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2010/12/31

今年もお世話になりました

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                  (12/23千葉県富津市より撮影)

 いよいよ大晦日ですね。皆様、いかがお過ごしでしょうか? 私は例年のごとく最後の最後までバタバタの年の瀬です。ちょっと時間ができたので、年末のご挨拶をしておきます。

 今年もたいへんお世話になりました。「面倒くさい」「やめちゃえ」と思いつつ、今年も何とかこのブログを続けられたのは、ひとえに読んでくださる皆様のおかげです。いつも温かいコメントをくださる常連さん、検索でたどりついた一見さん、皆様に心から御礼申し上げます。どうもありがとうございました。

 まもなくやって来る2011年が皆様にとって素晴しい1年でありますように!

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2010/12/27

第24回お江戸オフ≪かっぱ橋~浅草寺羽子板市≫

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 今年も押し詰まってきました。毎年この時期になると、「『押し迫る』と『押し詰まる』」という過去記事へのアクセスが急上昇して、それを痛感させられます。年賀状の印刷とコメント書きをやっつけ仕事で片づけ、ようやく10日前のオフの記事を書く時間ができました。とりあえずウンチク抜きで写真をべたべた貼りつけますので悪しからず。

 今年最後のお江戸オフは12月18日に浅草寺の羽子板市に出かけました。その前に稲荷町、かっぱ橋界隈の寺社をいくつか回りました。

銀座線「稲荷町」駅上14時集合→①下谷神社(昔は下谷稲荷、稲荷町の名の由来)→②誓教寺(葛飾北斎の墓)→③本法寺(熊谷稲荷、はなし塚)→④東京本願寺→⑤源空寺(伊能忠敬、谷文晁などの墓)→⑥曹源寺(かっぱ寺)→⑦かっぱ橋道具街→ カフェ「合羽橋珈琲」→⑧テプコ浅草館→⑨浅草寺(羽子板市)→もんじゃ「祭りばやし」18時~

下谷神社

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右は「寄席発祥之地」碑

誓教寺

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葛飾北斎の墓、胸像

本法寺

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寄進した団体や咄家の名前が入ったブロック塀、はなし塚

東京本願寺

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*玉川兄弟顕彰碑(聖徳寺)

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*坂東報恩寺

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源空寺

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中には入れませんでした。右は「谷文晁墓、幡随院長兵衛墓」碑。

曹源寺(かっぱ寺)

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かっぱ橋道具街

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浅草寺

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 江戸時代の「歳の市」に由来する羽子板市を見物して観音様にお参りした後、もんじゃ焼きで忘年会となりました。もんじゃとお好み焼きの食べ放題だったので、みんな食べる食べる。我々のテーブルはもんじゃ8杯&お好み焼き1枚&あんこ巻き(別料金)で少し足が出たものの、他の2テーブルがしっかり元を取ってくれました(爆)。しばらくはもんじゃはいい、という程食べましたが、その3日後にまた浅草もんじゃの忘年会があって懲りずにもんじゃまみれになった私です。

 お江戸オフのお仲間の皆様、今年もいろいろお世話になりました。いつも読んでくださっている皆様、どうもありがとうございました。お江戸オフは来年も続く予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。新メンバーも大歓迎ですので、飲み食いおしゃべりのお好きな方の参加をお待ちしています!


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2010/12/21

京都ひとり旅2010(7) 金戒光明寺、二条城

 ようやく完結編です。

12月2日
ホテル→(バス)⇒金戒光明寺→(バス)→二条城→(地下鉄・阪急)⇒宝塚へ

 金戒光明寺と二条城、紅葉の季節の京都旅行としては華やかさに欠ける取り合わせですが、江戸時代に興味がある江戸っ子としてはぜひ行ってみたい場所でした。黒谷の金戒光明寺は幕末、京都守護職の本陣が置かれたお寺、二条城は徳川家康が建てた将軍上洛時の宿泊所です。15時から宝塚観劇の予定なので、お昼過ぎに京都を出るまで2か所をゆっくり見学しました。

<金戒光明寺>

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 今年の「そうだ京都行こう」のCMでおなじみの山門です。ここのもみじは何とか残っていましたが、境内の庭園はすっかり葉が落ちていました。本堂の御影堂や大方丈は火災による焼失後、昭和19年に再建された建物で、大方丈に「新選組の近藤勇が京都守護職・松平容保に謁見した部屋」が再現されています(撮影禁止)。

