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2010/06/24

ドラマ『Mother』

 昨夜は『Mother』の最終回でした。いい終わり方でよかった。心に残る素晴らしいドラマでした。

 小学校の教師が、親から虐待を受けている教え子を誘拐して、別の土地で親子として暮らす――「ありえないでしょ、そんな話」と思いつつ、展開が気になって何となく見ているうちに、いつの間にかどっぷりはまっていました。

 松雪泰子さん、田中裕子さん、高畑淳子さんなど実力派女優が重要な役どころをリアルに演じるので、かなり強引なストーリー展開も真実味を帯びてくるから不思議。さらに特筆すべきは子役の芦田愛菜ちゃんの名演技! うますぎ、可愛すぎ。笑顔はもちろん、泣き顔もたまりません。「お母さん」という一言の台詞にさえ、その時その時の感情がこもっていて毎回泣かされました。まだ6歳になったばかりというから末恐ろしい。

 最終回でうっかりさんの秘密がさりげなく語られたのがよかったな。究極の母性愛。うっかりさんの存在はこのドラマの要でした。演じた田中裕子さんがまた素晴らしくて、強く印象に残りました。

 ドラマや映画は後味がよいとほっとします。多少ご都合主義でも。クリームソーダの再会での二人の会話を想像してあったかい気持ちになりました。

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2010/06/22

東京スカイツリー 2010.06.21

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 夏至の日のスカイツリー。高さ398mです。現在、第1展望台建設中のため、400m超えは7月末の予定。しばらくサンキュッパが続きます。

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 3時半過ぎの写真なので、タワーの西側、業平橋寄りの東武橋からは青空を背景にくっきりと映っていますが、東側、押上寄りの京成橋からは逆光です。太陽を隠すように撮ってみました。

 実はこれ、この日2度目のスカイツリーです。昨日はスカイツリー見物と人形町散策のミニオフでしたが、午前中に行った時は曇っていたため、晴れた午後に人形町から再び戻って撮影しました。白いスカイツリーの背景はやっぱり青空じゃないとね。

Img_2691 この写真は午前中、十間橋から撮ったもの。川面に映る逆さタワーとのバランスが絶妙です。十間橋近くの妙見様にお参りしてきました。








Img_2704 人形町散策の詳しいようすはぶんぶんさんTOKIKOさんのブログでどうぞ! 「よし梅」で昼食をとった後、ドラマ『新参者』のロケで使われたお店などを回ってきました。照り返しがきつく暑かった。雨用の折りたたみ傘を日傘代わりに使って、汗だくで歩きました。

 生まれ育った押上と長年通勤した人形町を案内して、嬉し恥ずかしな1日でした。発展から取り残されたような無名の押上が、遠くから人がやって来る街になるなんて、まだ実感が湧きません。すぐ近くで大規模な工事が行なわれているのに、実家のあたりは数十年前から変わらない風情です。

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2010/06/16

天使のチョコリング

201006151051000 これ、ご存じですか? いま大人気のデニッシュパン「天使のチョコリング」。「アンティーク」という名古屋のベーカリーショップが発売して口コミで広がり、昨秋、銀座店がオープンしたそうです。

 私はつい先週教えてもらい、銀座に行ったついでに寄ってみたのですが、平日の昼間にもかかららずかなりの人が並んでいて1時間待ちの状態。20~30分ならともかく1時間も並ぶ根性がないのであきらめました。

 ところが、そのことを銀座勤務の友人に話したら、さっそく送ってくれたのです。買い物客の少ない朝一ならすぐに買えるらしい。チョコリングMサイズ(直径18cm)2個と新作キャラメルチョコリング2個が大きな箱に入って昨日届きました。「お友達にも」とのやさしいお心遣い。どうもありがとうございます!

