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2012/10/27

広島旅行(その5)宮島・厳島神社

 10月14日。旅行3日目、早くも最終日です。この日は朝から夕方まで宮島で過ごし、広島19:20発の飛行機で帰京の予定。

 厳島神社は潮の干満によって景観が変わります。旅行前にこの日の潮の状況を調べたら、
  満潮時刻  8:36  潮位 329cm
  干潮時刻 14:46  潮位  62cm
干満の差が大きい大潮の日でした。
  厳島神社が海に浮かんで見える潮位  250cm以上
  大鳥居の根元まで歩いて行ける潮位  100cm以下
これを両方クリアしていて、時間的にも理想的な日だったのです。これはもう両方とも見るしかない! そのために帰りの飛行機を1便遅らせたうえ、9時半頃までに厳島神社に着くためにホテルを8時に出ました。

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 宮島に渡る前に寄らねばならない場所がありました。JR宮島口駅前の「うえの」という、あなごめしのお店です。宮島名物「あなごめし」発祥のお店で、明治34年に駅弁として売り出したのが始まり。現在はお店でも食べられますが、いつも順番待ちの列が絶えないそうな。お弁当は9時から販売しているとガイドブックで知り、待たずに入手するために前日予約を入れておきました。お昼に食べたお弁当を一足早くアップ。1470円也。

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 いよいよ厳島神社。日本三景の一つで世界遺産、日本屈指の観光地です。これは連絡船から撮った写真。連絡船はJRと広電2航路ありますが、JRのほうが大鳥居に近づきます。

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 鹿くんのお出迎え。宮島には野生の鹿がたくさんいます。おとなしそうに見えて、実は観光客の食べ物を狙う油断ならないヤツ。鹿のためにもエサをやってはいけないそうです。

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 宮島は古代より島そのものが神として信仰の対象とされてきたとされ、6世紀末に土地の有力豪族が社殿を創建したと伝えられています。平安末期、平清盛が平家一門の繁栄を願って、莫大な私財を投じて厳島神社の再建に着手しました。大鳥居を建て替え、美しい寝殿造りの海上社殿を造営して、荘厳華麗な姿に蘇らせます。その後、2度の火災で全てを焼失し、現在の社殿は1240年以降に造営されたもの(本社本殿は1571年建築)。台風や高潮の被害を受けるのは宿命的であり、そのたびに大規模な修復を行なって維持しています。主要な建築物すべてが国宝または重文指定。

 海上の大鳥居は平安時代から数えて8代目で、明治8年に再建されました。支柱には樹齢500年の楠が使われ、海中に置かれているだけで、総重量約60トンの自重で立っています。

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 この日の夜、放映された大河ドラマには清盛がこの厳島神社でロケをした場面がありました。後日、録画したものを見ましたが、絶妙なタイミングが嬉しい。NHKのサイトからその画像を持ってこようとしたら、当然ながらガードがかかっていました。

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 まだ10時頃なのに、観光客は大勢いるわ、結婚式の新郎新婦はいるわ、境内は賑やかで厳かな雰囲気はありません。ご朱印をいただいたら、「ご朱印帳には名前を書いておいたほうがいいですよ。書きましょうか?」とわざわざ書いてくださいました。

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 大鳥居をくぐる観光船があるんですね。ということは、大鳥居周辺はまだそれなりの水深があるようですが、能舞台のあたりはだいぶ水が引いてきました。大潮なので引き潮が速い。

 そして、およそ4時間後の午後2時過ぎの景観が下の写真。大鳥居はすっかり地上に出ています。(途中の4時間あまりの行動は次の記事へ)

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 ぬかるみの浅い場所を選びながら、大鳥居に接近。ついに大鳥居をくぐりました。根本の海水につかる部分にはフジツボがぎっしりついています。柱はそれぞれ1本の太い幹であることがわかりますね。

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 鳥居に書いてある神社名の表記が表裏で違います。表の海側は「嚴嶋神社」、裏の陸側は「伊都岐島神社」。厳島は古来、神を斎(いつ)きまつる島という意味で「伊都岐(いつき)島」と称されていましたが、清盛の時代に造営された際、「嚴嶋」になったそうです。

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 神様がおわします神聖な海に人間がずかずか入っていき、一気に俗世間になってしまいました。でも、これがなんともエキサイティングで楽しい経験でした。歩けてよかった。

