« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »

2012/11/27

百種接分菊

 昨日の荒天から一転、今日は青空が広がる好天です。最近の天候はめりはりがありすぎますね――急な冷え込み、どしゃぶりの雨、晴れ渡る青空。そのせいか、紅葉は例年になくきれいに色づいているようで、近所の街路樹や庭木にも目を奪われます。

 三連休の中日に"わが家の庭"「神代植物公園」に行ったら、百種接分菊が展示されていました。歌川国芳の浮世絵でおなじみのこの菊の実物を見たのは初めて。1本の台木に多数の菊を接ぎ木して同時に咲かせるという江戸伝統の技を再現した菊にしばし見とれました。添え木の陰になって見えにくいけれど、確かに1本の木であることを確認しましたよ。

Img_2771_2

Img_2794_2

 菊の展示「神代花車」も見事。秋バラもちらほら残っていたし、十月桜は咲いていたし、雨上がりの紅葉は一段ときれいだし、晩秋の植物公園は冬を迎える前の輝きに満ちていました。桜や紅葉の季節にはつい遠出をしたくなりますが、ここに来ると「わざわざ遠くに行かなくても十分きれい」と地元を見直します。

Img_2772

Img_2773Img_2774

Img_2775Img_2785

 深大寺境内のモミジも見頃で大勢の人で賑わっていました。

Img_2782

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012/11/22

六義園、小石川植物園の紅葉

 11月22日。TOKIKOさんのギャラリーにお邪魔したあと、六義園と小石川植物園で紅葉を愛でてきました。

<六義園>

 六義園は5代将軍・徳川綱吉の側用人だった柳沢吉保が築園した庭園で、江戸時代の大名庭園の中でも代表的なもの。明治になって岩崎弥太郎の別邸となった後、昭和13年に東京市に寄贈されました。先日訪ねた清澄庭園に続き、ここも岩崎弥太郎のお邸だったわけです。

 ハゼは真っ赤に色づいていましたが、モミジは3分程度。正門近くの大きなモミジ(下の写真)の上のほうはかなりいい色でした。この日の夜からライトアップが始まり、紅葉のピークを迎えます。東京の紅葉の名所として人気があるようで、個人や団体の観光客で賑わっていました。

Img_2735

Img_2737


 六義園から小石川植物園までは距離にして2キロ程度ですが、白山通りから植物園の入口までのアップダウンがきつくてバテました。帰宅後、地形図で確認したら、白山通りのだらだらとした下り坂を下りた分、一気に上がらなければいけないのです。事前にわかっていれば、アップダウンを避けて回り道したのに。文京区は坂が多いので、散歩前に地形を確認するべきですね。

Rikugien


<小石川植物園>

 正式名称、東京大学大学院理学系研究科附属植物園。植物学の教育と研究を目的とする東大の施設です。地形図でわかるように、台地の縁を利用した細長い庭園で、低地の池をめぐる部分と台地の上の部分、それを繋ぐ傾斜部分からなります。

 ここは江戸時代、幕府が開園した小石川御薬園で、薬になる植物を栽培していました。8代将軍・徳川吉宗は、目安箱への投書に従って園内に「小石川養生所」を設け、貧しい病人を診療させました。左の写真は養生所の井戸。関東大震災の際は避難者の飲料水に使われたそうです。右の写真は、青木昆陽が甘藷(サツマイモ)を試作した場所に立つ記念碑。

Img_2746Img_2757

 日本庭園(上の写真)のドウダンツツジが赤く色づいていましたが、モミジはまだ2~3分の色づき。モミジの並木道(2枚目の写真)はまだ青々とした木が多かったです。イチョウをはじめ、黄葉が美しく、都心とは思えない風情でした。

Img_2760

Img_2756

Img_2743


<占春園>

 植物園を出て茗荷谷駅に向かう途中、占春園に寄りました。江戸時代、徳川光圀の弟を藩祖とする陸奥守山藩松平家の上・中屋敷があった場所です。現在はすぐそばにある筑波大学付属小学校の自然観察園。筑波大学の前身、東京高等師範学校の校長を務めた嘉納治五郎の銅像があります。

