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2012/12/31

今年もお世話になりました

 2012年もあと半日と少々になりました。大掃除を終え、お節作りを終え、のんびりと静かな大晦日を過ごして……いるわけもなく、今年も最後の最後までばたばたしています。

 今年もたいへんお世話になりました。いつも読んでくださる常連さん、通りすがりの一見さん、心から御礼申し上げます。どうもありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 明日からスタートする2013年が平和で明るい年でありますように。皆様にとって素晴らしい年になりますように。どうぞよいお年をお迎えくださいませ。


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   (銀座ブルガリのビルに巻きつくヘビ)


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2012/12/27

第38回お江戸オフ≪築地≫

 2012年も押し詰まってきました。大掃除は中途半端、年賀状のコメント書きはまだ途中、そのうえ今夜は忘年会、その前に「レ・ミゼラブル」まで予約してしまいましたが、これだけは終わらせておきたい。今年最後のお江戸オフの記録です。

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                    (佃大橋から見た築地界隈)

 12月22日土曜日。この日は1週間前からずっと雨の予報で、当日家を出る時もまだ霧雨が降っていたのに、築地駅の地上に出たらなんと青空が広がっていました。恐るべし晴れ女パワー! 「午後3時頃、雨が上がる」という予報を信じて、散策を決行してよかった。

日比谷線「築地」駅 15時集合→築地本願寺→波除稲荷→軍艦操練所跡(見逃した!)→かちどきの渡し跡・かちどき橋の資料館→月島の渡し跡→シーボルト胸像→アメリカ公使館跡→築地居留地跡→聖路加国際病院トイスラー記念館→慶応義塾発祥の地→蘭学事始めの地→浅野内匠頭邸跡→芥川龍之介生誕の地→佃島渡し船場跡→佃大橋→月島「おしお和」→有楽町線「月島」⇒「有楽町」→丸の内イルミネーション→東京駅

 築地界隈をぶらついた後、月島で毎年恒例のもんじゃ忘年会。宴会後、有楽町に移動して丸の内のイルミネーションを見ながら東京駅に向かい、東京駅で「東京ミチテラスHIKARI VISION」を見る計画でした。が、東京駅に着いたら、この日の上映はすでに終わっていた。最終が19:40ではもともと無理な計画だったのです。下調べ不足で参加メンバーに迷惑をかけてしまいました。今年最後の最後にごめんなさい。

 ちなみに、このプロジェクションマッピングの映像は翌日23日の最初の1回だけ上映されて、以降すべて中止になってしまいました。実は24日にも行ってみたんですけどね……リベンジも叶わず、残念無念。予想以上の人出で安全を確保できないという理由のようです。

<築地本願寺>

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Jpegoutput_2 京都の西本願寺の別院で、元和3年(1617)の創建時には横山町にありました。明暦の大火(1657)で焼失後、佃島の門徒が中心となって海を埋め立てて築いたこの土地に再建されました。築いた土地だから「築地」。当寺は「築地御坊」「築地門跡」と呼ばれ、本堂の大屋根は江戸湊の目印になるほど立派なものでした。浮世絵は広重の江戸百景『鉄砲洲築地門跡』。

 その旧本堂は関東大震災で焼失。昭和9年に伊東忠太の設計によって古代インド様式の現在の本堂が再建されました。その際、墓地は杉並区に移転し和田堀廟所となり、58の子院も各地に移転しました。子院のあった場所にできたのが場外市場。つまり、かつての境内は今の倍以上あったわけです。境内の一角に琳派の酒井抱一(写真右)や眼科医の土生玄碩が残されています。

<波除稲荷>

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 築地の埋立ての際、荒波で工事が難航を極めたときに、海中に漂う稲荷明神の像を祀ったところ、波が静まり工事が無事完了したと伝えられています。以来、航海安全や厄除けの神として篤く信仰されてきました。波除稲荷のお祭りは江戸時代から獅子祭りとして知られ、嘉永製作の獅子頭が本殿に安置されています。

<かちどきの渡し跡>

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 かちどきの渡しは日露戦争中、旅順陥落を記念して有志が寄付した渡し船。昭和15年に勝鬨橋が開通するまで利用されていました。勝鬨橋は橋桁の中央部がはね上がる可動橋ですが、昭和45年以降、開閉されていません。橋のたもとにある「かちどき橋の資料館」を見学しました。

<月島の渡し跡>

Img_2919 月島の渡しは、月島一号地の埋立が完成して間もない明治25年、私設の有料渡船として始まりました。明治35年には東京市が市営化し、明石町と月島を無料で行き来できるようになりました。かちどきの渡しと同じく、昭和15年の勝鬨橋完成にともない運航を終了。

<明石町:旧外国人居留地>

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Img_2926 聖路加国際病院、聖路加看護大学、聖路加ガーデンのツインタワーなど聖路加関連の施設が並ぶ明石町は明治時代、外国人居留地が置かれた場所です(明治元年~32年)。聖路加病院の前身は明治7年にイギリスの宣教医師が設立した病院で、その後、明治35年にトイスラーが買い取って聖路加病院としました。現存するトイスラー記念館は、昭和8年に墨田川畔に建設された宣教師館を平成10年に移築復元したもの。

