2008/09/25

王監督、お疲れ様でした!

 ソフトバンクの王監督がとうとうユニフォームを脱ぐことになりました。本拠地ヤフードームで胴上げされる映像が繰り返し流れるのを見て、つい思ってしまう……「これが優勝決定の胴上げだったらなぁ」。優勝を花道に勇退させたかった! 優勝したらしたで、「また来年も」と思うんでしょうね。とにかく王監督には、勝ち負けという大きなストレスから離れてゆっくり体を休めていただきたいです。

 ホームランを連発して数々の記録を打ち立てた現役時代の王選手はもちろんカッコよかったけれど、14年間福岡で様々な困難を乗り越えて監督を務めあげたことで、人間的にますます好きになりました。王監督が長年にわたってパリーグの九州の球団の監督をしていたことは、ジャイアンツ偏向のプロ野球界にとって大きな意味があるように思います。そう言う私もG党ですけど。

 そう、小学校時代、創立50周年の式典に卒業生の王選手が来賓としてやって来たあの日から、私は王選手のファンになり、巨人ファンになったのでした。「世界の王」と同じ小学校出身なのがちょっと自慢です。

 「休んで欲しい」と言いつつ、「王監督でもう一度WBC優勝を」と期待したい気持ちも少々……いや、山々。体調的に難しいかもしれませんね。まずは残り8試合、悔いのない試合をして有終の美を飾ってください。第二の野球人生、お疲れ様でした。

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2008/05/28

雑誌「セブンティーン」40周年

 少女雑誌「セブンティーン」が40周年を迎えた、と今朝の芸能ニュースで伝えていました。記念のイベントには、初代ミス・セブンティーンの坂口良子と当時モデルをしていた麻丘めぐみも登場。二人揃って52歳――面影は残っているしきれいだけど、やっぱりオバサンの貫禄がついていました。とっても親近感。

 「セブンティーン」は中学から高校にかけて、愛読していました。ちょっとお姉さんの(強調!)坂口良子や麻丘めぐみがモデルをしていた時代。毎週発売日が待ち遠しくて、少しでも早く店頭に並ぶお店まで遠征して買ったものです。マンガも楽しみだったけれど、グラビアや芸能記事を激しく求めていましてね。切り抜いてはせっせとスクラップしていました。え? 「無理な恋愛」の人ですけど、何か?(爆)

 マンガの一番人気は、津雲むつみの「おれは男だ!」。ドラマや映画にもなって人気を博しました。森田健作が甲高い声で「吉川くん」て言うの、よく真似されましたね。しかし、男子が女子を「くん」付けとは時代がしのばれる。いえ、少なくとも私のまわりでは後にも先にも聞いたことはありませんが……。

 「おれは男だ!」より好きだったのは、武田京子の「さぼてんとマシュマロ」。こちらもドラマ化されました。沖雅也と吉沢京子でしたね。沖雅也……最後は衝撃的でした。そういえば、仲雅美という人もいましたよね……「ポールシュカポーレ」。

 いけないいけない、朝からまた懐古モードに入ってしまいました。アラフィ(Around50)世代、前向きに参りましょう!

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2008/04/15

東京ディズニーランド25周年

 ディズニーランドは今日4月15日に25周年を迎えます。朝刊に見開きの全面広告が出ていましたね。あれからもう25年か……早いなぁ。

 私、オープンの翌日に行きました。本当はオープン当日に行きたかったけれど、金曜日で仕事を休めなかったんです。当時は日にち指定の前売り券が必要だったので、この日の分を入手するのに頑張りましたとも。

 あの頃はまだ京葉線などありません。東西線の浦安駅から昔ながらの商店街を抜けて、バスターミナルからバスでディズニーランドに向かいました。はっきり言って、夢の国へのアクセスにはふさわしくない道のりで……帰りは浦安で夢から覚めました。

Goods6_im_04_2 チケットはこれでしたね。AからEまで5ランクに分かれていて、それぞれ数枚ずつ付いていました。確か、Aチケットにガンシューターというのがあって、別にやりたくないけれどチケット消化のために何度かやったものです。スペースマウンテンやカリブの海賊などメインのアトラクションはEチケットでした。

Goods6_im_08_3 そして、おみやげはこの手提げ袋に入れてくれましたっけ。ディズニーランドに行く度にたまるのに、もったいなくて使えませんでした。まだ実家のどこかにあるかも? 25周年を記念して、このチケットや手提げ袋をデザインしたグッズを売っているそうです。懐かしさのあまり、公式サイトからコピーしてきてしまいました。

 25年前の4月16日は小雨そぼふる肌寒い日でしたが、私たち女3人組はテンション高く鼻息荒く精力的にアトラクションを回りました。その数年前に一緒に本場に行っていたので、東京でのミッキーとの再会にやけに興奮した記憶が……。けれども、ディズニーランド自体はまだ余分なスペースが多く、場所によっては閑散としていた印象があります。実のところ、今のように発展するとは思いませんでした。

 オープンから数年はたびたび遊びに行き、泊りがけでも出かけ、発展に貢献していた私も、10年程前に大晦日のカウントダウンに行って以来、ディズニーランドにはご無沙汰です。シーやイクスピアリには行きましたけどね。7月にオープンするディズニーランドホテルに泊まって、のんびりディズニーリゾートで遊びたいな。25年経っても、あいかわらずのミーハーぶりです。

メモリーズ オブ 東京ディズニーリゾート 夢と魔法の25年 ドリームBOX
メモリーズ オブ 東京ディズニーリゾート 夢と魔法の25年 ドリームBOX

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2008/03/12

花粉大量飛散中

 花粉症の身としてはこの時期、何より気になるのが今日の花粉飛散量。怖いもの見たさも手伝って(?)、はなこさん(環境省の花粉観測システム)やとうきょう花粉ネットで飛散状況を確認する日々です。

 本日10時現在の飛散状況はこんな感じ(左:はなこさん、右:とうきょう花粉ネット)。私が見る限り、今年一番の赤っぷり! ついコピーしてしまいました。これを見たら、鼻のムズムズが一気に悪化した気がします。なのに今日は外出の予定あり……完全防備で出かけなくては。

 花粉症の皆さん、このピークを何とか乗り切りましょう!

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2008/02/20

次世代DVD

 大きな声では言えませんが……私、HD DVDってハードディスク(HDD)付きDVDのことだとばかり思っていました(大恥)。ずっと「我が家のDVDはHD DVD」と思い込んでいたんです。1年少々前に買ったばかりなのに、もうお払い箱になるのか……と勝手に誤解して勝手に嘆いていました。まったく紛らわしい! って、混同するのは私くらい?!