Img_2766Img_2767


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/11/16

昭和記念公園の紅葉・黄葉

Img_2699

 昭和記念公園のイチョウ並木は木々の黄葉と黄色い絨毯で黄色一色でした。秋の深まりが都心よりだいぶ早いですね。

 明日はお天気が下り坂のようなので、その前に行ってこようと思い立ったものの、歯科の診療が思いのほか長引き、公園の西立川口に着いたのは3時前。閉門まで1時間半しかなく、イチョウ並木と日本庭園をせかせか歩いてきました。広いから移動だけでもたいへんです。でも、イチョウ並木の黄葉も日本庭園の紅葉も見頃で、行った甲斐がありました。

Img_2713

Img_2710

Img_2718

 帰りの京王線の車内に読売新聞の広告があり、そこにこんな文章が書いてありました。コラム「編集手帳」からの引用です。今日の写真にぴったりなので、思わず写してしまいました。

紅葉が美しく色づくには三つの条件があるという。昼間の日差し、夜の冷気、そして水分である。悩みと苦しみ(冷気)に打ちひしがれ、数かぎりない涙(水分)を流し、周囲からの温かみ(日差し)に触れて、人の心も赤く、黄いろく色づく。紅葉の原理は、どこかしら人生というものを思わせぬでもない。

Img_2728


| | コメント (7) | トラックバック (0)

2012/11/13

第37回お江戸オフ≪深川≫その2

こちらの続き)

<清澄庭園>

Img_2681

 仙台堀川を渡ってすぐの伊勢屋で一服する予定でしたが、喫茶の営業は終わっていたので(ランチ営業のみ?)、お団子を買って清澄庭園で食べることにしました。みたらしとあんこと1本ずつ買ったら、かなりのボリュームだった……けど、完食。

 清澄庭園は紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝えられ、享保年間以降は下総国関宿藩の下屋敷でした。明治になって、荒廃していた邸地を岩崎弥太郎が買い取り、社員の慰安と賓客接待を目的とした庭園「深川親睦園」を開園。2代目社長・岩崎弥之助の時代にはジョサイア・コンドル設計の洋館が建てられましたが、関東大震災で焼失。3代目・岩崎久弥が庭園の東半分を東京市に寄贈し、昭和7年に清澄庭園として開園しました。

 コンドルの洋館の写真はないかとネットで調べたら、隣りの清澄公園(親睦園の西半分。こちらに洋館が建っていた)の立て看板に写真があるようで、勝手に拝借してきました。左下の写真です。素晴らしい洋館ですね。湯島のほうは残っているのに、焼けてしまって残念。右の写真は、唯一残っている明治建築の岩崎家の建物「涼亭」。

Kiyosumi_garden100418_045lImg_2678

 お江戸オフでは初訪問ですが、子供の頃、祖母に連れられて都電で来たことがあります。何にも覚えてないけれど、「きよすみていえん」という響きが耳に残っているんです。

 向島百花園程度の小さな庭園を想像していましたが、中央に大きな池がある広々とした庭園で、下町のオアシスのような心地よい空間です。好天に恵まれたせいか、結構人が出ていました。親子亀(?)が重なって甲羅干しをしていましたよ。親亀の背中に子亀をのせて…♪ 知らないでしょうね、こんな歌。

 右は芭蕉碑。芭蕉は37歳のときに深川に移り住み、大阪で病没するまで本拠としていました。近くに芭蕉記念館がありますが、今回は寄る時間がなかったので、また改めて訪問したいと思います。

Img_2682Img_2679_2


<霊巌寺>

Img_2687_2Img_2683

 寛永元年(1624)、霊巖島に創建され、明暦の大火(1657)により焼失後、現在地に移転しました。江戸六地蔵の第5番目が鎮座。寛政の改革を行なった老中で白河藩主の松平定信のお墓(左下の写真)があります。その他、今治藩松平家など大名のお墓が多い由緒あるお寺です。 

