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2012/05/10

長州紀行(その3)萩城址

 萩に着いて最初に向かったのは萩城。といっても、天守閣をはじめ、建物は何にも残ってなく、石垣と堀の一部が昔の姿をとどめているだけ。現在は「萩城跡指月公園」になっています。明治7年、棄城令によってきれいさっぱり取り壊されたそうな。明治政府は長州藩が支配していたのだから、自藩の幕藩体制の象徴をさっさと壊してしまったんでしょうね。

 右の写真の中央に見えるのが天守台。思いのほか小さめ。交通の便が悪い萩にこじんまりしたお城しか造ることを許されなかったわけで、毛利家や家臣の無念さが伝わってくるようです。関ヶ原の戦い以前は中国地方8カ国120万石を領し、広島城に本拠を置いていたのに、2カ国36万石に減封されたうえにこの萩城。打倒徳川の怨念を抱くのもわかるような気がしました。それが250年後に倒幕につながっていくのですから、歴史の流れは面白い。

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Img_1472 入口に毛利輝元の銅像があります。輝元は関ヶ原の戦い後、形式上は嫡男の秀就に家督を譲ったので、初代藩主は秀就になりますが、秀就はまだ子供だったため、実質的な藩主の座にあった輝元が萩城を築きました。

 萩城のジオラマです(城址前の「旧厚狭毛利家萩屋敷長屋」所蔵)。後ろの指月山は日本海に突き出ていて、お城の右側も日本海。下の写真は日本海側の汐入門跡とその辺りから見た景観。

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 公園内には志都岐山(しづきやま)神社があります。萩城解体後、毛利家ゆかりの有志が建立。祭神は毛利元就、隆元、輝元、敬親、元徳で、歴代藩主が祀られています。毛利家の一文字三つ星紋が目立ちます。

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 1日目の予定はここまで。この後、宿泊の萩本陣に向かいました。今回はANAのパックツアーを利用したため、宿泊地を決めると自動的に宿泊施設が決まるシステム。こちらの旅館は、お風呂がスーパー銭湯のようにいくつもあって充実していました。温泉といっても地下水を温めているようですけどね。

追記:萩の地図を貼っておきます。

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