 ハイビジョン画質はDVDに録画できないけれど、今のところとくに問題はないわけですよね? ここで疑問がひとつ。DVDはブルーレイ機で再生できるでしょうか? 今せっせと録画しているDVDは将来、ブルーレイ機で見られるの? それとも、またダビングし直す必要があるの? このあたり、ミーハー稼業には重大な問題です(笑)。

 たぶん、ブルーレイだって終点ではなくて、いつかまたその次の世代に移行していくんでしょうね。デジタルの世界は進化が早すぎて、アナログ世代のおばさんにはついていかれません。子供時代の8ミリはまだビデオにしたまま……私の頭もビデオ世代で止まっています。

追記(2月26日):
 コメント欄でみつさんに教えていただいてわかったことをメモしておきます。
*ブルーレイとDVDには本来、互換性はないが、現在流通しているブルーレイ機はDVD読み書き機能を追加しているのでDVDも見られる。将来、その機能がなくなれば、見られなくなる可能性もあり。
*デジタル放送を録画したDVDはブルーレイにダビングできない!

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2007/08/02

阿久悠さんの歌たち

 「また遭う日まで」「北の宿から」「勝手にしやがれ」「UFO」「雨の慕情」……1970年代のレコード大賞の半分を作詞した阿久悠さんがお亡くなりになりました。

 訃報を告げる朝のワイドショーで阿久さん作詞の曲を聞きながら、思わず一緒に口ずさんでいる私です。「あの鐘を鳴らすのはあなた」「どうにもとまらない」「せんせい」「わたしの青い鳥」「五番街のマリーへ」「街の灯り」「恋のダイヤル6700」「ひまわり娘」「ロマンス」「津軽海峡・冬景色」「林檎殺人事件」「もしもピアノが弾けたなら」……きりがないのでこの辺にしておきますが、歌詞カードがなくてもほとんど歌える歌ばかり。私の青春時代は阿久さんの歌と共にあったといっても過言ではありません。

 さらに、西城秀樹ファンの私にとって、阿久悠さんには格別の思い入れがあります。1976年の「君よ抱かれて熱くなれ」を手始めに、「ジャガー」「若き獅子たち」「ラストシーン」「ブーメランストリート」「セクシーロックンローラー」「ボタンを外せ」「ブーツをぬいで朝食を」「炎」「ブルースカイブルー」まで、私がヒデキに一番夢中になっていた時期と重なる3年間にリリースされた曲はほぼ全て"阿久悠作詞"でした。ヒデキの代表曲といえば「ヤングマン」や「傷だらけのローラ」になりそうですが、私としては、"阿久悠作詞"の歌に最もヒデキらしさを感じます。

 また77年には、全曲阿久さん作詞による創作ミュージカル「我が青春の北壁」に主演しています。今のようにミュージカルが根付いていない時代に初期の劇団四季が主催した公演で、滝田栄さんや久野綾希子さんなど錚々たるメンバーに支えられて大奮闘していたヒデキを思い出します。

 昭和の歌謡曲世代の多くがそれぞれの思い出の曲を口ずさみながら、阿久さんのご逝去を惜しんでいることでしょう。心からご冥福をお祈りいたします。

 ふり向けば あの時の
 目にしみる空の青さを思う
 悲しみの旅立ちに
 まぶし過ぎた空 思い出した
      (「ブルースカイブルー」より)

人間万葉歌~阿久悠作詩集
人間万葉歌~阿久悠作詩集

Akuyu
阿久悠のいた時代―戦後歌謡曲史

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2007/07/04

和牛と国産牛

 和牛と国産牛って違うんですね……初めて知りました。ミートホープ事件に関する週刊誌の記事を読んでいたら、そう書いてあってびっくり! 皆さんはご存じでしたか?

 ネットで調べてみたら――。和牛は日本古来の食肉専用種で、黒毛和種(約9割)、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4種のみ。国産牛は和牛以外の日本で生まれ飼育された牛、さらに、外国種や輸入牛でも3ヵ月以上日本で飼育されると国産牛と呼べるそうです。

 つまり、和牛のほうが国産牛より品質がよくて美味しいお肉というわけ。神戸牛、松坂牛などの高級銘柄牛は当然、和牛ですが、○○牛と地名が入っていても和牛とは限らないところがややこしい。和牛とは言えない銘柄牛は乳牛のホルスタインであることが多いようです。

 「では、和牛と乳牛の肉はどのくらい味が違うのか?」と言われると、実ははっきり説明できませんが、ステーキにして食べ比べてみるとよくわかりそうですよね。かと言って、いつもお高い和牛ばかり使うわけにもいかないので、肉じゃがや炒め物などには国産牛でもOK、すき焼きやステーキには和牛、とうまく使い分ければいいように思います。

 高いものには(安いものにも)それなりの理由があるのです。100円の100%ビーフハンバーガーにはそれなりのカラクリがあって当たり前。安さを選ぶか、品質を選ぶか、ちゃんと検討して賢い消費者になりたいものですね。まずは知ることから始めなくては!

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2007/03/19

日本の医療の現状

 昨日3月18日の朝刊に掲載されていた日本医師会の全面広告を読みましたか? PASMOやSuicaの広告のようなイラストもなく地味なものでしたが、内容はかなり衝撃的でした。

 見出しは「今、日本の産婦人科・産科の半分はお産を受け入れられない、という事実があります」。要旨は次のとおり。

・地域の産科が次々と閉鎖に追い込まれていて、将来50万人の「お産難民」が発生する可能性がある。
・「休日・夜間急患センター」に子供を連れて行っても小児科医がいない、という事態が全国各地で起きている。
・その要因は、地方と都市部における医師数の格差、人口1000人当たりの医師数の少なさにある。

・国の方針により、5年後の平成24年3月末までに、「長期療養者のためのベッド」は現在の38万床から15万床まで削減される。それによって、「医療難民」が2万人、「介護難民」が4万人発生する恐れがある。

・WHOから「健康達成世界一」と評価されてきた日本の医療は今や、崩壊に向かっている。
・日本医師会は、医療の崩壊を食い止め、医療の未来を守っていきたい。みなさんのご意見をお聞かせください。それを国に訴えかけていきます。


 この広告で指摘されているように、産婦人科医や小児科医の不足が深刻な問題になっています。つい先週も、激務からうつ病になり自殺に至った小児科医の労災を認定する判決が下されたばかり。医師の数が足りないから、労働状況は悪化する一方で、その結果、そういう多忙な科を研修医が選ばなくなり、ますます不足するという悪循環に陥っているようです。けれども、国はこうした状況に真剣に向き合おうとはしていません。

