 

投稿: ぺいとん | 2010/05/28 09:22

>必撮人さん

 はじめまして。ご訪問&コメントありがとうございます。

 浅草にお住まいでしょうか? 新世界もご存じの世代かしら?

 ブログを少々拝見しました。ビューホテルでランチをした日、浅草寺の裏辺りに纏いを持った人が集まっているのが見えましたが、慰霊祭だったのですね。わかってすっきりしました。

投稿: Tompei | 2010/05/28 12:29

ゆれいさん、ぺいとんさん、コメントありがとうございます。

>ゆれいさん

>私の母もSKDの方が格好よかったと言ってましたよ。

 あら、お母様も!(^^) うちの母は「宝塚は衣装がヤボったい」とまで言っていました。宝塚は関西のもの、江戸っ子は松竹という意識があったんでしょうね。国際劇場もSKDもなくなっちゃって残念です。

>ぺいとんさん

 おひさしぶりです。「虞美人」楽しまれたようで何より。お気に入りは見つかりましたか? 再炎上、大歓迎です(^^)。

 ぺいとんさんも国際でSKDをご覧になったことがあるんですね。私、今でも「桜咲く国、さくら、さくら♪」の歌を歌えます。松竹はさくら、宝塚はすみれ、何となく象徴していますよね。

 小学生で三善英史とはかなりシブイ(^^)。

投稿: Tompei | 2010/05/28 12:30

わはははは!いや〜素晴らしい(笑
激しい恋の嵐だの Tompeiさんのイケイケぶりが伝わってきます^^
環境がヒトを作るといいますが、やはりお母様もご一緒にそこで磨き抜かれて洗練されてこられたのでしょうね^^

浅草ビューホテルはカレーが度々利用するホテルで、昨日もそこで泊まったようです。
帰ってきたらこの日記を見せてあげようと思います♪

投稿: みるきい | 2010/05/29 09:30

>みるきいさん

 お返事がたいへん遅くなりました。週末出かけていたうえ、コメントのお知らせが届いていなかったので今まで気がつかなかったの。ごめんなさい!

 ま、あの頃は青春でしたからね(^^ゞ。若いうちはやりたいこと、何でもできるのさ、ヤングマン♪ コンサート中は人格が変わるの。それが快感でした。ミーハーはいくつになっても治らないけれど、あの頃の熱さはさすがにありません。

 出張帰りのカレー様とのおしゃべりの話題になったとしたら嬉しいです。

投稿: Tompei | 2010/06/01 01:18

初めてメールさせていただきます。

昔行った「浅草国際劇場」を検索して色々見ていて
拝見させていただき、たまらずメールを致しました。
とても懐かしい!
まだ幼少だった僕は、よく母親に連れられて行きました。
豪華で華やかなステージを見て、子供心に衝撃を受けた
記憶があります。僕のレビュー好きはここからスタートした
と言っても過言ではないと思います。
そのうち、浅草国際劇場の歴史を調べていくと、戦前から
戦後と波乱の運命を背負い、きらびやかな世界だけでなく
悲しい涙をも、しみ込んだ劇場なんだと知って、いまさら
ながらに無くなってしまった浅草国際劇場を、何とも言えない
気持ちで当時を振り返っています。
心にモヤモヤした思いがよみがえるのはなぜかわかりませんが
大人になり、せっせと浅草国際劇場に通った事を想い出します。
もっと、当時の記憶を想い出したいのですが、残念ながら想い出せません。
このHPを見つけて、しばし昔をゆっくり思い出してみようと思いました。
ありがとうございます。

投稿: Kun | 2014/03/12 12:05

>Kunさん

 はじめまして。ご訪問とコメントありがとうございました。過去記事へのコメント、嬉しく拝見しました。

 Kunさんも子供の頃、お母様と国際劇場にいらしたんですね。お母様はSKDファンだったのでしょうか。国際の大きな舞台で繰り広げられる華やかなレビューは別世界に連れて行ってくれましたね。「桜咲く国、桜、桜…♪」というSKDのテーマソングは今でも耳に残っています。

 国際劇場、都電、仁丹塔、新世界、スペースタワー、森永レストラン、ケーキのナガシマ……いろいろなものがなくなってしまいましたが、浅草はやっぱり心の故郷です。

投稿: Tompei | 2014/03/13 08:05

はじめまして・・・ヒデキのブログから来ました
国際劇場のライブの時のヒデキのバックバンドでした
僕のブログに当時のエピソード書いてますからご覧下さい
https://ameblo.jp/ken-ken0621/entry-12385533349.html

投稿: 吉川 | 2019/03/22 20:28

国際劇場は私は思いで深い劇場でした 管理人さんもそうですよね
60年代後半から歌手の伴奏で度々出演していました
夏木マリさんがはじめてワンマンショーされた時も伴奏しました
又恒例のチャリティーコンサートで何十人もの歌手達が出演した時もです

ヒデキでの出演の時はブログを読んでもらえば分かると思いますが「夏のおどり」の終わったばかりでステージにはその時使った大きな滝のセットでヒデキは最後の「とどかぬ愛」を歌ってエンディングでした
思い出されましたか・・・・

投稿: 吉川 | 2019/03/25 23:19

>吉川さん

 はじめまして。ご丁寧なコメントありがとうございました。反応が鈍くて申し訳ありません。吉川さんのブログのほうにコメントをつけたかったのですが、アメーバ会員ではないので、こちらに記しておきます。吉川さんのお目に触れれば幸いです。

 「永尾公弘とザ・ダーツ!」とヒデキがバンドを紹介するときの声が耳の奥に残っています。吉川さんはドラム担当だったんですね。

 国際劇場のワンマンショーで滝にうたれながら歌った「届かぬ愛」、覚えていますとも! 衝撃的でした。そして、あの日から私の生活はヒデキ一色になりました(笑)。

 吉川さんのブログで当時のエピソードを読ませていただき、とても懐かしく嬉しかったです。どうもありがとうございました。

投稿: Tompei | 2019/04/09 12:25

よろこんで頂き良かったです
「あの日から私の生活はヒデキ一色になりました」
そうですか・・・

所でアメバ会員じゃないと書き込み出来ないのですか・・・・知らなかった

僕のネットでのヒデキ関係で国際劇場ライブ来られた方は非常に少ないです 貴方の国際劇場ライブの投稿は懐かしく読めました 45年前の時代ですが僕がブログ書きだしてから少しずつですが思い出しては投稿に追加してのブログ作成です
いつまでもヒデキを応援してあげて下さい ありがとうございました。

投稿: 吉川 | 2019/04/09 19:56

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 浅草国際劇場:

« 東京スカイツリー from 浅草 2010.05.25 | トップページ | 箱根の週末 »