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2014/01/27

第45回お江戸オフ≪西新井≫

 2014年最初のお江戸オフは西新井大師に初詣をした後、竹ノ塚まで歩き、浅草まで電車で移動。おでん「大多福」にて新年会の後、浅草寺に寄りました。

 「お花見の頃の陽気」という天気予報だったので、薄めの冬支度で出かけたら、気温はさほど上がらず曇りがちの肌寒い1日でした。ちょうど"おでん日和"? でも、夜も寒さに震えることなく、浅草そぞろ歩きができました。

東武線「大師前」駅13:30集合→西新井大師参拝(14時のお護摩参列)→(お茶「かふぇすぅる」)→国土安穏寺(徳川家ゆかりの寺)→赤羽家長屋門→島根鷲神社→炎天寺(小林一茶ゆかりの寺)→竹ノ塚⇒東武線・つくばエクスプレス⇒浅草→おでん「大多福」18時~ →浅草寺→浅草駅

<西新井大師>

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 正式名称、五智山遍照院總持寺。平安初期(826年)、空海(弘法大師)が本尊の十一面観音を彫って草創したと伝えられています。

 「大師」とつくお寺はいくつもありますが、弘法大師を祀る寺(西新井大師、川崎大師など)と元三大師を祀る寺(佐野厄除け大師、川越大師(喜多院)など)があるからややこしい。ちなみに、地元の深大寺にも元三大師を祀る元三大師堂があってお護摩を行なっています。

 こちらの本堂は床(畳)暖房つき。お護摩の前後、のべ1時間程座っていましたが、ぬくぬくして楽でした。それもまたお大師様のあたたかいお心遣いとのこと。「お大師様もご本尊の観音様もいつも皆さんのそばにいらっしゃいます」というお話でした。

Img_4508Img_4517 左の写真は、三匝(さんそう)堂。通称、栄螺(さざえ、さざい)堂。堂内は螺旋階段のような構造になっています(見てみたい!)。都内に現存するのはこれのみ。右は、塩地蔵。いぼ取りのご利益あり。

 境内の梅や寒桜がほころび始めていました。春はすぐそこ。

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「江戸名勝図会 西新井」(広重)

毎月二十一日には弘法大師の開帳ありて、さんけい群集す。境内の閼伽の井は加持水にして諸病に応験ありとぞ。この水を竹筒に入て持ち信ずるもの多し。




<国土安穏寺>

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 室町時代、日蓮ゆかりの日通聖人が開いたと伝えられる古刹。江戸時代には二代将軍・徳川秀忠、三代家光がこの地を訪れたときの御膳所となり、徳川家の位牌安置所でもありました。そのため、葵の紋の使用を許され、仁王門や屋根瓦などに葵紋が見られます。また、本堂の横に「家光お手植えの松」が立っています。境内はきれいに手入れされ、静かなよいお寺でした。ご住職さんが近くの猿仏塚のことを教えてくだいましたが、時間がなく立ち寄れず残念。

Img_4525 鐘楼のそばに「嶋根歌舞伎発祥公演之地」碑が建っていました。嶋根(島根)とはこの辺りの地名。芝居小屋で行なわれる歌舞伎「大芝居」に対して、各地の寺社の境内で素人が演じる「宮地芝居」があり、この寺でも江戸時代から第二次大戦後まで行なわれていました。

Img_4519Img_4520 旧日光街道から国土安穏寺に向かう道の両脇に立つ道標。江戸時代はお寺まで松並木が続いていたようです。



<赤羽家長屋門>

Img_4527 旧島根村の名主を務めていた牛込氏の屋敷跡。幕末の建築と推定されます。昭和14年から赤羽家が屋敷とともに買い受け、管理しています。




<島根鷲神社>

Img_4530 「島根のおとりさま」として親しまれる島根地区の鎮守。由緒書きによると、この辺りは大昔、入江の景勝地で、この神社は大鷲尊とか浮島明神と呼ばれていたそうな。島根の地名もここから来ているようです。社殿の裏に富士塚があったのに見逃しました。


 鷲神社を出たのが5時前後。竹ノ塚駅17:21発の電車に乗らなければならないので、この後はiphoneのナビにしたがってひたすら早足で歩きました。最初は到着予定時刻ぎりぎりだったけれど、早足ゆえ次第に予定が早まり、最後は余裕で間に合いました。迷路のように道が入り組んでいるので、ナビがなければ間に合わなかったかも。ナビの実力を実感しました。ああ、スマホが欲しい!


