第15回お江戸オフ《堀切菖蒲園・巣鴨・白山》その5 白山
(こちらの続き)
巣鴨から都営三田線で白山まで移動。あじさい祭り開催中の白山神社と、八百屋お七ゆかりの大円寺、円乗寺を急ぎ足で回りました。
【白山神社】
2年前のこの時期に続いて2度目の訪問。今回は使い古しの歯ブラシを持参し、供養の箱に納めました。
白山神社はかつて今の小石川植物園の場所にありましたが、徳川5代将軍綱吉の館林侯時代の屋敷(白山御殿)を造営する際に現在の場所に移りました。この縁で綱吉の帰依が厚かったと言われています。ちなみに、白山御殿はその後、幕府の御薬園になり、8代将軍吉宗の時代には養生所が設けられました。
【大円寺】
「ほうろく地蔵」というほうろく(素焼きの平たい土鍋)を被ったお地蔵様が祀られています(写真の門の奥に見える)。八百屋お七を供養するために建てられたと伝えられています。
八百屋お七についてはさまざまな伝説があって真相はわかりませんが、一説ではここがお七火事(天和の大火)の火元と言われています。
【円乗寺】
このお寺には八百屋お七のお墓とお七地蔵があります。
上のお七の話の続き。天和の大火で焼け出されたお七の家族はしばらく円乗寺前の仮小屋に住むことになり、それがきっかけでお七は円乗寺の寺小姓と恋に落ちます。やがて一家は仮住まいを引き払いますが、寺小姓と会えなくなったお七は「火事になればまた会える」と思い込み自宅に火をつけました。そして、鈴ヶ森刑場で火刑に処されたのです。
寺小姓の名前は庄之助、左兵衛、吉三、吉三郎など、諸説あり。目黒オフの記事では吉三でした。目黒の大円寺には吉三(西運)が作ったお七地蔵がありました。「大円寺」が二つ出てくるのは偶然でしょうか? 目黒の大円寺は行人坂の火事の火元でしたが、同じ名前のお寺が火元なのも偶然の一致? 興味はつきません。
今回の散策はここまで。この後、ふたたび三田線で神保町まで移動し、三省堂の地下の「BEER膳 放心亭」で打ち上げとなりました。大山詣では延期になったけれど、見頃の花菖蒲と紫陽花を愛でることができて楽しい1日でした。参加の皆様、今回もいろいろお世話になりました。
長々と読んでいただいてありがとうございました。メンバーの記事のリンクは別ブログ「お江戸オフ記録帳」にまとめてありますので、興味のある方はどうぞご覧ください! (今回から手抜きのこの方式を採用。TBは(その1)から(その1)にお送りします)
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