 ご朱印の「浄土真宗最初門」とは、「浄土宗の開祖、法然上人が浄土の教えの真実を最初に広めた地」という意味で現在の浄土真宗のことではないそうです。

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 斜面に広がる墓地を見降ろすように三重塔が建っています。この塔は2代将軍徳川秀忠の菩提を弔うために建てられたもの。この墓地から奥まったところに会津藩殉難者墓地があり、禁門の変や鳥羽伏見の戦いなどの戦死者350霊あまりが祀られています。賊軍ゆえ、霊山神社には祀られないんですね。

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Img_3231 左の写真は徳川秀忠の正室、宗源院の供養塔。宗源院とは来年の大河ドラマの主役、江(ごう)のこと。ちゃっかり看板が出ていました。江の墓所は東京の増上寺ですが、春日局が追善供養のためにここに建立したそうです。両隣りには、春日局と徳川忠長(秀忠の弟)の供養塔が並んでいます。




<二条城>

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 徳川家康が西日本の諸大名に築城させた二の丸御殿が現存し、国宝かつ世界遺産に登録されています。三代将軍家光の命で増築された本丸には天守閣もありましたが、火災によって焼失し、現在はその場所に旧桂宮御殿が移築されています。上の写真は二の丸御殿と唐門。

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 二の丸御殿の廊下はうぐいす張りになっていて、幅広く天井も高い。各部屋の壁全面が狩野派の金箔の絵で覆われています。かなり色褪せているし、保護のため照明を落としてありはっきり見えないけれど、威圧感があります。江戸城もこんなだったんだろうなぁ、と思いながら、興味深く見学しました。撮影禁止なので、チラシから大広間の写真(写真右)を取りこみました。徳川慶喜が大政奉還を発表した部屋です。

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 京都御所の目と鼻の先にこの二条城を建てた家康の強い意志と権力の誇示と虚栄心を随所に感じました。京都の人には陰で侮られただろうなぁ。

 こうして京都での予定をこなし、阪急に乗り継いで宝塚に向かいました。阪急電車に乗ったら京都の余韻から一気に宝塚モードになったのには我ながら笑えました。観劇を楽しんだことは言うまでもありません。充実した3日間でした。

 長々と読んでくださった皆様、ありがとうございました。ブログに記録するという前提があるからこそ、一人旅をより楽しめたように思います。そして、これを書き終えた今、旅が終わった気がしています。


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2010/12/17

スカイクリスマスツリー

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 ちょっと面白い写真でしょう? 六本木ヒルズの展望台から夜景を撮ったもの。窓ガラスに映ったクリスマスツリーが映り込んでいるんです。なぁんだ、かな? 携帯カメラのぼんやり加減が効を奏しているようです。ツリーの前に人影が入らないタイミングを狙って撮りました。

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 初めてスカイデッキ(屋上)にも上がってみました。室内とは違う迫力! これはおすすめです。追加料金300円を払う価値あり。ラブブランケットなるものを貸し出していて笑っちゃいました。デートコースですからね。2月まで期間限定のスカイプラネタリウムはまぁそれなりでした。

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 3枚目だけデジカメで撮影。この位の明るさがないとダメなんです。京都のライトアップといい、この日の夜景といい、新しいデジカメが欲しくなりました。

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2010/12/16

京都ひとり旅2010(6) 宇治 <後半>

こちらの続き)

<興聖寺>

 禅宗の一派、曹洞宗のお寺です。どうぞ総門から参道をお進みください。

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 琴坂と呼ばれる長い参道は紅葉と名所として知られています。小川のせせらぎが琴の音に似ていることから琴坂……名前にも趣きがありますね。竜宮造りの山門をくぐって振り返ると、白い門の中に紅葉が見えて1枚の絵のよう。盛りには少し早かったけれど、秋の琴坂を歩けて念願がひとつ叶いました。

(3日違いでここを訪れ、美しい写真を掲載していらっしゃる雲母舟さんのブログはこちら。私の写真にはないアートを感じます)

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 川岸のもみじが西日を受けて燃えています。この流れの先に発電所があるらしい。だから、のんびりムードの橋の下はこんな流れが……。

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 予定のコースを歩いた後はティータイム。

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 サントリー伊右衛門でおなじみ「福寿園」の抹茶あんみつ。抹茶の蜜をかけていただきます。見た目よりあっさりしているのでたちまち完食。「山本藤吉」もそうでしたが、お茶が美味しいので甘味が引き立ちます。

 そうそう、こんな写真も撮ったのでアップしておきます。紫式部像と宇治十帖モニュメント。匂宮と浮舟です!

