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2013/01/17

2013新春浅草歌舞伎

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 1月も半ばを過ぎて、2週間前はお正月だったことが嘘のような気さえしますが、昨日は浅草でふたたびお正月気分に浸ってきました。観音様にお参りして、歌舞伎を観て、江戸のお正月を満喫しました。

 今年は歌舞伎を観よう。今までも歌舞伎のことは気にはなっていたけれど、他のジャンル(男女逆の)の観劇で手一杯のため手が出せなかったんです。でも、今年なら何とかなりそう。今のところ、同じ舞台を何度も観たいような対象がいないので、少し余裕ができそうです。一番安い席限定で歌舞伎も観てみよう。

 というわけで、人生3度目の歌舞伎鑑賞となりました。最初は学校の歌舞伎教室、2度目はご招待で勘三郎さんの『四谷怪談』。そして、今回初めて自費で観た歌舞伎は、海老蔵さんの『勧進帳』ほか。ミーハーな初心者にはもってこいの役者、演目です。

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 海老蔵さんの弁慶、カッコよかった~! いきなり、しょうもない感想ですみません。舞台姿がひときわ美しく、主役を張るにふさわしい華と風格があり、惚れ惚れしました。より一層精進して、天性の華をさらに大きく咲かせてほしい、と勘三郎さん亡き今、願わずにはいられません。もう1つの演目『毛谷村』では、村人役でちょこっと出演しただけで場をさらっていました。

 新春口上の最後に「にらみ」が披露されました。これは成田屋に伝わるもので、江戸時代からお正月に行なわれていたそうです。これを見ると、1年間無病息災で過ごせるそうな。ありがたや。左下の写真は、4年前のニュース記事から拾ってきたもの。右下は、写楽が描いた蝦蔵(えびぞう・5代目団十郎)。三升の紋がついた柿色の裃とにらみの顔は200年間変わりません。なんだかすごい。

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一、毛谷村(けやむら)

          毛谷村六助  片岡愛之助
               お園  中村壱太郎
               お幸  上村吉 弥
   微塵弾正実は京極内匠  中村亀 鶴
          杣斧右衛門  市川海老蔵


二、寿初春 口上(こうじょう)

              口上  市川海老蔵


三、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)

          武蔵坊弁慶  市川海老蔵
          富樫左衛門  片岡愛之助
             亀井六郎  尾上松 也
            片岡八郎  中村壱太郎
            駿河次郎  中村種之助
          常陸坊海尊  片岡市 蔵
             源義経  片岡孝太郎


 2月4日追記。朝刊で団十郎さんご逝去を知りました。新しい歌舞伎座オープンを前に勘三郎さん、団十郎さんを失ってしまい残念すぎます。10年近く闘病しながらご活躍されたことを思うと「お疲れ様でした」と頭が下がりますが、「せめてあと数カ月……」と思わざるをえません。ご冥福をお祈り申し上げます。

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2013/01/07

深川七福神めぐり

 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。

 皆様にとって2013年が希望に満ちた年になりますように。

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 今年も七福神めぐりの記事からスタートします。2日の実家訪問の前に深川七福神を回ってきました。毎年のことながら、実にせわしい七福神めぐり! 9時半ごろ家を出て、いったん車を押上の実家近くに駐車して、地下鉄で門前仲町に向かったのが11時前。清澄白河から押上に戻ったのが3時過ぎなので、正味3時間半程でした。もちろん休憩はなしです。当初、車を森下近辺に置くつもりでしたが、スカイツリーの人出を考えると早く押上に駐車したほうがよさそうに思って回り道しました。

 こちらの七福神の色紙はあらかじめ寺社名が印刷してあり、その上にご朱印を押していただくだけなので、ご朱印をいただく時間がさほどかかりません。そして、安い(色紙1000円、ご朱印各100円)。谷中隅田川山手(目黒)のように目の前で筆で書いていただくほうがありがたみがあるけれど、これもありかなと思いました。

 初っ端の深川不動と富岡八幡宮はたいへんな人出で、ここだけで小1時間かかりましたが、あとは数分から10分以内の順番待ちで詣でることができました。コースの途中には採茶庵、間宮林蔵のお墓などの史跡があり、また時間にゆとりがあれば、清澄庭園、江戸資料館、芭蕉記念館にも寄ることができるので、深川を満喫するコースと言えそうです。ご開帳は1月15日までなので、今度の3連休にいかがでしょう?