 この大名のお墓の近くに、この日ご一緒した陶片木さんのお父様が眠っていらっしゃるので、お参りさせていただきました。最初のオフのときは闘病中でいらしたのに……。

Img_2685Img_2686


<深川江戸資料館>

Img_2689Img_2691_2

 江戸末期の深川佐賀町の町並みを実物大で再現した常設展示が見どころです。前回のオフではざっと眺めただけでしたが、今回はガイドの方に詳しく説明していただき、この展示が細部までこだわって、忠実に再現されていることがわかりました。ただそれらしく造ってあるのかと思いきや、見えない部分まで本格的に造ってあり、びっくりするやら感心するやら。例えば、店先の隠し戸とか、蔵の扉の鍵まで、細かい細工がしてあるんです。

 ガイドさんは江戸の暮らしに造詣が深く、小一時間、あれこれ熱心にお話しして下さいました。印象に残っているのは――足先の部分しかない足半(あしなか)というわらじ。火の見櫓は定火消以外は黒塗り。屋台のおそばはしゃがんで食べる。"お染風邪"にかからないように「久松るす」と書いた、おまじないの貼り紙。竹かごを被った犬の置物=「竹の下に犬」で「笑」→子供が笑って成長できるように願いをこめたもの。

 芭蕉記念館などに寄る時間をすべてつぎこんで説明していただきましたが、それでも時間は足らず、後ろ髪を引かれる思いで資料館を後にしました。ガイドさん、ありがとうございました。

Img_2693 そして、向かった先は新宿線の小川町駅から程近い、居酒屋「みますや」。明治38年創業の老舗で、昭和初期に建てられた店舗が今なお健在です。お料理も気取らない素朴な品ばかりで、次から次に注文しました。冷やしトマト、揚げ出し豆腐、肉じゃが、かきフライ、げそフライ、玉子焼き、さばの塩焼き、揚げなす、柳川鍋、さくら鍋、やきとり。飲んで食べてしゃべって、今回もおおいに盛り上がりました。参加の皆様、ありがとうございました。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2012/11/12

第37回お江戸オフ≪深川≫その1

Img_2661

 秋の澄んだ青空が広がった10日土曜日、お江戸オフで深川を歩いてきました。10月半ばまでの残暑から一転、11月に入って朝晩冷え込むようになって、都内の木々もきれいに色づき始めています。今年の紅葉は期待できそう。下の写真は仙台堀川沿いの桜並木ですが、東京の街中で桜の葉がこんなに紅くなるのは珍しいように思います。

Img_2670_2

 今回歩いたのは記念すべき第1回お江戸オフと同じコース。ひょんなことから何気なく始まったお江戸オフも丸6年を経過し、37回も続いています。ミニオフを加えると50回位になるかも。6年はあっという間のようで、メンバーそれぞれには人生のいろいろな出来事があり、年月の重さをしみじみと実感します。

東西線「門前仲町」駅13:00集合→深川不動→富岡八幡宮→深川えんま堂→清澄庭園→霊巖寺→深川江戸資料館→新宿線「森下」⇒「小川町」→17:30 神田「みますや」

 第1回目の記事には説明はおろか写真もありません(撮ってすらいない)。歴史に関心もなければ、記録しようとも思わなかった。回を重ねるうちにいつしかウンチクに目覚めたようです(笑)。

<富岡八幡宮>

Img_2660Img_2663




 今回最初に訪ねたのは深川不動ですが、説明上、順番を変えます。

 江戸初期、このあたりは永代島と呼ばれた小島で、寛永4年(1627)そこに富岡八幡宮が創建されました。以後、徳川家の手厚い保護を受けるとともに、江戸庶民にも「深川の八幡様」と親しまれました。江戸時代には広い庭園もあり、観光名所として人気があったそうな。広重の江戸百景「深川八まん山ひらき」には美しい庭園が描かれています。