 一方、長期療養者用ベッド(ほとんどは高齢者介護用)の削減はすでに始まっていて、入院していた病院から強制的に退院させられて途方にくれる老夫婦の話を実際に耳にしました。増え続ける医療費の削減のためとは言え、これから老人がどんどん増えるのにベッド数が半数以下になってしまうなんて、現実に即した対策とは思えません。自宅で家族が介護するのが理想ではあっても、いろいろな事情からそれができない人が大勢いるのです。

 健康に恵まれて病院と縁がない時は、医療に関心を持たない人が大半だと思いますが、いざ病気になった時に安心して病院にかかれなくてはたいへんです。お産をするのも一苦労、年を取るのはさらなる不安……それが"美しい国"の現状です。みんなが医療に関心を持って、声をあげていかなければますますひどいことになりそうなので、手始めに記事にしてみました。

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2007/01/15

日本の歌百選

 文化庁が発表した「日本の歌百選」(公式サイト)が朝刊に掲載されていたので、順番に歌ってみました。童謡や唱歌が中心で、一部に歌謡曲が含まれています。

 知らない歌が5曲。「朝はどこから」「あめふりくまのこ」「おはなしゆびさん」「思い出のアルバム」「冬の星座」。ご存じですか? ネットで検索して聴いてみたら、どれも聞いたことがある歌でした。お聴きになりたい方はリンク先へどうぞ。

 「思い出のアルバム」は幼稚園の卒園式で歌われる歌ですよね。1981年(昭和56年)にNHKの「みんなの歌」で発表されたようで、当時すでに成人していた私は歌っていないし、子供がいないので卒園児の親として聴くこともなかったのでした。でも、この歌は大好きなので、選出は納得。

 「あめふりくまのこ」も素朴なよさがありますね。これは比較的新しい歌かと思いましたが、1962年(昭和37年)にやはりNHKで放送されたらしい。ならば、私も歌ったことがあってもおかしくないのに、歌ったことがありません。

 あとの3曲はイマイチ納得できません。この3曲などが入るならもっとほかにふさわしい歌があるはず。例えば、「一月一日」(年のはじめのためしとて)、「たなばたさま」(ささのはさらさら)、「鉄道唱歌」(汽笛一声新橋を)あたりは当選確実だと思うのですが……。

 そのほか、個人的好みでは「青い目の人形」「雪の降る街を」「ペチカ」「花嫁人形」「五木の子守唄」なども入れたいなぁ。「おうま」や「ぞうさん」が入っているなら「証城寺の狸囃子」もぜひと思うし、おとぎ話の歌が1曲もないのでせめて「桃太郎」くらい入れて欲しいし。

 童謡好きなおばさんは月曜の朝からこんなことに頭を悩ませているのでした。そもそも、童謡と「世界に一つだけの花」とを同じ括りに入れることに無理があるような気がしますが……。あ、「世界に…」は大好きだし、歌謡曲も大好きですよ、念の為。

追記:「」って、てっきり「人は誰もただ一人旅に出て」で始まるシューベルツの曲かと思ったら、西條八十訳詞・草川信作曲の歌なんですね。聞いたことさえありません。

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2007/01/12

ペコちゃんが泣いている

 不二家は子供の頃から特別な存在でした。毎日10円玉を握りしめて駄菓子屋に通っていた私にとって、大手メーカーのチョコレートやキャラメルはどれも「ハレ」のお菓子だったけれど、なかでも不二家のお菓子は特別。ミルキーをはじめ、パラソルチョコ、ルックチョコ、ノースキャロライナなど、不二家のロゴマークがついたものには子供心に一目置いていました。

 まして、不二家のケーキは特別中の特別。大きなイチゴが乗った2段のショートケーキは、私の中でケーキの最高ランクに君臨していました。何か特別なイベントでもないと買ってもらえず、不二家の包装紙に包まれたケーキの箱を見ただけでドキドキ興奮したものです。

 さらに、不二家のレストランでパフェや軽食を食べさせてもらうことは、我が家では最高級の贅沢でした。数寄屋橋の交差点にあった昔の不二家レストランはあこがれの存在で、店頭のペコちゃんに迎えられて入店する時、ちょっと緊張したほど。あれ以来ずっと、ペコちゃんのいるお店には格別の信頼を寄せていました。

 ああ、なのに、それなのに……。食品メーカーとして、衛生管理が杜撰であることは最低最悪、最も恥ずべきこと。思い入れのある不二家でこんな問題が発覚して、とてもショックで残念です。歴史と伝統が重すぎて、どんどん変わりゆく人気洋菓子の変遷にうまく対応ができなかったのかもしれないけれど、どんな事情はあれ、やってはいけないことです。

 ペコちゃんも泣いているに違いない……笑顔が戻る日は来るのでしょうか?

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2006/05/30

二つの訃報記事

 今日の朝刊に並んでいる二つの訃報記事が悲しい。岡田真澄さんと米原万里さん。年代もご活躍された世界も違うけれど、癌による死という共通点がいっそうの悲しみを誘います。

 「ダンディー」という形容詞が誰よりも似合った岡田真澄さん。なのに、一番最近の岡田さんというと、クイズ番組「サルヂエ」のサルの扮装姿がよみがえってくるのがおかしいやら切ないやら。この番組を病気で降板した後、一時は仕事に復帰されていたのに、こんなに早く訃報を聞くことになろうとは。

 一番私の印象に残っているのは、ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』のジョルジュ役。ゲイの夫婦で男性の妻アルバン(市村正親)を愛する夫の役でした。カッコよくて明るくて包容力があって、ジョルジュにはぴったりでしたっけ。この名コンビによる『ラ・カージュ…』をもう二度と観られないと思うと、残念でたまりません。

 そして、米原万里さん。鋭い視点とユーモアのある語り口のエッセイが大好きでした。冷戦時代にプラハのソ連学校で学んだ米原さんが、その学校生活や同級生のその後の人生を語った『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(大宅壮一ノンフィクション賞受賞)はとりわけ印象深く、馴染みのない東側の国を垣間見て驚くことしきりでした。

 ご自分の癌について書いた文章も拝見しましたが、米原さんらしい客観的で淡々としたものだったように記憶しています。大学院の同級生でロシア・東欧文学者の沼野充義氏の追悼記事(読売朝刊に掲載)によると、沼野氏が送った見舞い状に対して、米原さんは逆に「とにかく楽しく生きましょう」と励ましてくれたとのこと。常に前向きに生きた方でした。

 お二人のご冥福をお祈り申し上げます。

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
 

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2006/04/19

銀座に高層ビルNO!