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 こうして宇治での半日は暮れてゆきました。源氏物語の雅やかな雰囲気がそこはかとなく漂う風光明媚な宇治は想像以上に魅力的な土地でたいへん気に入りました。おいしい甘味を食べられることもポイント大(笑)。いつかまた訪れ、今回行かれなかった三室戸寺や天ケ瀬吊橋などにも行ってみたいものです。

 この後、京阪で三条まで戻り、夜の街徘徊(こちらの記事)に繋がるわけです。我ながらよく歩いた1日でした。

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京都ひとり旅2010(5) 宇治 <前半>

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こちらの続き)

 宇治橋から見た宇治川です。つい30分程前に見た鴨川より水量が多く、流れが速い。匂宮は浮舟を連れてこの川を渡ったのね……と感慨を覚えつつ、宝塚の舞台を思い出す私(笑)。まずは腹ごしらえに「中村藤吉」のカフェを目指しました。

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 茶蕎麦とお茶のふりかけご飯と抹茶ゼリーのセットを注文。茶蕎麦も美味しかったけれど、とくに抹茶ゼリーが気に入りました。甘味に飢えていたのでね。単品の分量くらいたっぷり食べたかった!

<平等院>

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 10円玉の図柄でおなじみの平等院鳳凰堂です。逆光のため、いい写真が撮れません。

 平安時代、藤原頼通が父の道長から譲り受けた別荘を寺院に改めたのが平等院の始まりで、鳳凰堂は極楽浄土をこの世に出現させた阿弥陀堂として建立されました。別料金ですが、鳳凰堂内部も拝観しました。

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 内部はもちろん撮影禁止なので、絵葉書を買い求めました。柔和で美しいお顔の阿弥陀如来像は高さが284cmもあり、精緻な彫刻を施した光背を背に鎮座する姿に圧倒されました。四方を囲む雲中供養菩薩像もひとつひとつが素晴らしい。なんとも心が癒される空間でした。

 雲中供養菩薩像26躯(全体の半数)、屋根の鳳凰(本物)などは併設されているミュージアム「鳳翔館」に展示されていて、ガラス越しですが間近に見ることができます。このミュージアムが実によくできていました。しかも、外観が邪魔にならないように配慮されていることも好印象。平等院は30数年ぶりでしたが、鳳凰堂内部の記憶はないし、ミュージアムはまだなかったので、再訪できてよかったです。

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鳳凰堂から見た庭園、浄土院

<宇治神社>

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 平等院から中の島を経て朝霧橋を渡ると、宇治神社の赤い鳥居があります。この宇治神社と次の宇治上神社とはもともと一体でしたが、明治以降、上社が宇治上神社、下社が宇治神社と分かれました。

<宇治上神社>

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 宇治上神社は世界文化遺産に登録されています。拝殿の後ろにある覆屋の中に3つの本殿がありますが、この本殿は現存最古の神社建築で1060年頃のものとされています。また、寝殿造の拝殿は鎌倉時代前期の宇治離宮を移設したものといわれ、本殿、拝殿とも国宝に指定されています。拝殿の前に、上賀茂神社で見られなかった立砂がありました。

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Ujiga11_2(左上から順に)
拝殿
覆屋
本殿(京都府の公式サイトから借用)


 ちなみに、京都の世界文化遺産は17か所あり、今回の旅行では、清水寺、上賀茂神社、下鴨神社、平等院、宇治上神社、二条城を訪ねました。


続く


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2010/12/14

京都ひとり旅2010(4) 上賀茂・下鴨神社

 まだ3分の1しか終わっていませんでした(汗)。さっさと参ります。

12月1日
ホテル→(バス)⇒上賀茂神社⇒(バス)⇒下鴨神社→「出町柳」⇒(京阪)⇒「宇治」→昼食「中村藤吉」→宇治平等院宇治神社宇治上神社興聖寺→お茶「福寿園」→「宇治」⇒(京阪)⇒「三条」→三条~四条河原町→夕食「糖朝」⇒(バス)→ホテル

 2日目は欲張って上賀茂・下鴨神社と宇治を回りました。前々から行きたかった場所です。前日の東山散歩の筋肉痛にもめげず、通勤時間帯のバスに乗り込みました。

 上賀茂神社と下鴨神社は両社合わせて賀茂神社と総称される、京都で最も古い神社。三大祭の一つ葵祭はこの神社の例祭です。上賀茂神社、下鴨神社は通称で、正式名称は上:賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)、下:賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)。下鴨神社が「鴨」という字を使うのは鴨川の表記に由来するようです。