 というわけで、昨日からチョコリング三昧の私。そのまま食べたり、オーブントースターで軽く焼いて食べたり、楽しんでいます。オーブンで温めると中のチョコが溶けて一層美味しいの。チョコリングはデニッシュ生地にチョコチップとクルミ、キャラメルのほうはシナモン風味のデニッシュ生地にキャラメルチョコチップとレーズンが入っています。私はシナモン好きなのでキャラメルのほうが好み。シナモンの香りがたまりません。

 このチョコリングが人気なのは美味しさもさることながら、お値段の割に満足感が高いからではないかしら。Mサイズが500円、Sサイズが400円。このご時勢、コストパフォーマンスが大事ですよね。

 友人の気持ちが嬉しかったので美味しさ倍増でした。あ、もちろんお裾分けしましたよ。チョコリングの輪は友情の輪なのです。

↓これココログの新機能。試してみますね。
ポチっとよろしく!
(ごめんなさい、ココログユーザーしか使えないらしい)

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2010/06/14

川崎のあじさい寺

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 東京は昨夜から雨。今日は梅雨入りが発表されそうです。人間はため息ですが、紫陽花は喜んでいることでしょう。

 昨日、「川崎のあじさい寺」と呼ばれる妙楽寺に行ってきました。見頃にはやや早かったけれど、境内いっぱいに紫陽花が植えられ、あじさい寺の名にふさわしい素敵なお寺でした。あまり知られてないのが不思議なくらい。ただ、駅から離れている上、かなりの坂道を登った先にあり不便なのが難。駐車場が広くないので、ピーク時はたいへんそうです。

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 紫陽花のあとは花菖蒲。生田緑地に寄ってきました。こちらは少々遅めか。とは言え、紫陽花と花菖蒲を愛でられて満足しました。

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 この菖蒲田のすぐ横の丘陵を登ると枡形山展望台に出ます。見晴らしがよくて気持ちいい。かすかにスカイツリーも見えました。戦国時代の枡形城の跡地だそうです。

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2010/06/10

第22回お江戸オフ≪千住宿≫ その3

こちらの続き)

千住大橋
 徳川家康は江戸の防衛上、橋の架設を嫌いましたが、この千住大橋だけは例外。交通の要所ゆえ、幕府開設より約10年も前に隅田川に最初の橋を架けました。 右は広重の江戸百景「千住の大はし」。手前が南千住、対岸が北千住。南岸には材木問屋の材木、北岸には近くのやっちゃ場(青果市場)に米や野菜を運ぶ舟の船着き場(橋戸河岸)が描かれています。

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大橋公園
 上の浮世絵の橋戸河岸が右上の写真の下の部分。壁に「おくのほそ道 旅立ちの地」の文と絵が描かれています。その上に大橋公園というこじんまりとした公園があり、「おくのほそ道矢立切の碑」(左下)があります。

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 松尾芭蕉の「奥の細道」の旅はこの千住の地から始まりました。深川から千住まで舟で来て、ここから歩き始めたのです。少し先のやっちゃ場跡には芭蕉の銅像(右下)が建っています。

橋戸稲荷
 橋戸河岸や日光街道から近いため、江戸時代には賑わったらしい。本殿は土蔵造りで両開きの扉には伊豆長八の鏝絵が描かれています。現在はその本殿前に木造の拝殿が建っていて、そこに鏝絵のレプリカが飾ってあります。

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 伊豆長八の鏝絵は品川の寄木神社以来、2度目の登場。こういう時、一同はにわかに盛り上がります。「ほら、アソコにもあった」「どこだっけ?」……結局ネットで確認するまで誰一人思い出せませんでした。でも、こんなふうに点と点がつながる喜びがお江戸オフの楽しみの一つなんです。

旧街道
 「千住大橋」駅で終わる予定でしたが、時間があるので北千住まで旧街道を歩きました。はっきり言って、何の変哲もない普通の路地です。旧街道に建っていたお店を記した立て看板や宿場の説明板を読んで、かつての賑わいを想像するだけ。旧街道の名残を期待するのは無理というものですね。

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Img_2663 旧街道から少し入ったところに森鴎外の旧居跡がありました。鴎外の父がこの地で医院を開業し、鴎外はここから勤務先の陸軍病院に通ったそうです。

 というわけで、千住宿散歩は滞りなく終わり、宴会会場の上野に向かいました。お江戸オフ初の焼き肉宴会が盛り上がったことは言うまでもありません。「土古里」のお料理の写真や楽しいようすは桜桃さんぶんぶんさんのブログでどうぞ! 