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(外国人居留地跡、アメリカ公使館跡、シーボルトの胸像)

Img_2928 アメリカ公使館は麻布の善福寺から明治8年にこの地に移転しました。トイスラー記念館の近くにアメリカ公使館の石標が保存されています。


Img_2925_2 この地は立教学院をはじめ、女子学院、明治学院など、多くのミッションスクールの発祥の地です。わが母校・青山学院の一源流もここにあり。開国後、商人と共に宣教師が来日し、学校を設立してキリスト教教育を広めたというわけです。

Img_2924 そしてまた、福沢諭吉の慶応義塾の発祥の地でもあります。が、これは上記のミッションスクールとは関係がなく、外国人居留地になる前の話。ここには中津藩奥平家の中屋敷があり、藩士・福沢諭吉が中屋敷に開いた蘭学塾が慶応義塾の始まりです。その石碑に並んで「蘭学の泉の碑」がありますが、こちらは中屋敷内の前野良沢の役宅で杉田玄白らと『解体新書』の翻訳を行なったことに由来しています。

Img_2933Img_2932 さらにさかのぼって元禄時代には赤穂藩主・浅野家の上屋敷がありました。そう、浅野内匠頭が江戸城で刃傷事件を起こして、お取りつぶしになった浅野家です。時代が下って明治25年にはこのあたりで芥川龍之介が誕生しています。さまざまな時代にさまざまな顔が登場する場所ですね。


<佃の渡し跡>

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  佃の渡しは、徳川家康が摂津国佃村の漁民を佃島に住まわせた1645年に始まったと言われています。昭和39年に佃大橋が完成するまで300年以上利用されていました。(佃島訪問の記事はこちら


<もんじゃ「おしお和」>

Img_2942_2 スペイン風もんじゃ「マリオ」をイケメンくんが慣れた手さばきで焼いてくれました。なんと、トマトが入っている! 意外にいけた。でも、もんじゃはやっぱりオーソドックスなのがいいな。

<丸の内イルミネーション>

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<東京駅>

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2012/12/25

2012年の漢字は「空」

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 メリークリスマス! イブの昨夜、撮ってきたスカイツリーの写真をお届けします。上が「ホワイトツリー」、下が「キャンドルツリー」。現地に着いたのがちょうど19時でイルミネーションが緑色に変わったところだったので、赤いツリーを見るために21時まで待つハメに……我ながら物好きとあきれます。

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 私にとってスカイツリーは2012年の象徴。生まれ育った押上に建ったスカイツリーをさまざまな場所からさまざまな思いで眺めた1年でした。そこで、今年の漢字は「」に決定!

 そして空と言えば、宝塚組の大祐飛さん。ゆうひさんの退団まで今年前半はひさびさにミーハー魂を燃やしました。

 また、3度もを飛んで、山口、福岡、広島への旅を楽しみました。なんだか、遊んでばかりの1年。「遊びをせんとや生まれけむ」の年でしたからね。

 一方、目標の断捨離が多少は進んで、衣装ケースを4つ「」にしました。そのわりに部屋の見た目は変わらないので、来年はさらに"抜き"作業を続けて、小奇麗な空間を目指します。手形に終わらせないようにしなくては!

 皆様の2012年はどんな年でしたか?


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 左はソラマチ30階から見たクリスマスバージョンの東京タワー。ブルーのイルミネーションのツインタワーは八重洲。右の東京駅のバックに見えるビルです。

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2012/12/04

関東36不動巡拝満願

 12月になりました。気持ちはあせりますが、寒いし雨だし風邪だし、断捨離および抜き作業は滞っています。「今年の汚れ今年のうちに」は今年も達成できないかも……早くも弱気です。

 10月に36不動めぐりが無事終わって、先月の3連休に成田山にお礼参りに行ってきました。2010年4月1日の高幡不動を皮切りに、なんと2年半もかかったことになります。1年あれば十分回れると思ったのに、やる気にムラがあるからダメですね。フェードアウトしないで完結できてよかった。お不動さんめぐりの記事を別にまとめようと思ったのも実現できませんでした。集めたご朱印をYahooのマップに貼ったのが唯一の記録です。

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 誰もが知っている有名なお寺、36不動めぐりをしなければ行くことがなかったであろう小さなお寺、36か所のさまざまなお寺を訪ねることができて面白かったです。あくまでも信心より物見遊山。とは言え、お不動さまの真言はなんとなく覚えましたよ。ノウマクサンマンダー バーザラダンセンダー マーカロシャーダー ソワタヤウンタラタカンマン。酉年の守り本尊でもある不動明王は私にとってさらに特別なものになりました。

 成田山に行った日は前回お江戸オフで行った日と同様、澄んだ青空が広がる行楽日和で、真っ盛りの紅葉がひときわ美しい1日でした。

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 参拝後、参道の鰻屋さん「川豊」で鰻重を食べました。食券を買い、席が空くのを待ち、鰻が出てくるまで30分はかかった。紅葉狩りを兼ねた参拝客で大盛況でした。神社仏閣めぐりには美味しいものが付きものなのが嬉しい。お不動さんめぐりは一段落しましたが、このさきもこの楽しみを続けたいと思います。

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