 土台まで露わになった厳島神社はちょっと間が抜けた印象でしょう? 地面の緑色は海藻。巻貝などの小さな生物が蠢いていました。

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<追記>

 広重の「六十余州名所図会」の「安芸 厳島祭礼之図」。鳥居の扁額には「伊都岐島大明神」と書いてあります。

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コメント

さすが、あなごめし。抜かりない(爆)
私は夜屋形船で鳥居の下をくぐったのですが、それはもう幻想的で良かったです。参拝の時は干潮で鳥居の下へ行こうと思えば行けたけど、そこはツアーの悲しいところで団体行動。
もう一度行きたくなっちゃったわ~^^;(お好み焼きとあなごめしに悔いが…)

投稿: ぶんぶん | 2012/10/27 15:28

なんだかすべてに抜かりがないですね~
ベストの日にちに、一日がかりですべてを堪能。
素晴らしすぎて言葉も出ない、、、
こうやって見ると、鳥居の大きさにびっくりです。
素敵なレポートありがとうございました。

投稿: hicha | 2012/10/27 16:58

すごいですね~
たまたまなのに大潮と言う運の良さ…
お江戸の神様たちのご加護かしら?
まあ、確かに海にあってこその厳島神社なのね…とは思いますが、素晴らしい体験ですよね。
レポありがとうございます~happy01

投稿: ゆれい | 2012/10/27 17:07

ぶんぶんさん、hichaさん、ゆれいさん、さっそくコメントをいただき、ありがとうございます。

>ぶんぶんさん

 あなごめし、次の記事で書くけど、美味しかったですよ~(^^)。友人が「これは絶対食べてみたい」と話に乗ってくれ、お店に電話をかけてくれました。

 ぶんぶんさんは宮島に泊ったんですよね。夜ライトアップされた大鳥居も見てみたいな。屋形船からなんて最高ですね!

>hichaさん

 お江戸と違って、抜かりがあってももう行かれないかもしれないから、真剣でした。でもやっぱり、抜かりはありました;;;

 大鳥居を歩いてくぐれたのは今回の旅で一番の思い出です。

>ゆれいさん

 いい季節、いいお天気の大潮の日に行かれてよかった。韓流コンサートのおかげです(^^;)

 清盛様が造った厳島神社を堪能できたので、残りの大河はちゃんと見ようかな~。

投稿: Tompei | 2012/10/27 18:33

水につかっている部分はこんな感じなのですね。
ホント巨大な鳥居にびっくりです。

歩いて渡ったのは貴重な体験でしたね。
うらやましい!
鳥居の裏表で表記が違うのも驚きでした。
厳島神社の文字は、厳島のこの文字だけかと思っていたら伊都玖島神社っていうのも驚きでした。
どういう意味合いを持って表裏違う文字を使っているのでしょう?

お天気もよく、計画通り見学できてよかったですね。
私もお写真で初鳥居の足下を見られてうれしかったです。(*^-^*)

投稿: 陶片木 | 2012/10/27 21:03

下調べが行き届いているのはさすがですね。
行き当たりばったりの我が家とは大違いです。
私も水に浮かんだ神殿の姿をちゃんと見たかったです。

投稿: なおくん | 2012/10/27 21:38

陶片木さん、なおくんさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>陶片木さん

>どういう意味合いを持って表裏違う文字を使っているのでしょう?

 陶片木さんのこの疑問により、間違いが発覚しました! すでに本文は訂正してありますが、伊都玖ではなく伊都岐。厳島は昔々、伊都岐(いつき)島と呼ばれていたそうです。「岐」のくずし字が読めなくてググったら「玖」と書いてあるサイトがあり、そのまま写してしまいました。単に字を変えているだけかと思った。

 おかげさまで間違いを訂正できたうえ、伊都岐の字から「厳島」の名の由来までわかりました。ちなみに、表側の「厳島」は旧字の「嚴嶋」でした。私って、本当にいい加減。どうもありがとうございました。

>なおくんさん

 いえいえ、たまたま宮島のサイトを見ていたら、潮見表が出ていたので、潮の干満がポイントであることがわかったのです。

 広島は関西からだとそんな遠くないし(東京からほど)、また訪問できる機会もありそうですね。

投稿: Tompei | 2012/10/28 10:14

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