第29回お江戸オフ≪神楽坂界隈≫
パソコン修理のためにアップできなかった10月1日のお江戸オフの記事です。今更感いっぱいにつき、手短にまとめます。
大江戸線「牛込神楽坂」駅A2出口13時集合→①光照寺 →(地蔵坂) →②善国寺(毘沙門天) →(大手門通り)→ ③若宮八幡宮 →(小栗横丁、神楽坂見番)→ティータイム「神楽坂茶寮」 →④寺内公園(行元寺跡)→ (兵庫横丁<石畳>、三年坂) →⑤筑土八幡神社 →⑥小石川後楽園→18時~宴会「ラ・カシェット」
(新宿区観光協会の散策マップを参考にして、神楽坂の横丁をくまなく歩きました)
神楽坂といえば、粋な花街というイメージですが、石畳の狭い路地には今もなおその風情が残っていて、ほかの繁華街とは一線を画しています。坂道であることが独特の雰囲気を高めている印象。一見さんお断り風の高級料亭から若者向け居酒屋まで、飲食店が立ち並び、ぶらぶらするより飲み食いしたい街でした。
江戸の寛政年間に毘沙門天の善国寺が馬喰町から移ってきてから門前町として栄え、後に岡場所として発展、これが花街の原型となりました。大正の最盛期には700人もの芸妓が在籍していましたが、現在は30人程が花街神楽坂を支えています。
①光照寺
この一帯は戦国時代に地域の領主・牛込氏の居城があった場所。光照寺は江戸初期に神田から移転してきました。
この光照寺の前に「新暦調御用所(天文屋敷)跡」の説明板(写真右)があります。明和2年(1765)、当時使われていた宝暦暦の不備を正すために設置された天文台で、その後、天明2年(1782)に鳥越に移転しました。
②善国寺(毘沙門天)
寛政5年(1793)に現在地に移転して以来、「神楽坂の毘沙門天」として江戸庶民の信仰を集めました。神楽坂はこの門前町として発展し、明治・大正期には山の手随一の繁華街となり「山の手銀座」と呼ばれました。
毘沙門天信仰から虎を重視したため、狛犬の代わりに石虎が鎮座しています。
③若宮八幡宮
源頼朝が奥州藤原氏征伐の際、当所で下馬宿願し、奥州平治後に鎌倉鶴岡の若宮八幡を分社したと言われています。
・「神楽坂茶寮」でティータイム
こちらのブログでこのお店を知って以来、行ってみたいと思っていました。30分程待って、さんざん迷って注文したのが「黒洲きな粉のくずもち」。美味しかった!
④寺内公園(行元寺跡)
この一帯には鎌倉末期から行元寺という寺があり、本尊の千手観音像は太田道灌や牛込氏に信仰されていました。行元寺が明治40年に西五反田に移転した後、跡地は「寺内」と呼ばれ、花街として賑わいました。
⑤筑土八幡神社
起源は古く、平安時代までさかのぼると伝えられています。文明年間(15世紀後半)に当地を支配していた上杉朝興が社殿を作り、この地の鎮守としました。
石段の途中にある石造鳥居は新宿区最古の鳥居(享保11年建造)。珍しい二猿の庚申塔(寛文4年銘)、作曲家田村虎蔵の顕彰碑があります。
⑥小石川後楽園
時間が余ったので小石川後楽園まで足を延ばしたら、都民の日で無料開放されていました。後楽園は何度か訪れていますが、この季節は初めて。そこここに咲く鮮やかな彼岸花が目を引き、深まりゆく秋を満喫しました。
この後、神楽坂に戻り、おみやげに五十番の肉まんと不二家のペコちゃん焼きを買い求め、例のごとく宴会となりました。
以上、駆け足でざっと記録しました。お仕事をひとつ終えてほっとしています。ご一緒してくださったメンバーには1ヵ月遅れのTBを送らせていただきます。
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コメント
お疲れ様です。
その節はお世話になりました。
もう、1か月以上前になるんですね
投稿: ゆれい | 2011/11/10 19:57
もうひと月も経っていたのですね。
いつもながらお世話になりました。
毘沙門天は以前の職場のすぐそばで、
狛犬の代わりに石虎が鎮座していたとは気づかずにいました。
毎日のようにお参りしていたのに。(^_^;)
小石川後楽園は初めてだったのですが、都内とは思えないくらい素敵なお庭でした。
TBもありがとうございました。
投稿: 陶片木 | 2011/11/10 20:22
TBありがとうございました。
キチンと整理されてて、やはりTompeiさんが締めて下さらないとね^^
お疲れさまでした。
PCに不具合あるとテンション下がりますよね。その後サクサクですか?
投稿: 桜桃 | 2011/11/10 22:18
あの節はお世話になりました。
神楽坂楽しかったです~
街を歩くだけで興味津々、面白かったわ。
いつもいつも付いて歩くだけですが、お陰様で知らない世界を探検できて本当に刺激的。
またよろしくお願いします。
TBありがとうございました。
投稿: hicha | 2011/11/11 06:13
Tompeiさん
こんにちは!
拙ブログをご紹介くださり、
ありがとうございました。
本店のほうに行かれたのですね。
人気で、少しいつも待ちますよね。
でも、甘味がとってもおいしくて
お店の雰囲気もグー。
私もまた行きたくなりました。
神楽坂界隈、江戸情緒が残っていて
大好きです。
TB,ありがとうございました。
投稿: 雲母舟 | 2011/11/11 06:41
その節はどうもお世話になりました。
一か月以上経ってしまったのに、さすがよくまとめられた記事で素晴らしいです^^
そういえば、小石川後楽園は江戸検に出なくてちょっとがっかりしました(笑)
投稿: ぶんぶん | 2011/11/11 10:17
皆様、こんにちは。
こんな気の抜けた記事にコメントをいただき、ありがとうございます。
>ゆれいさん
あれから1か月以上経って、年賀状、お歳暮、クリスマスイルミネーションなどの話題が出るようになって焦っています(^^;)。何にもしなくても時間はどんどん過ぎていきますね。
>陶片木さん
神楽坂は閑静な料亭あり、賑やかな居酒屋あり、古いものと新しいものが混在しているところが魅力的ですね。あんなところで働いたら、夜な夜なあちこち寄りたくなりそう(^^)。
彼岸花が咲く後楽園、なかなかよかったですね。枝垂れ桜の季節にもぜひいらしてみてね。
>桜桃さん
記録帳のほうもずっと途絶えたままだったので気になっていましたが、とりあえず更新できてほっとしました。あっちももう少し手を加えたいんだけど、なかなかね(^^;)。
PCは普通に動いているけれど、どうも信頼が置けなくなりました。
>hichaさん
神楽坂の横丁探索は興味津々でしたね。階段のある狭い路地が気に入りました。カメラの被写体としても面白いものがたくさんありましたよね。今度はちょっと敷居の高そうなお店のランチに行ってみたいな。
>雲母舟さん
茶寮は1、2組しか待ってなかったのであまり待たずに入れそうに思って並びましたが、なかなか進まず、かと言って途中でやめるのも癪なので頑張って待ちました(^^)。落ち着く空間なので、みんな結構長居しちゃうんですよね。おばんざいセットも美味しそうだったので、次の機会には食べてみたいです。
>ぶんぶんさん
大名屋敷で出題されたのは、尾張下屋敷の戸山荘でした。今の戸山公園ね。まだ行ってないので(?)間違えました(^^;)。
江戸検はもういいやと思っていますが、お江戸歩きはまだまだこれからですね。
投稿: Tompei | 2011/11/11 12:47