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2012/06/06

長州紀行(その10)下関・門司

 5月中に終えたいと思っていたのに、6月になってしまいました。薄れゆく記憶をたどりながら、あと2回程書きたいと思います。

<唐戸市場>

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 下関と言えば、ふぐ、もとい「ふく」。下関では濁らずに「ふく」というそうな。春帆楼は無理にしても、どこかカジュアルな専門店でふぐのコースを食べたかったけれど、時間に余裕がなく断念。港の唐戸市場でふく汁とふくのお寿司を食べました。まだ8時半前なのに、市場の中は観光客でごった返し、席を確保するのも一苦労。市場の雑踏の中で食べたふく汁とお寿司の味は忘れられません。また食べたい!

<春帆楼・日清講和記念館>

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 下関港から程近い、赤間神宮に隣接する高台に「春帆楼」という割烹旅館があります。伊藤博文が命名し、日清戦争講和会議(1895年)の会場に決めた由緒ある旅館で、講和会議の際、彼がふぐを食べることを許可したと言われています。ゆえに、ふぐ公許第一号。ちなみに、ここに泊って、ふぐ料理を食べると1人35000円程……ちょっと気合いが要りますね。

 講和会議が行なわれた部屋を再現し、関係資料を展示した記念館(上の写真)が春帆楼の敷地内にあります。下の写真は、記念館横の伊藤博文、陸奥宗光の胸像と、講和会議時に中国の李鴻章の宿舎に使われた引接寺。

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<下関と坂本龍馬>

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 下関は坂本龍馬が半年ほど暮らした土地です。春帆楼の近くにあった本陣・伊藤邸の一室で慶応3年(1867)2月からお龍さんと暮らし、ここから上洛して暗殺されました。つまり、龍馬の「終の棲家」です。現在は「本陣伊藤邸跡」の碑(写真左)があるのみ。

 近くにはかつて遊郭として賑わった稲荷町がありました。龍馬のほか、高杉晋作や伊藤博文も出入りしたとか。今はまったく面影がありませんが、稲荷町の名に由来する小さなお稲荷さんが残っています。このほか、龍馬が下関に来て最初に訪ねた入江邸跡も探し当てましたが、立て看板だけなので写真は省略。

<亀山八幡宮>

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 下関の氏神様。大きな石の鳥居をくぐって石段を上がった高台にあります。

Img_1651_3Img_1652 ここには幕末、砲台が置かれました。久坂玄瑞の指揮によってこの亀山砲台から砲弾が発射され、馬関戦争の火ぶたが切られた、と案内板に書いてあります。でっかい「ふく」の像がありました。

<下関の洋風建築>

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 1900年完成の南部町郵便局。今も現役の郵便局です。その向こうに見えるのが旧秋田商会ビル。このビルは内部を見学できます。 一番の目玉の英国領事館は残念ながら工事中でした。

<関門連絡船>

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 唐戸界隈を散策して、海峡まつりを見物したら、ちょうどお昼頃になりました。ここから3キロ程離れた下関駅周辺にもいろいろ見所がありますが、車を置いてきたのでパス。連絡船で門司に渡りました。所要時間5分。水しぶきを上げてびゅんびゅん飛ばします。あっという間に門司港に到着。

<門司港>

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 九州最北端の街、門司です。明治初期に開港した門司港周辺には明治から大正にかけて造られた建物が残り、かつて賑わった港町の残り香が漂っています。その中にそそり立つ高層ビルは門司港レトロ展望室(写真左)。

 大正3年(1914)に建てられた門司港駅(写真右)はネオ・ルネッサンス様式の木造駅舎で、国の重要文化財に指定されています。関門トンネルが開通するまでは九州の鉄道の玄関口でした。ちなみに、まもなく復原工事が終わる東京駅丸の内駅舎ができたのも同じ大正3年。どちらも気品と風格があり美しい。

<旧門司三井倶楽部>

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 大正10年に三井物産門司支店の社交倶楽部として建てられ、国鉄の所有を経て、北九州市に譲渡され、平成初めに現在地に移築されました。ヨーロッパ伝統の木造建築で、内装はアールデコ調の装飾が施されており、往時の門司の繁栄を垣間見ることができます。重要文化財指定。

 大正11年にアインシュタインが宿泊した部屋が当時の状態で2階に展示されています。アインシュタインが門司に宿泊、しかも一企業の社交倶楽部に滞在……時代がしのばれますね。

 ここに入った目的は焼きカレー。1階がレストランになっていて、門司名物「焼きカレー」を食べられます。その待ち時間にアンイシュタインの部屋を見学したようなわけで……。ま、カレードリアという感じかな。バナナが入っていましたよ。門司港はバナナのたたき売り発祥の地なので、バナナ関連のものがたくさんあります。

<関門トンネル人道>

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 食事の後、門司に渡った第一目的の和布刈神社(「その9」参照)に向かいました。ここはタクシーを奮発。時は金なり、ですからね。そして、神社参拝後、関門トンネル人道を歩いて下関に戻りました。

 関門トンネルは3ルートあり。JR在来線が通る関門鉄道トンネル、新幹線が通る新関門トンネル、上が自動車道、下が人道の2重構造になっている関門国道トンネル。人道は地下55~60mまでエレベーターで下りて約800m歩きます。歩行者は無料、自転車やバイクは20円。のんびり歩いて15分弱で下関側に到着。広くはないけれど、思ったほど圧迫感はありませんでした。

 この後、下関の人道口に駐車したレンタカーで火の山展望台に向かったわけです。実は、ここに長時間駐車してはいけなかったらしい。そういう注意書きにこの時気づきました。すみません、7時間以上駐車してしまいました。ここに駐車できたおかげでこの日のスケジュールをこなせたので、海峡まつりに免じてお許しください。お祭りでなければ、高速専用の関門橋を走りたかった!


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