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2012/06/12

長州紀行(その11)長府

 だらだらと続いたこの旅行記もようやく最終回です。

 下関から宇部空港に向かう途中、長府に寄りました。長府という地名は長門国の国府が置かれたことに由来し、江戸時代には長州藩の支藩・長府毛利藩5万石の城下町として栄えました。現在は下関市の一部。

 功山寺だけは何としても行きたいと思っていましたが、幸い、毛利邸と乃木神社も訪ねる時間がありました。練塀が続く城下町らしい小路をせかせか早足で歩くことになりましたけど。のんびり散策してみたい風情のある街並みでした。

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<功山寺>

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 鎌倉末期に創建された臨済宗の寺で、1320年建立の禅宗様建築の仏殿は国宝に指定されています。文久3年(1863)の八月十八日の政変で京都から追放された7人の公家のうち5人が翌年、この寺の書院に2ヶ月間潜居。同時期、高杉晋作は俗論派(幕府に恭順しようとする保守派)打倒のためにここ功山寺でクーデター(回天義挙)を起こしました。

 長州藩のこの時期の内乱は幕末の歴史の中でもとくにわかりにくい部分ですね。高杉晋作が死を覚悟の上で挙兵した場所、しかも国宝ということで訪ねたかったんです。さほど広くはないけれど、歴史を感じさせる静かなお寺でした。

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<長府毛利邸>

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 長府毛利家最後の藩主、14代の毛利元敏が晩年、東京から長府に戻って建てた邸宅。明治36年完成。明治天皇の行在所(旅先における仮宮)としても使われました。庭園の新緑が美しかった。

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<乃木神社>

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 明治の陸軍大将、乃木希典を祀った神社。希典は江戸詰の長府藩士の子として江戸の上屋敷(今の六本木ヒルズ)に生まれ、10歳の時、長府に転居しました。16歳で家出をするまで住んでいた住居が境内に復元されています(下の写真右)。そもそも、まずこの旧家が復元され、その5年後に乃木神社が造営されたとのこと。ちなみに、家出後は親戚である萩の玉木文之進宅(「その5」参照)に身を寄せ、明倫館で学んでいます。遺品などを展示した乃木記念館あり。

 乃木神社はこのほか、別邸があった那須、京都の明治天皇陵の近く、自刃した東京・赤坂の邸宅の隣地など、複数あります。この旅行の直後、赤坂の乃木神社に行く機会がありました(こちらの記事)。

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 これにて旅行記は終わり。2泊3日にめいっぱい詰め込んだ充実した旅行でした。とは言え、記録を書いていると、見逃した場所にいくつも気づき、下調べの甘さを反省することしきり。簡単に再訪できないのがつらいところです。

 長州を旅したからといって、ややこしい幕末維新の歴史がたちどころに理解できるようになったわけではありません。でも、萩の不便さ、城址の小ささ、関門海峡の狭さなどを実感し、吉田松陰、桂小五郎、高杉晋作たちの生まれ育った地に立って空気を感じられたことは意味のあることでした。

 長々と読んでいただき、ありがとうございました。旅行記を書き終えたら、次の旅を計画したくなりました。予定はないけれど。薩摩、土佐、会津、行きたいところは多々あります。京都はいつも私を呼んでいるし……。次の旅行記を書ける日が早くやってきますように!

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コメント

記事アップ、お疲れ様でした。

Tompeiさんの場合、本当によく歴史のことを調べて書きあげていらっしゃるから、これだけ書きあげるのは大変だったと思います。

でも、書くことで記憶にも残るしどなたかの旅行にも役立つし良いことづくめですよね^^

>とは言え、記録を書いていると、見逃した場所にいくつも気づき、下調べの甘さを反省することしきり。簡単に再訪できないのがつらいところです。

そうなんですよね~。
私もいつもそう思います。

投稿: ぶんぶん | 2012/06/12 15:29

記事終了、おめでとうございます。
え?2泊3日だったんですか?…って何度も突っ込みたくなる中身の濃さなんですけど~

私は遠くて行ったことのない土地なので、いいな~と思いつつも歴史的な知識の乏しさから、コメントもできず、ちゃんと読ませてはいただいてたのですが…

もし、訪れる機会が持てたら、参考にさせていただきます。ご苦労様でしたshine

投稿: ゆれい | 2012/06/12 15:54

ぶんぶんさん、ゆれいさん、おはようございます。
曇り空だけど、涼しいから楽ですね。
いつもコメントありがとうございます。

>ぶんぶんさん

 そう、旅行の計画には地元の観光サイトはもちろんだけど、個人のブログがかなり参考になりますよね。

 今回の大きな見逃しは、萩の毛利元就の墓所と、赤間神宮の安徳天皇陵。すぐ近くまで行ったのに残念すぎる。事前チェックが甘いのよね。ランチを食べる場所はぬかりなく探すのにsweat01 毎回反省するのにダメダメです。

>ゆれいさん

 2、30年前に一時、萩・津和野がブームになりましたよね。だから津和野にも行ってみたかったけれど、結構離れているので断念しました。2泊3日ではこれが限界…って、十分かcoldsweats01

 私なんて、行ったことのない土地にはあまり興味が湧きません。写真だけでも見ていただけたら、まして文章を読んでいただけたら、感謝感激です。

投稿: Tompei | 2012/06/13 07:26

練塀の小路と毛利邸のお庭がすごく素敵ですね。
前の大河の「龍馬伝」の時に吉田松陰、桂小五郎、高杉晋作たちが登場したでしょう?そんな事を思い出しました。

今回のコースは、私が結婚することが決って、家族と叔父や叔母も一緒に最後のファミリー旅行に行った地だったの。萩焼を記念に買って帰りました。思い出して、西長門のホテルを検索してみましたけど、その頃は最先端のリゾートホテルも古びたようでした。何だか、懐かしくもあり、月日の流れを感じたりしました。

もっと真剣に興味を持って観ておけば良かったな~と悔やまれます。行った記憶がぼんやりあるのですが、駄目ですね。
遠くて行きづらい所ですけど、いつか行けたら、Tompeiさんの旅行記を参考にさせていただきますね。
ありがとうございました。

投稿: Nawo | 2012/06/13 10:36

楽しませてもらいました!

それにしても、これだけ予習復習しても下調べの甘さと反省するその姿勢にびっくりするやら(笑)頭が下がるやら。

私の旅行のアレンジもお願いしたい。
というか、ぜひ、お江戸オフ旅行も俄然決行したくなってきました。

その前に、自分の旅行記あげなくちゃdash

投稿: 桜桃 | 2012/06/13 13:44

Nawoさん、桜桃さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>Nawoさん

 まぁ、そうだったんですか!(^^) 記念すべきご旅行を思い出していただけてよかったです。西長門のホテルって鴨川グランドホテルの系列ですよね。鴨川には昔、家族で何度か行ったので、パンフレットなどで見てあこがれていました。海の色がきれいだったでしょう? 残念ながら、今回はあそこまで回る時間がありませんでした。そうそう、数年前、夫と鴨川に行ったら、ホテルが古びていて、月日の流れを感じました(^^;)。

 いつかご主人とお二人で山口にいらっしゃれるといいですね。

>桜桃さん

 だって、安徳天皇陵に行かなかったなんて、不覚も不覚。天皇陛下もいらしたのに……。っていうか、洩れがあるのが悔しいじゃない;;;

 お江戸オフ旅行、いいねいいね! 手始めに日光とか会津とか水戸とか近場から行ってみたらいいかも。

 あ、パリ、まだでしたね。忘れてませんよ~。

投稿: Tompei | 2012/06/13 18:15

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