 今回は刑場跡という場所柄、重苦しい雰囲気が漂うオフになりました。もちろん覚悟はしていたけれど、想像するのと体感するのとは全然違います。その場に立ってわかること、感じることがたくさんありました。これもまた江戸であり、東京なんですね。印象深いオフになりました。

201006071339000 そうそう、私ったら、またまたキリ番のプレゼントをいただいてしまいました。はますけさん、ありがとうございました! これ、水に浸すとライトがついて天井に地球が映るんです。それをデジカメで撮ったら、心霊写真のような怪しい仕上がりだったのでアップは控えます。それから、アリスさん、みんなの首と肩をマッサージしてくださってどうもありがとう! いやな緊張の後だったので余計嬉しかったです。お会いできた皆様、いろいろお世話になりました。またよろしくお願いいたします。

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2010/06/09

第22回お江戸オフ≪千住宿≫ その2

こちらの続き)

 気の重い話が終わったので、あとはさくさく参ります。

永久寺(目黄不動)
Img_2619 目黄不動はこの永久寺のほか、平井の最勝寺など複数あります。五色不動についてはいつか書きたいと思いますが、いつになることやら。


公春院
 お寺の説明は省略。門前に掲げてあった「つもりちがい十条」が気に入ったので貼っておきます。

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真正寺

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円通寺
 上野寛永寺の黒門(写真左)が移設されています。幕末の戊辰戦争の一部、上野戦争で彰義隊と官軍が戦った時の無数の弾痕が残っています。賊軍ゆえ、戦場に放置されていた彰義隊の遺体を円通寺の和尚が斬首覚悟で供養し、上野で火葬してこの寺に埋葬したそうです。黒門の向こうに彰義隊士のお墓があります。

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 源義家が奥州征伐で討ち取った賊首四十八を埋めたという四十八塚(写真右)があり、その塚が小塚原の地名の由来となったと説明書きにありました。地名の由来伝説は次の素盞雄神社にもあります。

Img_2626 安政大地震までは百体の観音像を安置した観音堂があったそうですが、現在はご覧のとおり金ぴかの観音様が境内を見下ろしています。


素盞雄(すさのお)神社
 ちょうどこの神社のお祭り「天王祭」でした。天王とは牛頭天王のこと。江戸時代は牛頭天王社、飛鳥明神社、小塚原天王宮などと呼ばれていたようです(祭神が二つある)。神仏習合では牛頭天王=スサノオなので、明治以降、素盞雄神社という名前になりました。

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 さほど広くない境内いっぱいに屋台が立ち並び、人があふれかえっていました。氏子区域もかなり広いようで盛大な祭礼です。どこかにあるらしい芭蕉の碑は見つけられませんでした。人波に揉まれて歩いていたら、富士塚を発見(写真右)。写真に撮りましたが、肝心なのは右の鳥居の中にある瑞光石という石のほうでした。この石に牛頭天王と飛鳥明神が降臨したのがこの神社の始まりだそうです。そして、この小さい塚が小塚原の名前の由来とか。江戸名所図会にもそう書いてあります。

熊野神社
Img_2642 時間にゆとりがあったので予定外の荒川ふるさと文化館に寄った後、熊野神社へ。小さなお社ですが、源義家が創建したという謂れの古社です。お江戸歩きをしていると、源義家に関係ある神社仏閣が多い気がしますが、はたして真相は?


 南千住地区はここまで。次は千住大橋の向こう側、北千住です。

続く

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2010/06/08

第22回お江戸オフ≪千住宿≫ その1

 今回のオフは小塚原から北上して北千住まで。東海道の最初の宿駅「品川」を制覇したので、続いて日光街道(奥州街道)の第一宿「千住」界隈です。

JR「南千住」13時集合→①小塚原回向院(幕末志士・鼠小僧などの墓、観臓記念碑)→②延命寺(首切地蔵)→③浄閑寺(吉原の遊女の投込み寺)→④永久寺(目黄不動)→(マックでティータイム)→⑤公春院→⑥真正寺→⑦円通寺(彰義隊士の墓、寛永寺の黒門)→⑧素盞雄(すさのお)神社→⑨荒川ふるさと文化館→⑩熊野神社→⑪千住大橋→⑫大橋公園→⑬橋戸稲荷→⑭やっちゃ場跡→⑮旧街道→「北千住」駅→上野「土古里上野バンブーガーデン」で宴会