 読売夕刊によれば、東京都中央区は銀座松坂屋の高層計画を認めない方針を固めたとのこと。中央通りをはさんで外堀通りと昭和通りに囲まれた銀座地区には、高さ56メートル(10階建て程度)以上の建物を一切認めない新ルールを制定することになりそうです。

 松坂屋は2010年の創立100周年に向けて、銀座に高さ190メートルの高層ビルの建設を計画していますが、ルール改定によってこの計画は暗礁に乗り上げそうな状況です。

 このニュースを知って、私はひとまず安心しました。松坂屋にかかわらず、銀座通りに高層ビルが建つのは断固反対! 1つ建ったら、次々に高層ビルが建ち始め、あれよあれよという間に銀座は高層ビル街になってしまいそうだから。何しろ地価日本一の通り、商人の本音としてはビルを高くしたいに決まっています。

 けれども、そんなふうになったら、銀座のよさはなくなってしまいます。ビル風が吹く日の当たらない高層ビル街の銀座なんて、絶対イヤ。機能的でお洒落な商業施設が都内に続々オープンしていますが、銀座はそれに追随するのではなくて、銀座ならではの魅力を追求していくべきだと思います。

 私は理屈ぬきに銀座が好き。銀座通りを歩くと、何だか気持ちがすっとして、背筋を伸ばしたくなります。ここ数年、ビルの建て替えが進み、お店はどんどん入れ替わっていますが、それでも銀座通りが醸しだす雰囲気には独特のものがあります。何としても、それを守り続けて欲しいんです。

関連記事:
尾張町の交差点(2004年9月8日)

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2006/03/29

第2東京タワーが建つ場所

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 どうやら、新東京タワーは墨田区に建設されることに本決まりのようです。今日の朝日朝刊によれば、あさって31日に正式発表されるとのこと。

 これは建設予定地の写真。実家に行ったついでに撮ってきました。セメント会社のミキサー車駐車場も含めてその向こうまでが予定地です。写真の奥中央からやや左寄りに、アサヒビールの金色のビルとオブジェ(ナニカのような)が見えます。よろしかったら、拡大してご覧ください。

 この場所は以前、東武線の貨物操車場でした。線路が何本も敷かれていて、いつも貨物列車が停まっていました。と言っても、高いコンクリート塀に囲まれていて、遠目にしか見えませんでしたが。3年前の半蔵門線開通に伴って、押上駅の出口が変わり、初めて操車場跡を間近に見てびっくりしたものです。そして、「この広い空き地はいったいどうするの?」と疑問に思っていました。

 まさか、ここに東京タワーが建つとは!!! 未だに実感が湧きません。再来年、工事が始まったら、あの『三丁目の夕日』のような光景が展開して、タワーが徐々に高くなっていくんですね。610メートルって、どんな高さなのか、見当もつきません。

 地元民、いや、モト地元民としては、ただ成り行きを見守るしかできませんが、建つことが決まったからには、地元民が誇りに思えるようなものになってほしいと願うばかりです。正直、とてもフクザツな心境です。

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2006/02/21

カーリングは面白い

 トリノオリンピックもあっという間に終盤に入りました。日本人選手は頑張っているものの、メダルという結果につながらずに残念。でも、連日、世界のアスリートたちの氷上、雪上の熱戦を見ていると、こちらまでスキーやスケートを思う存分滑ってみたくなります。どちらももう20年以上やっていないし、万年ボーゲン、万年手すり磨きでしたけど(^^;)。

 そして、今一番やってみたいのは、カーリング。今回初めてカーリングの試合をじっくり見て、その面白さを知りました。ビリヤードやボウリングの要素あり、「氷上のチェス」と言われる戦術性あり、地味で単純そうに見えて実は奥が深い競技なのです。技と読みが大切なのはもちろんのこと、ストーンを投げる選手のメンタル面の影響が大きいように思われます。

 約20キロのストーンを30~40メートルほど投げるそうですが、どの位の力が要るのか、ブラシによるスウィーピングの効果はどのくらいなのか、試してみたいものです。スウィープによって3メートル程は調整できるらしいのですが、どうもピンと来ません。ブラシで氷をゴシゴシやってみたい。片足で氷上をスイスイ滑ってみたい(^^ゞ。

 日本チームは惜しくも準決勝進出を逃したものの、その健闘ぶりは大いに称えたいし、今回の活躍によってカーリングの魅力を日本人に伝えた功績は大きいと思います。ストーンを投げる姿がみんな美しくかっこいい! これからカーリング人気が高まりそうな予感。ただし、実際にプレーをできる場所が限られているのが問題ですね……。

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2006/01/26

何故、ICプレーヤー?

 何かと話題になっているセンター試験の英語リスニング問題。使用済みのICプレーヤーはお持ち帰りOKということで、あちこちのブログで写真が公開されています。

 そして、なんと、ヤフオクにも今日現在、50台以上も出品されています! だいたい1000円台の値が付いていますが、最終的にはどの位で落札されるのでしょうか。来年以降、同じ試験を受ける受験生なら、多少お金がかかってもこれを入手して少しでも慣れておきたいところでしょうね。

 このICプレーヤー、原価はいったいいくらなのか? とても気になるので、調べてみたら、どうやら1台2000円から3000円のようです。仮に2000円として、50万台で10億円! ひぇー、これを無駄と言わずして何と言おう。

 たぶん、使用後回収して再利用すると、翌年までの保管やメンテナンスが非常に面倒なので、コストがかかっても毎年新品を利用することにしたのでしょう。新品ならすべてメーカー側にまかせられるので、センター試験当局は楽ですから。

 そもそも、リスニング試験に何故ICプレーヤーを利用しなければいけないのか? 放送では駄目なのか? 階段教室のような広い試験会場と普通の教室では、あるいは、同じ教室内でもスピーカーの近くの席と遠くの席では、音の聞こえ方が違って不公平だから、公平を期すため。それはわかります。人生を左右するような大切な試験に有利不利があっては問題でしょう。

 でも、各大学や高校の入試、そのほか、TOEICやTOFELも放送形式で実施しているのに、センター試験だけICプレーヤー利用というのがよくわかりません。それに、50万台もあれば、機械の不具合があって当然……機械に100%はないだけに疑問を感じてしまいます。これが最善の方法なのか、当局には改めてよく検討してほしいものです。