<炎天寺>

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 立ち寄る時間がないので、門の写真だけ撮りました。ナビを無視してわざわざここを通ったのです。いい雰囲気の門なので、入れなくて心残り。小林一茶ゆかりの寺で、11月23日の一茶忌には一茶まつりが行なわれます。かつては隣りの八幡神社の別当寺で一体化していたらしい。


おでん「大多福」

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 浅草のはずれの「大多福」で新年会。よく煮込んだおでんの美味しさもさることながら、下町っぽい風情がたまりません。お江戸オフのメンバーとご一緒できて嬉しく楽しいひとときでした。

<浅草寺>

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 前回お江戸オフでここに来たのは2010年の羽子板市。あの時はまだスカイツリーは建設中でした。雷門の提灯は去年11月に新調されたばかりでぴかぴかです。雷門が再建された昭和35年以来、6代目。今回も「松下電器」が奉納しました。

 2006年9月に始まったお江戸オフは今年で足掛け9年目に入りました。よくぞ続いています。45回もぶらぶら歩いて、飲み食いしているとはびっくり! この先も1回1回、回を重ねて、気がついたら50回、70回、100回というのが理想かな。メンバーの皆様、愛読者の皆様(もしもいらしたら…)、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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2014/01/15

江の島詣で

 3連休の中日に江の島に行ってきました。「お天気がいいのでどこか行こうか」という話になり、江の島を目指して家を出たのが午後1時前。あいかわらず行動開始が遅すぎます。おまけに渋滞にはまって江の島に着いたのは3時半過ぎ。なのに、江の島大橋は駐車場待ちの車が対岸まで続き、人道の弁天橋は行きかう人でいっぱいでした。もう七草も過ぎたし、日も傾いてきたというのに、これほど初詣客で賑わっているとは意外でした。なんとか待たずに陸側に駐車できてやれやれ。

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Photo_2 右上の写真に写っている青銅の鳥居は文政4年(1821)に建てられたもの。まさに右の浮世絵の鳥居ですね。でも、富士山の見える角度がちょっと違う。絵になる構図で描いてあるのでしょうか。これは広重の『富士三十六景 相模江之島入口』。一方、北斎の『冨嶽三十六景 相州江の島』は下の絵。これも微妙に富士山の位置が違います。

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 江の島の江島(えのしま)神社は、6世紀半ばに島の洞窟(岩屋)に神様を祀ったのが始まりと伝えられています。源頼朝の命により岩屋に弁財天を勧請したときを創建とする説もあり。神仏習合時代は金亀山与願寺という寺で、鎌倉時代以降は源氏、北条氏などの信仰が篤く、社殿が順次整えられました。

 江戸時代は弁天信仰が盛んになり、弁天参りと物見遊山を兼ねてやって来る江戸の庶民で賑わい、参詣者のための宿坊が軒を連ねていました。また、後の関東総検校・杉山和一が管鍼術(鍼治療の一種)に開眼した場所として知られ、和一は社殿や三重塔、道標などを寄進、盲人にも篤く信仰されました。なるほど、だから杉山和一は深川に江島神社を勧請したんですね!(こちらの記事

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 江の島には大人になってからも何度か渡っていますが、江島神社まで上がったのは小学生の時の遠足以来かもしれません。こんな立派な門を見たのは初めて。昭和61年(1986)完成だそうです。下関の赤間神宮と同じ龍宮城風。

 辺津宮と弁天堂から中津宮を経て奥津宮まで徒歩で上りました。エスカーという有料エスカレーターは半世紀前からありましたよ。懐かしい! 子供の頃、祖母が2、3回連れてきてくれました。岩屋も一緒に行きました。昭和46年(1971)の落石事故以来、22年も閉鎖されていたとは知らなかった。4時までなので、残念ながらこの日は入れませんでした。

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辺津宮、弁天堂

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中津宮、奥津宮


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 夕焼けに誘われて稚児ヶ淵を見渡せる場所まで急な階段を下りました。ちょうど夕日が沈むところだったので、10数分、海からの強風に耐えて踏ん張りました。海の夕暮れは美しい。富士山のシルエットがそれをいっそう引き立てます。夕日と富士山がもっと近ければ……(雑念)。

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 ライトアップされた瑞心門(左の写真)は趣きがあっていい感じ。この時間になってもまだ参拝客が絶えません。江の島における江島神社の存在がこれほど大きいとは! 

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 江ノ電の駅近くの「舟ぜん」というお店にふらりと入って、しらす丼と青のり汁を注文したら、美味しくて満足できました。この日の歩数、8923歩。帰りもやっぱり途中まで渋滞で2時間たっぷりかかりました。


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2014/01/09

調布七福神めぐり

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 今年はお正月休みが長かったため、5日に地元調布の七福神も巡ってみました。この七福神は京王線の仙川から6つ先の西調布まで広範囲にわたるため、全行程車で巡拝。七福神めぐりは歩いてこそと思うけれど、歩いたら1日がかりになりそうなのでね。そんな長距離のせいか、曇り空の寒い1日だったせいか、巡拝している人をあまり見かけませんでした。アピール度低し。深大寺と常性寺(調布不動)以外は初訪問で、この機会に訪ねることができて有意義だったけれど、もうひとつ盛り上がらない七福神めぐりでした。

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 以下、訪ねた順に写真だけ貼っておきます。

常性寺(布袋尊)

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昌翁寺(寿老人)

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明照院(弁財天)

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 右端の写真は、明照院に隣接する高台に鎮座する糟嶺神社。

西光寺(大黒天)

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 仁王門の横に近藤勇の座像があります(右端)。調布出身の近藤勇は、鳥羽伏見の戦いに敗れた後、甲陽鎮撫隊を編成して甲府に向かう際、この寺で休息したとのこと。