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 鴨川は、高野川との合流点より上流は賀茂川、下流は鴨川と表記されます。上賀茂神社は賀茂川(写真左)の近くにあり、下神社(写真右、中央の森)は川が始まる合流点にあるので、「鴨」の字を使うようになったらしい。ちなみに、右の写真を撮影したのは加茂大橋。うーん、ややこしい。

<上賀茂神社>

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Img_3122 上賀茂神社の一の鳥居をくぐると、広大な空間が開けています。まっすぐ進むと二の鳥居の手前に神馬舎があり、白馬がおはします。神々しいお姿。毎年1月7日に「白馬奏覧神事」という儀式があり、この神馬を神前に曳いて大豆を与えるそうです。この上賀茂神社では現代もなお、さまざまな祭典、儀式が古式に則って行われています。

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 楼門(写真左)を抜けて、本殿(右)へ。本殿の内部は撮影禁止。厳かな気持ちで柏手を打ちました。残念ながら、立砂がある細殿は工事中でした。

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 境内には多くの摂社、末社があります。この小さなお社は末社のひとつ。紅葉のグラデーションがきれいでした。

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 上賀茂神社の東側には明神川に沿って社家(上賀茂神社の神官)の屋敷が並んでいます(写真左)。その通りにある京漬物の老舗「なり田」(右)で刻みすぐきを買ってきました。上賀茂はすぐき発祥の地です。本物の風味と酸味がある美味しいすぐきでした。

<下鴨神社>

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 下鴨神社の境内は古代の自然を残す糺ノ森(ただすのもり)にあり、豊かな緑に囲まれています。古社の霊気と木々の精気が満ちていて、気持ちが清々していくのがわかるようでした。

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Img_3134_4 糺ノ森の紅葉は京都で最も遅いそうで、12月に入ったというのにまだ色づき始めでした。そうかと思えば、境内には真っ赤なモミジもあり、紅葉狩りのタイミングは本当に難しい。






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Img_3136 楼門(上の写真左)を抜け、中門(右)を入ると、本殿(写真左)があります。本殿の前に干支の守り神「言社(ことしゃ)」が7社あり、1~2つずつ干支別にお参りするようになっていました。


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 河合神社は下鴨神社の摂社(本社に付属する神社)。鴨長明はこの神社の神官の家に生まれたのに継ぐことができず、やがて『方丈記』を書くに至ったと言われています。このあたりの黄葉は見事で、たくさんの素人カメラマンが撮影していました。

 念願の上賀茂・下鴨神社にお参りできて、とても満足しましたが、残念だったことがひとつ。上賀茂名物「やき餅」の「神馬堂」も下鴨名物「みたらし団子」の「加茂みたらし茶屋」も水曜定休でお休みだった!(泣) そこで気を取り直して、かの有名な「出町ふたば」まで足を延ばしたら、なんと臨時休業だった!(号泣) 不運を嘆きつつ、宇治の甘味を求めて京阪電車に乗りました。

(続く)

(ふぅ、長くなってしまった。読んでくださった方、お疲れ様でした)


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2010/12/10

東京スカイツリー 2010.12.10

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 12月1日に500mを突破したスカイツリーです。今回は2枚の写真を繋ぎ合せる技で、足元から天辺までを1枚の写真に収めました。少しゆがんでいるのはそのせいなので、悪しからず。業平橋側の東武橋から撮影しました。

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 十間橋からの逆さツリーはもう天辺まで映らなくなりました。隣りのビルもかなり高くなりましたね。

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 十間橋の近くのカーブミラーにもスカイツリーがきれいに映っていました。

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 実家の近くの線路沿いに「スカイツリー観察台」なるものができていたので、そこから撮ってみました。ま、物干し台みたいなものですけどね(笑)。押上1丁目の夕日です。

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2010/12/08

京都ひとり旅2010(3) 龍馬を偲ぶ

 京都入りの前々日、『龍馬伝』の福山龍馬が暗殺されたばかりなので、やはりお墓参りは欠かせないでしょう!? 四季折々の京都の美しい写真満載のブログ「ねこづらどき」のなおくんさんにおすすめのコースを教えていただきました。