 プレーヤーの写真を載せていらした桜桃さんyoshiさん、使い捨てプレーヤーに対する疑問を書いていらしたぶんぶんさんの記事にトラックバックを送らせていただきます。

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2005/10/27

4タテをくらった日

 ロッテが日本シリーズ4連勝で31年ぶりの日本一に輝きました。ロッテファンの皆さん、おめでとうございます。阪神ファンの皆さん、お疲れ様でした。

 よく言われているように、プレーオフを勝ち抜いて勢いのあるロッテと、実戦から遠ざかっていた阪神とのパワーの差が出てしまいましたね。今シーズンはプロ野球に関心がなく、野球中継にチャンネルを合わせることもほとんどありませんでしたが、日本シリーズでのロッテの快進撃は胸のすく思いで見ていました。セリーグの人気球団が忘れかけているものを感じさせてくれた気がします。

 今回の日本シリーズを見ていたら、巨人が西武に4タテをくらった1990年のシリーズを思い出しました。西武が日本一を決めたあの日、私は西武球場にいたのです。後にも先にも日本シリーズを球場で観戦したのはあの時かぎり……それがごひいきチームの4連敗敗退&相手チームの優勝の日とは(--;)。しかも、野球観戦史上最高の特等席。上司が有休付き(平日のデーゲームだったので)で譲ってくれたものでした。

 その前年の日本シリーズでは、巨人が近鉄に3連敗した後、4連勝して優勝したので、「夢よもう一度」とかすかに期待したにもかかわらず、巨人はあっけなく西武に敗れました。ちょうど今回の阪神のように。そして、目の前で森監督の胴上げと表彰式まで見てしまいました。さらにその後、西武の選手が観客席を通って退場する際、なんとびっくり、MVPのデストラーデ選手が投げた手袋までゲットしてしまったのです! その手袋は後に、熱烈な西武ファンにお譲りしましたが、今ならネットオークションに出して一儲けしていたかも?(^^;) 

 巨人はその後、2002年に西武に4連勝して、12年ぶりにきっちりお返しをしています(94年には4勝2敗で勝った)。阪神にもいつかそんな日が来ますように。いやいや、来年は我が巨人軍(何故かこう呼んでしまう)に優勝してもらわなければ! その前に、野球人気が復活するような白熱した面白い試合を見せて欲しいなぁ。原監督、期待しています!

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2005/07/29

私鉄もスイカ

 昨日に引き続き、スイカのお話です。と言っても、今日は食べ物のスイカではなく、電子マネーの「Suⅰca」。

 今日の読売朝刊によれば、来年2006年度から「パスネット」や「バス共通カード」にもスイカの機能が付くことになりそうです。そうなれば、1枚のICカード乗車券でJR、私鉄、バスに乗車できるほか、スイカ対応の小売店で買物もできるようになります。

 「パスネット」とは、関東の私鉄や都営地下鉄が加入している共通乗車券のこと。現在はプリペイドカード方式で、1000円、3000円、5000円の3種類のカードが販売されています。JR以外はこれ1枚で乗り継ぎができるのでたいへん便利で、私鉄沿線に住む私としては、今やパスネットなしの外出は考えられません。

 でも実は、スイカは利用したことがありません。JRはたまに乗るだけなので、その都度、普通の乗車券を購入しています。だから、スイカにチャージ(入金)したり、改札機にタッチしたりというのは未知の体験。来年からスイカデビューできそうで、ちょっと楽しみです。

 ところで、スイカの名前の由来はご存じですか? 「Super Urban Intelligent CARD」の頭文字を取ったそうです。ちなみに、関西のイコカは「IC Operating CARD」の略。現在はスイカとイコカは相互利用できませんが、これもそのうち可能になりそうですね。スイカとイコカは昨年8月より相互利用ができるようになっています。カードが1枚あれば、日本中の電車やバスに乗れる日もそう遠くはなさそうですね。

 いちいち出札口で厚めの切符を買って、改札口で駅員さんに鋏を入れてもらっていたことを思うと、隔世の感があります。え、そんな時代は知らないって?(^^;)

追記:
 スイカとイコカの相互利用が開始されて、すでに1年も経っていました。きちんと確認をしないで記事にしてしまって、申し訳ありません。夜夢さん、ご指摘ありがとうございました!

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2005/07/13

言葉遣いに対する意識が高い40代

 今年も文化庁の「国語に関する世論調査」(平成16年度)の結果が出ました(全文は文化庁のサイト)。自分の言葉遣いは棚に上げて、言葉の使い方に興味を持っている私は毎年、この結果を見るのを楽しみにしています。

 今回の結果によれば、我々40代の男女はどの世代よりも言葉の使い方に気を遣っているようです。とくに40代の男性の「気を遣っている」割合が82.3%と高いのは、組織の中間層として上にも下にも気を遣う結果でしょうか? 50代になると、気を遣わない人が増えることから、そんな状況が推測できます。ちなみに、女性は50代になっても、「気を遣っている」割合はほとんど変わりません。

 そんなふうに言葉遣いに気を遣っているのに、敬語に自信がないのが40代女性の特徴。いや、気を遣っているからこそ、敬語の正しい使い方を追求し、自信が持てないのかもしれませんね。そして、これからの時代の敬語の在り方として、「敬語は伝統的な美しい日本語として、豊かな表現が大切にされるべきだ」と考える人の割合が63.5%と最も高いのも40代女性。50代や60代よりも10%近く高いのは注目すべきです。

 かくいう私は敬語の知識はそれなりにあるほうだと思いますが(昔の仕事柄)、とっさの時に正しく使えるかというとあんまり自信はありません。もちろん、「伝統的な敬語を大切に守っていきたい」に賛成。7年前の調査結果と比べると、そう考える人が若い世代にも増えているようで嬉しく思いました。

 そうそう、今回の問題の中の「間もなく先生がお見えになります」には違和感を感じないんですが、みなさんはいかがですか? 「見える」は「来る」の尊敬語だから、「お見えになる」は二重敬語になって間違いということらしいのですが、これはもう普及していますよね。

 言葉の使い方に気を遣いつつ、時には若者言葉を使ってみたいのも40代かも? こういうブログなどの文章でたまにそういう言葉を入れると、リズムが変わってアップテンポになる気がするんです。そういう時は、「ワタシ的」とか「ビミョー」とカタカナ表記にすることが多いですね。でも、「うざい」や「やばい」は嫌い。「とか」や「みたいな」の類いのわざと曖昧にする表現も、極力避けるように気をつけています。

関係記事:
国語に関する世論調査(2004年7月30日)

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2005/06/13

ひめゆり問題

 高校入試の英語の問題に、「沖縄でひめゆり学徒隊の女性から聞いた戦争の話が退屈だった」という内容の英文があったそうで、この週末、一般紙を賑わせていました。沖縄県の稲嶺知事の「がく然とした」というコメントまで出ています。当の青学高はHP上にお詫びを発表した、という後追い記事もありました。

 これらの記事を読むかぎりでは、「それはけしからん」と感じるのが普通の反応かと思います。いったい、どんな内容の英文だったのか、興味を持ったので、ネット上で調べてみたところ、こちらのサイトで全文を読むことができました。かなりの長文なので全文を引用できないのが残念ですが、興味のある方はぜひ読んでみてください。

 確かに、"But, to tell the truth, it was boring for me and I got tired of her story."という一文はありますが、前後に"Yes, the story that the old lady who survived the Himeyuri squad told us was shocking and gave us a great image of the war."や"Of course, some of my friends were moved by it, so I shouldn't say that her story didn't mean anything."という文もあり、単に「けしからん」という印象ではありません。

 全体の要旨は、「第二次大戦から60年が経過し、戦争体験談を直接聞くこともだんだん難しくなっていくが、日本人は、戦争を知らない世代と言えども、この戦争を後世に伝えていく責任がある。その際に必要なのは、体験者の言葉だけではない」というもので、ひめゆりの話題はその一例に出されているのです。

 全文を読んでみると、ひめゆり学徒隊の女性やその体験談を貶めているとは、少なくとも私は感じません。一生徒が「退屈だ」と感じたとして、そんなに非難されるべきこととも思いません。マスコミなどの過剰な反応を見ていると、「戦争体験談は心してありがたく聞くべし」という無言の圧力を感じて、ちょっと抵抗を覚えます。

 ただ、公になる入試問題にこういう誤解されるような文を載せてしまうのは、学校としては軽率だったと思います。このあたりがあの学校らしいというか、自由な校風にもつながるものだと思いますが、こんなことで世間を騒がせることのないようにと、あの学校に縁のある者としては願うばかりです。

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2005/05/31

さようなら貴ノ花

 二子山親方が亡くなった。波乱に満ちた人生……55歳の早すぎる死……何だかやりきれない。もっと生きて、平穏な晩年を過ごしてほしかった。

 高校時代、私は貴ノ花の大ファンでした。当時の貴ノ花は精悍で美しく、悲壮感が漂う取り口が母性本能をくすぐって、相撲に疎いうら若き女子高校生をも夢中にさせるほどでした。みんなで貴ノ花の勝敗を気にしながら、クラブ活動をした日のことをなつかしく思い出します。なかでもミーハーな私は、相撲雑誌まで買い求め、お気に入りのグラビアを下敷きに入れていたことを恥ずかしながら告白します(^^ゞ。

 初優勝の時はそれはもう興奮しました。いや、はらはらどきどきして、生中継はまともに見られなかった……。勝った瞬間、土俵に座布団が飛び交う光景を、嬉しい虚脱感の中で見た記憶があります。結局、優勝は2回だけで、横綱になることはなかったけれど、大関貴ノ花が人々の記憶に残る名力士だったことは誰もが認めるところです。

 引退後は2人の息子を横綱に育て上げ、自らが成し得なかった横綱という悲願を別の形で達成して、角界に二子山旋風を巻き起こしているのを見て、元ファンとしては嬉しく思っていました。親方が我が世の春を謳歌していたあの頃、その後にこんな展開が続くとは誰が予想したでしょう。日本一幸せに見えた家族はあっという間にバラバラになり……人生とは皮肉なものです。

 二子山親方、どうか安らかにお眠りください。貴ノ花の美しいまわし姿、最後まであきらめない粘り強い相撲をずっと忘れません。

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2005/04/28

JR脱線事故に思うこと(その2)

 大災害や大事故はそれ自体が悲劇でやりきれない思いになるのに、テレビのニュース番組がその思いにさらに追い討ちをかけます。マスコミの報道については、多くのブロガーが疑問を投げかけていますが、私もまったく同感です。

 現場に駆けつけて興奮気味にニュースを伝えるキャスター、他局より少しでもいい(=刺激的な)映像を流すために躍起になるカメラ担当者、被災者や関係者に無遠慮にカメラやマイクを向けるレポーター……ニュース番組(とくに民放の)はいつからこんなふうになってしまったんでしょう? 一昔前までは民放のニュース番組も他の番組とは一線を画して、もっと淡々と事実を報道していたのに、今や軒並みワイドショー化してしまい、嘆かわしいかぎりです。

 いや、一番嫌なのは、見るに耐えないと思いつつ、野次馬根性みたいなものが知らず知らず刺激されてしまう自分。一般大衆の野次馬根性を刺激すれば、視聴率に結びつくというテレビ局の思惑どおりに誘導されそうなのが怖い。テレビに映っている悲惨な現実をフィクションのように見てしまい、心が麻痺していくのが恐ろしい。

 というわけで、刺激に負けそうな私は、朝夕のNHKニュースくらいしか見ないようにしています。それが私にできる唯一の抵抗であり、自分を守る方法だから。

 いまだに車内に取り残されている方々が早く家族の元に帰れますように。願わくは奇跡がひとつでも多く起こりますように。

関連記事:
JR脱線事故に思うこと(2005年4月28日)

追記:
 この記事を書く前後に読ませていただいたマスコミ報道に対する疑問の声にトラックバックをさせていただきます。まとまった方がより大きな声になりそうな気がするので……。

マスコミの役割 (Kakoの手文庫)
報道の自由? (わくわく日記)
ちらりと見ただけで批判してみる。 (すてきな奥さんなれるかな)
JR尼崎脱線事故 (ねこづらどき)


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2005/04/27

JR脱線事故に思うこと

 尼崎のJR脱線事故から3日目になりましたが、いまだに犠牲者の数が増え続ける一方、当時の状況が次第に明らかになり、やりきれない思いは増すばかりです。

 オーバーランという失敗を過小報告し、その遅れを取り戻すべくスピードを上げて電車を走らせた23歳の運転士。その心の内がわかりすぎてつらいんです。私が彼の立場でも同じことをしてしまったかもしれない……そう思うといたたまれません。誰にでもあるような心の魔が、直接的あるいは間接的に大惨事を招いてしまったことに言葉を失ってしまいます。

 いや、もしかしたら、理由は別にして、電車の遅れをスピードによってカバーすることはよくあることなのかもしれません。運転士さんたちのそういう調整があるから、日本の鉄道はダイヤの正確さを世界に誇っていると言えるのかも? それらは幸いにも事故に至らずに済んで、今回は不幸にも悪条件が重なって大事故につながってしまった……ということでは?

 正確なダイヤのために安全を二の次にしていなかったか……この機会に鉄道はもちろん、交通機関全般に再確認してほしいものです。安全第一と言いながら、正確なダイヤのプレシャーを必要以上に運転士にかけていなかったか? 競合他社の路線との旅客数競争に勝つことを最優先にしていなかったか?

 どんなに科学技術が進んで最先端の車輌を作っても、最終的にはそれを運転する人間の手にかかっています。企業は運転士がベストの状態で働ける環境を提供するのはもちろんのこと、同時に、生身の人間のミスや心の魔を最大限カバーするようなシステムを作ってほしいと思います。くれぐれも、未熟な若者のミスと片付けないように。

 うまくまとまらないけれど、今の気持ちを書いてみました。

 末筆ながら、犠牲者の方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、怪我をされた方が早く回復するようにお祈りいたします。そして、不眠不休で救助活動をしているレスキュー隊の皆さんに陰ながら声援を送りたいと思います。

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2005/04/18

マクドナルド50周年

 マクドナルドが1955年4月15日の1号店開店から50周年を迎えたとのこと、一昨日の読売夕刊に出ていました。50周年を記念して、イリノイ州デズプレインズの1号店跡地に開店当時のお店を復元した博物館をオープンしたそうです。

 アメリカのYahooニュースにも、AFPの"McDald's at 50: a history"という記事が掲載されています。マクドナルドの出現はアメリカにおいても画期的なだったことが、この記事の書き出しからうかがえます。

The story of McDonald's is the story of America -- a story of entrepreneurship. A story of innovation. And a story of changing social values. (entrepreneurship: 企業家精神、起業家精神)
現在、世界119ヵ国に3万1000店舗があり、毎年5000万人が利用しているとのこと。こういう規模のお店はほかにないのではないでしょうか?

 日本マクドナルドのサイトの「世界のマクドナルド」というページで、世界各国のマクドナルドが紹介されています。各国のオリジナルメニューがとても興味深い! その一部をご紹介します。
 タイ:サムライポークバーガー(日本のテリヤキバーガーのこと)
 イタリア:パスタプレート、ライスプレート
 カナダ:マックロブスター
 インドネシア:ホットクリスピーチキン
 スペイン:ガスパチョ(冷製スープ)、マックマリン(フライドフィッシュ)
 スウェーデン:マックガーデン(ベジタリアン向けバーガー)
 インド:マハラジャマック(マトンを使ったハンバーガー)
 メキシコ:マックブリトー、マックメキシカーナ
 韓国:プルコギバーガー、キムチバーガー

 なお、日本の1号店は1971年にオープンした銀座三越店。ハンバーガー80円、ビックマック200円でした(現在はそれぞれ、84円、262円)。最近は出店より閉店が多い状況が続いているようですが、それでも国内に3700店舗以上あります(2004年度現在)。

 実は私、かつてマクドナルドでアルバイトをしていたことがあり、歴史にほんのちょっと関わっている次第。その話はまた後程(こちらの記事)。

 はせまなさんのブログ「あっかんべえ」の「マクドナルドが開店50周年」という記事にトラックバックをさせていただきます。

追記:
 25年ほど前にハワイのマクドナルドに「サイミン」というラーメンみたいものがあったことを思い出しました。当時は日本食のお店がほとんどなかったので、サイミンの即席ラーメンチックな醤油味が嬉しかったものです。

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2005/04/04

法王と教皇

 第264代ローマ法王ヨハネ・パウロ2世がご逝去されました。ポーランド生まれでスラブ民族としては初めての法王ヨハネ・パウロ2世は、歴代第3位(2位という説もあり)の26年にわたる在位中、東西冷戦終結に貢献したほか、宗教間の対話に尽力するなど「行動する法王」像を打ち立てました。

 ローマ法王は全世界のカトリック教会信者の頂点に立つ最高指導者であり、バチカン市国の元首。初代ローマ法王はキリストの弟子ペテロで、逆さ十字架にかけられて殉教したペテロの墓の上にその後サンピエトロ(聖ペテロの意味)寺院が建てられ、カトリックの総本山になっています。

 ところで、現在読書中の『ダ・ヴィンチ・コード』には「ローマ法王」ではなく「ローマ教皇」と訳されているなど、教皇という言葉もよく聞きますが(昔、世界史で習ったのは教皇だったはず)、法王教皇はどう違うのでしょうか? さっそく調べてみました。

 日本カトリック教会(正式名称、カトリック中央協議会)のサイトによると、日本のカトリック教会では1981年のヨハネ・パウロ2世の来日を機に、「ローマ教皇」に統一することにしたとのこと。マスコミにもそのようにお願いしているそうですが、カトリック教会の意に反して「ローマ法王」が普及しているようです。

 ちなみに、駐日バチカン大使館の正式名称は「ローマ法王庁大使館」ですが、これは教皇に統一する以前に申請・登録したため、当時の定訳である法王が使われており、変更できないそうです。これも「法王」と「教皇」の混用の原因の一つかもしれません。

 なお、同じキリスト教でもプロテスタントはローマ法王とは直接関係はありません。私は中学よりプロテスタント系の学校で学び、毎日礼拝がありましたが、当然ながら、ローマ法王に関して宗教的な話は一切ありませんでした。

 宗教は複雑で難しい。歴史が長く、最大の信者数を誇るキリスト教もいろいろな側面があるようです。ただ今『ダ・ヴィンチ・コード』に夢中なので、バチカンへの興味がふくらんでいます。

 この記事を書くきっかけの一つ、ブログ「あっかんべえ」の「ローマ法王が死去」にトラックバックを送らせていただきます。

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2005/03/30

森昌子と『不機嫌なジーン』

 森進一・昌子夫妻の別居が発覚したらしい。Yahooニュースによれば、今日のスポニチに記事が掲載されているようです。

 先月の入院騒動はいかにも不自然な気配が漂っていたものなぁ……やっぱりこういうことだったのか……。スポニチが報じている昌子さんの言葉「私は主婦には向かなかった。歌を歌っていきたい」がすごく印象的です。

 演歌歌手として歌唱力も実績も随一だった昌子さんが、結婚と同時にすぱっと歌をやめて家庭に入ったのは潔いと感心したし、ご本人がそれで幸せなら一番とは思ったけれど、何だかもったいないなぁと他人事ながら感じていました。近年はご夫婦のジョイントコンサートで歌う機会もできて、家庭でも仕事でもよきパートナーに見えたけれど、内情はいろいろあったのですね。

 想像するに、昌子さんは結婚後、歌の世界のことは忘れて、妻として母として全力投球してきたけれど、歌への思いはずっと心の奥底でくすぶっていたのではないかしら? それはきっと、妻として母としての幸せや満足感では消すことができなくて、いつの間にか大きくふくらんで表面化してきたように思えます。おそらく原因はそれだけではないと思いますが。

 そういえば、一昨日終わったドラマ『不機嫌なジーン』の最終回を改めて思い出します。動物行動学を研究しているヒロインの仁子(竹内結子)は、大好きな南原教授(内野聖陽)の熱烈なプロポーズを結局、断ってしまうのです。南原教授と結婚すれば、幸せな結婚生活は約束されているのに、それだけでは満足できない自分に気づいているから。仁子は動物の研究を捨てられないのです。ハッピーエンドを期待していた私は「えー、何でなのー?」と残念に思ったけれど、仁子の選択もわかる気がします。

 女にとって、仕事と家庭は永遠の課題。両立させている人もたくさんいますが、当然のことながら、仕事も100%、家庭も100%というわけにはいかず、それなりのジレンマを抱えながら頑張っているようです。かくいう私は、昌子さんの歌、仁子の研究ほどの仕事ではなかったため、結婚後、家庭100%から再スタートしました。

 もう一人のまさこさんも、断ち切ったはずのもう一つの生き方を考えてしまうのかもしれませんね。ふとそんなことを思いました。

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2005/03/29

新東京タワーが地元に建つ!?

 「新タワー推進プロジェクト」は昨日、"第2東京タワー"の候補地として「墨田・台東地区」が有力であると発表しました(読売朝刊より)。

 昨夕、Yahooでこのニュースのタイトルを見た私(墨田区出身)は、「へぇ、いったいどこに建てるの?」と興味津々で「すみだタワー」誘致のサイトにアクセスしてみました。そうしたら、何とびっくり、地元も地元、実家のすぐ近くが建設計画地になっているではありませんか!(@_@)

 実家はかろうじて計画地からはずれているものの、もし本当にタワーが建ったら、二次開発は免れないような位置関係なのです。「イメージパース」というCGを見ると、見慣れた景観に巨大なタワーが出現していて、何だか現実感の乏しい奇妙な感覚。だけど、ヘンに興奮してしまう!

 実現を疑問視する声もあるようだし、第2候補として「さいたま新都心」も検討されているらしく、正式決定までまだ紆余曲折がありそうですが、それにしても、地元民にとっては一大ニュースです。生まれ育った町に高さ600mを超えるタワーが建って、日本中の、いや世界中の人がやって来るのは嬉しいような、そんなふうになって欲しくないような複雑な気持ちです。ま、これからの成り行きを見守るしかありません。

 ただ、もし新タワーがあの場所に建つことが本決まりになったら、ぜひともタワーの展望台に母を上らせたい! あそこで生まれ育ち、空襲を生き延び、78年も暮らしている母に地上450mからの景色を見せてあげたい。それまで元気でいてほしいなぁ。

追記(2006年3月14日):
 本日の読売朝刊一面に「第2東京タワー 墨田に」という記事が掲載されていました。正式決定が近いようです。こうなると、当初の興奮は収まり、戸惑いが大きくなるのは不思議なものですね。故郷が遠くに行ってしまうような気がする。どうか東京タワーが地元民に幸せをもたらしますように!

関連記事:
第2東京タワーが建つ場所(2006年3月29日)

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2005/03/25

「愛・地球博」は35年ぶりの万博?

 「愛・地球博」が今日開幕します。このニュースが報道される度に「大阪万博以来35年ぶり」という枕詞が付きますが、ふと「つくば博や花博は万博ではなかったの?」と疑問に思ったので、さっそく調べてみました。

 近年、○○博覧会というイベントが各地で開催されていますが、政府主催の国際博覧会は以下の5つのみです(外務省のサイトより)。
1970年(昭和45年) 日本万国博覧会(大阪万博)
1975年(昭和50年) 沖縄国際海洋博覧会(沖縄海洋博)
1985年(昭和60年) 国際科学技術博覧会(筑波科学博)
1990年(平成2年)  国際花と緑の博覧会(大阪花博)
2005年(平成17年) 2005年日本国際博覧会(愛・地球博)

 このうち、大阪万博は一般博覧会、海洋博・科学博・花博は特別博覧会という違いがあります。地球博は元々、特別博として申請しましたが(Wikipediaより)、申請中に国際博覧会条約が改正され(1997年発効)、一般博と特別博の区別がなくなりました。というわけで、一般博の万博に格上げになった(?)形になり、大阪万博と並ぶものとされているようです。

 地球博のパビリオンの映像がテレビで流れると、博覧会好きの血が騒ぎます。10代初めに大阪万博で洗礼を受けた私は、こういうイベントが大好きなのです。海洋博はさすがに行かれませんでしたが、つくば博も花博も足を運びました。いずれも事前に各パビリオンを調べて、お目当てのパビリオンは見逃がさない念の入れよう……多少の待ち時間も苦にならないタイプです。

 今のところ行く予定はないけれど、評判がよかったら、行ってみようかな。35年後(?)の万博の時はもう生きていないか、生きていても行く気力がないだろうから。

関連記事:
なつかしの大阪万博(2004年7月6日)

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2005/03/18

卒業アルバムの白紙ページ

 同級生殺害事件があった佐世保市の大久保小学校で昨日、卒業式があり、亡くなった怜美さんに代わって父恭二さんが卒業証書を受け取っている模様をテレビで見ました。このお父さんは今後も節目節目に、「娘が生きていたら今頃は…」と思うのだろうと想像すると改めて胸が痛みました。

 クラスメートの中に加害者と被害者が生まれてしまったこのクラスの子どもたちの心は、もう落ち着きを取り戻したのでしょうか? あれから9ヵ月間、生徒も教師も保護者もたいへんな日々だったことでしょう。

 この小学校の卒業アルバムの話題が、ネットのニュースに載っていました。怜美さんと加害女児の写真をアルバムに載せるか否か、子どもたちは議論を繰り返した末に「両方載せる」15人、「怜美さんだけ」15人(その他少数)という結論を出したとのこと。その後、担任と保護者が話し合って、怜美さんの写真は載せて、加害女児の写真は希望者のみに提供することに決まったそうです。

 その写真を貼るために、アルバムの最後のページは白紙になっているのです。そこに写真を貼るのも、白紙のままにしておくのも、つらいですね……。アルバムにこのページがずっと残るように、子どもたちの記憶からこの事件が消えることもないのでしょう。

 この時期、さまざまな場所でさまざまな人がさまざまな思いで卒業式を迎えているのですね。卒業式にはそれぞれのドラマがあります。

追記(2005年3月22日):
 今朝の『ズームイン』(日テレ)でこのアルバムの話題を取り上げていましたが、白紙のページに