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2012/10/17

広島旅行(その2)広島市内

 10月12日。羽田12時発のANA677便で広島に飛び、リムジンバスと路面電車を乗り継いで、15時前に宿泊先の三井ガーデンホテルに着きました。チェックイン後、まもなく出発。この日の予定は、広島城、原爆ドーム、原爆資料館を見学して、18時半に夕食の予約あり。資料館は18時閉館なので、17時には入りたいところです。

 路面電車・広電が走る広島の街はなつかしい感じがして好ましい。が、ちんたら走る電車をじれったく感じてしまう。先を急ぐので、広島城までタクシーを使いました。

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 広島城、別名鯉城(だから、広島「カープ」なんですって)。現在の天守閣は昭和32年に復元されたもの。戦国末期、中国地方の大半を支配した戦国大名・毛利元就を継いだ孫の輝元が築いた旧天守閣は原爆で倒壊しました。爆心地から1キロ程。

 関ヶ原の戦い後、敗れた毛利氏は萩に移され、代わって東軍の福島正則が入城。しかし、福島氏はわずか19年で芸備二国を没収され、その後、和歌山の浅野長政が広島の領主となり、明治の版籍奉還まで約250年間、浅野家が城主を務めました。

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 復元とはいえ立派な天守閣を見たら、GWに訪ねた萩城址の小ささを思い出し、あらためて毛利家の無念さが察せられました。そして、原爆で街のシンボルを壊された広島の人々の無念さも……。天守閣内部は資料館になっていて、最上階から市内を展望できます。

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 原爆ドームに向かう道すがら、美しいうろこ雲に見とれて何度も立ち止まりました。金木犀が香るこんなよい季節に広島に来られてよかった。

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 原爆ドーム。煉瓦は崩れ落ち、鉄骨はひしゃげ、壁面には黒い線が残っています。広島の中心部の雑踏の中でここだけ空気が違う。映像や写真でおなじみの場所なのに、現場に立って初めて知ったような気がしました。言葉をなくし、胸がしめつけられ、ただ手を合わせるのみ。手前の石碑に書かれた文章を引用しておきます。

昭和20年8月6日、史上はじめての原子爆弾によって破壊された旧広島県産業奨励館の残骸である。 爆弾はこの建物のほぼ直上約600メートルの空中で爆発した。その1個の爆弾によって20万をこえる人々の生命が失われ、半径約2キロメートルに及ぶ市街地が廃墟と化した。この悲痛な事実を後世に伝え、人類の戒めとするため、国の内外の平和を願う多数の人々の寄金によって補強工事を施し、これを永久に保存する。

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 平和記念公園の原爆死没者慰霊碑。碑文は「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」。アーチの中央に平和の灯と原爆ドームが直線に重なるようになっています。

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 ここまででかなり気が滅入りましたが、資料館を見学したら追いうちをかけられました。音声ガイドのうち、吉永小百合さんの朗読による「遺品は語る」などのコーナーがとりわけつらかった。子供や学生の遺品が多いのでたまりません。途中からだいぶ端折ってしまいました。修学旅行生や外国人を含めて、かなりの見学者がいましたが、館内はしいんと静まりかえっていました。出口を出るまで、友人とも一言も交わさず。見学後、もう一度慰霊碑に手を合わせました。

 日本はなんとか平和を保っているけれど、世界にはいま現在も紛争中の国々があって、その犠牲になっている庶民が大勢いるんですよね。人間は懲りない。愚か。

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Img_2392 慰霊碑の次がこんな写真ですみません。気を取り直して、夕食のお店に向かいました。ネットで調べて予約を入れた「人有喜 蔵」。評判がよく、ホテルに近くて便利なので選びましたが、ここが大正解。ちょっと高級な居酒屋といった風情で雰囲気もよく、お料理も美味しく、コストパフォーマンスもよかった。注文したもの――お造り盛り合わせ、豆腐の味噌漬け、里芋のころころコロッケ、牡蠣の朴葉味噌、豆腐と茄子の揚げ出し、銀杏、稲庭うどん。ビール1本、熱燗1合。


