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2012/05/28

長州紀行(その9)壇ノ浦と源平合戦

 長州紀行に戻ります。ようやく3日目。5月3日、連休初日でもあり、下関の海峡まつりでもあり、道路が渋滞する前に下関入りするべく、7時に湯田温泉のホテルを出発しました。

<みもすそ川公園>

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 やってきました、壇ノ浦! みもすそ川公園の源義経・平知盛像です(手前にタッキーほかの手形とサインあり)。ガイドブックなどでよく見るこの景観を目の前にして、下関まで来たことを実感しました。海の香りを含んだ風が気持ちいい!

Img_1617 壇ノ浦は関門海峡の最も狭い海域で、源平合戦と幕末の下関(馬関)戦争の舞台になった場所。義経・知盛像の隣りには砲台のレプリカがあります。かつてこの場所に長州藩の砲台があり、列強4国と戦いました。壇ノ浦の上に関門橋がかかり、下に関門トンネルが通っています。

 車は公園近くの関門トンネル人道口に駐車して、バスで唐戸まで行き、下関の中心部を見物しました。この記事では源平合戦ゆかりの地を記録します。

<赤間神宮>

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 平家一門とともに壇ノ浦に入水した安徳天皇(数え年8歳)を祀る神社で、明治維新までは阿弥陀寺というお寺でした。第二次大戦で社殿を焼失し、昭和40年に龍宮城をイメージした水天門などの新社殿が完成しました。孫の安徳天皇を抱いて海に身を投じた二位の尼(平清盛の妻・時子、大河では深田恭子)が「浪の下にも都の候ぞ」と言ったという伝説に由来しています。

 この日は「先帝祭」という年に1度のお祭り。安徳天皇の命日(つまり平家滅亡の日)5月2日に合わせて行なわれる神事で、3日には「上臈参拝」というメインイベントがあります。これは、壇ノ浦合戦で生き残った平家の女官たちが遊女に身を落としながらも毎年安徳天皇の命日に参拝したことにちなんだ行事で、上臈姿の女性が稚児や官女を引き連れて参拝します。

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 境内には上臈参拝のための「天橋」が架けられ、水天門前ではすでにかなりの人が場所取りをしていました。ちなみに、この日は境内に入るのに入場料500円がかかり、先帝祭のうちわをもらえます。上臈参拝を見てみたいけれど、ここで数時間も時間を費やすわけにはいきません。参拝した後、平家一門の七盛塚と「耳なし芳一」像に手を合わせて赤間神宮を後にしました。

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<海峡まつり>

 5月3日は「下関海峡まつり」のクライマックス「源平まつり」が行なわれ、下関が1年で1番賑わう日。源平武者行列や船合戦、上臈道中、市民各団体による総踊りなど、いろいろなイベントがあるので、中心部は車が渋滞し、観光客が押し寄せ活気づいていました。

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 行列をゆっくり見ている時間はなかったけれど、「源平や上臈を一目見たい」と右往左往して何とかカメラに収めました。順番に、信号待ちをする安徳天皇、勝鬨をあげる源氏一行、上臈道中(途中数回「外八文字」披露があるが見逃した)、市民総踊り。お祭りというものはやっぱり気分が高揚しますね。

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<和布刈(めかり)神社>

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 壇ノ浦をはさんで下関の対岸、門司側にある神社。九州最北端に位置します。社記によると西暦200年創建。壇ノ浦合戦の前夜、平家一門が勝利を祈願して、願文を奏上したと伝えられています。

 和布刈とは「ワカメを刈る」という意味で、毎年旧暦元旦の未明に三人の神官が神社の前の海に入り、ワカメを刈りとって神前に供える和布刈神事が行われます。昔読んだ松本清張の『時間の習俗』に出てきましたっけ。帰ってからひさしぶりに読んでみました。

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 海に向かって鳥居が立っていて、石段が海に続いています。和布刈神事の際はここから下りて行くんでしょうね。潮の流れが早く、今にも渦を巻きそう。潮流の音が大きく響いて、なんとも言えない雰囲気です。

<火の山展望台>

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 和布刈神社の脇から関門トンネル人道(「その10」参照)を歩いて下関に戻り、車で火の山展望台に上りました。なんと、源平船合戦の真っ最中ではありませんか! 見物人が大勢カメラや双眼鏡を向けていました。船合戦は時間の関係で見るのをあきらめていたので、これは嬉しい想定外。展望台から遥か壇ノ浦を見下ろしつつ、800年以上前の源平合戦に思いをはせました。

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 ズームで撮った写真をさらに拡大したら、源平の船が見えました。左の赤が平家、右の白が源氏。平家の御座船には先頭に知盛、屋根の下には安徳天皇や女性たちが見えます。一方の源氏の船には白い頭巾の弁慶とその隣りが義経ですね。

 混雑する海峡まつりを避けてスケジュールを変えようかとも考えましたが、年に1度のこの日に下関を訪れることができてよかったです。大河ドラマが『平清盛』の年に行かれたのも何かの縁と思います。

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コメント

幼い天皇を抱いて、海に身を投げるのは、深田恭子なのね!?可哀想に・・・think

今回の大河「平清盛」、天皇家のドロドロした家系図が分けわからなくて、面白くないな~と思っていましたが、これで少し興味が湧いてきました。

歴史の現場を見る旅も、歴史を良く知っていれば、迫力があって良いものでしょうね~

投稿: Nawo | 2012/05/29 00:43

>Nawoさん

 こんにちは。

 私も大河「平清盛」から半落ち状態です(^^;)。いまひとつわかりにくくて感情移入しづらいですよね。壇ノ浦合戦は清盛の死後のことなので、ドラマではあっさり処理されそうですけど、それなりに期待しています。

 昨年は関ヶ原、今年は壇ノ浦と歴史的な合戦場を見られて自己満足しています。話題が出た時、イメージが思い浮かぶのが嬉しいです。

投稿: Tompei | 2012/05/29 10:34

壇ノ浦ってそこにあるんだ…ぐらい歴史がダメな私なので(これは地理だろうの突っ込みはヨシテ)、あまりコメントができませんが…
丁度お祭りの時に行けるなら、見なきゃ損ですよ~

投稿: ゆれい | 2012/05/29 10:38

私も早々と大河ドラマから落ちてしまいました。
暮れの総集編ダイジェストで観ようかと。
時子役は深田恭子なのですね。
ちょっと自分が持つイメージと違っていますが、海に飛び込むシーンだけはなんとなく見たい気分^^;

でも、本当にいい時に行かれましたね~。

赤間神宮は江の島神社とちょっと似ていてびっくり!

投稿: ぶんぶん | 2012/05/29 14:12

ゆれいさん、ぶんぶんさん、おはようございます。
青空いっぱいの気持ちよい朝ですね。

>ゆれいさん

 実は私も、関門橋の下が壇ノ浦という認識はありませんでした(^^;)。海峡のもう少しはずれにあるのかと思った。

 お祭りじゃなければ下関をもっと回れたとは思いますが、この日に行かれてよかったと思います。もともとお祭り好きなミーハーだしね。

>ぶんぶんさん

 あ、ぶんぶんさんも脱落ですか(^^)。ただでさえあの時代はややこしいのに、ドラマの作りが「わかる人だけついてくればいい」というスタンスですよね。今思うとタッキーの『義経』はキャストがよかったわ。

 江の島神社ってこんなだったかしら? 思えば長いこと行っていない。行ってみなくちゃ!

投稿: Tompei | 2012/05/30 07:21

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