 千住宿の成り立ちをさっと簡単にたどると――。徳川家康は江戸入府後まもなく、1594年に隅田川に千住大橋を架設。1625年、千住は日光道中(街道)第一宿に指定されて、現在の北千住界隈から発展し(本宿)、次第に南下し掃部宿など3町が追加され(新宿)、その後、川の対岸の小塚原町などが加わりました(南宿)。幕末期には家屋2400軒近く、人口約1万人に達する江戸四宿最大の宿場町でした。現在は千住大橋を境に、北が足立区、南が荒川区。

小塚原回向院
延命寺
 日光道中を下ると千住宿の手前の道沿いに小塚原刑場がありました。間口180m、奥行54m。明治初期に廃止されるまでに20万人以上が処刑されたといいます。現在、延命寺がある周辺がその跡地にあたります。

Img_2617 回向院は1667年、両国の回向院が刑死者を供養するために創設した子院。延命寺にある「首切地蔵」は1741年、回向院によって建てられ、明治の鉄道建設時に現在の場所に移転されました。延命寺は昭和57年に回向院から分離独立しています。

 うーむ……千住宿は目と鼻の先、吉原からも1キロ程しか離れていない場所に刑場があったとは……。しかも埋葬がいい加減でひどい状態だったそうな。できるだけ想像しないように淡々と事務的にそそくさとお参りをすませました。この日は後で訪ねる素盞雄神社のお祭りで南千住一帯は賑やかでしたが、回向院と延命寺の中はそんなお祭りムードとは正反対の重い空気が漂っていて、正直足を踏み入れるのが怖かった。写真も最少限です。余計なものが映ると怖い。

 左の写真は回向院内の吉田松陰のお墓、右の写真は一番左が鼠小僧、右から2番目が高橋お伝のお墓。松陰は小伝馬町で処刑され、小塚原に葬られました。刑死人の遺骸は捨てられることになっていましたが、長州藩の藩医の一人が賄賂を使って獄吏から松陰の遺体を受け取り、身を清めて埋葬したと言われています。その後、高杉晋作らが世田谷への改葬を強行しました。それが現在の松陰神社です。鼠小僧のお墓は両国の回向院のものが有名です。こちらは回向院つながりでしょう。

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 指の隙間から怖々垣間見ている心境ゆえ、観臓記念碑のことをすっかり忘れていました。18世紀後半、杉田玄白、前野良沢らが小塚原刑場で処刑された罪人の腑分けを見学し、それがきっかけになって『解体新書』を翻訳したことを記した碑が回向院内部の壁にあります。桜桃さんの記事によれば、気がついたところで車が邪魔で写真を撮れなかったらしい。

浄閑寺
Img_2618 やりきれない場所がもう一つ。吉原の遊女の投込み寺と言われるのがこの浄閑寺。お寺の公式サイトには、「安政大地震の際に吉原の遊女が投げ込むように葬られたことから『投込み寺』と呼ばれるようになった」とあります。2万人もの遊女が葬られ、川柳に「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と詠まれました。門前のお地蔵様はどれだけ多くの遊女たちの悲しい姿を見たのでしょう。

 心が痛むお話は江戸時代で終わったわけではありません。昭和38年の吉展ちゃん誘拐事件はこの地から程近い入谷で起き、2年後、この後立ち寄った円通寺で白骨化された遺体が発見されました。回向院と円通寺によしのぶ地蔵が祀られています。吉展ちゃんが生きていたら、私と同年代のおじさんになっているのに……。合掌。

(続く)

*「江戸・東京」というカテゴリーを作ってみましたが、移動がはかどらないので、悪しからず。

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2010/06/04

大雄山最乗寺

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 箱根に行く前に最乗寺に寄りました。ここを訪れたのは約40年ぶり。子供の頃、何回か家族で出かけたことがあります。今回改めて母に聞いてみたら、淡い信心があったようで、親も何かに祈りたい時があったんだなと感慨を覚えます。

 大雄山最乗寺は600年の歴史を持つ曹洞宗の古刹で、創建の土木工事に貢献した道了という僧が天狗になって山中に身を隠したと伝えられることから道了尊とも呼ばれています。今年は開山した了庵禅師の六百回大遠忌に当たり、半年にわたって御真殿が御開帳されています。