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コメント

かなり、過密なスケジュールだったのですね。

原爆ドーム…写真で見るだけだと、芸術的な建物なんですが、実際には悲惨な傷跡が残ってるのですね。

投稿: ゆれい | 2012/10/17 16:55

>ゆれいさん

 ま、お江戸オフの広島版と思っていただければ…(^^ゞ

 「この建物だけが原爆を知っている」ということが実感できました。見られてよかったと思います。

投稿: Tompei | 2012/10/17 19:26

原爆ドームは、時間が無くて行く事が出来なかった場所です。
でも、広島に行って、ここに寄らないのは明らかに片手落ちですよね。
近い内にまた行ってみたいと思っているところです。

投稿: なおくん | 2012/10/17 20:17

私も原爆ドームは何度もテレビで目にしていましたが、実際現場に立つと、本当に悲しく辛い思いになりました。
人間て愚かですよね。

夕食はさすがですね!
この旅行企画もTompeiさんが全て考えたのかな?
この先、あちこちから依頼されたりして(^^)

投稿: ぶんぶん | 2012/10/17 21:30

なおくんさん、ぶんぶんさん、コメントありがとうございます。

>なおくんさん

 原爆ドームは楽しい場所ではないけど、日本人として一度は行っておくべきかと思います。外国人旅行者もたくさん見かけました。Hiroshimaは人類の負の遺産ですね。

>ぶんぶんさん

 不謹慎にも、見るまでは他の観光名所と同じような意識だったけれど、全然違いました。見るというより、あの場に立って感じることが大切ですね。

 こういう性格なので自分が楽しむためならトコトン研究します(^^ゞ。今はネットがあるので、何かと便利。路線情報、食べログなどおおいに活用しました。

投稿: Tompei | 2012/10/18 10:03

うろこ雲、金木犀の香り・・・秋の空気と香りが伝わって来ました。
原爆ドームのお写真は、涙が出ちゃいます。

まだ行ったことの無いので、広島はぜひ行かなくてはいけませんね~

厳島神社もますます行ってみたくなっています。

投稿: Nawo | 2012/10/18 10:19

>Nawoさん

 こんにちは。コメントありがとうございます。

 写真だけで涙が出るとなると、資料館はたいへんなことになりそうです。普通の感覚では目をそむけたくなるものばかりですけど、知ることが大切と思って堪えました。

 厳島神社は日本三景と言われるだけのことはあります。機会があったら、ぜひいらしてくださいませ。

投稿: Tompei | 2012/10/18 15:07

高校の修学旅行が広島でした。
お気楽モードで入ってそのまま身体が硬直しました。
残された遺品の数々、人が溶けたあとなど17歳の私には衝撃が大きかったです。

もしもどこかで観ることができたら、朗読劇「この子たちの夏」をご覧になってください。
親たちの哀しい声で溢れています。

秋の空ですね。
毛利のお殿様は萩に行き、萩でお抱えの陶工を置き、萩を陶器の地にしてくれました。
毛利のお殿様が萩に行かなかったら、広島が陶器の地になっていたかもしれないですよね。

投稿: 陶片木 | 2012/10/18 20:01

>陶片木さん

 修学旅行でいらしたんですね。それは衝撃的だったでしょうね。平和教育にはよいと思うけど。

 「この子たちの夏」、恥ずかしながら初耳です。機会があったら観てみます。でも、内容を想像するだけで心が痛い。

 萩の町は毛利の城下町になったことで産業、文化、教育、いろいろな面で豊かになったはずです。陶片木さんが萩焼の講習を受けられたのも、毛利が萩に追いやられたおかげですね(^^)。

投稿: Tompei | 2012/10/19 06:50

原爆ドームを生で見たのは社会人になってからでしたが、今まで教科書などで何度も見ていたにもかかわらず 言葉を失いました。

今広島は牡蠣の時期ですかね^^
美味しそうなお料理にじゅるり♪

投稿: みるきい | 2012/10/19 19:22

>みるきいさん

 原爆ドームを見るまでは他の観光スポットと同じような感覚でとらえていたけれど、全然違いました。

 そのうち牡蠣の写真も登場するのでお楽しみに! まさに「じゅるり」という感じでしたよ(^^)

投稿: Tompei | 2012/10/20 01:39

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