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2015/08/04

第53回お江戸オフ≪西新宿≫ その2

こちらの続き)

<新宿中央公園>

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 公園内の富士見台に建つ六角堂です。ここを探して汗をかきかき右往左往してしまいました。ネットで予習したらすぐにわかりそうに書いてあったので、チェックが甘かった。ここでの時間のロスが後で響きました。メンバーの皆さん、ごめんなさい。

 この六角堂は淀橋浄水場時代のものを補修して残してあります。昭和22年の航空写真を拡大したら、赤い矢印の場所に確認できました。ついでながら、十二社の池も写っていますね。

Yodobashi

 西新宿には明治31年(1898)から昭和40年(1965)まで東京都水道局の淀橋浄水場があり、都心に給水していました。廃止後、機能は村山浄水場に移り、跡地とその周辺は新宿新都心計画によって開発されます。昭和46年(1971)完成の京王プラザビルを皮切りに超高層ビルが次々に建設され、日本初の超高層ビル群が誕生。平成2年(1990)には都庁新庁舎が完成し、翌年に丸の内の旧庁舎から移転しました。新宿中央公園は昭和43年開園。

 そう、ヨドバシカメラのヨドバシは地名です。淀橋は神田川に架かる青梅街道の橋で、江戸時代からありました。かつては淀橋区が存在し、昭和22年に東京区部が23区に再編成されたとき、四谷区と牛込区と合わせて新宿区が生まれました。

Img_0413_2 真夏の青い空がまぶしい。これだけ木が茂っていても、ほとんど涼しさを感じませんでした。下の写真は、公園内で見つけた太田道灌と山吹を差し出す女性の銅像。

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<成子地蔵>

Img_0419 青梅街道の東京医大付近から淀橋方面に向かう400m程の緩やかな坂を成子坂と言いますが、その坂下に成子子育地蔵尊があります。江戸享保年間の建立で、第二次大戦で壊滅後に再建され、平成14年(2002)に周辺の再開発に伴って現在のお堂に建て替えられました。

 お地蔵様にまつわる悲話。「息子が奉公先から薮入りで戻って来るのに、お金がなくて何もしてやれない貧しい父親が、坂を通る旅人を殺して財布を奪った。財布をよく見たら、自分が息子に与えたものだった。誤って息子を殺してしまった父親は自殺した」 村人が二人の供養のためにお地蔵様を建てたと伝えられます。


<成子天神>

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 平安時代、菅原道真の死を嘆き悲しんだ家臣が道真作の像を当地に持ち帰って設立したと伝えられています。それ以前から、この辺りは柏木村鳴子と呼ばれていたそうな。江戸時代に春日局が徳川家光よりこの地を賜り、春日局の勧請により天神社として社殿を造営しました。

 近年、境内に高層マンション2棟を建設するとともに社殿を新築し、住空間と一体化してきれいに整備されています。神社もマンション経営に乗り出す時代のようです。

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 左上の写真は力石。江戸時代、祭礼の余興で力くらべに使われたもの。右は、参道の真ん中に残された井戸。社殿の奥に富士塚があるのに不覚にも見逃しました。


Img_0428 この後、宴会場所の小田急ハルクに向かう途中、エルタワーの辺りで策の井跡と浄水場跡碑を見る予定でしたが、通り道には見つからず、時間切れであきらめました。暑くて暑くて、頭の中はすでにビールでいっぱいになっていたもので(笑)。この日飲んだビールは生涯のベスト5に入る美味しさでした。

 9月半ばに中野坂上から新宿まで歩くリベンジオフを計画していますが、それまでに多少は涼しくなるんでしょうか? 35度以上の猛暑日が連日続いてぐったりしています。

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