<布多天神>

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大正寺(恵比寿)

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祇園寺(福禄寿)

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深大寺(毘沙門天)

Img_4464Img_4467_2 平安時代作の毘沙門天像は、白鳳仏とともに釈迦堂に安置されています。


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2014/01/06

亀戸七福神めぐり

 あけましておめでとうございます。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 2014年が平和で明るい1年でありますように。
 亀戸七福神の福が皆様のもとに届きますように。

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 今年も恒例の七福神めぐりの記事から始めます。日本橋山手(目黒)隅田川谷中深川と有名どころをめぐり終え、今年は少しローカル少しマイナーな亀戸七福神を回ってきました。実家のある押上から歩いて回れるという理由。混んでいなかったのでご朱印をいただく順番待ちがほとんどなく、約3時間1万歩弱で押上に戻ってこられました。色紙400円、手書きのご朱印各300円。どこも『江戸名所図会』に載っている寺社ですが、亀戸一帯は戦災で焼けたため、古い建物は残っておらず風情のない建物ばかりなのが惜しまれます。

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 以下、押上から回ったため、亀戸駅起点の一般的な回り方とは違います。

押上→柳島妙見堂→①天祖神社(福禄寿)→梅屋敷跡→②香取神社(恵比寿神・大黒神)→③常光寺(寿老人)→石井神社→④東覚寺(弁財天)→⑤普門院(毘沙門天)→亀戸天神→⑥龍眼寺(布袋尊)→押上

<柳島妙見堂>

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 まず、柳島橋の西詰(墨田区側)にある柳島妙見堂に寄りました。この写真は柳島橋を渡った江東区亀戸側から妙見様を撮ったもの。修繕中のマンションの1階に本堂が入っています。ウンチクなどは以前訪ねたときの記事参照。ご朱印をいただき、甘酒をふるまっていただき、いざ七福神めぐりのスタート!

天祖神社(福禄寿)

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 室町時代に⑥の龍眼寺とともに創建されたと伝えられ、古くは神明宮と呼ばれた柳島の総鎮守。境内にある太郎稲荷(右端の写真)は江戸時代に筑後立花家下屋敷(浅草田圃)にあったお稲荷さんの分社のようです(太郎稲荷は第6回江戸検定で出題されたので気になって調べました)。

<梅屋敷跡>

Img_4395Umeyashiki_3 広重の『名所江戸百景 亀戸梅屋敷』に描かれた梅屋敷があった場所。とりわけ「臥龍梅」で有名でした。明治末期の大雨で浸水してすべての梅が枯れ、廃園になった、と立て看板に記されています。
 このあたりは江戸から明治にかけて、花や緑が多い風流な場所だったんですね。今はまったく面影がなくて残念!


香取神社(恵比寿神・大黒神)

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 亀戸が亀島という島だった頃からの古社で、江東区最古の神社。亀戸の総鎮守。

常光寺(寿老人)

Img_4406Img_4403 本尊の阿弥陀仏は江戸六阿弥陀の六番。境内には六阿弥陀を示す江戸初期の道標があります。


<石井神社>

Img_4408_2 民家の狭間にある小さな神社。俗に「おしゃもじ稲荷」といわれ、咳の病を治す神として信仰されてきました。

東覚寺(弁財天)

Img_4410Img_4412 室町時代の創立。不動明王が祀られ、亀戸不動ともいわれました。

普門院(毘沙門天)

Img_4414Img_4413_2 室町時代に橋場(現・台東区)に創建され、江戸初期に現在地に移りました。その際、誤って梵鐘を隅田川に沈め、鐘ヶ淵の地名の由来になったといわれています。
 木々が生い茂るにまかせた鬱蒼かつ雑然とした境内が印象的。『野菊の墓』を書いた伊藤左千夫の墓がありますが、見逃しました。

<亀戸天神>

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 ほっておいても初詣客が集まる亀戸天神は亀戸七福神には入っていません。この日も参拝の順番待ちの列が太鼓橋、鳥居から参道を越え、蔵前橋通りまで延々と続いていたため、本堂の横で手を合わせただけで失礼しました。
 くずもちの船橋屋も長蛇の列。一休みしたいところでしたが、ぐっと堪えて先を急ぎました。

龍眼寺(布袋尊)

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 室町時代の創建。江戸時代には「萩寺」と呼ばれ、秋には百種もの萩を愛でる文人墨客で賑わいました。
 ここの萩も水害で駄目になってしまったのでしょうか? 萩寺にちなんで境内には小さな萩のトンネルがあるほか、池には鯉が泳ぎ、小奇麗に整備されています。


Img_4427 最後にお約束の(?)スカイツリーの写真。ソラマチは予想通りごった返していましたが、早めに出かけて何とか待たずにレストランに入れました。11月から3回続けて銀座アスター。この日のライトアップは紫色の「冬雅」。紫のツリーを間近で見たのは初めてでした。

 七福神めぐりは楽しいけれど、お正月の実家訪問はぐったりくたびれます。このぐったり感、毎年ひどくなるようで……。おっと、新年早々、ぼやいてはいけませんね。今日から日常に戻って、また1年頑張ろう。

 
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