Jpegoutput_3

Img_2432_2 が、実はこの庭園、八幡宮の別当寺「永代寺」の庭のようです。神仏習合時代は神社とお寺が一体化していたんですね。門前仲町という地名はこの永代寺の門前町であることに由来しています。永代寺は明治になって神仏分離で廃寺になり、その跡地は深川公園になっています。廃寺の際、境内にあった江戸六地蔵も取り壊されたので、現在5像しかありません。その後、明治29年に深川不動の参道脇に再興されたのが現在の永代寺(右の写真)です。

 八幡さまは七五三の可愛い紳士淑女を連れた家族連れで賑わっていました。なので、深川不動の横の参道から入ってお参りした後、そそくさと引き返してしまった。力士碑も伊能忠敬の銅像も見忘れました。富岡八幡宮は江戸勧進相撲の発祥の地でしたっけ。次回訪問時には忘れずにチェックしなくては!

<深川不動尊>

Img_2659 正式名称は成田山東京別院深川不動堂。江戸時代、前記の永代寺では成田不動の出開帳が11回行なわれました。その縁により、永代寺廃寺後の明治14年に成田不動の分霊を祀った不動堂が完成しました。

 前回のオフの訪問時は正面のお堂が本堂でしたが、現在はその横に立派な新本堂が完成し、旧本堂には木造のお願い不動尊が鎮座しています。ご本堂ではお護摩の最中で、我々も途中から参列しました。それぞれバッグをお護摩の火にかかげていただきましたよ。


<深川えんま堂>

Img_2667Img_2666

 ここ法乗院のえんま堂には全高3.5mの閻魔大王坐像がおわします。お賽銭箱にご祈願別19の投入口があって、閻魔大王がそれぞれ短い説法をしてくださるシステムになっていますが(前回訪問時はそうなっていた)、現在は参拝者が多いせいか、閻魔様は休みなく説法をされています。

 公式サイトによると、江戸初期の創建で江戸三えんま「深川えんま堂」として親しまれてきたとのこと(江戸三えんまには別説あり)。歌舞伎『髪結新三』の「深川閻魔堂橋の場」はこの付近を舞台にしています。

続く

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2012/11/08

「エリザベート スペシャル ガラ・コンサート」

 行ってきました、初演雪組バージョンのガラコン。このコンサートの発表があってから「絶対観たい」と思いつめ、あちこちの先行予約に応募するもことごとく落選。とうとう禁断のヤフオクに手を出してしまいました。3階のB席だからS席よりは安く落札できたの。って、バカよね。でも、観られて本当によかった!

 ウィーン発のミュージカル「エリザベート」を1996年に日本で最初に上演したのが宝塚の雪組で、当時の雪組は歌える生徒が揃っていたこともあって大好評を博し、その後、この作品は宝塚や東宝で何度も再演されるようになりました。今回のガラコンサートでは初演時の主なキャストが出演する日が東京と大阪で数日ずつあります。高嶺ファンだった私にとっては、まさに夢のような公演。キャスト表を見ただけで興奮してぞくぞくしました。

Img_2652_2Img_2655_2

 ガラコンサートといっても、扮装、台詞、キャストの出入り、簡単な動きなどがあり、かなりミュージカルに近いもので見応えがありました。出演者たちは熱い意気込みといい緊張感を持ってパフォーマンスに集中し、客席は16年ぶりに蘇った「エリザベート」を一瞬たりとも見逃せないと舞台に集中して、劇場全体に濃密な空気が広がっていました。この空間の中にいられて幸せ。やっぱり初演はすごかったんだ!