 ひんやりとした空気と雨に濡れた木々が放つ緑の匂いを体に浴びて参道を歩くと、心身にたまった澱が洗われていくのがわかるよう。杉の老木が立ち並び、霊場らしい濃厚な空気が漂っています。天狗の伝説があるのも納得できる雰囲気です。参道に並ぶ奉納碑の中には「杉壱万本寄進」などと書いた石碑もあり、杉の数は相当なもの。花粉の時期には絶対来られません。

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 天狗といえば下駄ということで、土木関係の会社などから寄進された下駄が御真殿付近に並んでいます。子供の時の記憶が残っているのはこれだけ。さらに石段を350段上ると奥の院がありますが、今回はやめておきました。濡れた石段はすべりやすいし、雨が降り出しそうだったので……言い訳です。

 同じ神奈川県内の大山に比べると有名ではないけれど、その分俗化されていないので、静かに山にこもりたい時はおすすめです。とくにこれから紫陽花の季節は美しいらしい。箱根も紫陽花が多いので、雨を覚悟で梅雨に出かけるのもよいかもしれませんね。ついでながら、小田原城では菖蒲まつりが始まっていましたが、花菖蒲はまだ咲き始めでした。このところ気温が低いので、花菖蒲も紫陽花も例年より遅いようです。

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2010/06/03

聞く耳を持たない

 とうとう鳩山首相が退陣を表明しました。ピンチに登板するリリーフピッチャーの器じゃなかったのかな。平穏な時代なら案外国民に支持されて長続きしたかもしれません。

 政治の問題はさておき、「国民が聞く耳を持たなくなった」という言葉が私はどうも気になって……。「聞く耳を持たない」には「相手の話を頑として受け入れない」頑固一徹な悪いイメージを感じるのですが、そんなことないですか? この言葉を聞くと、「私はしっかり仕事をしてきたのに、(頭が固い)国民は全然わかってくれず話も聞いてくれなくなった。(まったく心外なことだ) 国民を納得させられない私も悪いけど」というように受け取れてしまいます。

 あ、そういうこと? 自分の仕事のせいで国民にそっぽを向かれてしまったという認識はない? それならこの言葉が適切かもしれません。

 「私の不徳の致すところ」と反省しているなら、もっと別の言葉を使えばよかったのに、と思って書き始めましたが、思いがけない方向にまとまりました。

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2010/06/01

箱根の週末

 先週末、箱根に行ってきました。日照時間ゼロだわ、寒いわ、お天気には恵まれませんでしたが、傘を開くことがなかっただけよしと考えましょう。今回の第一目的は富士屋ホテルでのんびり過ごすこと。とは言え、貧乏性ゆえ、結局あれこれ盛りだくさんな2日間になりました。

5/29(土)
自宅→(東名)→大雄山最乗寺→小田原「そば処 橋本」で昼食→小田原城→ホテル着

5/30(日)
ホテル発→ラリック美術館→箱根神社→芦ノ湖畔で昼食(富士屋ホテルのカレーパン)→湯本「一休」で入浴→(西湘バイパス、横浜新道)→自宅

 富士屋ホテル宿泊は初めて。趣きあるクラシカルな建物はけっして機能的ではないけれど、歴史を感じながらゆったり心地よく過ごせました。伝統を受け継ぎ守る従業員の皆さんの心意気とホスピタリティーのおかげです。皇族をはじめ、ヘレン・ケラーやチャップリン、ジョン・レノンなどの名前が残る宿泊者名簿の巻末に小さく名前を刻めて、ちょっと嬉しい。万平ホテル、金谷ホテルに続いて、クラシックホテル御三家を制覇できました。

 つつじには遅くあじさいには早い時期でしたが、雨に洗われた鮮やかな新緑を目に焼きつけ、山の澄んだ空気をいっぱい吸ってリフレッシュしてきました。やっぱり泊まりがけはのんびりできていいなぁ。上げ膳据え膳で美味しいものを食べられる幸せよ! そうそう、「一休」の露天風呂は週末なのにほぼ独占状態で極楽気分のひとときでした。おすすめです。身も心も癒されて日常に戻って2日……充電分が早くも目減りしています。

 (最乗寺については別記事へ)

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明治24年に新築された富士屋ホテル本館
  (写真:長崎大学附属図書館所蔵)
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