門前仲町駅→深川不動→①富岡八幡宮(恵比寿神)→②冬木弁天堂(弁財天)→深川えんま堂→③心行寺(福禄寿)→採茶庵跡→④円珠院(大黒天)→間宮林蔵の墓→⑤龍光院(毘沙門天)→阿茶局のお墓(雲光院)→霊巌寺→⑥深川稲荷(布袋尊)→万年橋→芭蕉稲荷→⑦深川神明宮(寿老神)→清澄白河駅

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<深川不動>

Img_2975 深川不動、富岡八幡宮の詳細は、昨秋の深川オフの記事参照。
 不動尊、八幡宮周辺は狭い参道に屋台が立ち並び、参拝客が列をなし、ごった返していました。日本人は日頃たいして信心深くないのに、新年を迎えると神仏に祈りたくなるようです。子供からお年寄りまで寒空の下で辛抱強く並んでいました。

富岡八幡宮(恵比寿神)

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 恵比寿様は深川不動寄りの小さな社に祀られています。
 前回見逃した横綱力士碑を見かけました。富岡八幡宮は江戸時代に初めて勧進相撲が行われた場所です。

冬木弁天堂(弁財天)

Img_2980Img_2981 江戸時代、木場の材木豪商・冬木氏が邸内に安置した弁財天に由来しています。この弁財天は関東大震災で焼失しましたが、昭和28年に現在の弁天堂が再建されました。右の写真は、弁天様の神使、へびの祠。
 ちなみに、この辺りの地名はいまなお「冬木」。

心行寺(福禄寿)

Img_2984Img_2983_2 江戸初期に京橋より移転した、岩国城主・吉川氏ゆかりの寺。関東大震災と戦災で2度にわたって焼失後、再建されました。

<採茶庵跡・芭蕉稲荷>

Img_2985 採茶庵(さいとあん)とは、松尾芭蕉の門人・杉山杉風の別宅で、芭蕉が奥の細道の旅に出た場所です。芭蕉はそれまで住んでいた隅田川の畔の芭蕉庵を引き払った後、旅立ちまでしばらくこの採茶庵に逗留。ここから船に乗り、仙台堀から隅田川に出て千住まで遡って、千住から歩き始めました(千住オフの記事参照)。

Img_3006Img_3009 採茶庵から歩いて10分程の芭蕉庵の跡には芭蕉稲荷が建っており、近くの隅田川沿いに芭蕉記念館分館の小さな庭園があります。ここからの眺めが気持ちいい!

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円珠院(大黒天)

Img_2986 江戸享保年間の創立で、江戸時代から深川の大黒天として有名でした。

Img_2987 このあたりにはやや大きい浄心寺をはじめ、小規模なお寺がたくさんあります。戦災後の建築ばかりですが、その中で浄心寺の古い石灯籠に目を奪われました。

<間宮林蔵のお墓>

Img_2988_3 浄心寺の近く、民家と民家のはざまに立っています。
 間宮林蔵は伊能忠敬に測量を学び、幕府の命により北地探検と測量に従事して、「間宮海峡」を発見しました。晩年は不遇で深川でひっそり亡くなったそうです。

龍光院(毘沙門天)

Img_2989 江戸慶長年間に馬喰町に創立後、大火による焼失・移転を2度経て、深川の現在地に移転しました。その際、鬼門除けに毘沙門天が安置されました。

<阿茶局のお墓>

Img_2990 徳川家康の側室、阿茶局のお墓。お寺の名「雲光院」は阿茶局の法号です。



深川稲荷(布袋尊)

Img_2994_2 江戸寛永年間の創立。西大稲荷という別称は、旧地名の深川西大工町に由来しています。



<万年橋>

 小名木川にかかる最初の橋。広重の江戸百の『深川万年橋』が印象的で、一度渡ってみたいと思っていました。今は富士山が見えるわけもなく、ただの橋です。

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深川神明宮(寿老神)

Img_3013Img_3011 深川最古の神社。江戸幕府開府以前に家康が摂津(大阪)の深川氏にこのあたりを開拓させた際、深川氏が鎮守の宮として伊勢皇大神宮を勧請して創建しました。深川という地名はこの深川氏に由来しています。


 ふぅ……回るよりまとめるほうがたいへんです。今年最初の記事なので、なるべく手抜きしないで書いてみました。

 最後は、しつこくもスカイツリー。これで当分は出ないはずです。七福神めぐりの後、予約なしにソラマチ31階のレストランに行ったら、次のお客の予約時間までの隙に何とか入店できましたが、お正月特別料金でたいへん高うございました。お味はそれなりなのに。ま、スカイツリーが迎える最初のお正月だからご祝儀ご祝儀。それにしても、私が押上に行くといつもブルーなのは何故?!

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七福神めぐり, 江戸・東京 | | コメント (8) | トラックバック (0)

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