 龍馬坂から正法寺への道です。三年坂から二年坂を下り、霊山神社の参道の一つ手前の路地を右に入ります。二年坂は人の流れが途絶えないのに、路地を曲がる人は誰もいません。少し心細く思いながら歩いて行くと、こんな石碑が――「坂本龍馬 中岡慎太郎 など幕末志士葬送の道」。説明を要約すると、「この道は正法寺の参道。江戸末期にその境内に霊明社が創建され、幕末の志士が埋葬された。龍馬たちの遺体も霊明社に埋葬されたので、この道を通ったに相違ない。明治以後、霊明社は没収され、招魂社になり、現在の霊山護国神社に至る」。この石碑は今年10月に建ったばかりのようです。

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追記:「ねこづらどき」さんの龍馬坂の写真はこちら(この4日後の真っ赤なモミジが見られます)

 それゆえ、この坂の名は「龍馬坂」。坂の途中、霊明神社のこじんまりとしたお社がありました(不覚にも写真を忘れた)。さらに石段を上ると、正法寺の山門に出ます。長い石段にひるみながらも、真っ赤に色づいたモミジに誘われて前進。上りきって振り返ると、眼下に京都の街が広がっていました。

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 正法寺から下りて、霊山護国神社へ。これが龍馬(左)と中岡のお墓です。二人のお墓の左側、石燈籠の奥にある小さめのものは龍馬の従僕、藤吉のお墓。龍馬と一緒に葬られているんですね。参拝者が続々やってきます。龍馬は苦笑いしているかもしれません。龍馬さん、日本はあなたが考えていたようになっていますか? 今、あなただったらどうしますか?

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 龍馬と中岡のお墓を囲むようにして、池田屋騒動や禁門の変の戦死者、安政の大獄の処刑者など幕末の志士の墓石が並び、1356人の霊が祀られています。高杉晋作の名前もありました。桂小五郎のお墓はさらに石段を上って一番高い場所にあります。「内閣顧問勲一等贈正二位木戸孝允墓」とタイトル入りの立派な墓石。幾松のお墓が隣りに並んでいます。夫婦ともここに埋葬されました。

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 墓地からの眺めは素晴らしく、京都の街を一望できます。この神社は今までいつも素通りしてしまい、今回初めて訪ねました。『龍馬伝』放映の年、江戸検定のテーマが幕末だった年の締めくくりにお参りできて本当によかった。なおくんさん、教えてくださってありがとうございました。

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 お墓参りを済ませたら、事件現場も押えておきたいのがファン心理。翌日の夜、龍馬暗殺の地などを探して四条河原町界隈を徘徊しました。写真左から、「坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難之地」(近江屋跡)、「坂本龍馬寓居之址」(酢屋)、「土佐藩邸跡」。

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 近江屋跡の石碑は河原町通りに面したコンビニの前に立っています。当時の河原町通りは道幅4m程で、通りを挟んで斜向かいに土佐藩邸があったようです。暗殺される数日前まで住んでいた酢屋より目立つ場所のように感じるのは現在の環境ゆえでしょうか。京都一の繁華街のど真ん中に龍馬の暗殺の地があるのはなんだか皮肉な気がします。

 最後は岬神社。幕末には藩邸内にあった土佐稲荷で、当時より少し北に移設されています。なかなか見つからず、たどり着いた時はほっとしました。近江屋跡以外は呑み屋街の路地にあるので、おばさん一人でうろついて写真を撮るのは気が引けて……。地図を開くのもはばかられる場所ゆえ、行ったり来たりしてしまいました。夜、見物する場所ではありません(汗)。

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 寺田屋にも行きたかったけれど、今回は時間切れで断念しました。いつか訪問して、この記事に追記したいものです。

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2010/12/07

京都ひとり旅2010(2) 清水寺界隈

11月30日
ホテル→(バス)⇒「清水道」→清水寺霊明神社正法寺霊山神社→お茶「鍵善良房」→八坂神社高台寺ライトアップ→清水寺ライトアップ、成就院ライトアップ→「清水道」⇒(バス)→四条烏丸にて軽食→ホテル

Img_3072 10時発の飛行機で伊丹に飛び、リムジンバスで京都入り。ANA旅行券利用の旅なのでやむなく遠回りです。宿泊したホテル「マイステイズ京都四条」に程近いうどん屋「めん房 やまもと」にて昼食。いかにも京都らしい店構えにどきどきしながら入ると、地元の会社員がランチを食べに来る庶民的なうどん屋さんでした。だしの効いたカレーうどんが美味しかった! 