 私としては、初代皇帝陛下ご夫妻を見ただけで、「ありがたやありがたや」と拝みたいような気持ち(笑)。16年前と現在を気持ちが行ったり来たりして、感慨もひとしおでした。みんな出演してくれてありがとう! それぞれの中でこの経験がよい方向に生かされるといいな。何だか親心のような心境になっています。

Img_2658

 会場は、渋谷ヒカリエの11階から16階にあるシアターオーブ。遅ればせながら初ヒカリエの私、エスカレーターで様子を見ながら上がったら、途中の階で何度も歩かされて面倒くさかった。オーブのロビーはガラス張りの吹き抜けで見晴らしがよく気持ちがいい。3階席は舞台との距離は近いけれど、席の前の細い手すりが視界に入って邪魔。傾斜が急なので安全のためには仕方ないのかな。

 その他のキャストを(続き)に記録しておきます。

 

続きを読む "「エリザベート スペシャル ガラ・コンサート」"

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2012/11/02

迎賓館とパンケーキ

Img_2591

 11月です。1ヶ月前はあんなに暑かったのに、いつのまにか霜月の始まりらしい陽気になってきました。

 1日から3日間、迎賓館の前庭が公開されているので昨日、見物に行ってきました。建物内部の参観は事前に応募する必要があるけれど、こちらはぶらりと行けばOK。ただし、セキュリティーチェックがあります。

Img_2607

 迎賓館の建物は東宮御所として明治42年に建設され、赤坂離宮と呼ばれてきました。あまりに華美すぎ、使い勝手も悪かったので、実際に住居として使わることはほとんどなかったらしい。第二次大戦後、国会図書館や東京オリンピック組織委員会などに使用された後、昭和42年に迎賓施設として改修することが決まり、約5年の改修工事を経て、昭和49年にこの建物が完成しました。ちなみに、江戸時代は御三家紀州藩の上屋敷があった場所です。

 石畳の広場の向うにそびえるシンメトリーの美しいネオ・バロック様式の西洋建築。国宝に指定されています。贅を凝らした装飾も見事。まるで、ヨーロッパの宮殿みたい。ん……何故、日本風じゃないんでしょう? 和風別館があるようだし、京都の迎賓館は純和風建築だそうですが。

Img_2595Img_2600

 上の写真は屋根の上の装飾。地球を守る鳳凰、甲冑姿の武者。左下は正面玄関の中央の扉。右下は左右の出入口の装飾。パンフレットによると、内部はさらに豪華絢爛なようです。次回はぜひ内部を観たい!

Img_2597_3Img_2603

 迎賓館を後にして、目指すはパンケーキ。いや、表参道の東急プラザのビルズ。より美味しく食べるためにひたすら歩きます。安鎮坂を上り、神宮外苑を横切って、外苑西通りから旧渋谷川の遊歩道(キャットストリートというらしい)をたどって表参道に出ました。途中、絵画館を見学。この建物の中に入るのは初めてです。

Img_2621

 正式名称、聖徳記念絵画館。外観も立派ですが、内部も重厚感があって素晴らしい。窓のステンドグラスや床の大理石のモザイクなど、華美ではないけれど印象的な装飾が施されています。撮影禁止なのが残念。

 この建物は大正15年竣工。明治天皇と昭憲皇太后の事績を描いた大きな壁画(日本画・洋画各40枚)が年代順に展示されています。絵画鑑賞というより、幕末から明治の歴史を復習するのに最適。

Img_2624

 さらに歩いて、5時前に表参道到着。いよいよビルズのパンケーキです! 去年横浜で食べたリコッタパンケーキのふわふわの食感が忘れられず、お江戸オフのお仲間4人と表参道店を訪れました。はますけさんが予約を取ってくれたおかげで、順番待ちの列を尻目にすぐに着席。パンケーキのほか、話題のスクランブルエッグ、パスタ2種も堪能しました。あー、幸せ!

Img_2627

 この日から早くもクリスマスイルミネーションが始まっていました。心が浮き立つけれど、なんだかあせります。

Img_2630Img_2629a


| | コメント (9) | トラックバック (0)

« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »