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2011/05/26

近江紀行(その5)安土城

 次に訪れたのは安土城跡。織田信長や安土城にとくに興味があるわけではなく、ほとんど下調べもしないで行ったら、これがすごいところでした。まず石段がすごかった! 一目見て「来るんじゃなかった」と思いました。けれども、頑張って天主跡に上り、その後「信長の館」を見学したら、すっかり安土城に魅せられまして……今や、信長がマイブームです。旅行後、信長や安土城に関する本を読んでは、「もっとしっかり見てくるんだった」と後悔する日々です。

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 この石段の道は大手道。平成元年に始まった発掘調査で発掘され、整備、復元されました。上の写真は登り口の部分ですが、真ん中辺から左に渡ったところに伝羽柴秀吉邸跡(下の写真左)、右に渡ったところに伝徳川家康邸跡(現在は摠見寺仮本堂、写真右)があります。信長のお城に秀吉や家康の邸があるのは不思議ですよね。森蘭丸邸跡はもっとずっと上のお城の近くにありました。帰り道にこの摠見寺を拝観し、お抹茶をいただいて山登りの疲れを癒しました。行きはひたすら石段を上るのみ!

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 安土山は琵琶湖の湖面から高さ100m少々ですが、その倍にも3倍にも感じました。備え付けの杖を借りて、ふうふうぜいぜい言いながら上ること20分程でようやく天主や本丸の跡地に到着。一部の石垣が残るだけですが、何とも言えない雰囲気が漂っていました。 つわものどもが夢のあと……。右の写真は天主跡に整然と並ぶ礎石。ここに高さ33m5層7階(地上6階地下1階)の天主が建っていたのです。天主もその他の建物も本能寺の変の10日あまり後、何者かによって火が放たれて焼失しました。

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Img_0386 二の丸跡にある信長廟。信長の葬儀を行なった秀吉が建てたと言われています。石を積み上げた檀に大きな石が乗っているだけの簡素なお墓です。






Azuchi_town_sokenji_tower 見学順路はこの後、摠見寺の三重塔と二王門を迂回して下山するようになっていましたが、そちらはパスして再び大手道を下りてきました。くたびれたし、雨が降り出しそうだったし、「お寺はいいや」と思って……。が、それは大失敗。摠見寺は信長が安土城築城時に建てたお寺で、門と塔が炎上を免れて現存しているのだから見ておくべきでした。その門と塔は元々甲賀のお寺にあったものをこの地に移築したそうです。右の写真はウィキペディアから拝借しました。

 長くなりますが、一つの記事にまとめたいのでまだ続きます。

 安土城跡を後にして向かったのは「安土城天主 信長の館」。1992年のセビリア万博の日本館に展示された安土城天主の最上部5階6階部分が移築、公開されています。昭和40年代に発見された「天守指図」(設計図)に従って原寸大に忠実に復元されたもので、内部の障壁画は「信長公記」の記述を元に再現されました。

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 大きすぎて近すぎて全体が撮れません。内部もご覧のように豪華絢爛。5階(下の写真左)は八角形で仏教の極楽浄土の絵が描かれ、6階(写真右)は古代中国の思想家の絵が描かれています。

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 さっきまでいたあの山の上にこんな天主が建っていたとは! 実際はこの3倍の高さがあったわけで、天主全体の威容を想像して驚くやら興奮するやら。織田信長はこの金ぴかの空間で何を考えていたのでしょうね。

 旅行後に「信長の夢「安土城」発掘」 という本を読んで安土城について知るにつれ、さらに驚くことばかりです。が、きりがないので今日はこの辺で……。最後にこの本に載っていた天主の断面図を貼っておきます。

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コメント

へぇ~、へぇ~、へぇ~の連続^^
復元された安土城天主 信長の館はすごいですね。

山の上からすべて見渡せて良い気分だったでしょうね~。極楽浄土の絵を描いて、自分のしてきたことに多少後ろめたいこともあって救われたかったのでしょうか?いや、そんな弱さはないか^^;

まだ続きがあるんですよね?楽しみにしています!

投稿: ぶんぶん | 2011/05/26 14:48

私も、へぇ~、×6
これはぜひぜひ行ってみなくてはなりませぬなぁ。

そして、私も旅行紀はやく取りかからねば梅雨入りしそうです^^;

投稿: 桜桃 | 2011/05/26 16:55

ぶんぶんさん、桜桃さん、こんばんは。

>ぶんぶんさん

 セビリアの万博でこんなものを展示していたとはびっくりですよね。会期中、一番人気だったらしいですよ。

 いやいや、信長は後ろめたい気持ちになんてなりませんて。天下を治めるには自分が神になればいい、と考えるお方です。

 安土城はこれで終わるつもりだったけれど、そのあたりのことを書こうかな。

>桜桃さん

 お時間ができたら、帰省の時にぜひ寄ってみてください! 私は時間切れで行かれなかったけれど、信長の館の近くに立派な博物館もあります。ゆっくり回ると半日はかかりそう。

 パリのお話、楽しみにしています♪

投稿: Tompei | 2011/05/26 21:46

石段は数百年もの間、埋まってたのでしょうか~~。
次回の訪問が近いうちに叶うとよいですね。
それまで、体力づくりファイトです!

投稿: pega | 2011/05/26 23:17

>pegaさん

 おはようございます。

 大手道は発掘前まで、草が生い茂る幅2~3mの細い道だったそうです。こんなふうに幅6mもあるまっすぐな道は、お城の道としては常識では考えられないらしい。

 足腰が弱ったら旅行も楽しめませんよね。せめて現状維持を心がけなければ(^^;)。

投稿: Tompei | 2011/05/27 07:07

巾6メートルの階段ですか
発掘したときはびっくりだったでしょうね~

>足腰が弱ったら旅行も楽しめませんよね。せめて現状維持を心がけなければ(^^;)。

そんなこと言いつつ、Tompeiさん、
いつも、一番身軽に先頭切って歩いてるね(^^)

投稿: TOKIKO | 2011/05/30 09:14

>TOKIKOさん

 出展、お疲れ様でした。伺えずにごめんなさいね。おまけに立て替えていただいてすみません!

 幅6mもある道がこんなにまっすぐ続くのは、お城としては珍しいんですって。私はふうふう言って上ったけれど、TOKIKOさんはじめオフの面々は涼しい顔で上っちゃうに違いない。あの愛宕神社の4倍程です。

投稿: Tompei | 2011/05/30 16:31

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