 14時を待ってホテルにチェックインし、落ち着く間もなく出発。市バスは四条通りの渋滞にはまるわ、旅行者や修学旅行生が乗り降りに手間取るわ、やたらに時間がかかります。市バスの運転手さんたちはみんな辛抱強い。

 最初に訪れたのは清水寺。ここはどうしてもはずせません。清水の舞台に立つと「京都に来た」という実感が湧いてきます。が、とにかく人が多くて少々うんざり。夜のライトアップを見にまた戻る予定なので、足早にお参りしました。今回の旅から参拝した寺社でご朱印をいただくことにしました。

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 次はいよいよ龍馬のお墓へ。この部分は次の記事にまとめます。

Img_3100_2 霊山神社から下りてきたところで一服。「鍵善」のくずきりの甘さが疲れた体を癒してくれました。坂道を上ったり下ったり、すでに足はがくがくの状態。足腰が弱ったら京都は歩けないので、せめてキープしなければ、と痛感しました。

 元気を回復して八坂神社(ピンぼけ写真で失礼)まで足を伸ばしてUターン。「もう戻るのやめようか」とも思いましたが、「やっぱり清水寺のライトアップは見ておきたい」ともうひと踏ん張りすることにしました。

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 さらに途中、ふらふら高台寺にも入ってしまいました。池に映る紅葉(前の記事)も竹林も美しく、ねねのお寺にふさわしいたたずまいです。人が少ない時にゆっくり歩いてみたい。

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201011301943000_2 そして、再び清水寺。残念ながら、ここのまともな写真がありません。何とか携帯で撮ったのが左の写真です。携帯のカメラより頼りない私のデジカメ。修学旅行生はコンデジで難なく夜景を写しているのに、私のは真っ暗なんです。新しいのが欲しい!

Img_2 今回初めて成就院(清水寺の塔中の一つ)に立ち寄りました。幕末に西郷隆盛と入水して亡くなった僧・月照が成就院の住職をしていたことを知って、興味が湧きました。ここの庭園「月の庭」は月を愛でる庭ではなく、月の光で眺めて味わう庭の意味。説明を聞きながら、うっすらライトアップされた庭園を部屋から眺めるだけで歩くことはできません。下世話な話、それで拝観料600円は高いような気がしますが、静かな時間を過ごせたのでよしとしましょう。写真撮影は禁止。

 すっかりお腹が空いたので、お店を探しつつ清水寺の参道を下りましたが、これぞというお店がなく、バスで四条烏丸まで戻ってきました。結局、ベーカリーショップのイートインで遅い夕食。ちょっとわびしい。6時間半で坂道を23000歩も歩いた疲れと満足感で1日目を終えました。

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2010/12/03

京都ひとり旅2010(1)

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 6年ぶりに京都に行ってきました。紅葉を愛でながら、少し幕末を偲び、少し源氏物語に思いを馳せるという欲張り企画。しかも、宝塚観劇付き(笑)。こんなミーハーな旅、誰が同行してくれましょう。ひとりで行くしかありません。

 洛中は紅葉の見頃を過ぎつつあり、清水あたりのモミジの多くは何とか葉が落ちずにとどまっている状態でした。昨夜からの雨でそれもだいぶ散ってしまったことでしょう。一方、下鴨神社の糺の森や宇治・興聖寺の琴坂はまだパステルカラーで、紅葉の時期というのはなかなか難しいものです。だからこそ、紅葉まっさかりの木に出会うと嬉しさひとしおでした。

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 1日目23919歩、2日目23712歩、3日目18186歩、のべ65817歩。3日で40キロ以上歩いたことになります。我ながらよく頑張った。気の向くまま、自分のペースで歩くから歩けたんでしょうね。時間を気にしなくていいし、誰かに気を遣わなくていいし、すごい解放感。ひとり旅がやみつきになりそうです。

 唯一の弱点はまともなディナーを食べられないこと。"緊張しい"ゆえ、お一人様で気の張るお店には入れず、どうしてもカジュアルなお店になってしまいます。ランチや甘味は平気ですけど、こればかりは仕方ありませんね。

 詳しい日程や写真は大掃除の合間にぼちぼちアップするつもりです。年内には終わらせたい。

 最後にとっておきの1枚。夜景にまったく弱いデジカメが奮起して(?)写した高台寺のライトアップです。池に映る紅葉が息を呑む美しさで、いつまでも眺めていたい気がしました。

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